第一章 二話 旧址
精霊騎士の役目は「国防」に尽きる。
つまり、精霊国を脅かすあらゆる危機から国を守り抜くのである。
――――――――――――
「……………………大陸北部からは帝国人の侵攻、森は森で先程のような理性を失った神獣どもが彷徨いておる……………………我々ポール隊は主に後者の相手をするのが務めだ…………」
ここは森の、人が到底足を踏み入れ得ぬ奥地。
危険な進行は終わり、今はリオンの案内で拠点へと歩いているのである。
歩きながら、リオンが精霊騎士やポール隊のことを説明してくれているのである。
「……………………中でもポール隊は少し特殊と言えよう…………他にここまで森の奥に踏み込んでいる隊は無い………………奥に行けば行くほど神獣どもが力を増すからな。一流の騎士でも命が危ないのだ………………………………」
今も、常に周囲を警戒しながら一行は拠点を目指していた。
ここを先程までのように騒がしく走り抜けるのは自殺行為としか言えないのである。
「こんなに奥まで入ったことはないな……………………。じゃあポール隊の人は皆んな一流以上?」
アンドロメダが聞く。
「そうだな……………………ここでしばらく生き残れたら一流と言えよう。さらに任務を遂行できるようならば一流以上と言えるかもしれん」
「そんなに怖いところなんだ……………………学園長やってくれたな」
「アルも何か考えがあってのことだろう。ただ、ここでの経験は必ずやお前たちの力になると言っておこう…………………………………………。生き残れればの話だがな」
「大丈夫です。そう簡単に死にはしませんよ」
アンドロメダはいつも通り爽やかにすかした感じで笑っている。
レグルスは相変わらず無口だ。
「周囲の警戒を怠るな……………………拠点はもうすぐだ」
「了解です……………………ところで、拠点には結界のようなものは張ってないんですか?」
「キール、いい質問だ。当然拠点には結界があり、許されたものしか出入りはできん……………………そして……………………」
木々と草しかなかった周囲に、気づけば石造りの人工物が見え始めた。
朽ちた石造りの門。
転がる瓦礫。
砕けた石の装飾――――――――――――。
これは、古代の遺跡。
「神々の居城……………………」
見覚えのあるそれらに、思わず声が出る。
神々が顕現していた遥か昔に生み出された遺跡は、特定の神の居城なのだとミラは言っていた。
「よく知っているな。今なお古代の遺跡は強力な神の気配を放ち、数多の神獣をその地に誘う……………………ここもその一つである」
森の奥地にあるこういった遺跡の影響で、神獣が力を増すのである。
だからこそ、奥地へと足を踏み入れるのは見返りが大きい分危険も大きいのである。
枯れ葉が散り、ところどころ亀裂の走る石畳の地面。
錆びた鉄のアーチ道。
灯らない松明。
数百年の時を経てもなお威厳を放つその空間を、一行は進んでいく。
その先に見えるのは崩れ落ちた牙城。
「名もなき神の城、ヴァルトフェルである」
半壊した石の城門の前に立ち、リオンがそう告げた。
空に手を掲げる。
これは………………………………?
「グングニル……………………?!」
アンドロメダが言う。
それにレグルスが、「敵か!」と彼の神器・スターダストを抜き放つ。
が、しかし……………………
「そうではない、これは………………………………」
「結界を開ける鍵か。なるほどな、ポールとやらは相当神器が好きらしい」
「その通りだ……………………」
「え、てことはレグルスとペルセウス…………ペルもここに入れるってこと?」
「まぁそうなるな」
肯定するリオンにレグルスが、
「それは安全なのか?」
と顔をしかめる。
「第一に結界の鍵が神器であることは精霊騎士しか知らん。それに神器を持つものも限られておる……………………故に、まぁ安全と言えよう」
多少甘いような気もするが、たしかにその条件ならば神獣の類は勝手に入ってこれないだろう。
「……………………考えたな」
「いや、ポールの奴が神器に目がないだけであろう。………………侵入者が神器持ちなら奪ってやろうという魂胆だ」
「そうか」
半壊した城門の、開けた空間にグングニルを突き刺す。
隠れていた結界が現れ、火花が散る。
しかしすぐに、グングニルが触れた部分から結界が徐々に開いていき、入り口が現れた。
「入るぞ……………………ようこそヴァルトフェルへ、ポール隊の拠点へ……………………」
一行は門を抜け、城内へと足を踏み入れた。
――――――――――――
遠い地まで来た。
およそ一日走り続け、ようやく辿り着く程の森の奥地。
多少の疲労感と達成感、そしてこれから見るものへの高揚が一気に押し寄せる。
「お疲れ様、レグルス。よく頑張ったよ」
「上から物を言うな……………………」
