俺の開店

 あれから。


 大事な相棒を失ってからの俺は、長い間喪失感に苛まれ、何をする気にもなれなかった。

 後悔ばかりが胸をよぎる。

 そんな、空虚な日々を過ごしている中で、窓から射し込んだ光に照らされる二色のアメ玉。



 儚く、それでも強く、自分が生きていた爪痕を確かに残した小さな証。



『ぼくのことを、ぼくの思いを、ぼくがいたという証を、この世に残しておきたいんです』




 ――――――っ!


 そうだ。

 こんなことになるなんて思っても見なかったから、俺はチラットさんを記録媒体に残すことをしてこなかった。写真や動画もない。

 チラットさんが“いた“という証は、何一つ残っていない。

 このままだと、俺の記憶の中にいるチラットさんまでも消えてしまう。忘れてしまう。


 そんなのは駄目だ。

 失ってから気づく、大事な相棒。

 そんな存在を、俺は忘れたくない。残したい。

 チラットさんがいたという証を。

 でも、どうすれば…………



 『頭の中でいくら空想力を働かせても、それを言葉や文字、あるいは描画や体を使って表現、つまり、頭の中から外へ出さない限り、それは“無い”に等しいと見なされる。うまく外へ表現できない者は、頭の中でどんなに素晴らしい空想を働かせても、確かな物として認められない。“空っぽの想像”ってな』


『だがな、人々の頭の中には間違いなく色とりどりの無数の思いが存在し、それは大人に限らず、どんな小さな子どもにもある。儂はな、買い取り屋。この財産ともいえる空想が消えてしまう前に、魔法のように手のひらをかざすだけでそれを表出できる道具が欲しいのだよ』



 ふと思い出した、記憶の片隅に残っているこの言葉。

 来店客ではないが事あるごとに俺の店に顔を出し、好き勝手に喋っていく顔馴染みが昔言っていたことだ。


 頭の中で思い描いた空想を、手のひらをかざすだけで投影できる道具。

 ただ見聞きするだけではなく、実際に思い描いた世界に入って体験できる道具。

『食べて終わり』ではなく、永久的に残せる道具。

 確かに、それがあれば――――――





 あ〜〜〜〜っ! くそっ!

 どいつもこいつも、好き勝手に言いやがって!

 簡単じゃねーぞ!? そんな道具を作るのは!?


 でも、やるしかない。俺の中で生き続けているチラットさんの証が消えてしまう前に。

 空想の中でも、あの低く、でも、はにかむような『ニッ』という鳴き声を永遠に響かせるために。

 いつでも、俺の相棒がそばにいると感じられるように。



 あー、そうするとまずは“食わなきゃ”いけねーな。新しいものを生み出すにはエネルギーが必要だ。

 が、今の俺は新たなものを生み出そうとするエネルギーはほぼ空っぽ。

 店は休業していたから、ほとんどまともな『食想くうそう』はしていない。非常食も残りわずかだ。

 それと、道具の開発費用もめちゃくちゃいるな。

 あのどでかい『空想測定器』を作った時も、相当な材料費がかかったからな。しかも、ここ最近は物価高騰が続いているとも聞く。

 ったく。どうなっているんだ!? 人間の世の中は。


 仕方ねえ。臨時休業は今日まで。

 明日からまた通常営業。バリバリと働きますか。





 ここは『空想買い取り屋』、23時間営業中。

 貴方の空想、高値で買い取らせていただきます。 



 皆様のご来店をお待ちしております。





                    (完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空想買い取り屋 23時間営業中! たや @taya0427

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画