赤子塚の爾後

如月 凪

赤子塚の爾後(読切)

○京都・東山 通学路(昼)

   京都の風情が滲み出る石畳の路地を歩く小学生・鳥辺野 樒(7)。黒のランドセルを

背負い、一人ぼっちでトボトボと歩いている。

足を止め、振り返る。顔のアップ。

樒の後ろに二人の小学生が現れる。

同級生1「幽霊ぇ〜昼から歩いて消えへんのかぁ?」

同級生2「はよ成仏せぇや」

   いじめっ子と遭遇した樒は飛び上がると前へ向き直り逃げ出す。

   逃げる樒に向かって小石を投げつける同級生。小石はコツコツと樒の頭に当たる。

   通学路に並ぶ理髪店の大きなガラスに樒の姿は映っていない。

樒「いたっ……痛いよ……!」

   半泣きの樒に大粒の石が向かってくる。石に気付いて振り返りかけた樒は咄嗟に頭

を庇って目を瞑るが、衝撃はやってこない。

恐る恐る目を開くと、視界には大きな大人の手が翳されている。石を受け止めた手は

石をコンクリートに落とす

   息を大きく吸う青年・神無月 和人(20)。

和人「くお〜らああぁ! 何してんだガキんちょ共!」

   ヒィッと怯えるいじめっ子の同級生達。

和人「おうおう。小学生でイジメたぁ腐ってるな」

同級生1「だ、だってソイツおかしいねんもん!」

同級生2「幽霊やねん!」

   和人は樒を庇うようにもう一歩前に出る。この時、彼がカメラを首から提げている

と気付く。

   樒がカメラに対して怯えた様子を見せる。

和人「少年達。学校名と学年、名前は?」

同級生1「な、何すんの⁉︎」

和人「通報すんだよ。いじめが起こってますって」

   和人はスラックスのポケットから当時最新のガラケーを取り出し、開いて見せる。

   同級生達は顔を真っ青にし、逃げ出していく。

同級生2「ゲッ。いい歳した大人が口出すなや!」

同級生1「樒! チ、チクったら…分かっとるやろな!」

   呆然として和人を見上げる樒。

その奥で和人はおどけた様子で両手を広げて「ぶわぁーか」と舌を出している。

和人「少年。大丈夫か?」

   緊張で上手く話せない樒は小さく頷くだけ。和人は樒と視線を合わせるように

片膝をつく。

和人「どーした? 本当に通報しても良いぜ?」

樒「や、やめて! だ、大丈夫だから…」

   樒は慌てて止めた後に深呼吸して、深々と頭を下げる。

樒「たすけてくれて、ありがとうございました」

和人「礼を言われるほどじゃない」

樒「あの。お礼…」

和人「ふむ。では少年に助けてもらおうかな」

   何をさせられるのか不安そうにごくり、と息を飲む樒。

和人「鳥辺寺へ行く道が分からん!」

   声を張り上げて宣言する和人に呆気に取られた後、樒はポカンとしたまま自分を

   指差す。

樒「お世話になっている、お寺です」

和人「そりゃ助かる。今日、住職と会う約束なんだ」

樒「そ、そういえば人が来るって聞いています」

樒「たしか。神無月 和人、さん」

   和人は歯を見せてニッと笑って見せた。


◯京都・東山 通学路(夕方)

   樒と和人は並んで歩く。理髪店のガラスに樒だけが映っていない。和人は気付かずに

   カメラを構えながら歩いている。

樒「和人さんは大人…ですよね?」

和人「大学生さ。って子供からしたら大人なのは変わらんか」

   和人はパシャパシャと周りの風景を撮りながら返事をしている。樒も時折画角に

   入れている。とうの樒は居辛そうに猫背で歩いている。

樒「和尚様のお寺にどんな用事が?」

和人「鳥辺寺は爺さんの母方の菩提寺でな」

   コマの下から顔を出すミニキャラの和人と樒。簡略化された神無月家の家系図が

   書かれ、和人の言う祖父の母が示されている。

和人「子供の頃は何度も会った」

和人「住職は色々な伝承を聞き知っている爺様だったと思い出してな」

   小さな和人と話して聞かせる住職の影絵が出る。

和人「今になってまた聞きたくなって来たんだ」

樒「…勉強のために?」

和人「うんにゃ」

   和人はニカニカ笑いながら首を横に振る。

和人「好奇心を満たす為に」

   樒は眩しそうに目を細める。


○鳥辺寺 本堂(夕方)

