乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(19)

 俺の誕生パーティが近づいてくる。

 前祝いは俺のところでも実施される事になった。直近だと慌ただしいので開催は三日前である。

 パトリシアは「本番で頑張ってもらうから」とこの催しには呼ばなかった。

 が、本当のところは派閥間調整がややこしくなる、という理由もある。


 会場は、城内にある食堂の一つ。


 貴賓を招いての小規模な会食などに使用される場所で、身内だけの会なら十分な広さだ。

 大テーブルには染み一つない白のクロスがかけられ、燭台が煌々とした明かりを灯している。

 略式ではあるが正装を纏った俺は、そこで弟と対面。


「お誕生日おめでとうございます、兄上」

「ああ、ありがとうヴィクトール」


 第二王子ヴィクトールは父王と第二王妃の間に生まれた子だ。

 白系を纏い金装飾をあしらった俺と対照的に、弟は黒を纏い銀装飾を身に着けている。


 弟の髪と瞳は、その衣装同様の漆黒だ。

 金髪である父王と、銀髪である第二王妃のどちらとも異なる色。


 だからか、彼の傍にはあまり人が寄り付いていない。


 実母である第二王妃も、世話係であるメイドも適正距離よりも一、二歩遠い距離にいる。

 表情はどこか固く、恐れているようにも忌避しているようにも見える。


 黒髪は不吉の象徴。

 伝統的に存在する『迷信』のせいだ。


「元気そうだな。少し見ないうちに大きくなったんじゃないか?」


 その不吉な黒髪をわしゃわしゃと撫でてやると、ヴィクトールは表情をあまり変えないままに眉をひそめて。


「……兄上は会うたびに同じ事を言いますね」

「なに。可愛い弟にたまにしか会えないんだ。少しくらい許せ」


 笑って答えた俺は、こちらのメイドが「弟君の髪が乱れます」と言ってきたところで手を離した。

 もちろん既に手遅れというか、髪は十分すぎるほど乱れていたが。

 第二王妃は、複雑そうな表情で息子を見つめるだけ。


「おい。こいつの髪を整えてやってくれ」


 ヴィクトール付きのメイドは呼びかけられるとようやく「殿下、こちらへ」と動き出した。

 部屋の隅に移動する弟を何気なく見ていると、側近として同行しているブラン、エミール、レモンが苦笑い。


「殿下のせいで仕事が増えています」

「気にするな。家族なんだから少しくらいスキンシップをしなくてはな」

「王族は家族相手でもそうそう、他人に触れたいしないものだけれどね」

「姉上」

「誕生日おめでとう、フィリップ。パーティでも会うでしょうけれど先に言っておくわ」

「ありがとうございます。プレゼントは何を頂けるのでしょうか?」


 姉、エレオノーラは赤系のドレス。気の強いところのある彼女にはその色がよく似合っている。


「ちゃんと手配してあるけれど、今は教えないわ。届いてからの楽しみにしておきなさい」

「ふむ。ひょっとして嫌がらせですか?」

「二言目にはプレゼントをねだる不躾な弟に若干の意趣返しかしら」


 微笑んでその場を離れていった姉は、そのままヴィクトールに声をかけに行き、せっかく整えられた彼の髪を好き放題に撫で始めた。


「殿下と姉君は弟君の髪に何か恨みでもあるのですか?」

「姉上は知らんが、俺はなくもないぞ。あの色だと手入れが楽そうだし、あの艶もなかなかに羨ましい。いっそ代わって欲しいくらいだ」

「ええ、そうですかあ? 地味だし色を合わせにくくなりそうですけど」


 まあ、確かにそういう側面はあるが。

 不気味と言われて忌避されがちな黒髪。人生一周目のはずの姉はともかく、俺は前世での慣れもあるので特に嫌ってはいない。

 むしろ髪の色だけで微妙な扱いを受けている弟を不憫だとさえ思っていた。



    ◇    ◇    ◇



 第二王子ヴィクトール。

 彼は原作ゲームにおける『隠しキャラ』らしい。

 ノベライズ本(フィリップルート寄りのハーレムルート)を読み、断片的に情報を仕入れただけの俺は例によってよく知らないが。

