第一章 四話 終夜


 月も出ない、暗い夜。

 ポールの拠点を発ってから十日余りが過ぎた。

 片っ端から見つけた神獣を狩りつつ、三人はようやく森の北部、帝国との境界近くまでたどり着いた。


 ――――――――――――


「やっぱフェンリルの肉は何回食べても美味しくないね」


 焚き火を囲み、いい具合に焼けた肉を頬張りながらアンドロメダが言う。

 それに、

  

「全部不味いだろ」


 と返し、ペルセウスも肉塊を一つ取る。

 レグルスが狩り、アンドロメダが捌き、ペルセウスが調理したフェンリルの肉である。

 野営において、今では肉の調理は全てペルセウスが行っていた。というのも、他の二人には全くと言っていいほど調理の才能が無く、レグルスに至っては切り分けた肉を生で食べようとしていたほどだった。


「えー、サテュロスはけっこう美味しいでしょ?」

「そうか?……………………あれも変な臭みがあるけどな」

「レグルスはなにが好き?」

「……………………」


 レグルスを見ると、一人で黙々と肉を食べ進めていた。


「……………………それ、美味しいの?」


 と聞くアンドロメダに、レグルスは黙って頷く。


「味覚おかしいでしょ。こんな血生臭いのよく食べれるね」

「食える時に食え。バテても知らんぞ」

「次席を舐めないで。バテてたとしても君には勝てるから」

「……………………なら一生食うな」


 そう言ってアンドロメダを睨む。

 一方のアンドロメダは笑いながら、また肉を頬張る。


「………………早くまともなご飯が食べたい」

 

 とぼやくアンドロメダに、「別にこれもまともだろ」とレグルスが肉塊を指す。

  

「君がまともじゃないもんね。まともじゃない同士仲良くしてな」

「貴様……………………ならば一人でサテュロスを狩ってこい」

「ここらへんにはいないよ、残念だったね」

「……………………ならバジリスク」

「あー、ありかも」

「なら早く行け………………………………もう帰って来たのか?速いな。それでバジリスクの肉はどこだ?」


 と、相変わらず賑やかな二人の応酬を横目に、食事を続ける。

 

 サテュロスというのは、頭と下半身が山羊の姿をした半人の神獣である。半人と言ってもその体躯は見上げるほどで、さらに剣や槍といった武器を使うため知能が高いのである。

 一方バシリスクは巨大な蛇のことで、神獣の中では随一の巨躯を誇っている。滅多に見かけないが、出会ったら一番厄介なのはこのバシリスクかもしれない。


「バジリスクか……………………、一人で倒せるか?」


 二人に聞く。

 この十日間で二人は目覚ましい成長を遂げ、既にフェンリルやサテュロス程度であれば単独で倒せるほどにまでなっていた。

 二人の意識がこちらに向く。


「僕は……………………まぁいけるんじゃない?レグルスはまだきついね」

「……………………やってみないと分からない」


 つまりはそういうことである。

 たしかにアンドロメダには天賦の才能があり、なんでも簡単にこなしてしまう。ただ、それは普通ではあり得ないほどのレベルであり、決してレグルスに才能が無いわけではなかった。


