暴力しかない女

海沈生物

第1話

 クラスで一番人気の「頭から触手が生えている系男子」に屋上で告白した翌朝、なぜか着信拒否を受けた。気付いた瞬間に思わず「なんで!?」と声を上げた。震える触手をなんとか抑えて告白したというのに、どうして半日足らずで着信拒否をしてくるのか。


『もしかして、宇宙人である私をからかったのではないか?』


 誰しもが思う、その可能性に目を付けなかったわけではない。私はクラスの中でも四番人気ぐらいの「可もなく不可もない」可愛さの「宇宙人系女子」である。だが、相手は一番人気の「頭触手系男子」だった。一番と四番が釣り合うわけがない。だからこそ、相手からすればただの「からかい」として私の告白に「OK」をしてくれたのではないか。


 まだ決定したわけではないものの、その可能性のことを考えて、朝っぱらから最悪な気分になった。昨日はあれだけ藤原道長キュウジンルイ並に「ガハハハッ! 人生最高ー! この世をわが世とぞ思ふ」とか調子こいていたのに、こんな感情ジェットコースターみたいな羽目に遭うなんて最悪だ。だが、それでも学校はちゃんとある。今日はガンガンに平日だし。


「着信拒否してきた相手と顔を合わせるの、気まずすぎるな……」


 溜息をつきながらも重い腰を上げ、学校に向かった。


※ ※ ※


 教室に入って早々、奥の椅子に「頭触手系男子」が座っているのが見えた。早速「うわっ!」とゴキブリでも見たような素っ頓狂な声をあげる。幸いにも彼はイヤホンを付けて音楽を聴いていたので聞こえなかったようだが、周囲の人々の目線は私の方に向かう。見るな、私を見るな。視線が皮膚に突き刺さり、適当な障害物に隠れたい気持ちになる。だが、教室にそのようなものはない。


 私は仕方なく何事もなかったかのような澄まし顔をすると、そっと自分の席に座る。こういう時は「気にしない」ことが一番である、というのは一か月と少しの地球生活の中で学んでいた。

 

 そんな私の席はちょうど彼の席の一つ飛ばして後ろにあった。椅子に座ると、彼の大きな猫みたいな背中が視界の大部分を支配する。一見、背中を見る限りでは彼はいつもと変わらないように見える。だが、こんな顔をして着信拒否をしてきているのだ。私の恋心をかどわかし、弄び、翌日には音楽を聴いている。ノリノリなのか、背中も揺らしている。


―――――殺すか。


 殺意から手が震えた。もちろんそれは冗談だが、そんな純粋な殺意が心に浮かぶ。クラスで四番目に可愛い私を裏切ったのである。そうでなくても、半日足らずで突然着信拒否してくるのである。少しぐらい「痛い目」を見せてやっても、仕方ないのではないか。それが「流儀」というものではないか。


 私は片手にシャーペンをギュッと握ると、いつか観た地球の裏社会題材の映画の「鉛筆で人を殺した暗殺者」のことを思い出す。あれは映画ナイズされたもので現実に鉛筆で人を殺すのは不可能に近いと思うが、それでも一族の中では非力な私にだって、彼に軽い刑事罰で済みそうな怪我を負わせるぐらいは可能であろう。ちょうど音楽を聴いていて私の存在に気付いていないようだし、チャンスは今しかない。


 周囲の人間に怪しまれないよう―――――まるでトイレにでも行くように―――――彼に近付く。彼の髪からは香水の甘い香りが漂っている。さすがはクラスで一番モテる男だな……と思いつつ、私は彼の頸動脈に向けてシャーペンを振り上げた。

 だがその瞬間、彼が突然立ち上がってしまった。思わず避けようとしたが、非力な私にはそれを避けることができなかった。私は思わず、その場に尻餅をついてしまう。着信拒否をする上にこんな真っ向勝負ではない「暴力」を奮ってくるなんて、なんて卑劣な奴なのだろうか。


 いっそ今の卑劣な暴力を「正当防衛」の理由にして、彼を殺してやることはできないだろうか。燃え上がる殺意を抑えるように、私はシャーペンをギュッと握る。彼は私の姿を視認すると、ハッと動揺の滲んだ声を漏らした。……やっぱりね。その顔は「やらかした」という恐怖を抱いている顔であった。

 その姿に少し失望を抱く。卑劣であれ私に尻餅をつかさせる程の暴力を奮ったのだから、もっと嬉しそうな顔をしてほしい。というか、「やらかした」ではなく「やってやった」という顔をするのが普通なのではないか。人間……というか地球生まれの奴等は妙な価値観を持っているなと思った。