   樒の案内で寺に着いた和人。本堂の畳にどっしり構えて正座をしている。

   住職(86)は樒の介助を受けながらお堂に入ってくる。住職専用の低い椅子に座る。

   住職は杖をつきながら目を瞑っており、かなり視力が衰えていることがわかる。

   和人は両拳を畳について深々と礼をし、すぐに顔を上げる。

和人「思ったよりは元気そうじゃあないか」

住職「そんな事を仰るのは和人坊ちゃんくらいですよ」

   正座は崩さず、和人から厳かさが抜けていく。

住職「樒。和人さんにお茶をお出ししてくれるかね」

樒「は、はいっ」

   樒はお茶を淹れにぱたぱたと走って席を外す。

   その樒の背中を横目で見送る和人。

住職がこほん、と咳払いをする。

住職「坊ちゃんのお話はこの老人の耳にも入っておりますよ」

住職「休学して全国を回っておられるとか…」

   住職が心配そうに和人の方を見る。

和人「大学の授業はつまらん」

   頭の後ろに手を回して、唇を尖らせる和人。

住職「お父上に私から説得しれくれと…」

和人「はは! 無理だろ!」

   ガックリ、と肩を落とす住職。

和人「俺は好奇心に従う!」

   びっ、と指を天に向ける和人。

和人「そう。今日はこの土地に残る『子育て幽霊』の伝承について聞きにきた」

   住職は焦点の合わない濁った目を開いて驚いている。

住職「理由をお伺いしても?」

和人「伝承、伝説なんぞは嘘っぱちだとずっと俺は思っていた」

   和人は自分の膝を叩く。

和人「だがな…」

和人「新しい友人が妖怪だったんだ」

   荒唐無稽な話を目を輝かせながら始める和人。

   住職は止めずに目を開いたまま聞いている。

和人「ずっと嘘だと思っていたものが、存在したんだ」

和人「俺にも知らない事がまだあるんだと思うと居ても立ってもいられない」

   人差し指を立てて、楽しそうに話す和人。

和人「だから怪談や伝承を収集し研究して回っているのさ」

住職「…いやはや。坊ちゃんの言動にはいつも驚かされます」

和人「妖怪の存在は否定しないんだな」

   和人は不敵に笑う。

   住職はこめかみの辺りを掻くと、樒が出て行った方向へ体を向ける。

住職「そういう存在を否定するのはあの子を…樒を否定する事になってしまいますので」

和人「うん?」

住職「ここ以外行き場の無い子ですから。せめて私くらいは…」

和人「…樒少年が疎まれている事と関係があるのか?」

和人の真正面からのカット。

住職の声「はい」

住職の声「樒は、現代の子育て幽霊の子供ですから」

   差し込んでいる夕日に照らされる和人。目を見開いてニィ、と口元に微笑みを浮かべる。


○鳥辺寺・霊園(夜)

