第一章 三話 神器


 ――――――――――――俺は王になる。


 レグルス・スターライトは王家に生まれながらも、精霊の力に恵まれなかった悲劇の王子のはずだった。

 本人もそれを理解し、王家から離れた道を歩むために精霊騎士を目指したのだと、世間はそう思っていた。


 ――――――――――――


「……………………王って、謀反でも起こすつもり?」

「……………………」

「上から四番目で末っ子の君が王座に就くのはほぼ奇跡じゃん」

「……………………貴様には関係ないだろ?」


 誰とも目を合わせず、そんな事を言う。

 それだけで、彼がどれほど本気なのかが伝わってきた。

 アンドロメダも同じことを感じたのだろう、少し面食らったように、

 

「……………………仕方ないなぁ、少しだけ手伝ってあげるよ」


 とレグルスを見る。


「僕は捨て子だし、国や家名に対する誇りなんて一切無いよ。それに、騎士になるって名目でやっと家を出られたんだから自由を楽しみたいんだ……………………ちゃんと楽しませてくれよ?」


 しかし、レグルスは何も言わない。

 一人、厳しい顔で目の前を通り過ぎていく。


「……………………」


 アンドロメダがこちらを見て、肩をすくめて見せる。


「まったく、無口なんだから……………………」


 二人でレグルスの後を追いかける。

 とはいえ、目的地はすぐ目と鼻の先だった。


 この城の中で最も地下に位置する部屋。

 湿った重たい空気が漂う通路の先に、重厚な木の扉が一つ。

 壁や床の材質が代わり、ひんやりとした石壁に松明の炎が踊っていた。


 施錠された木の扉を当たり前のようにこじ開け、三人で中に入る。

 そして思わず、感嘆の声が漏れてしまった。


「やば…………嘘でしょ?」

「……………………信じられん」

「予想以上だ……………………」


 様々な形、様々な力、様々な用途をもつ遺物の数々が目に飛び込んできた。

 四角い部屋の中央に大きな机と椅子が一脚。

 それを囲むように三方向の壁に棚が作られ、数々の神器が並べられていた。

 その数を取っても、その種類を取っても、どこを取ってもここまで神器が揃っている空間は他にないだろう。

 精霊国の保管庫ですら、これほどの神器を抱えてはいないはずである。


「……………………取り放題?」

「あぁ……………………、そのようだな」

「え、ほんとに?……………………てかさ、神器ってこんなにあるんだね…………大陸全体でも数えるほどしか無いと思ってたのに」


 アンドロメダが早速、近くにある神器を手に取ろうとする。

 が、それを止める。

 

「触るな!……………………神器自体はそこそこある」

「え、そうなの?」

「あぁ…………、でも大半は使い方が分からなかったり、壊れていて力が制御できなかったりするから人の手に行き渡らない」


 それに、レグルスが何かを勘付いて聞いてくる。

 

「……………………力が制御できないとどうなるんだ?」

「そこだよな……………………力が制御できないと、その力に直接触れることになるから…………触った部分から身体が弾けたり潰れたりする」

「これも…………そうなのか?」

「それは試してみないと分からない」


 そう言って、身近に置かれた銀製の懐中時計を手に取る。

 レグルスが「おい…………!」と反応するが、構わず手に取り、観察する。


「……………………やはり…………使い方までは分からないな……………………」

「それは触っていいやつなのか?」

「手を保護すればな……………………」


 実際、ペルセウスは精霊の力を手に纏い、保護することで神器に触れていた。


「どうやんの?それ…………」

「やってみろ、どうせできるたろ」

「うん………………………………できた」


 見れば、アンドロメダもその手にオーラを纏っている。


「つくづく、すごいな……………………」

「…………?」

「それはそんなに簡単なことじゃない」

「あ、褒められた……………………レグルスは?できないの?」


 楽しそうに、アンドロメダが言う。

 それに、


「……………………できる」


 と、レグルス。


「できてないじゃん」

「……………………」


 一方のレグルスはだいぶ苦戦しているようだった。

 それもそのはず、身体の一部分のみに力を纏うことはかなりの技術を要するのである。それをものの数秒で簡単にできてしまうアンドロメダがおかしいだけで、できないのが普通なのである。


「レグルス、これが次席と三席の差なんだよ……………………」

「黙れ」


 レグルスが諦めたように息を吐き、無造作に近くの短剣を手に取る。

 素性のしれない、きらびやかな短剣の神器。


「おい……………………!レグルス?」

「なんだ?」

「お前、素手で……………………」

「だから何だ?……………………次席と三席の差がどうとか言っていたな?…………その差はもう埋まったぞ」み

「これが当たりの神器ってこと……………………でもなさそうだね」

「あぁ、見れば分かるだろ」


 二人の言い合いは止まらない。

 実際にレグルスが手にしている短剣から、今にも爆発しそうなほどの、不安定な力が溢れ出ている。

 

