姫君は善意で祖国を取り戻す

長月

第1話 アリシアの結婚

「お嬢様、お待ちください!」


 侍女たちが走る。きゃはは! とその前を走る金髪の姫。水色のドレスをたくしあげて、裸足で庭園を駆け回る。庭園は季節の花々が咲き乱れて、あまりに夢のようだった。


「早く! お父様のところに行かなくちゃいけないわ!」

「その格好で行かれるのですか、お嬢様!」


 くるりと翻る。蒼色の双眸は快晴を思わせる。


「当然じゃない!」


 彼女こそ、知識の国、小国ロエレンタールの第一王女、そして後に魔法学を復興させた名君アリシアである。




 知識の国、小国ロエレンタール。

 その国は、世界中の知識を集め、それらを一括管理する機能を持っていた。世界は魔法学と科学という二つの学問体系によって成り立っており、ロエレンタールはそのどちらも尊ぶものとして、扱っていた。小国で海と山に囲まれ必ずしも恵まれた土地とはいえなかったが、これらの知識があることで非常に高い文化レベルを有していた。

 一方で世界は大国ガルダによる戦争が激化していた。大陸の半分の領土を持つガルダは、人口も多く、資源不足に苦慮していた。彼らが愚かだったのは領土拡大を狙ったことであった。戦争による経済効果はあったものの、国民たちの血税によって賄われる部分も多く、彼らは必ず領土を拡大せねばならなくなった。そのため、武器の強化は必須であったし、敵国への倫理的配慮は捨て去っていた。そう、大国ガルダは科学技術で持って武器の強化を行なっており、隣国を火の海にしまくっていたのである。お陰様で、大国ガルダとの戦争に備えるべく、周辺諸国が結束を固めるのは当然と言えば当然の結果であった。そして、その要となるのが、アリシアの祖国であるロエレンタールだったのである。




 さて、アリシアは、というと、その美しい髪を揺らして玉座の間へ走っていた。もちろん、裸足である。広い廊下を走り抜け、玉座の間に通ずるバカほど大きく重い扉の前に着く。扉は豪勢な木彫りが施されており、ドラゴンを模した顔がジロリとアリシアを見ていた。ドラゴンの顔に手をかざす。


「扉よ、開け。あなたの姫がここを通ります」


 アリシアがつぶやくと、扉全体が青い光でゆらめいた。解錠の呪法が施されたのである。扉を押すと、玉座には、痩せぎすな金髪の男が難しい顔をして座っていた。アリシアの蒼い双眸は、彼譲りである。彼もまた、白いシャツに黒いパンツと動きやすいことこの上のない格好だった。

 アリシアは水色のドレスをたくしあげたまま、そして土のついた裸足のまま、玉座に駆け寄る。


「お父様!」


 ロエレンタールの王、アリシアの父、ムスタフは、彼女をその目にとらえるとへにゃりと破顔した。


「おお、アリシア! 今日も可愛い!!! 世界一!!!!!」


 アリシアが思い切り抱きつく。ムスタフは、親バカである。


「それで、お父様!アリシアの婚姻が決まったとお聞きしました!」


 アリシアがムスタフの顔を覗き込む。キラキラしたその瞳は、満点の星空をかき集めて、黄金比でばらけさせたような美しさがあった。ムスタフがあまりの可愛さに眉間を抑える。ムスタフは、親バカである。


「ああそうだ。可愛いアリシア……。お前を嫁がせるなど、私の元から離すなど絶対嫌だと言ったんだけどね」

「お相手は?」


 アリシアは安定にムスタフの言を無視する。ムスタフもいつものことなので慣れている。

 ムスタフが人差し指をくいと曲げると、収納魔法が出てくる。亜空間に腕を突っ込むと、そこから写真が一枚出てきた。


「アルウェー国第一王子、ローナックだ」


 銀髪に、すっきりとした一重。魔法学の権威。魔法学の天才。アルウェー国の次期帝王。気難しい魔法学博士。アリシアはうっとりと写真を撫でる。

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