鳥葬の歌

おーしょー

第1話

見渡す限りの緑。そよぐ風は暖かく、草花の香りを運び鼻腔をくすぐる。

日差しのまぶしさに目を細めながら新緑の空気を胸いっぱいに取り込み、息を吐く。

少年は早朝の草原を五感で感じ取り、緊張をほぐしていた。

肩越しに少年を呼ぶ声が聞こえる。その声は主は幼いころからの友人であり、本日行われる行事への参加準備を促すものだった。


少年の住む里は森の中にあり、インフラなどを考慮すると町と呼ぶのは大げさか、といったもので少々特殊であった。

樹齢幾万年なのかと言わんばかりに巨大な一本の大木を中心として同心円状に各住居が点在している。


本日、少年は16歳を迎え正式に成人となるために里全体を巻き込み行われる儀式へ参加する。

この儀式「鳥授の儀」では成人を迎えると一人ずつ鳥を授かり、里を挙げての祭りが行われる。

いままでこの祭りを見てきた少年は自分が儀式を受ける側になることを指折り数えていた。

少年は期待と緊張がないまぜになった初めての心境に戸惑いながらも、心許せる友人と共に参加することもあり、落ち着いた心境で儀式を迎えることができそうだ、と感じていた。

再度少年を催促する声に応え、朝日に背を向け里の中心へ向かうために森へと走っていった。


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 この里の人々は鳥と共に生活している。その鳥は非常に知能が高く、ただ芸を覚えるだけでなく、この里の生活基盤を支えるという非常に重要な役割を持っている。

 その役割は様々で、里への訪問者がいればパートナーへの通知と訪問者の案内を、侵入者がいれば牽制や足止めを行うなど里の防衛の一端を担っている。もちろん、すべての鳥が同じことができるわけではなく個性や授かった人との相性などを加味してそれを生かせる環境で活躍している。

 そのため、この里での鳥の扱いは各家庭のペットではなく相棒のようなものであり、心通わせ思い通りに扱うことができるようになって初めて一人前と扱われるほどであった。

 とはいっても、一からそれぞれ自分の仕事を探さなければならないわけではなく、鳥と人それぞれの性格、性能を見て既存の職業に弟子入りする形で仕事を覚え従事していくという形になっている。

 自分が就きたい仕事があれば成人前から手伝いをし、成人とともに一人前の即戦力として働くというのが恒例となっている。

 将来、自分が就く仕事に思いをはせる。そんな子供たちが里の中心となる大木の根元に集まっていた。


 3年ぶりの「鳥授の儀」ということで例年よりにぎやかな様子を見せる大木周辺には何日も前から狩りに出て大量の獣の肉を仕入れ今日のために仕込んだとっておきを焼き、燻製し串に刺した食べ物をならべふるまう狩人たちも多く集まっていた。

 普段は狩りで仕入れた獲物を物々交換に使い生活しているが数年に1度のこのイベントで貨幣を稼ぎ里外からくる行商から鉄製の道具を仕入れ狩りをする、といった生活をしている者もいる。

 ふるまわれる肉に群がり、散らばる子供たち。しかしその視線のすべては周りの大人たちと同じ方向を向いていた。その視線は簡素なつくりの木製の舞台の中央に立つ数人の男女に向けられている。


 この日のために用意された特別な衣装。緑色の鳥の印があしらわれたフードのついた法衣に身を包み、儀式を取り仕切る巫女の言葉に神妙な雰囲気の中その声に耳を傾ける。

 成人を迎えた少年少女に里のものとしての心構えを説き、授かる鳥がどれだけ神聖なものなのかを謳うありがたい言葉がかけられるなか、そわそわとせわしなく体を動かしどうにも集中できていないものがいた。


 少年は落ち着かない様子で巫女の言葉を右から左へと流し、目の前にそびえたつ巨大な大木に見とれていた。この里に生まれて16年経つが少年の住む家は大木からは遠く、日々の生活の中家の手伝いが忙しく遠くから眺めるのが常だった。

 3年前についに里の中心へ来たはいいが、大木とその周りは神聖な領域として近づくことはできなかった。3年後には自分がここに立つんだと夢見てついに迎えた今日。早朝の空気で落ち着けたはずの心臓は大きく高鳴っていた。


