第一章 五話 邂逅
それからおよそ、五時間後。
空が濃紺に染まる夜明け前――――――――――――。
「…………んっ……………………おはよう」
「あぁ、よく寝たか?」
「すっかり寝ちゃった。…………起きて見張り代わろうと思ってたのに……………………」
アンドロメダがそう言って、音もなく立ち上がる。
寝起きにもかかわらず、その目つきは明瞭で、はっきりとしている。
「……………………それだけ疲れてたんだろう。起きなくて正解だ」
「ありがとう。ペルは寝なくても平気なの?」
「あぁ、平気だ」
「そっか」
レグルスもすぐに起きるだろう。
そしたら軽く朝食を摂って出発することになる。
「ちょっと身体動かしてくる……………………」
と、そう言い残してアンドロメダが岩の上へと消えていく。
「あ、肉焼いといて!」
上からアンドロメダが言った。
「なんか肉以外のもの探しとくから!」
そして、彼の気配が遠のいていく。
言われるままに、昨日の晩多めに切り分けておいたフェンリルの肉を焚き火にかける。
最近は肉ばかりで良くない。
たまに樹の実や食べれる野草を見つけるものの、それらは持ち運びには適さないため、食料は全て現地調達で賄っていた。そのため食が偏るのは仕方がないことなのである。
肉を焼くこと数分。
音もなくレグルスが目を覚ました。
「おはよう」
それに、
「あぁ、見張り悪いな」
とレグルス。
こちらも起きてすぐ、スターダストを手に消えていく。
一度寝るとどうしても身体が固まってしまうため、寝起きは軽く身体をほぐす必要があるのである。
二人のどちらかが、肉以外の獲物を持ち帰って来ることを願いながら、ペルセウスは肉を焼いていた。
――――――――――――
時は流れ、昼過ぎ。
「避けろ!」
言うと同時にテンペストを構える。
一瞬遅れて、腕に重い衝撃が伝わる。予想外の抵抗に、相手が戸惑うのが分かる。その一瞬の隙を逃さない。
「アンドロメダ!」
その声に応えるように、背後から氷の刃が降り注ぐ。人体ほどの大きさの刃が、しかし全てその硬い鱗に弾かれ、霧散してしまう。
今三人は偶然見つけたピラミッド型の遺跡に立ち寄っていた。周辺には他にも、壊れた建物の残骸や、瓦礫が積み重なっている。
神器や他の様々な恩恵の大きい古代の遺跡だが、一方高確率で強力な神獣が住み着いているのである。
今回遭遇したのは長大な身体を持つ蛇の神獣、バジリスクだった。しかもかなりの年月を生きた、強大な個体。
大きく開けた口からは人体ほどの鋭い牙が二本、不気味な輝きを放っている。
「何年生きればここまで育つんだよ!」
アンドロメダが背後でぼやく。
普通はこれほど成長した個体は存在しないのだが――――――――――――。
「遺跡まで下がれ!」
それに応えるように、二人の気配が後ろに引いていく。
「昨日話してたら早速会えたね…………レグルス行けよ!」
「ふざけるな!俺一人では無理があるだろ!」
後ろの方で言い合っている二人を尻目に、バジリスクの攻撃を躱し、いなす。
――――――――――――ここはポール隊の拠点と同じような、かつて神々が住んでいた「遺跡」であり、その色濃く残った神々の力が周りの環境や生物に影響を与えるのである。
バジリスクがここまで成長したのも、遺跡の持つ力が大きいだろう。
このようなケースはよくあることで、それに遭遇してしまったのは不運としか言いようがないことだった。
「二人で勝てそうか?!」
声を張り上げる。
今は攻撃と攻撃の合間。遥か上空に、巨大な蛇の頭が見える。
「…………任せた!」
そう返したのはアンドロメダ。
レグルスは何も言わない。
再度振り下ろされるバジリスクの頭を、間一髪で交わす。その巨体の割に、霞んで見えるほど速い攻撃――――――。
「いや、やれよ!」
そう叫ぶ。
二人には今以上に強くなってもらわないと困るのだ。
「無理でしょ、普通に!」
「援護はしてやる、早く来い!」
それに、
「……………………いいだろう、正面は俺が行こう」
と、スターダストを構えたレグルスが飛び出す。
その後ろをアンドロメダも、「あぁ、くそ」とぼやきながら付いていく。
「頭から目を離すな。初動を見切れば攻撃は避けられる!」
「了解!」
「避けたあとはどうする!?」
「自分で考えろ!」
まず、バジリスクがレグルスを狙う。
高く持ち上げた鎌首を後ろに引き、狙いを定める。その高さはゆうに城壁ほどあるだろう。
「避けろよ、レグルス!」
「……………………」
――――――――――――?!
