第一章 八話 鴻鵠


「レグルス、生きてたか」


 言いながら近づく。

 上半身の服は爆発でちぎれたのかほとんど形を保っておらず、その鍛え上げられた身体が露見していた。

 しかしその身体も傷だらけだ。逆によく生きているな、と思うほど肉が抉れている部分も見える。


「なんとかな………………」


 頭を上げてこちらを見るのも辛そうである。


「お前らも生きてたのか。………………俺の仲間は?死んだか?」

「あぁ、残念ながら多分な」

「……………………油断してた。あんな帝国兵は見たことがない」


 そう悔しそうに言う白服の男。

 やはりあの帝国兵は特異な存在であって、全ての兵が爆発するという訳ではないようである。


「あまり気負うなよ。食らったのも最初の一撃だけだろ?あいつらが爆発することを事前に知っていれば回避できるからな。それに……………………俺達が生き残ったのもはじめに少し見させてもらったからに過ぎない」


 とフォローを入れる。

 しかし、この場所でゆっくりするつもりはないため、すぐにレグルスへと意識を向ける。


「立てるか?」

「立とうと思えば立てる。立ちたくはないがな」

「ここに長居するつもりはない。レグルスが立って歩けるまで回復したらすぐに行くぞ……………………どっちにしろここで休むのは安全じゃない」


 それにアンドロメダが「了解」と言って、近くの石に腰掛ける。

 

「結構やばかったな……………………かなり疲れたよ」

「そうか」

「てかあの帝国兵は何をされたの?帝国では何が起こってるの?」


 と怪訝な表情でアンドロメダが聞いてくる。

 あれも恐らく「悪魔」に関わる何らかの実験の成れの果てだろうことは、簡単に予想できた。しかし、あの兵たちが完成形であるはずがない。それにしては造りが荒く、また味方も巻き込んでの爆発となると使い所も限られてしまう。

 そのため、


「多分あれはまだ未完成だ。じきにより完成度の高い、それこそ本物の悪魔に近いものが出てくるだろうな」

「悪魔ね…………」


 と呟いて、アンドロメダが考え込むように下を向く。


「悪魔?」


 白服の男が聞いてくる。


「何の話だ?」

「帝国の話だよ…………あと名前なに?」


 答えるべきか答えないべきか、考えている間にアンドロメダが口を開いた。言葉に若干の棘があるような気がしなくもないが、俯向いていて表情が見えないため分からない。


「ハダルだ。で、帝国について何を知ってる?」

「なにも知らないよ」

「……………………なら悪魔については?」

「それも全く」


 空気が悪くなる。

 とそこでアンドロメダがちらっとこちらを見てきた。

 含みのある視線。目があった瞬間、その口角が悪戯っぽく吊り上がる。

 

 それで理解した。

 アンドロメダはこのハダルという男を煽ることで何か情報を聞き出そうとしているらしい。


「精霊騎士っていうからにはそこら辺の情報は全部知ってるのかと思ってたよ。でも何も知らないんだね。挙げ句に仲間もこんな簡単に死んじゃうくらいだしさ……………………」

「お前っ!」


 一瞬言い返そうとしたハダルを、しかし無視してアンドロメダは更に続ける。


「正直がっかりしてるよ。今みたいな帝国兵が攻めてきたら余裕で侵略されちゃうじゃん?精霊騎士は一騎当千の実力者揃いなんじゃなかったの?もしかして口だけ?」


 言いながらもハダルの方は見ない。

 徐々に語気を強め、心に刺さるようゆっくりと言葉を並べていく。

 それにハダルは、怒りをぐっと堪えたように険しい顔で言う。


「……………………たしかに悪魔やらの情報は無いし、帝国の内情も調査できていない。……………………言い訳をするようだが数奇の奴らは何か変な力を帯びていなかったか?何か、精霊の力を弱めるような……………………」


