第一章 九話 懐疑
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「……………………隊の新人二人に稽古を付けていた帰りだ。……………………帝国兵による襲撃に遭った。数はおよそ百五十。帝国兵は皆、例の不快な魔の気を帯びていて殺したら爆発した。…………敵味方関係無く周囲の一定範囲が相当な火力の爆発に巻き込まれて塵になる。我々は初見を回避できず後手に回り、結果として生き残ったのは俺だけだ……………………報告は以上」
ここは地に這うように広がる古代の遺跡・エクレシアン――――――通称「砦」。
帝国との国境を守る精霊騎士が集い、攻防の作戦を練るための拠点である。
今もまさに、この砦のおよそ中央に位置する円形の広場にて、上位の精霊騎士らが何やら話し合いを行っていた。
ハダルは今しがた経験した一連の出来事を報告し終え、彼方の方を眺めていた。
日は既に傾き始めていた。
斜めから差し込む夕日を受け、石柱の数々が細長い影を引いている。
もちろん共闘した謎の少年らとの約束を守り、彼らのことは伏せた上での報告である。
「……………………それで、残りは皆始末したんだな?」
一人の男が口を開く。
ここにいる者は自分を含め全部で五人。前線を守護する五つの隊の各隊長である。
「そうなるな…………だが今日伝えたかったのは改造された帝国兵の件だ。それさえ知っていれば対処は楽な方だろう?」
ハダルは男の方を見る。
取っつきにくい男だ。
「聞いた感じでは、な」
男は、そう疲れたように溜め息混じりに答えた。
ここ数年で急激に過激化した帝国の侵犯行為。
争いの火種がまだ小さい頃に帝国に乗り込み、国ごと潰してしまえば全て片が付いたというのに、我々はその機を逃したのだろう。
騒ぎ出した頃には時は既に遅く、帝国は謎の不快な力に守られるようになっていた。
「……………………慢心なんだよな」
思わず、その言葉が口をついた。
歴史が進むに連れ、精霊騎士は言うほど圧倒的な存在ではなくなっている。
「ん?…………なんか言ったか?」
「いや、なにも。……………………じゃあこれで解散でいいか?俺は少し休みたい」
「他に意見のある者は?」
それに、誰も何も言わない。
そのまま解散になるかと思いきや、しかしそこで一人が声を上げた。
「……………………独り占めする気?」
この棘のある声はカノープスだ。彼女も隊の一つを任される実力者で、比較的最近隊長に上り詰めた騎士であった。
しかし、何のことだろうか?
「遺跡、見つけたんでしょ?中身は何だったの?」
「そういうことか。……………………いや、探索を始めたところで帝国兵の気配に気付いた。だから未発掘だ。…………それに独り占めするつもりはない」
「あら、なら何故場所を言わなかったの?」
「忘れてただけだって言っても信じないよな?………………まぁあそこが俺の持ち場だってことは特別に見逃してやるよ」
精霊騎士には隊ごとに指定の担当区域が定められており、原則としてその区域内で発見された遺跡や神器等の遺物は国に報告した後にその権利が認められる決まりとなっている。
それを横取りするような真似はご法度なのである。
「はあ!?…………ならそれを先に言いなさいよ。苛ついた、帰るわよ」
「あぁ……………………気を付けて」
勝手に怒り出していなくなる女の背中に、申し訳程度に言葉をかけておく。もちろん口だけだ。こちらは微塵も悪くない。
自分も早く隊に戻って休もうかと、残りの三人を振り返って言う。
「じゃあ、帝国兵には気をつけろよ。またな」
帰りの挨拶も早々に帰路に着いた。
我々各隊の隊長は基本的に自分の担当区域に拠点を作り、そこを軸に生活をする。
ここ「砦」には、今回のような重要な情報共有やらの用事が無い限りは基本的に来ないのである。
が、
「待て!」
と後ろから呼び止められてしまう。
「まだ何かあるのか?」
「…………ハダル、お前はもう団長様にご挨拶したのか?」
空気がやけに凍りつく。
団長様――――――――全精霊騎士のトップにして、現代最強の精霊騎士、シリウス精霊騎士団長のことである。
ここ「砦」は何を隠そう、その団長様の拠点なのである。
「……………………いや、まだだ。だがそう砦に来る度に毎回毎回挨拶に行く必要もないだろ?」
「不敬ではないか?」
「悪いとは言わないが、向こうも忙しいだろうから時間を取らせるなよ」
「………………お前は来ないのか?」
