第9話
「そんな……それで第七惑星調査隊はいったいどうなったんですか? 輸送船も……教えてくださいラーク局長」
「うむ。わが惑星調査局の黒歴史、最悪の汚点だがな。新人研修で習ったはずだぞ? まあ良かろう、時間はあるのかね。食事でもしながら話を聞いてくれたまえ」
宇宙開発機構・惑星調査局の局長室でラーク局長は若い局員と向き合っていた。自分がまだ主任だった頃の大事件。連邦宇宙軍に出動要請までした苦い体験。
調査局に記録データは残っているが、次第に人々の記憶から忘れ去られつつあった。
「よし、行こうか」
ラーク局長は若い局員を従えて局長室を後にした。
(わたしピジョンは事実のみを伝えている。輸送船の予定航路に向かわせた探査衛星からの通信が突然途絶えたこと。輸送船からの応答もないこと。宇宙ステーションには異常がないこと。引き続き輸送船との通信を試みること。亜空間通信回路はいつでも開けること。現在わたしにできることはすべて実行済であること。新しいコマンドを要求すること。管理要員スワロウは淡々と仕事をこなしている。隣でヒステリックに騒ぎ立てている女性隊員が一名。地上の本部との交信はひっきりなしだが、依然として女性隊員は行方不明である。巨大隕石は刻々と接近中だ。もしわたしに提案することが許されるのなら、即刻地上に残っている人員を宇宙ステーションに収容すること。宇宙開発機構・惑星調査局に緊急事態宣言を発出すること。この二点を進言する。しかしスワロウはそれを望んでいないようだ。人工知能のわたしには理解できない。わたしには感情も意思もない、与えられた仕事をこなすのみだ。スワロウ頼むから隣の女性隊員など無視して的確な指示をお願いします)
(ふん、何よカナリー、カナリーって。少しぐらい可愛いからって。アイビス主任が甘やかすからこうなったんでしょ。さっさと捜索を打ち切ってこっちに来ればいいのに。まったく迷惑ばかりかけるんだから。どうせいざとなったらアウルが助けてくれると思ってるんでしょ、バカバカしい。それにしても輸送船どうしちゃったのかしら。まさか、まさか遭難……そんなわけないわよね。ピジョンだか何だか知らないけど役立たずの管理AIね。スワロウもスワロウよ何をやってるのかしら。手をこまねいてないで何とかしなさいよ! 緊急事態なのは間違いないんだから。何? クレインお前はは黙っていろですと? うるさいわね、まったくもう。とにかくもうすぐ巨大隕石がぶつかってきてあのいまいましい爬虫類どもは絶滅するんでしょ。いい気味だわ、ホント)
(心配で心配でどうしようもありません。ラーク主任は『大丈夫だ』と言ってるけど。科学調査班の女性隊員が失踪している上に輸送船が消息不明……ファルコンは無事帰って来られるのかしら。信じています、信じていますが不安です。巨大隕石は刻々と接近中ですしね。場合によっては連邦宇宙軍に出動要請するそうです。私も一緒に行きたいぐらいですが、まず無理でしょう。それにしてもカナリーさんでしたっけ? 一体何を考えているんですか! 調査隊全員を危険にさらしているんですよ。もしファルコンに何かあったらと考えると、居ても立っても居られません。今までこんな事なかったのに。ラーク主任は頑張っているけど、もう惑星調査隊など辞めてもらいたいぐらいです。とにかく『ただいまーシグネット』と笑顔で帰って来て欲しいんです。私に出来る事はなんでもやりますから……)
「ハークション」、カナリーは何度もくしゃみをした。
たしかに洞窟の奥はひんやりとしている。外の暑さがウソのようである。カナリーはヘッドライトで周囲を照らしながら慎重に進んでいた。
「もうすぐ、もうすぐよ」カナリーは自分に言い聞かせていた。彼女の目的地はこの大洞窟の奥の少し開けた平坦地である。以前に訪れたことがあって彼女のお気に入りの場所の一つとなっていたのだ。
そして今回、カナリーはこの場所を選んだ。ここで巨大隕石の衝突をやり過ごして……彼女にも無謀なのは分かっていた。危険なのは承知の上でとった行動である。とっくに覚悟はできていた。
ただ、彼女は知らない。ストークとクロウのコンビが迫って来ていることを……。
「そ、それでどうなったんですか? ラーク局長」
「まあそうあわてるなよ、君はせっかちだねえ。昔シグネット君という女性職員がいたが、君、似ているよ。ハハハ」
「え? そうなんですか? その人、美人でした?」
「ああ、凄い美人だったよ、たしか。あれ? 話がそれたな。どこまで話したっけ?」
ラーク局長は遠くを見つめるように目を細めた。彼の脳裏には第七惑星調査隊のメンバーの顔が浮かんでいた。
白亜の悲劇 船越麻央 @funakoshimao
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