「神器の力だ………………」

「うん、やばそうなオーラが溢れてるもん」

「そうじゃない」

「…………?」

「スターダストの力が俺を保護しているらしい…………だから素手でも触れた」

「そういうこと?……………………え、ずるじゃん。早く僕も神器欲しいんだけど」


 そんな事をいい、アンドロメダが室内を見回す。

 使えそうな神器はないかと詮索する訳だが、神器の良し悪しは見ただけで分かるものではない。

 

 さらに………………………………。

 

 アンドロメダへと、一つ言っておく。


「普通の神器にそんな力は無い。俺だって神器を持っていながら手を強化してるだろ?」


 それに、「たしかに」とアンドロメダ。


「じゃあ、レグルスの神器が特別ってことか……………………」

「そうなるな」


 レグルスが腰に下げたスターダストを見下ろす。

 何を考えているのかは、分からない。

 と、レグルスが口を開いた。


「……………………なら何故、俺はお前よりも弱いんだ?」


 独り言程度に呟く。

 自分含めたこの三人の中でも、レグルスは特に「強さ」にこだわる傾向があった。

 今となってはなんの意味もないにしろ、「学年順位」では三人の中でレグルスが一番下なのである。


「神器の力は底知れない。でもそのすべての力を完全に引き出すには人の身では脆すぎるらしい」

「……………………つまりなんだ?」

「強力な神器だろうと、その力を引き出せなければ意味はない……………………」

「…………スターダストは強いのか?」

「おそらくな……………………少なくとも俺のテンペストよりは格上の存在だろうと思う。…………だからまぁ、期待値は一番大きいってことだ」


 レグルスが短剣を元の位置に戻す。

 今度はひび割れた石版のようなものを手に取る。


「……………………どれも使えんな」

「ほんとにね…………制御できないやつしか置いてないのかな」


 同じように、片っ端から神器を手に取っては置いてを繰り返していたアンドロメダも、つまんなそうにそう言う。


「まぁ、使えるやつがあれば使ってるよね……………………」


 と、納得したように付け加える。

 が、


「いや、そうでもないんじゃないか……………………?」


 細かく気配を探ってみる。

 制御されていない神器の、その禍々しいオーラが目に飛び込んでくる。しかし、その中にいくつか、整った力を放つものがあった。


「そうでもない?」

「あぁ、…………そこの指輪、見てみろ」


 それにレグルスが、「これか?」と棚に置かれた古びた装飾の指輪をつまみ上げる。


「それ。……………………使い方は分かりそうか?」


 聞いてみるが、レグルスはその指輪に見入ったまま、こちらを見ない。


「……………………分からん」

「そうか、まぁ持っていろ。いつかなにかの拍子に使えるようになるだろ」

「そういうものか?」

「あぁ、多分な………………」


 次にアンドロメダの方を見る。

 何か言いたげな顔でこちらを見ているが、何も言う前に声を掛ける。


「アンドロメダはそっちのブーツ……………………」


 言うやいなや部屋の隅の方に置かれた、古びた革製のブーツを取りに行く。

 

 部屋の中にある神器のうち、扱えそうなものは全部で五つほど見受けられた。

 その中でも特に扱いが楽そうなのがこのブーツである。


「これ履いていいやつ?…………足なくなったりしないよね?」

「しないはず…………………………。使えそうか?」

「最高。…………まだ履いてないのに分かるよ」


 ブーツを履き、紐を通しながらアンドロメダが言う。

 二人がそれぞれの神器に夢中になっている隙に、一番近くにあったコインを取り、ポケットにいれる。

 

 自分とて、神器は欲しい。

 特に「武器」タイプの神器はこの手で使ってみたくて仕方がなかった。


「あとは使えないな…………まぁ神器が手に入ったことだし俺達はもうここに用はないな」


 ブーツを履き終わったアンドロメダが、足踏みをして感触を確かめながら立ち上がる。


「さぁて、前線に行くんだっけ?」


 自信に満ちた顔で、言う。神器のブーツが相当気に入ったようだ。

 レグルスも顔を上げて、

 

「まずは近くの森で神器を試したい」


 などと言ってくる。


「…………使い方が分かったのか?」

「いや、少し試したいだけだ」


 こちらも何か手応えを感じた様子である。


「見つかる前に行こっか」

「そうしよう」


 そう応えて、出口に向かう。

 実際ペルセウスも、新しい神器が手に入ったのは素直に嬉しかった。

 そして、早く使ってみたくて仕方がなかったのである。


「じゃあ、ポール隊とやらの拠点を出るぞ……………………見つからないように気を付けろ」


 きた道を戻り、外へ出た。

 瓦礫を登り、結界をくぐる。結界は外からの侵入者を阻むものであり、中から外に出る分には何の効力もないのである。


 またしても、危険に満ちた森を行くことになる。

 今度は来る時と違い、積極的に神獣を狩りに行くのである。

 神器を扱えなければ、二人は簡単に死ぬだろう。

 そもそも、この短期間で神器を使いこなせるようになどなれるはずがないのだが……………………。


「お前たちならできそうだ……………………」

「…………?」

「きっと神器でも使いこなせるだろうな」


 アンドロメダを見る。

 次に、レグルスを見る。

 

 四人で逃げるように進んだ森を、今度は三人で、正面から挑もうとしていた。

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