「冗談だって…………すぐ怒っちゃうんだから」
「貴様……………………」
今までは常に、ミラの後を付いていけばそれでよかった。
それで全てがうまく行っていた。
でもこれからはミラがいない。
代わりに、未熟な仲間を得た。
未熟な自分と共に、どこまでも走り続ける仲間がいる。
それはミラが自分に残してくれた、貴重な贈り物の一つだった。
「……………………ここで待て」
リオンが言う。
そして薄暗い部屋に消えていく。
「レグルス、待てだよ」
「…………?…………知っているが?」
「ちゃんと待てて偉いね」
「言ってろ」
余裕そうな二人を見る。
もしかしたら、この二人とならばミラに追いつけるかもしれない。
遠い、遠い存在のミラにも………………………………。
だからこそ、言ってみる。
「なぁ、待たされるのは性に合わないだろ?」
「うん?…………ペル、どうしたの?」
「ペルセウス……………………なんだ?」
二人がこちらを振り返る。
「人生において何かを待つのは時間の無駄だと思わないか?」
「……………………たしかに?」
「なら行こう……………………この城に眠る神器でも物色しようか……………………」
それに、アンドロメダが一瞬固まる。
が、すぐに言った言葉を理解して、軽やかに笑う。
「……………………ペルって実は頭悪いでしょ。でもいいね、楽しそう……………………レグルスも行くよね?」
「………………………………神器は欲しいな」
「だよね………………………………それで、どこから行きます?」
アンドロメダが聞いてくる。
悪戯を見つけた子供の笑顔。
心の底から楽しそうで、自信に満ちた顔。そこに恐怖や不安は一切見えない。
対するレグルスは無表情。
当たり前のように自分の道を進み、他の何にもとらわれることなく立っている。
良い出会いだ、と心の底から思った。
完全に自由で、新しい出会い。
精霊騎士になることが目的ではなく、むしろそんなことはどうでもいいといったような挑戦的な姿勢。
溢れる冒険心。
退屈しなさそうだ、と思う。
だから――――――――――――――――。
「……………………地下だな。ちょうど人の気配が無い……………………そして神器の気配がかなりある」
「…………!」
「とりあえずこの制服を脱ぎ、神器で装備を固める。そうしたらすぐにここを出て前線に行くぞ!」
「了解、リーダー!」
アンドロメダが言う。
それにレグルスが不服そうにも頷く。
いつの間にやら、自分がリーダーになっていたらしい。
「前線にいくのか?なんでだ?」
「なんでってそれはねぇ……………………え、なんで?」
二人とも前線に赴くのは予定外だったようで、聞いてくる。
しかし、そんなもの答えは決まっている。
「何故?……………………ここにいてもどうせ暇だろ」
言いながら、来た道を少し戻る。
背後には二人の気配。
階段を下に降りる。
「……………………前線に行けば少しは楽しめるし経験も積める。………………それとも二人はこんなところに残りたいか?」
「まさか、……………………でも帝国との戦争に加わるのか……………………」
「精霊騎士として参戦する訳じゃない」
「え?」
「ならなんだ?」
「………………………………」
角を曲がり、通路を進み、さらに地下を目指す。
ヴァルトフェルは外観こそ崩壊して見えるものの、内部や地下はそのままの状態で保たれていた。
長い年月が経ってなお、石造りの内装からは神々の威厳が感じ取れる。
「そう言えば二人の目標は?」
「ん?……………………目標?」
「そう、目標」
「って言われてもなぁ……………………なんだろ、負けないことかな」
「なるほどな……………………レグルスは?」
「え、待って。それでいいの?」
「あぁ、十分だ……………………で?」
レグルスの方を見る。
ほんの一瞬だけ、その表情が曇っていたのを見逃さない。
「俺は…………………………………………」
とレグルスが言いよどむ。
「言えないのか?」
「渋るのはださいよ」
「黙れ…………俺の目標は……………………」
言いにくそうにしている。
だが、それはつまり目標があるということの証明だった。
「言いにくいならいい……………………でもどうせ真っ当に叶えられるような目標じゃないだろ?」
目標を聞いた理由は特にない。
強いて言えば、今すぐにやりたいことがあるのかどうかを確かめるためだけだった。
だから、答えを待たずに歩を進めた。
もうすぐで、神器の気配がする場所に着く。
が、背後で声がして、思わず足を止めた。
声の主はレグルス。
たった一言、ほとんど独り言のような声。
「………………………………俺は王になる」
それは心がざわめく程の、いい響きだった。
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