グレーシーワールド

世語 函式

第1話 魚群信仰と駆け出し対等神

「こんにちは、おや、同業者が来るのは珍しいですね。」


 昼下がり、小さな村教会にて老神父が出迎えたのは、近隣の村ギルドから派遣された草臥れた中年司祭であった


「いやあこんにちは。いつものギルド派遣定期巡回です。」


「ああ、定例のやつですね。遠路はるばるどうも。」


 神父は司祭に魚の形をした茶菓子と紅茶を用意する。


 ギルドのない村では、こうやって中央認証を受けた司祭による定期巡回が義務づけられているのだ。


 司祭は「サカバンバスピス」という魚の形をした茶菓子をつまみながら、


「これはまた気の抜けた形してますねぇ。」


 と言い、一口で平らげる。


「最近、村にある池で大量発生している奴なんです。特に食べてもおいしくありませんが、気の抜けた鳴き声するっていうんで、村の名産にしようかと。」


「ちゃんとそれは村神認定受けてますよね?」


「ご安心をば司祭様。ちゃんと調査もしており、魔物化の心配もないとのことです。」


「あーよかった。最近多いんですよー。変わった姿してるから村おこしに使ってみたら実は魔物でした!ってパターン。それで滅んだ村もありますからね。くれぐれもご用心を。」


