第一章 六話 異彩


 ――――――――――――


 息を潜め、様子を窺う。

 まだ、姿までは見えないが、近くに圧倒的な気配を感じる。

 やはりその三人は、それぞれが強力な精霊の気を纏った精霊騎士だった。


 足音が近づいてくる。

  

「…………………………誰もいないです」

「そんなはずないだろ、誰があの蛇を仕留めた?帝国兵か?それとも他の隊の連中か?……………………何にせよ属性なり戦い方なりの特徴があるってもんだろう?そういうのを探せって言ってるんだ……………………」

「探した上で何も無いと言ってるんです。少しはご自分で試されてはどうですか?」

「あぁ?うるせえよ、半人前の女は黙って俺の言うこと聞いとけばいいだろう?大体なんで女のくせに騎士なんか目指したんだよ…………命懸けてるこっちが迷惑だっつの」

「……………………精霊騎士の矜持として、常に裁く側で在れと言われたことがあります……………………」

「あぁ?何だよ急に……………………」

「常に裁く側で在れ…………つまり私が物事の善悪を決め、それに相応しい結果を与えます。私の矜持を守るために、貴方の左半身を没収します」

「はあ?なに言ってん……………………」


 とそこで空気を切るような鋭い音がして、同時に二つの気配が爆発的に大きくなる。

 一つは燃え滾る熱い炎の気。荒ぶる莫大な力がその身体から溢れ出している。

 そしてもう一つは美しく練り上げられた水の気。冷たく、静かに、それでいて底の見えない力を秘めたオーラである。


「…………くそが、女は黙って股開いとけよ」

「……………………」


 一触即発の状況に、空気の震えが頬に伝わってくるようだ。

 二つの気が同時に大きく動く。

 それぞれが得意の形を取り、お互いの命を刈り取らんとぶつかり合う――――――――――。


 がしかし、


「…………!」


 突如現れた白銀の光線によって、二つの力はぶつかり合う前に打ち消されてしまう。


 今のは………………!?


「さっきの攻撃と同じやつ?」

「だな」


 アンドロメダに答え、まだ姿の見えない三人目に意識を集中する。


「絶対あいつが一番強いじゃん」

「じゃあもし戦闘になったら……………………おい来るぞ」


 と視界に、優雅に歩く一人の男が視界に現れた。

 白の装束に身を包み、長い白髪を後ろに垂らしている。


「あれは…………」


 レグルスがなにか言いかけた。

 男が口を開く。


「…………何をしている。やめろ、品がない」

「邪魔するなよ、戦闘で死んだって言っとけばいいだろ?」

「…………今ではもう仲間だと、お前にはそう何度も教えたはずだ…………忘れたのか?」

「………………くそがよ」

「分かればいい。…………それはそうと帝国兵が近くに来ている。戦闘に備えろ」

「…………はいはい」


 三人がこちらに来る。

 慌てて身を伏せた。

 すぐ目と鼻の先を三人が通り過ぎていき、少し焦る。先頭を白い服の男が、その後ろにもう一人、そして最後に女という順番である。


「知ってる奴か?」


 レグルスに聞く。

 それに「いや」とレグルス。


「知らないのか?」

「……………………何度か城で見た…………王と親しそうに話していたから覚えている」


 どうやら詳しくは知らないようである。

 ただ、


「てことはそこそこの地位にいるってことか…………」

「だろうな」


 しばらくその場所に身を潜めていた。

 まだ音沙汰がないのは、帝国兵がこちらに到着していないからだろう。


「この後どうする?」


 アンドロメダが聞いてくる。


「どうしたい?」

「……………………」


 少し考え込むアンドロメダ。

 するとレグルスが、


「逃げるなら帝国兵が来てからだろう………………戦うなら話は別だがな」


 と言う。


「レグルスめっちゃ他人事じゃん」

「ならお前は他に名案があるのか?」

「いや、無いけど……………………?」


 こんな状況でも二人の応酬は相変わらずである。


「じゃあ待つか」


 そう言って、少しだけ脱力する。

 結界は空間に作用するためこの場を離れた瞬間に先程の精霊騎士たちに気付かれるだろう。

 ちょうどいい休憩時間だな、と思いながら身を潜めていた。


 ――――――――――――


「そう言えば帝国の兵士たちの気配消えてない?」


 待ち時間がしばらく経過した頃、不意に気がついたようにアンドロメダがそう言った。


「騎士三人は?」


 レグルスご聞き返す。


「それはまだいる。三人一緒にね」

「そうか……………………」

「ペル分かる?」


 とアンドロメダが、今度はこちらに聞いてくる。


「今やってる。……………………?!」

「分からないに一票」

「…………分かるに一票」


 たしかにこれはかなり見えにくい。

 今の自分たちのように結界か何かで気配をかき消しているのだろうが、よくよく集中すればその「違和感」に気付くことができるのである。


「なんか…………囲まれてる!?」

「え、なになに?」

「遺跡が囲まれてるな…………」

「帝国兵に?………………なんでまた」

「さあね」


 囲んで何をするのだろうか?