「あぁ、今日は回復に専念したいから早く帰ろうと思う」
それに、明らかに不満げに「ふんっ」と鼻を鳴らしつつも引き下がる男。こいつも悪い奴ではないのだが、どうも頭の堅いところがあるのは否めない。たが、その実力は折り紙付きである。
「では、な」
そう言い、足早にその場を去る。
ハダルは一刻も早く拠点に戻り、受けた傷や疲れを回復させたかった。
なにせ、ここまで酷く負傷し、疲弊するのは精霊騎士として隊長の地位に就いて以来滅多に経験していないのである。
もっとも今より若く、戦場に生きていた頃は常に半死状態ではあったのだが。
「……………………昔を思い出すな」
戦闘の最中、あの三人の少年たちを見ていて胸にこみ上げてくるものがあったのだ。
「どうかなさいましたか?」
不意に暗闇から声がした。
いや、気配には常に気付いていた。
「何でもないぞ、アトラス。隊の様子は変わりないか?」
「はい……………………死は身近にあって当然のもの、気を病んでいる者はおりません。しかし、皆事の詳細を知りたがっています」
「…………そうか、それは帰り次第お前から伝えておいてくれ」
「承知しました」
自分の拠点がある方向に向かう。
少し歩き、砦の結界を抜けた。
「行くぞ」
まずは拠点に戻り回復するのみである。
正直、普段の精霊の力を使った空の移動は負担が大きかった。
故に、アトラスである。
「少々お待ちを」
そう言って、アトラスが準備をする。
アトラスの力の一つ、眷属を従える事ができる力。
不意に突風が吹き抜け、周囲に粉塵が舞い上がる。
既に日が完全に落ち、紫になった空に何かの影が見えた。
影はまだ遠く、空が暗いこともありはっきりと認識することはできない。
しかし突然、耳をつんざくおぞましい咆哮が聞こえてきた。
荒々しく空を飛ぶ影に、この獰猛な咆哮の正体。答えはもう一つしかないだろう。
「お待たせしました。……………………飛竜です」
こちらを見て、アトラスが言ってくる。
「ドラゴン…………か!?」
アトラスの力を実際に見るのは初めてだな、と今更ながら気付く。
アトラスとは隊長に成り立ての頃から、比較的長い付き合いであった。しかしそれ故に同じ戦場に立つ機会があまりなかったのである。
「そうとも言いますね…………乗り心地は悪いですが速さは十分です。私も乗って落ちないようにしますのでご安心下さい」
「……………………俺が落ちると思うか?」
「いえ、しかしだいぶ消耗しているようでしたから…………」
「そんなんでもないが?」
「ならご自分で帰られますか?」
「……………………」
「冗談です。早く行きましょう」
表情のない顔でそんなことを言い、軽やかにドラゴンに飛び乗る。
一方のドラゴンは、地面に降り立ち膝を着いて体制を低く構えている。
それにしても大きい。
昼間に遺跡で見たバジリスクも、史上最大レベルで大きかったが、頭の大きさで言えばこのドラゴンも同じくらいはあるだろうと思う。
「……………………かなり大きいが、どこで見つけたんだ?」
後を追って上り、アトラスの横に降り立つ。
そもそもドラゴンというのは「神獣」の一種で、その中でも特に希少な種族であるため滅多にお目にかかれないのである。
「どうでしょう………………そんな余裕でいると落ちますよ?」
「また秘密か?」
アトラスは構わず、ドラゴンの背を軽く叩いて合図を出す。
と、足元が大きく揺れた。
筋肉のうねりが伝わってきて面白い。
「じゃあこれだけ答えてくれ」
「ものによりますが………………なんですか?」
「今まで俺以外に乗せた奴いるか?」
ドラゴンが進行を始めた。
この様子ならば、すぐに拠点に着きそうである。
アトラスは器用に風を操り、爆風の影響を受けないように逸らしている。
質問に答える様子はない。
「まぁいい、聞いてみただけだ……………………」
本当に興味本位で聞いてみただけだ。
アトラスが答えないと言ったら意地でも口を開かないことは長年の付き合いで知っている。
――――――――――――
暗い空を、凄まじい速度で飛来する。
その背に乗って、眼下を見下ろす。
それは、誰だろうか?
アトラスも、実力は自分と並ぶほどのおよそ強者と呼べる者である。
アトラスが言った言葉が、やけに頭に残っていた。
――――――――――――いますよ。
あの後しばらくして、アトラスは静かにそう答えてくれた。
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