 黒髪黒目の第二王子。確かに隠しキャラっぽい配役だ。


 ……と言っても、平民出身であるヒロイン視点での話であって、王子である俺から見たら「半分血の繋がった弟」に過ぎない。


「ヴィクトール。お前ちゃんと食べてるのか? 顔が辛気臭いぞ」


 俺はここぞとばかりに弟へ話しかけに行った。


 前祝いの会も立食形式。

 各自好き勝手に歓談してくれというスタイルで軽食が振る舞われている。内容としてはパーティで出される料理より(王族基準で)ライトだったりラフだったりする料理が多い。

 俺も適当にサンドイッチをぱくついたり、ロールキャベツに舌鼓を打ったり、白身魚のフライをかじったりしているのだが……。


 ヴィクトールは部屋の隅の方で所在なげにしており、手にした皿の上には料理がこんもりと盛られていた。

 顔を上げた彼は真顔のままに答えて、


「きちんと食べています。……この通り」

「ばーか。一度にこんなに取ったらはしたないだろうが。そんなところで面倒くさがるな」


 胡椒の利いた野菜とチーズのサンドを弟の皿から取り上げて口に放り込んでやる。


「いや、兄上の皿もかなり多いですが」

「何度も取りに行くのは面倒だろうが。何を言っているんだ」

「……ええ?」


 護衛代わりに傍についているブランが俺のメイドと一緒に「なんだこいつ」という顔をする。


「殿下も、面倒くさがらず我々に頼んでください」

「わかっている、ただの冗談だ。それにこのくらいすぐになくなるぞ」


 子供の身体というのは食欲旺盛なもの。

 成長のために栄養を欲しているのだから遠慮する必要もない。レモンほどではないが、俺も食う事には情熱を傾けている。


「ヴィクトール。今日の事だけじゃないぞ。もっと食事を楽しめ」


 弟の肌艶は言うほど悪くない。

 あくまで辛気臭いのは表情であって栄養状態は良いのだろうが、食事が楽しくないというのならそれは問題だ。

 言われたヴィクトールは「……そう言われましても」と困惑顔。


「なんだ。ひょっとして後宮の料理人は腕が悪いのか? ……今度、暇を見て俺用の料理を作らせてみるか?」

「料理人のせいではありません。……ただ、食事にそれほどの意味を見いだせないだけです」

「わけのわからない事を。美味いものを食べたら幸せだろう? 見ろ、うちのレモンなんて端役の癖に誰より食べている」


 片っ端から料理に手を出してやがる。あれ、あいつが料理上手で研究も兼ねてなかったら「もうちょっと遠慮しろよ」と睨まれている。

 というか現状でもエミールが必死に止めにかかっているが。

 これにも弟は不思議そうに瞬きをするだけで。


「食事で一番重要なのは栄養でしょう」

「違うな、味だ。……おいおい、まさか婚約者と話す時もそんな顔をしているんじゃないだろうな?」

「殿下も別方向でひどいですが」

「黙っていろブラン。ほら笑えヴィクトール」


 頬をつんつんと指で突く。

 男の癖に、七歳のお子様の頬は柔らかく、パトリシア程ではないがなかなかに心地良い。

 なんとなく釈然としないものを感じた俺は頬の肉を軽くつまんで引っ張ってやった。むにー。


「殿下。喧嘩と見做されたらあとあと面倒ですよ」


 慌てたブランの制止でストップ。


「大丈夫だろう。ほら、騎士も別に問題視していない」


 なあ? と、ヴィクトール付きの騎士を見やると、彼らは「は、ははっ」と恐縮した。

 うん。なんというか危機感が足りていない。


 会の後、ブランは彼らの行動についてこう評した。


「騎士たる者、護衛対象を守るのが最優先です。たとえ殿下が相手であっても、手が伸びた時点で身構え、動けるようにしておくべきだったかと」


 要するにメイドも騎士も、母親でさえもヴィクトールに対して遠慮だか阻害だかをしていのだ。


「むう。それとなくあいつと婚約者の思惑を探るつもりだったが、それよりも周りに問題がある気がしてきたな」




─────

打ち止めです

なんて中途半端なところで止めたんだ()

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