「…………まさか帝国兵が精霊騎士に戦いを挑むとはな…………ここ数年でそれほどの力を手にしたのか?」

「…………いや、普通に全滅するでしょ」


 遺跡を囲むように広がる帝国兵の気配が、ゆっくりとその輪を狭めていく。

 相変わらずその気配は霞んでいて、集中しないとすぐに見失いそうなほどである。


「ここにも来るのか?」


 レグルスが聞いてくる。

 不測の事態に備え、外の様子を窺い警戒しているようである。


「…………来そうだな。どうする?このままやり過ごせるけど…………」


 それに、

 

「そろそろ飽きてきたよ…………身体を動かしてもいい頃じゃない?…………レグルスとペルはどう?」

「なんでもいい」

「了解、レグルスはなんでもいいのね。ペルは?」

「もちろん、開戦だ」


 ――――――――――――


 息を潜め、その時を待つ。

 帝国兵の気配は、近い。

 だが精霊騎士の三人はまだそれに気付いていないのか、全く動きを見せず同じ場所に留まっている。


 ちらっと横目でアンドロメダの方を見る。

 視線に気付き、こちらを見返すアンドロメダが笑いかけてきた。

 それに一つ頷いて返し、さらに気配を殺す。

 帝国兵はもうすぐにでも目の前を通るだろう。


 レグルスを肘で小突く。

 軽く睨み、タイミングを合わせるよう念を押す。


 ――――――――――――と、そこで爆発音と衝撃が襲い、戦いが幕を開けた。


「待て、まだだ」


 今にも飛び出しそうなレグルスの袖を引っ張る。

 気配のみだった帝国の兵士らが姿を表す。その姿はもはや人とは呼べないような、繋ぎ合わせた肉片や変色した身体の一部が目立つ怪奇なものだった。


「なにあれ、帝国やばくない?」

「…………帝国はやばいよ」

「覚えておく!」


 遠くで激しい戦闘音がする。


「行くぞ!」


 そう言い、頭上の瓦礫を跳ね除けて飛び出す。

 遺跡の奥に、一箇所に群がる帝国兵とその中央には精霊騎士が各々の力を振るっていた。


「どっちの味方?」


 瞬時に起き上がり、アンドロメダが聞いてくる。


「まずは見極める。両方の戦い方を見させてもらう」

「了解!」

「レグルス、気を抜くなよ」

「あぁ!………………抜いてないがな」


 倒壊した遺跡の中でも比較的形が残っている一つを目指して走る。

 戦況を一望できるところが望ましい。

 穴だらけの石壁を起用に蹴って上へ登る。


「どんな感じ?」


 ちょうど今登ってこようというアンドロメダが聞いてくる。


「…………見てみろ」

「今行く………………っと!」


 アンドロメダが登ってきた。

 そして、


「うわ!」


 と一言。言葉を失ってしまう。

 あとに続いてきたレグルスも、その表情を曇らせる。


「これは何だ?」

「いや僕に聞かれても…………ペル?」


 二人がこっちを見てくる。

 正直、帝国がしていることは、ペルセウスが想像していたよりもきついものだった。

 それは、

 

「…………………………帝国の兵士は改造された人間兵器だ。死にそうになると周囲を巻き込んで爆発するように造られている」


 眼下で起こっているのはもはや通常の「戦闘」とは言えないものだった。「殲滅作戦」とでも呼べばいいのか、犠牲を顧みずひたすらに精霊騎士の命を奪いに来るようなものであった。


「…………まじか」


 三人で眼下を見下ろす。

 精霊の気を纏い、神器を振るって帝国兵を圧倒する三人の精霊騎士。しかし、倒せばその個体が相当の力で爆発するのである。

 その爆発の威力はというと――――――――――――。


「…………精霊との同化が、破られてる?」


 アンドロメダが困惑したように言う。

 それも無理はない。

 圧倒的な力を持つ精霊騎士が帝国の兵士に苦戦するなど、ましてや傷付けられることなどあり得ないはずなのだ。


「いや、あの白服の奴は無傷で善戦しているが?」


 戦線を冷静に観察していたレグルスが、落ち着いた声で言う。

 

「…………たしかに」

「白服の奴が強いだけか?」

「それもあるのかな?…………分かんないな」

「直にあの爆発を食らったら流石に耐えられないだろう、他の二人はそろそろ終わりか?」


 などと言うレグルスに、


「助けに行く?」


 とアンドロメダが聞く。

 しかし、実際はあまり行きたく無さそうである。


「僕は気が乗らないな。様子見で終わってもいいんじゃない?」


 と打診してくるアンドロメダに、しかし横から口を挟む。


「白服は助けに行きたい…………、だからお前らも着いて来い」

「流石にあれ食らうのはやばいよ」

「倒したら逃げればいい、簡単だろ?」

「口で言うのは、ね」


 アンドロメダがかなり渋る。

 その理由も、言わんとしていることもペルセウスにはよく分かっていた。

 つまりは自分の精霊の力に頼る戦い方と現状とを考慮したうえで、無傷では済まないという予感がしているのだろう。

 だから、レグルスの方に視線をやる。

 

「……………………おいレグルスは行くよな?」


 それに答えたのはアンドロメダ。

 

「ペル、それはずるいって。…………この馬鹿は敵と見れば突っ込んでいくしかできないやつだよ?行くに決まってんじゃん」

「貴様、そんなに怖いならここで見てていい。俺は先に行くがな!」


 そう言って、レグルスが飛び降りる。

 空中でスターダストの柄に手をかけ、着地取引同時に走り出して剣を抜く。


「…………まじで馬鹿だ」

「それな、………………で?…………行くか?」

「ああもう、分かったよ、行くよ」

「それでいい。お前ならちゃんとやれば死ぬことはないから安心しろ」

「死なない程度に大怪我するって訳ね、了解」


 アンドロメダも、気だるそうに今いる石を蹴って飛び出す。


 目指す先は閃光と爆音が飛び交う乱戦の地。

 ペルセウスも負けじと二人の後を追い、先の見えない戦いへと踏み出していった。


 ――――――――――――

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