第一章 七話 悪虐


 爆発、衝撃、砂塵、火炎、肉片――――――――――――。

 ここら一帯はそんなもので埋め尽くされていた。 

 ひどい有り様だ。

 これは決して自然界に存在する戦いではない。

 

「レグルス!」


 先を行くレグルスは、既にスターダストを手に戦闘の輪の中にいる。

 二人の帝国兵を相手にそれほど苦戦している様子はないが、


「留まるな!動き続けろ!」


 そう言って、レグルスの後を追いながらネックレスのトップを握る。


 ――――――――――――開戦だ!


 一人呟き、ネックレスのチェーンを引きちぎる。

 その手に、よく馴染んだ愛剣・テンペストの重みが加わった。


「レグルス、避けろよ!」


 言うと同時に、左右にいた敵を斬りつける。

 一撃で命を刈り取った感触があった。

 駆け抜けた背後で、二体の兵が爆発する。


「神器の力を全て使え、自分を優先して動け!」

「分かった」


 互いに反対側へと散る。

 すぐに四方八方から剣撃やら槍やらが襲いかかるが、それら全てを正確に躱し、剣で受け、反撃に転じる。

 テンペストを大きく横に薙ぎ払う。

 それだけで周囲の三体の兵が身体を分断された。


 大地を蹴り、宙高くに飛び上がり爆発を回避する。

 そのまま空中で華麗に一回転して後方に着地を決める。


「ペルを見てると簡単そうに見えるんだけどな!」


 頭上から声がしてそちらを見ると、アンドロメダが風を操って宙に浮かび、上から一方的に帝国兵を葬っているのが見えた。


「ペル、右!騎士の一人が死にそうだけど…………!」

「自分を優先しろ!」


 それに、

 

「俺は平気だ!」


 とレグルス。

 が、悩む暇はない。


 四方から襲い来る帝国兵が、その個々の戦闘力は低いものの自爆や倒されたあとの爆発のせいでかなり厄介な相手となっていた。


 ――――――――雨が降ればな。


 雨が降れば精霊の力を使えるのに、とそう思わずにはいられないが、天候ばかりは自分でどうにかできるものではない。

 そもそも雨はそう頻繁に降るものではない。

 つくづく使いづらい力だ、と思う。


「自分を優先しろ、他のことは俺が見る!」


 近くで帝国兵が連鎖的に爆発した。

 こいつらは周りにいる味方も巻き込んで大爆発を起こすことがあるのだ。


「くそが」


 遺跡の影に倒れ込むようにして爆発を回避する。

 レグルスは? 

 巻き上がる砂塵の向こうに人影が見える。


「レグルス!…………っ!」


 慌てて駆け寄るも、わらわらと現れる異形の帝国兵に阻まれて進めない。

 テンペストを真横に一閃。

 すかさず転がり込むように飛び退いて爆発を回避する。

 しかし同じように爆発を避けた敵が追従してきて、剣戟を浴びせてくる。

 

 いや、もはや自爆目的の体当たりか……………………。


「アンドロメダ!レグルスは?」

「ごめん、手一杯!」

「それでいい!」


 アンドロメダの方も、遠距離で攻撃してくる敵に手こずっているようである。


 と、煙の向こうから帝国兵が飛び込んできた。

 片腕はちぎれ、もはや満身創痍の姿でこちらに倒れ込むように突撃してくる。


「めんどくせぇ!」


 首を切り飛ばし、胴体を蹴る。

 そしてさらに後ろに跳躍して距離を取る。

 またしても、爆発。


 跳躍した先にも帝国兵が控えており、野蛮な大ぶりの大剣を手に向かってくる。


 レグルスは大丈夫だろうか?

 さっきの爆発から音沙汰がない。

 恐らく精霊騎士にしても、生き残っているのは白服の男だけだろう。

 周囲の帝国兵をあらかた蹴散らしたところで、ようやく先程の爆発があった場所までたどり着けた。


「レグルス!無事か!?」


 瞬時に状況を見渡す。

 十数体の帝国兵に囲まれた一人の人影が視界に飛び込んできた。


「………………レグルス!?」


 生きていたのか?

 ほんの一瞬、心に安堵がよぎる。…………がしかし、すぐにその人影の違和感に気付く。

 

「違う…………!?」


 白く光る長弓を手に、孤軍奮闘していたのは白服の精霊騎士だった。……………………生きていたのか。

 迷わず帝国兵の輪に割って入り、その大きく鈍い的を切り刻む。

 全身傷だらけで、そろそろ限界といった様子の精霊騎士を突き飛ばし、次の目標へと移動する。

 横目で視線を走らせるが、レグルスの姿はない。


「お前は?!」


 騎士の男が驚きに目を見開くが、

 

「…………俺の仲間知らないか?」

 

 爆発を間一髪で回避し、そのまま男と共に近くの遺跡の陰に転がり込む。


「ぐっ…………」


 と精霊騎士が呻き、苦しそうに傷だらけの身体を石の瓦礫に預けた。

 手に持った長弓は離さない。恐らくこれも神器で、神器というものは大抵手にしていると力を与えてくれるのである。

 とは言え、戦闘で満足に使いこなす体力までは既に残っていないだろう。


「…………白髪の奴か?」

「そうだ、どこにいる?」

「負傷して今は遺跡の中だ。……………………回復に専念させてるが正直分からん」

「助けてくれたのか?」

「悩んだがな…………見捨てても良かったのか?」

「いや、感謝する」


 酷く疲れたように、洗い呼吸で男が話す。

 どうやらこの男がレグルスを助けてくれたようだ。

 だがレグルスの安否は未だに分からない。だからこそまずは、


「…………残りをやるぞ、お前は動けるか?」


 浅い呼吸の男に聞く。

 すると男が、ため息交じりに答える。


「誰に言ってる……………………?」

「なら良い、俺が合図したら右の二体を頼む。俺は左の三体だ……………………いいか?」

「…………なあ、そもそもお前らは何だ?」

「後にしろ、……………………行くぞ!」


 テンペストを地面に突き立てて身体を起こす。

 その勢いで大地を蹴り、一歩で立ち込める砂煙の向こうへと斬り込んでいく。


 まずは一体、胴を薙いで絶命させる。間髪入れずに横にいたもう一体をそちらへ蹴り飛ばし、爆発の餌食にしつつその反動で自分は爆発を回避する。

 