 それにはアンドロメダも思うところがあるようで、それ以上言い返しはしなかった。

 そもそも、別に好きで煽ってる訳ではないのである。


「たしかにな。……………………悪かったよ、精霊騎士がどのくらい情報を掴んでいるか知りたかったんだ」


 アンドロメダがハダルの方を見て、言う。

 一方のハダルも特に気にしていない様子で首を振る。


「……………………だが力が及ばなかったのは事実からな」

「それはそう。精霊騎士って言うからにはあのくらいの予想外は臨機応変に対応して見せてよ」

「……………………返す言葉が無いな。……………………というかそもそもお前らは誰なんだ?」


 ハダルが三人の顔を順に見る。

 そして、レグルスの方を見て視線を留める。


「……………………どこかで、会ったか?」


 そう聞くハダルに、レグルスは「気のせいだろう」と答えただけで視線を外してしまう。

 王城で見かけたと言っていたのだが、何か都合の悪いことでもあるのかもしれない。

 もしかしたらレグルスが精霊の力を使えないことにも関係している可能性がある。


「そうか、まぁ良い。これからどうするんだ?…………ここに長居するつもりはないとか言ってたが、あれはどういうことだ?」

「そのままの意味だ」


 そう応えて、アンドロメダとレグルスを見る。

 しかし、まだ出発するには早いようで、二人とも回復に全神経を使っているのが見て取れた。

 特にレグルスは、まだ動けないだろう。


「お前は?」


 と、逆にハダルに聞く。

 恐らくは近くに拠点があり、戻って今のことを報告するのだろう。


「……………………正直お前らに聞きたいことはたくさんあるが、無理やり聞き出せるほど俺も元気じゃない」

「それで?」


 促すと、ハダルがこちらを睨んできた。

 

「…………拠点に戻って報告だ」

「俺達のことも報告するのか?」

「されたくないのか?」

「まぁ面倒事は避けたい性分だから。命助けてやったんだし上への報告は控えてくれ」


 それに、少し間を置いた後にハダルが言う。

 

「断る、と言ったら?」


 こちらを見つめる目を見返す。

 口封じにこの男を殺すべきか、それともある程度のリスクを背負いつつ、このまま退散してもいいのだろうか。

 少し悩んでいるうちに、先に口を開いたのはハダルの方だった。

 

「……………………」

「……………………冗談だ、気にすんな。お前らのことは言わねえよ」

「あぁ、悪いな……………………」

「信じてないな。…………たがこういう約束を破ると碌なことにならないからな」

「ん?それはどういう?」

「天罰が下るんだ……………………自分の信念に反すると必ずな」


 何か持論があるようだ。

 とにかく、ハダルが自分達のことを報告しないという話で間違いなさそうだ。


「もう行くのか?」


 立ち上がり、服の砂を落としているハダルに聞く。


「あぁ、お前らも早くいなくなれよ。調査隊が来る可能性があるからな」

「分かった、じゃあ気を付けて帰れよ」

「またいつか会えるといいな」


 ハダルが遺跡の向こうに消えていく。

 辺りが急に静まった気がした。


「俺達も早いとこ行くぞ」

「…………了解。レグルスは立てるの?」

「当たり前だ」


 二人がほぼ同時に起き上がる。

 疲れた様子のアンドロメダと、見るからに傷だらけのレグルス。

 そんなレグルスを見て、アンドロメダが吹き出す。


「レグルス、ぼろぼろじゃん!…………しかもそれ服の形保ってないよ?」

「うるさい……………………服ならどこかで調達すればいいだろ」

「そうだけどさ、帝国に入る時上裸で行くの?…………戦時下とか関係なく入れてもらえないでしょ」

「…………黙れ」


 レグルスが鬱陶しそうに服の残骸を身体から剥ぎ取る。

 身体の傷ももう出血は止まり、その傷口は塞がろうとしていた。

 だがそのダメージは全然抜けていないのだろう。レグルスはふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。


「さあて、それでこれからどうやって帝国に入るの?」


 アンドロメダが身体を伸ばしてほぐしながら聞いてくる。

 それについてはいくつかの案があったが、どれも確実性は薄いものだった。


「今は特に警備が厳しいでしょ?それに戦闘になったら僕とレグルスはだいぶ消耗してるから分が悪いよ」

「あぁ、正面から突破するつもりはない」

「何か考えがあるんだね?」

「そうだ。……………………うまく行けば帝国内の研究機関に入れるぞ」


 アンドロメダとレグルスが、揃って眉をひそめる。

 がしかし、すぐにアンドロメダが理解したように頷いて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「良いねえ、ペル。頭回るね」

「だろ」


 それに、レグルスが口を挟んでくる。


「待て、どういうことだ?」

「全く…………レグルスはもっと頭を使わないと…………」

「早く言え、なんだ?」


 レグルスが苛ついたように声を荒げる。

 二人がいつもの感じに戻ってきた。


「だから、帝国は外から奴隷を連れてさっきの兵みたいな奴らを造る研究をしているでしょ?…………だからその奴隷狩りを見つけて奴隷として研究機関まで連れて行って貰おうってこと。……………………そうでしょ、ペル?」


 それに、頷いて返す。

 やはりアンドロメダとは考えることが同じようだ。


「じゃあ行こうか。……………………奴隷狩りを探すぞ」


 ――――――――――――


 いよいよ森を抜け、帝国の領地「北方領」へと入っていく。

 ここからは精霊国の守護は無い。

 自分たちの力のみで、あらゆる困難を乗り越えなくてはならない。

 敵は悪魔、冥府の神。


 ようやく戦いが幕を開けようとしていた。

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