   夜の霊園を歩く和人。

   足取りは昼間に歩いているのと変わらず、散歩しているのと変わらない。

N「子育て幽霊――」

N「死んだ妊婦が墓の中で生まれた我が子を育てる為に、幽霊となって飴を買いに来るという怪談である」

N「小さな違いはあれど、全国的に伝わる伝承だ」

   和人が墓の前で手を合わせている樒の後ろ姿を発見する。

   樒の前にある墓石には「南無阿弥陀仏」と書かれているだけで、名前は彫られていない。

和人「こんな所に居たのか」

樒「ひあぁ!?」

   大きく飛び上がりそうなほど驚く樒。親に縋るように墓石の後ろに隠れてモジモジしている。

和人「墓の後ろに隠れる奴は流石に初めて会うな」

   樒が恥ずかしそうに縮こまりながら、和人が首から提げているカメラを見ている。

   それに気付いた和人がカメラを構えると、樒は墓石に身を隠してしまう。

   隠れようとしている肩やお尻だけが見えている。

和人「カメラは苦手か?」

樒「…僕、写真に映らないんです」

   問答無用でパシャ、とシャッターを切る和人。唖然としている樒。

   その場で撮ったものを確認する和人。

和人「おお。本当だ、ケツが映ってない」

   樒は恥ずかしさや勝手に撮った怒りで真っ赤になって震えている。

和人自身は気にしていない様子。

和人「これはお前が半人半妖だからか?」

   カメラの小さなモニターを見せてくる和人。樒は墓石の裏から出てくる。

樒「わからないですけど、多分…」

和人「いつ気付いた?」

   カメラを見つめる和人。表情はいつになく真面目。

樒「前から鏡やガラスに映らなくて…」

樒「ただ…学校で遠足に行った時、集合写真に居なかったから。皆にも見つかっちゃって」

和人「昼間の悪ガキ共に付き纏われるようになったのはその頃からか」

   小さく頷く樒。

樒「だからカメラは怖いです。僕なんか本当はこの世界に居ないって言われてるみたいで…」

和人「気にするなよ」

   無責任な事を言い出す和人。樒は諦めて失望したように俯いて、曖昧な返事をする。

和人「写真に映らないのもお前の個性の一つなんだから」

   樒は驚いて反射的に和人を見上げる。奇妙な物を見るような目を和人に向けてしまうが、それに嫌な顔はされない。

和人「半分幽霊なんて、他の奴らには真似出来ないだろ。俺だって無理さ」

   和人は片膝をつくと、樒にカメラのデータを見せる。中を覗き込む樒。

   そこには人間のように小枝を杖にしているモモンガや、黒い雲の中に潜む不気味な獣が黒々とした爪を出してピースしている写真データが残っていた。

和人「こいつらは今まで俺が会って来た半人半妖達だ」

和人「お前の仲間でもある」

   食い入るように見つめる樒。

和人「俺も天才だの鬼才だの、奇人だの…色々呼ばれてきた。当然だ。事実だからな」

樒「はあ」

   若干冷めて、引き気味の樒。

和人「だが、妖怪、半妖…そいつらにはなろうと思っても不可能だ。俺は純粋な人間だから」

   自分の心臓の上をドンドン、と拳で叩く和人。

和人「…それが俺にとってどこまでも興味を掻き立てる!」

和人「俺が種族違いの友をどこまで理解できるか挑戦したい!」

   和人はカメラを持って立ち上がる。

和人「さて、自分がこの世界に居ないと突きつけられていると悩む少年よ」

和人「それなら己は生きているのだと全力で主張しろ」

樒「え!? そ、そんなのどうすれば…」

和人「生きてるーッ! って叫ぶとか?」

樒「こんな真夜中に…。流石に和尚様に叱られます…」

   和人は大きく笑う。その後、顎で軽く後ろの墓を指す。

和人「なら、お前を産んで、生かしてくれたお袋さんと撮ろう」

和人「彼女がここで眠るのが、お前が生き

樒「…どうしてお母さんのお墓だってわかったんですか?」

和人「あれだけ熱心に拝んでいたらわかるさ」

   和人は樒を墓石の隣に立たせる。カメラを向けられると緊張して肩が怒る樒。

   和人は「硬いな…」と呟く。

和人「もっとリラックスしろよ」

樒「は、はいぃ…」

和人「レンズ見て。もう少し顎引け」

   手招きをして指示を出す和人。

和人「顎を引くってのは首ごと少し後ろにするんだよ」

和人「…お前、ホント撮られ慣れてないなぁ!」

   和人の指示に従っていく樒。

和人「樒。写真、映りたいか?」

   樒は先ほどの半妖達の写真を思い出すと、頷く。

樒M「僕も、あんな風に…」

T「堂々と、生きてみたい」

   レンズの奥の和人と目が合う、樒。

   シャッターが切られる。和人に駆け寄る樒は彼の服の袖を引いて、データを確認するように促す。

   だが、最新の写真には墓石だけで、樒は写っていなかった。


◯京阪電車・清水五条駅周辺(昼)

   駅の階段が見えるコンビニの前で立ち尽くしている樒。東京に帰る和人の見送りに来ているが、肝心の和人が居ない。

   いつも以上に大人しく、落ち込んでいる様子の樒。

樒「遅いなぁ…」

和人「おう〜い。少年〜!」

   大きく手を振って走ってくる和人。声の方へ振り返る樒。和人はカメラだけでなく、写真を手にしている。

   樒の元へ到着するなり、写真を押し付ける和人。子供のように清々しい笑顔だった。

樒「なんですか…」

和人「良いから見てみろ」

   渋々、といった様子で受け取った写真を見る樒。

   夜の墓を撮ったそれには、ぼんやりとだが小さな子供と、彼の肩に手を置いている足の無い女性が写っている。完全に親子の霊が映った心霊写真だった。

   だが、樒は驚いて何度も写真と和人を交互に見る。

和人「もしやと思って写真店で現像させた。心霊写真なんて持ってくるな! って追い出されたがな!」

   追い出された事は微塵も気にしていない様子で大きな口を開けて笑う和人。

   感動して写真を握り締めながら、お礼を言おうと口を開こうとする樒。和人はそれより先にくしゃくしゃに頭を撫でる。

和人「お前、お袋さん似だな」

樒「…はい!」

   和人の足に抱きつく樒。和人は二度肩を叩いた。

和人「少しはカメラ、好きになれたか?」

樒「(小さく頷く)うん」

和人「俺はカメラも写真も好きだ。俺の歩いてきた軌跡を記録できるからな」

   樒の首に自分のカメラを提げさせる和人。和人の行動と重さに戸惑う樒。

和人「カメラってのは撮る側も楽しいもんだ、思うように撮ってみろ。きっともっと好きになる」

樒「こんな高そうな物、もらえません…!」

   オロオロとしながら樒がカメラを持っている。

和人「あん? 12万くらいの普通のやつだよ」

樒「ヒィっ!?」

   樒はカメラをぎゅっと抱き締める。

和人「まあどうしてもって言うなら、いつか返しに来い」

樒「ま、待って…和人さん…!」

   自分の言いたい事だけ言い切った和人は駅の改札がある地下への階段へと

   向かっていく。振り向かず、右手をヒラヒラと振っている和人。

   樒は小さな手で重たい一眼レフを拙く構え、和人のシャッターを切る。

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