「そうだな……………………次見つけたらレグルス単騎でいこうか」

「あぁ、分かった」

「頑張ってねー……………………じゃあ今日の最初の見張り決めよ」


 アンドロメダが身体を伸ばしながら言う。

 余裕そうにはしているが、かなり疲労は溜まっているのだろう。それは三人とも同じことだった。


「レグルス、俺、アンドロメダの順でいいか?」


 それに、「いいよー」とアンドロメダ。レグルスも頷いて返す。


「明日には森を抜けて帝国の領土に入る。それまではまだ神獣狩りを続けるからそのつもりで」 

「了解…………帝国楽しみ」

「精霊騎士の拠点には寄らないのか?」

「寄らない。まずは帝国を目指す……………………何か問題あるか?」


 珍しく聞き返してくるレグルスに、確認する。

 少し躊躇いながら、レグルスが口を開いた。


「前から思っていたが、我々は今何を目指している?ポールの拠点で騎士にならずに帝国と戦うと言っていたがその理由はなんだ?」


 レグルスがまっすぐこちらを見てくる。

 寝ようとしていたアンドロメダも、起き上がる。


「……………………たしかにな」


 たしかにここまで、二人には詳しいことは言わずに来ていた。

 精霊騎士に属さず、直接帝国を目指す理由が気になるのは当然のことだろう。

 とはいえ、こればかりは普通に説明しても理解しがたいことだった。

 が、


「……………………説明しなかったのは聞くよりも見たほうが早いからだ。そしてそれは帝国に行けば見れるから帝国を目指している」

「それ、とは?」

「この世界の戦いの話だ。精霊や神獣を従える神々と、悪魔との戦いがまだ続いている、と言ったら?」

「……………………悪魔?」

「悪魔だ。……………………正確には冥界に住まう神だけど」


 それにレグルスが、

 

「……………………全く話が飲み込めない」


 と顔をしかめる。

 それに、「だろ、まぁそんなわけだ」と返す。


「え、待って。てことは帝国に悪魔がいるってこと?」


 アンドロメダが驚いたように聞く。


「話が早くて助かる。最近帝国の侵攻が盛んだってことは知ってるよな?……………………それには悪魔が一枚噛んでるんだ」

「まじかー……………………悪魔って強いの?」

「今大事なのはそこじゃないだろ。……………………ペルセウス、それでお前はどうしようとしているんだ?」

「……………………詳しい話は追ってするけど、悪魔の根源である冥府の神を討つ事が目的だ」


 それに、二人が黙り込む。

 精霊騎士の力の根源であり遥かな力を有する精霊の、そのさらに上の存在がいわゆる「神々」である。

 それを「討つ」と言われたのだ。


「……………………色々聞きたいことはあるだろうが、今の話を聞いてどうだ?……………………お前ら一緒に来れそうか?」


 それに、アンドロメダが顔を上げて応える。


「ぜんっぜん行けるよ。死ぬまで後ろ付いてくから!」


 と、いつも通り朗らかに笑いながら言ってくる。


「返答が早くて助かる……………………」


 アンドロメダにそう返し、視線を移す。

 レグルスはと言うと、まだ難しい顔をして視線を落としていた。

 

「よく考えてくれていい。精霊国への反逆ともなり得る道だからな」

「………………………………そこは別にいい。ただ聞きたいことが多いだけだ」

「例えば?」


 少し迷うような素振りを見せ、レグルスが言う。

 

「………………………………我々だけでその冥府の神と戦うのか?」

「いや、そうでもない。……………………だが色々あって精霊騎士は頼れない」

「勝機はあるのか?」

「……………………とにかくやるんだよ」


 それに納得したようにレグルスが頷く。

 それ以上追及してこない様子を見ると、二人とも一応は付いてきてくれるようだった。


 アンドロメダがあくびを噛み殺す。

 少し、話しすぎた。


「今日はここらへんにして休もう。レグルスも寝ていいぞ」

「いや……………………」


 大丈夫だ、と続けるレグルスに、しかしそれを遮って言う。


「寝ておけ……………………明日には戦争の前線だ」

「分かった」


 レグルスが素直に引き下がる。

 軍部関連の教育を受けた者は、文官や他の人種と違い実力の高い者に従う習性があるため楽なのだ。


「また明日な……………………おやすみ」


 そう言って焚き火を掻き回し、滑らかな岩肌に背中を預ける。

 二人もそれぞれの体制を整え、眠りに就いた。


 ────────────


 月も出ない暗い夜。

 焚き火の炎だけが、夜空に浮かぶ星の如く暗闇に抗っていた。

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