 儀式が始まる。巫女に連れられ少年たちは大木の洞の中へと進む。洞といっても、これだけ大きな木の洞だ。入口は見上げるほど大きく少年が自分が住んでいる家がいくつはいるのだろうかと思うほどだった。

 中に入ると大きな空洞となっており、これまた見上げても天井が見えないほどである。床には大きな石が敷き詰められ、円形にかたどるように根が這っている。

儀式に使うものなのだろうか、根に沿うように箱や小物が置かれている。中央には止まり木が鎮座しており、ところどころに差す青緑の日差しを含め幻想的な空気に圧倒され、なるほど、確かに神聖な領域だ、と感じざるを得なかった。


 「鳥授の儀」を始める、と巫女は言い、先頭の少女を止まり木へと導く。入口で一人一人に手渡された木椀に薄く青みがかった水が入れられ、刃物で傷つけた指先をから落ちる血液を一滴落とし、混ぜる。

 その液体を振りかけるように止まり木へと椀をふるった。するとにわかに洞のなかが騒がしくなる。鳥や犬などの獣の声がそこかしこから響き、少年たちに怯えが広がる。

 しかしその状況は長くは続かず少しずつ収まっていく。そして完全に収まったと思った瞬間、翼をはためかせる音が聞こえ、止まり木に目をやると一羽の鳥が止まっていて少女を見つめている。

 肘近くまである厚い動物の皮の手袋をつけ、少女がその腕を掲げると鳥が飛び移る。少し腰が引けながらも無事鳥を受け止めた少女は安心したような表情をした。これにより正式に鳥が授けられた。

 これらの流れがいくつか繰り返され、ついに少年の出番。すでに鳥授がすんだ者たちは小声で「何か能力を付与されたか」を話し合っている。


 この「鳥授の儀」では授けられた鳥によっては能力が付与されることもある。

視力が良くなるなどの身体能力強化系。炎弾や雷撃などを鳥から発することができるようになる攻撃系などその種類は多岐にわたる。中には鳥の主食である虫などを食べられるようになったなどの能力といえるか怪しいものまである。

 儀式を終えた者たちは能力が付与されるのか、されているのであればどのようなものか、将来就きたい仕事に向いているかなど期待と不安がまじりあった気持ちで顔を寄せ合い、巫女に注意されている。


 少年は同じように薄青の液体に血を落とし、止まり木へと振りかける。少しの動物たちのざわめきの後、羽ばたく音。目の前には止まり木の上で悠然と構える大きな鳥。

ほかのものと同じように皮手袋をつけた腕を恐る恐ると掲げると、止まり木から鳥が移る。

 鋭い目。黄色く鋭利な嘴。雪のように白い羽毛が頭から尾にかけてをおおっている。


 その存在感と神々しいたたずまいに陶然としていると巫女に早く退くようせっつかれる。

 水を差された気分になったが儀式を止めるわけにもいかずおとなしく同じように儀式を済ませた者たちのところに向かう。

 右肩にかかる重さに実感を得て、思わず笑みがこぼれる。


 周りではすでに能力が判明しているのか、どのような仕事に就くかを相談しあっているようだ。

 少年はどのような能力を得ることができたのだろうか。

 眼前が白い光に包まれる。あまりのまぶしさに少年は目をつむる。突然の出来事にあわてたが、周りは特段騒がしくはない。

 自分にだけ起きた事象なのだろうか、と薄眼を開けてみるとそこには同じく薄眼を開けている少年。ブラウンの髪。赤銅色の瞳。

 自身は動いていないのに勝手に移り変わる景色。ゆっくりと周りを見渡すように動いたことで目に入るのは、先ほどまでと同じ儀式の場。

 見当たらない「少年の鳥」、普段見ることはない「少年自身の姿」。


 少年が手に入れた能力は「視覚共有」だった。


 あまりの突然のことだったが今は儀式の際中。邪魔をしないよう平静を装った。

しかしその胸中は穏やかではなく、ある思いで満たされていた。


(しょっっっぼぉ!!)


 この世界に「ロイド」として生を受けた「転生者:鷹山 亮介」は自身の能力に対して非常に落胆していた。

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