 ははは。と神父は引きつった笑いで応えた。


 司祭は、そんな神父を横目に紅茶を一気飲みし、


「では本題に参ります。神父様。」


「単刀直入に言います。あなたには審判統括局、イスカリオテより『神喰い』の罪により逮捕状が出ています。」


「……。ええ。そろそろ来てくださる頃合いだと思っておりました。」


 神父は目を閉じ、再び開けると


「ではあなたも喰われてくださいませ、司祭様」


 司祭の眉間に神明銃を突きつけた。


 この世界では、人知を超えた力を持つ「神」とその神から与えられた力と加護により生き、神に信仰を捧げる「人」が、持ちつ持たれつで共存している。


 しかし、この仕組みを破り、人を不当に支配する神や神を利用しつぶす人間も少なからず存在する。


 そうした信仰心や力のひずみから、人々や神に害を与える「魔物」が生まれ、大きな災禍を生む。


 そこで、神の僕である中央教会から独立した審判組織が、神や人を裁き、適切な罰を与え、罪を償わせている。


 そのため、本来中央の司祭が逮捕状を突きつけに来ることなど、ありえないはずだが……。


「本気で言ってるんですか?それ?」


 その司祭は、つかつかと神父に歩み寄った、


 2、3発銃声が響き、窓のステンドグラスに大量の血が飛び散る。


 ガラスで讃えられた人型の神の姿は、血で洗い流されたところから、気の抜けた魚の姿に変わっていった。



「あーやっぱり。本来群体神でしたよねこの村。」


「村人に聞き込み入ったら神父に権力集中してるって話だったから、魚の群れでそれはないなって思ってたんですよ。」


 教会にさらに銃声が響く。しかし司祭は、血にまみれながらも微笑みを絶やさず、神父に歩み寄る。


 その体は、銃弾で吹き飛ばされたところから、浄炎により再生していく。


「まぁ平和だった村がいきなり重税重税でひっ迫し始めたら、まず疑うのは村神父と相場が決まってますから。」


「まぁとりわけ、魔物に成りかけてたそこら辺のゴロツキが、前任者の神父喰って化けてたとかそういう良くある話でしょうねぇ。」


「で、村神の魚喰って兼任神として一気に人支配。狼藉の限りっていうのがオチでしょう。」


「ていうかこれ、人食いと司祭不敬も乗るから、現行犯対処OKなのか。」


「だったら手加減の必要、ないですね。」


 司祭は一気に神父に駆け寄る。その体はすでに灰色の炎に包まれている。


「それに誰に向かって、喰われてくれ。なんですかねぇ。」


「群体神一呑みにもできない雑魚が、イキがらないでください」


 そしてその炎をまとったまま神父を優しく抱擁すると。


「わが神命により、あなたの罪を赦します……。」


「そして、己の運の悪さを後悔してください。」


「よりにもよって最悪の捕食者に出っくわした、不運をね。」


 炎が神父に燃え移る。神父はその姿を徐々に崩しながら


「ふふ……。これが被食者の……。ふふふふふ……。」


 心地よさそうに微笑んでいた。


「オレガノさーん。ってなにやってるんですか!?」


「あー。ヘンリーさん手伝ってください。この教会のステンドグラスめちゃくちゃ数多くって掃除終わらないんですよ~。」


「また捨て身戦法使うからですよね……。」


「あー、お掃除なら得意ですよ!私も手伝います!」


「リメリーさんは優しいなぁ。こんな僕にも手を……。」


「いえ、先ほどそこの池で神々に頼まれたからだろう。」


「少なくともあなたの為ではないですね。オレガノ氏」


「フローナさんはわかりますけど、リズさん、あなた神様のくせに当たり強くないですか?」


 オレガノの帰りの遅さを心配したパーティーメンバーが夕暮れ時、教会まで迎えに来た。すると目に入ってきたのは、泣きながらモップでステンドグラスの血を拭きとる司祭職の姿であった。


 メンバーは、後先考えない仲間に呆れながらも、掃除を手伝う。


「で、結局神父に成り代わっていた男の身元はどうだったんだ?」


 魔法でモップを空に浮かし、天井のステンドグラスを拭きとりながらフローナがオレガノに尋ねる。


「あー。結局は信仰神に見捨てられた犯罪者ってとこでしたよ。近隣の村の小さい神食い荒らしてたみたいです。」


「で、食い荒らすついでに住民から神の記憶も食べて、自分を信仰神に塗り替えていた、と。ひどい話ですね。」


 ヘンリーが補足する。流石正義神後継者候補とオレガノが茶化すと、モップをセプターの如く振り回してチャンバラを始めた。


 遊ぶ男子二人を尻目に、


「神としては、身も凍る話だな。」


 と、リズは盾形の身を震わせた。するとリメリ―が答える。


「リズさんには、リメリ―がいるから大丈夫ですよ。」


「……。そうだな。」


 こうしてパーティーはあらかた教会の掃除を終え、元の気の抜けた魚群神にステンドグラスが戻る。明日には住民の記憶も戻り、中央から代わりの神父が派遣されることだろう。


「……。結局本当にアイツは悪だったのだろうか。」


 帰り際、リズが遠隔会話呪文でオレガノに尋ねる。


 オレガノは、先ほどまでの気の抜けた声を正し答える


「あなたは神側ですので、少なくとも存在布教せんとした彼の姿勢は評価したい、悪人にも義があると。そういう事ですね。」


「しかし残念ながら今回のは悪も悪です。なぜだかお分かりですか?」


「……。ステンドグラスの、血か。オレガノ氏が飛び散らせたにしては、多すぎるし、青いと思っていた……。まさか神体を素材に……!」


「そのまさかですよ。いいですかリズさん。世の中あなたのようなお人よしばかりではないのです。」


「……。私は、神としてまだまだ未熟だな。」


「リメリ―さん守れてるだけで、僕は優秀だと思いますけどね。」


「わっ皆さん!空見てください!空!」


 そのリメリ―が無邪気に目を輝かせながら、空を指さす。


 空には、気の抜けた顔をしたサカバンバスピス神の大量の群れが泳いでいた。


 パーティーは、夕焼けに照らされ、そのどこか間抜けな風景に見とれる。


「いやー。こういう平和を守るためにギルドってあるんですねぇ。」


「積極的に騒動持ってくる司祭が何言ってるんですか。」


「まぁまぁヘンリー。それと同じぐらい解決もしているじゃないかこの神父は。力業だが。」


「もー。フローナさんも一言余計ですよー。」


 そんな人間の牧歌的な会話を聞きながら、


「……。人の平和を守るために、神々はいる。そうありたいものだ。」


 リズは一人、また決心を固めるのであった。

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