 完璧な判断。誰もができる事ではない。

 だが、完璧に動かなければ生き残れないのが戦場だ。


「お前も爆ぜろ」


 最後の一体を、背後に回り込んで仕留める。

 意図して少しだけ回避を遅らせる。

 背後で爆発の膨大な熱が沸き起こり、身体が弾かれたように前へと吹き飛ばされる。


「ぐっ…………」


 背中が割れそうなほどの衝撃に、思わず表情が歪む。

 しかし、それでいい。

 なんとかその衝撃を耐え、空中で体制を整えることに成功した。

 そして――――――――――。


「計算通りだ………………下がってろ!」


 こちらを任せた精霊騎士の男は、もはや一体すら倒しきれていない。


「悪いな」

「良い、避けろよ……………………?」

「……………………」


 とどめを刺した確かな手応え、そして次に来る爆発の衝撃。

 そろそろ敵の残基も少ないといいのだが、


「……………………少し休んでろ、敵も残り僅かだ。残りは俺がやれる」

「……………………なあ、お前が誰か知らないが精霊騎士の俺がこの様なんだ…………分かるだろ?気を抜くなよ…………」


 真っ直ぐにこちらを見て、言ってくる。

 精霊騎士は総じて曲者揃いな印象だが、この男は違ったようだ。

 この国の貴族のような見た目とは裏腹に、貴族らしい傲慢さの一切無い、感じの良い人物である。

 

「あぁ……………………抜かないよ。回復してろ」


 さて、どうしたものかとあたりを見回す。

 アンドロメダは?

 レグルスが身を隠していると知れた今、第一に優先すべきはアンドロメダの安全である。


 砂塵で視界が悪く、状況が掴めない。しかし、どこかでまだ生き物の気配がして、何者かが動く音が聞こえてくる。


 その気配は……………………?


「アンドロメダ!…………無事か?」

「もちろん」

「よく生きてたな」

「当たり前じゃん………………あれ、レグルスは?」

「回復に専念してる」

「了解……………………」


 と、そこで矢が飛んでくる。


「まだいたのか」


 そう言って矢を弾き、飛んできた方向へ意識を向ける。

 姿は見えないが、大地を擦る足音が微かに聞こえていた。


「アンドロメダ、いけるか?」

「ん?」

「…………遠隔で倒せるか?」

「あ…………ちょっと無理かも」

「分かった、待ってろ」


 飄々として見えるアンドロメダも、しかしかなり疲労が溜まっているようでいつになく消極的である。


 自分も力を使えれば、となおさら思う。

 雨さえ降れば、もう世界は自分の舞台になる。

 しかしそれは雨が降っていないと戦えないという意味ではない。どんな環境にいようと常に最善の判断をし、それを実行するに足る実力をミラから受け継いでいるのだから。

 

 近くの壁を蹴り、宙高くに跳躍する。

 もう視界は晴れつつあり、帝国兵の姿が見えていた。


 上空から迫る。

 まだ相手は気付いていない。


「終わりだ!」


 テンペストを振り抜いて一撃で首を落とす。

 そしてお決まりの、


「……………………爆ぜろ」


 亡骸が背後で爆発する。


「それじゃあペルが爆発させたみたいじゃん」

「なんだ、来たのか」

「今ので最後っぽいしね」


 アンドロメダが肩をすくめて見せる。


「レグルスはどこにいるの?」

「俺も分からない」

「ペル探してよ」

「……………………」


 意識を集中し、周りの気配を探る。

 周囲には神獣や精霊の力とはまた別の、濃い魔力が漂っていて気配を探るのが難しい。

 しかしその中に薄っすらと感じる強い光のような気配。


「いた。行くぞ」

「了解……………………そういえば精霊騎士の三人どうなったか分かる?」

「白服の男は生きてたな。他二人は死んでると思う」


 それに、恐らく予想していたのであろうアンドロメダが納得したように頷いて、躊躇うように聞いてくる。

 

「精霊騎士って言ってもそんなもんかって思わない?」

「……………………俺達は生きてるのにってか?」

「まぁ、そうだね。……………………それもだし帝国兵があんな合成獣みたいな見た目で爆発することとか、なにも知らない感じだったじゃん?」

「たしかにな」


 言われてみれば、こんな帝国との戦争の前線にいながら、敵の戦力の特徴をなにも知らないのはおかしいことだった。


「………………聞いてみればいいだろ」


 視界は元通り晴れていた。

 崩れた遺跡が、先程の戦いでさらに見る影もないほど崩壊し、地面も至るところが抉り取られたように荒れていた。

 少し先の瓦礫の山に、レグルスと白服の精霊騎士が腰掛けている。

 

「ひとまず皆生きてそうで良かったな。精霊騎士には悪いが、俺達は俺達だ」


 それに、

 

「それはそう」


 とアンドロメダ。

 二人の精霊騎士が命を落とした戦いを、レグルスもアンドロメダもちゃんと生き残っていた。


 今日で二人も、戦争というものに触れることができただろう。

 疲労、恐怖、罪悪――――――――――――。


「慣れたか?」


 となりでアンドロメダが、無言で頷いた。

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