目に追えない速度で打ち下ろされるバジリスクの頭を、飛び退いて避ける。
と同時に、間髪入れずにその首元にスターダストを打ち込む。
がしかし、
「硬すぎる……………………」
刃は頑丈な表皮に阻まれ、軽い音とともに弾かれてしまう。
さらに、バジリスクの追撃。
大きく広げた口からは、レグルスの背丈ほどの牙が二本、ぎらりと光っている。
「くそが!」
と、その一撃をすんでのところで躱し、一旦後ろに退いてくる。
「レグルス、ちゃんとやって!」
「…………なら貴様がやってみろ!」
「全然いいけど!?」
体制を立て直したバジリスクが、長い舌を出し入れしながら不快な音をたてる。
すぐに左右に分かれる二人。
レグルスが遠隔の刃を飛ばしながら、視線を誘導するように走っていく。
一方のバジリスクはダメージこそ受けていないものの、遠隔からの攻撃に反応しレグルスを追いかける。
その意識は完全にレグルスへと向けられていた。
「いいね!やればできるじゃん!」
「……………………」
アンドロメダが叫ぶ。
バジリスクの後ろに回り込んだアンドロメダが、風の力を使い遥か上空へと浮かび上がる。
一方のレグルスはバジリスクの集中攻撃を躱すのに精一杯で言い返す余裕もない。
「レグルス、あと少し!」
アンドロメダが声を張る。
周囲から力を取り込み、それを増幅させる。何やら大きな術を用意しているようだった。
――――――――――――
周囲の気温が下がり始めた。
すぐに周りの空気が凍り始め、霜が宙を漂い始める。
それを合図に、レグルスが木々の間へと退避する。
周囲の変化に気づき、思わず動きを止めるバジリスク。
その意識はすぐにアンドロメダへと向けられた。
上空に浮かぶアンドロメダへと、バジリスクがその長駆を伸ばす。
牙をむき出し、襲いかかる。
……………………がしかし、
「ちょっと気づくのが遅かったな!…………これで終わりだ」
アンドロメダが空に手をかざす。
遥か上空に創り上げた巨大な氷塊が、凄まじい速さで落ちてきた。
その大きさは優に家を一撃で潰せるほどである。
バジリスクは反応するが、高速で突進している手前、そう簡単には方向を変えられない。
――――――――――――?!
鈍い音がして、氷塊がバジリスクの頭を砕いた。そして、そのままの勢いで地面に激突する。
とっさにテンペストを大地に刺し、吹き飛ばされないよう爆風と衝撃に耐える。
木々が凍るほど、冷たい爆風。
「皆大丈夫?…………特にレグルス!」
アンドロメダの声がした。
立ち込める風塵の間から、ゆっくりと舞い降りてくる人影が見える。
「…………この程度問題ない」
「よかった、死んじゃったらどうしようかと思ったよ!」
「黙れ!」
木々の間からレグルスが姿を表す。
明らかに不満そうな顔で、服についた砂を払いながらこちらへ歩いてくる。
自分が囮になり、その挙げ句アンドロメダに良いところを持っていかれたことが不服なのだろう。
「もっと静かに倒せないのか?」と、レグルスがアンドロメダにつっかかる。
それを笑って流しながらアンドロメダが、「この後どうする?」と、聞いてくる。
予定では軽く遺跡を探索するはずだったが――――――――
しかし、そこで予定が変わってしまった。
誰かに視られているような嫌な気配がして、北の方角に意識を向ける。
とその空に、閃光が煌めいた。
見えた瞬間に、それが良くないものだと本能的に分かった。
「避けろ!」
「え……………………?」
なにが?と未だに状況が読み込めていない様子のアンドロメダを巻き込み、突き飛ばすように大きくその場から飛び退く。
その瞬間、閃光とともに大地が爆発した。
これは――――――――――精霊の力?!
「精霊騎士だ!…………………………まずいな、レグルス大丈夫か?」
と心配したのもつかの間、白い光が砂埃を引き裂いて現れる。
レグルスがスターダストを抜き、こちらに駆け寄ってくるところだった。
「…………あぁ、問題ない」
「ならいい」
「今のは本当に精霊騎士か?」
「あぁ、間違いない…………恐らく近くに偶然居合わせたんだろう」
その気配はまだ遠くにあった。………………が、かなりの速さでこちらに近づいてきていた。
「逃げる?」
と聞いてくるアンドロメダに、いや、と首を振る。
「この距離ではどのみち逃げ切れない」
「じゃあどうする?」
「……………………」
どうしようか、と考える。
恐らく先程の一撃は牽制程度のものだ。
そう考えると、相手の強さは計り知れない。
「…………一旦身を潜めるぞ」
「了解」
遺跡の中へと駆け込む。
気配は着実に近づいてきていた。
その数は、三人――――――――――――。
「……………………待てよ、他にも来る」
「ん?」
北の方角からこちらに向かってくる気配とは別に、もう一つこちらへと近づいてくる集団があった。
それに、
「…………あぁ、捉えた」
とレグルスが答える。
目を閉じ、意識を集中しているようである。
「……………………百はいるな、帝国兵か?」
「だろうな、……………………なんでこんな近づくまで気付かなかったんだろ」
「分からん。いずれにしても油断できない」
一向に気配が掴めない様子のアンドロメダを見る。
「集中しろ」
レグルスが言う。
それに、「してる!」と、苛ついたようにアンドロメダが返す。
「……………………先に着くのは精霊騎士の方だね。……………………合ってる?」
とこちらを見て聞いてくる。
「合ってる」
「やったね……………………てかもう大して時間無いけど大丈夫?これで隠れてるって言うの?」
と、周りに視線を移す。
今三人は倒壊した遺跡の、その瓦礫やらの隙間に潜り込んでいる状態だった。
たしかにこれだけでは気配がだだ漏れである。
だから、
「さっき結界を張っておいた…………気が付かなかっただろ?」
「え?……いや、嘘でしょ」
「……………………」
二人とも驚いた様子で身構える。
「お前らにばれる程度じゃ安全とは呼べないだろ。まずは様子見に徹する、そのための結界だ……………………。幸いここは隙間が多くて四方が見れるからな」
「………………了解。てか結界ってどうやって張るの?」
「神器だ。……………………待て、もう来る」
緊張が走る。
どれほどの人物が姿を表すのだろうか?
この結界で本当に安全か?
一瞬遅れて、大地から重い衝撃が伝わってきた。
――――――――――――
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