 ……その時のことだ。彼は目の前で過呼吸を起こして倒れてしまった。「えっえっえっ」と私は戸惑う。ひとまず偶然にも落ちていたビニール袋を彼の口元に当ててあげたが、なぜか過呼吸が悪化してしまった。「ちゃんと呼吸しろ!」と背中を千本ノック並みに叩いてやったが、一向に普通の呼吸を取り戻してくれなかった。なんて貧弱な生き物なんだ、この生き物は。私の一族では千本ノックをしたら、皆一様に元気になるというのに。


 その内にクラスで五番目に可愛い人間の女子が私を「どいて!」と言って退けると、媚びた声で「大丈夫? 佐竹くん?」と背中を撫でながら看病してあげていた。

 どうせ五番目に可愛い人間など……と見下して様子を傍観していたが、彼女が看病すると数分で彼は元の呼吸を取り戻し始めた。どうして五番目如きの彼女が彼の過呼吸を鎮めてあげられるのか。「どうしてあんな奴が……っ!」と劣等感からコンプレックスを拗らせて二人一緒に心中させてやろうかと思った。


 だが、なんとか耐えた。耐える代わりに多くの芸術作品で支持されがちな「停滞は悪、進歩こそが正義」という理論に従って、私は死にかけている彼の下に近付いた。私が近付いてくるのが見えると、あろうことか、彼は五番目の彼女の背中に隠れる。


「……ださっ」


「だ……ダサくてもいいいさ、今は! 僕は自分の命が大事だ! そそそれよりも、一体何のようなんだ? また僕をころ……ころし」


「あー……分かった、分かった。殺さないし、君の頭から生えている触手をタコ焼きにもしないわ。……まぁ尻餅つかせた事と着信拒否してきたことについては、ちょっとばかり詳しく聞きたいけど」


 私がシャーペンを向けると、彼は「ひぃ!」とだらしない声をあげ五番目の背後に隠れる。こんなやつがクラスで一番人気がある男子だなんて、本当なのだろうか。弱そうだし。一発殴るだけで死にそうだし。


 私なんてただの一般宇宙人でしかないのに、まるで自分にとてつもない「暴力」を奮ってきた相手を見たような、被害者面をしてくるなんて。相手……私に対して失礼と思わないのか。もう着信拒否して「恋人」ではなくなったから、そんなことを思いやる気持ちがないのだろうか。私はまた溜息を漏らすと、潔白の証明として、シャーペンを窓の外に投げ捨ててやる。そうして、彼に顔を近付けた。


「……で? どうなの。どうして私を着信拒否にしたの?」


「そそそ、それは……だから……あの……」


「はっきりいいな! 言わないと殺す」


「はひっ! あの……昨日貴女が僕を殺しにきたからですっ!」


 殺しにきた。おかしい、私はただ告白しに行っただけのはずだ。ただちょっと振ったのなら指詰めてやろっかなーと思っていたが、それぐらいだ。実際には指を詰めてないし、最終的に彼は「OK」と言ってくれたはずなのだ。もちろんそのために少しばかりは「暴力」を奮ったかもしれないが、それは私の一族の奴等と比較すれば大分マシな方である。それなのに、どうしてこんなにも怖がる必要があるのか。

 そんなにも、暴力というものが怖いのだろうか。


 私は髪をポリポリかくと、彼の身体から触手を一本引き抜く。彼は「ギャッ!」と声を上げたが、気にしない。


「……これで全部チャラだ。どうせ触手なんて、また生えてくるだろ? だから気にするな。その代わり、金輪際私はお前に近づかねぇことを約束してやるから」


 私は彼の背中をポンッと叩くと、じゃあなと言って背中を向ける。まったく、こんな半日も経たない内に失恋するなんて思ってもみなかった。両親は「"暴力"ではなく"秩序"によって自分たちを律する人間という生き物について、見てきなさい」と言ってこの学校に送り込んでくれた。

 だが、その秩序というやつは実際は、ただ雑魚の烏合の衆でしかない人間という生き物の生存戦略でしかなかった。私はちゃんと秩序に従って生きていたというのに、それを怖がられ、その上着信拒否までされた。やはり私たちのような暴力が中心で全てが回っている一族には、暴力こそが正義であり、愛であり、自らの優位性を示すための手段であることの方が向いているのではないか。


―――――地球の奴等と宇宙人など、所詮は分かり合えないのではないか。


 そんな思いを抱いたまま私はそのまま教室の外に出ると、廊下の窓から青空ソラを見る。早く宇宙ソラに帰りたい。こんな"秩序"なんて気味の悪いものを信じている人間なんかと一緒にいたくない。"暴力"に満ちた日常に帰りたい。もういっそ、こんな学校ごと全て"暴力"で磨り潰してやりたいという気持ちを無意味に昂らせながら、私はただ、ポロポロと涙を流していた。

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