乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(18)

 ──正直に言おう。


 パトリシアの独白を聞いて最初に浮かんだのは「え? そこなの?」という疑問だった。

 俺なら真っ先に「あ? 宣戦布告か?」と苛立つところ。

 しかし、すぐに理解が追いついた。


 恋愛、結婚とは椅子取りゲームだ。

 側室、第二夫人といった例外を用いたとしても、有望株に選ばれるのはごく少数。

 選ばれた時点で「選ばれなかった者」を蹴落とした事になる。


「殿下の仰っていた意味がようやくわかりました。……殿下が『俺でなくてもいい』と仰ったように、殿下にとっても、わたくしでなくてもいいのですね」


 別にパトリシアが降りても代わりはいる。

 むしろカルティエ侯爵令嬢は喜んで婚約者の席に座るだろう。

 優しい世界で育ってきたパトリシアには辛い話だ。


 青い瞳が真っ直ぐに俺を見て。


「殿下。わたくしは、殿下のお傍にいていいのでしょうか?」

「……あのなあ。お前は馬鹿か」


 俺は席を立ち、わざわざ歩いていって婚約者の頬を指で突いた。

 手袋越しなので直ではないが、ふに、と柔らかい。


「で、殿下?」

「言っただろう。俺よりお前の方が凄い。俺がお前に捨てられる事はあっても逆はない」


 捨てる気があればとっくに捨てている。


「第一、俺が格好良いのは今更だろう。女から人気があるのも当たり前だ。そんな事でいちいち驚くんじゃない」

「で、でも」

「でもじゃない。お前、そんな事で俺の隣に立てるのか? 誕生パーティの間、ずっと俺の隣なんだぞ?」

「それは」


 何かを言おうとして口ごもるパトリシア。

 思いはあるだろう。けれど、言葉にはならない。整理する時間がいるかもしれない。

 あるいは、もう少し発破をかけるか。


「嫌なら、カルティエ侯爵令嬢に譲るか?」

「……殿下は、それでもいいのですか?」


 だから、そういう話じゃないんだって。


「嫌に決まってるだろうが。欲しい物を誰かから無理矢理奪おうとするような奴、願い下げに決まっている」

「でも、殿下はわたくしが殿下を見放すと思っていらっしゃるんでしょう?」

「ああ。『お前が』自分の意志でそうするなら仕方ないと思っているさ」


 それでカルティエ侯爵令嬢が候補に挙がってきたら正直げんなりするが。


「パトリシア。お前は、どうしたい?」


 彼女の顔を覗き込んだまま待つと、少女は唇をきゅっと結んで、ゆっくりと顔を上げた。


「わたくしは、殿下のお傍にいたいです。……これからも、ずっと」

「なら、そうしろ。お前が婚約者なんだから、それは別に我が儘じゃない」

「……我が儘では、ないのでしょうか」

「そりゃそうだろ。大人達が『こうしろ』って言ったんだぞ。それがやりたい事と一致してるんだからちょうどいい。もし後から手のひらを返されたら『話が違う』と抗議してやれ」


 公爵夫人がこっちを意味ありげに見てくるがスルー。


「もちろん努力は必要だぞ? 理由もなく止めさせられるのは論外だが、婚約者に相応しくないと言われたのならそれはお前の責任だ」


 言うと、パトリシアは再び表情を曇らせて、


「では、わたくしよりも良い方がいれば、殿下は」

「ああ。本当に馬鹿だな、お前は」


 優しくて、純粋で、思い詰めやすい。

 他人をなじることが苦手で、争い事に全く向いていない、公爵家の姫。

 これがどうしてヒロインをいじめる悪役令嬢になるのか。

 いや、不器用な奴だから「バレないようにいじめよう」みたいな小細工ができず、目立ちまくる事になったのか?


「何度も言ったぞ。お前は俺より格上だ。そんな女より上の者がそうそういるか。それにな」


 俺はパトリシアに言われた事で返す事にした。


「今日まで積み重ねてきた俺との時間はお前だけの物だ。メイド達や母上、姉上以外で俺の事を一番知っているのはお前だろう」


 貴族や王族が若くして結婚を決めるのにはそういう意味もある。

 月日をかけてお互いを知り、結婚する頃には十分な愛を育ませるため。

 同時に最適の教育も行えるのだから良い手だ。


「今度同じ事を言われたら『わたくしが殿下の婚約者です』くらい言ってやれ。いちいち泣いていたらきりがないぞ」

「っ。……はいっ、殿下」


 パトリシアは涙を拭うと、にっこりと微笑んだ。


「わたくし、もっと頑張ります。殿下に相応しい妻になれるように」

「ああ、頑張れ。それで俺よりもっといい男が見つかったら乗り換えていいぞ」

「あら。フィリップ殿下? その話はまだお続けになるのですか? パトリシアとこれだけ甘い会話を繰り広げておいて?」


 公爵夫人の横やり。

 見れば、お互いの使用人達もまた、なんだか微笑ましいものをみるような表情だ。

 こら、見世物じゃないぞ。

 人前で始めた俺達も悪いが。……というか、別に甘ったるくはなかっただろう。

 素に戻ったら気まずくなってきたが、俺は負けじと反論。


「それはそれ、これはこれだ。俺はこう見えてかなりへっぽこだからな」

「……もう。殿下はすごいです。わたくし、何度も言っています」


 服の袖をつかまれ、可愛らしく抗議される。

 うん。パトリシアには泣き顔より膨れ面の方が似合う。全然怖くはないが。



    ◇    ◇    ◇



「うーん。諜報員も足りていないな」

「まだ子供なのですから、専属の諜報員はいなくて当然なのでは?」


 パトリシアの機嫌が直ってくれたので今回の件はひとまず解決だ。

 根本的な解決はしない。

 ただ、手に入れた情報を基にさらなる調査は必要だろう。


 俺はカルティエ侯爵令嬢はもちろん、パトリシアに接触した主要人物についての情報を集める事にした。

 ネットなんてない世界だし、あっても生きた人物情報を集めるのは難しい。

 方法としては噂を集める事になるのだが──。


 俺に使える人材は使用人達、それから三人の側近くらいだ。

 姉のエレオノーラにも尋ねるが、彼女も深い情報をタダで寄越してはくれないだろう。情報収集にも元手はかかる。

 というわけでひとまずエミール達に聞いた結果がさっきの発言である。


「本職の諜報員でなくてもいいんだよ。情報収集ができればな。というかエミール。お前は頭脳労働担当だろう。もっと情報はないのか」

「無茶を言わないでください。文官は政治の一端を担うもので、噂話の収集家ではないんですよ」


 一理あるといえばある。

 側近達も任命から時間が経って物怖じしなくなってきた。きちんと意見を言ってくれるようになったのはとても嬉しい。

 が、


「噂話も情報だぞ。文献や報告書の内容だけで考えていると頭をすくわれかねない」

「仰りたい事はわかります。ですが、結局のところは私に無茶振りして噂話を集めさせたいのですね?」

「そうだが?」

「開き直らないでください!」


 うむ、なかなかエミール達も逞しくなってきたな。

 鈍い反応を返してきた割にさっきの忠告も心に留めてくれるだろう。


「お前達が手一杯ならなおさら部下は必要だろう。例えば、父上には専属の諜報員がいたはずだ」

「それはまあ、国王陛下は国王陛下ですから」


 十歳になった騎士志望、ブランはあれから若干身長が伸び悩んでおり、背丈ではあまり目立たなくなってきている。

 代わりに美味い飯のおかげか肌艶は良くなり、美貌には磨きがかかった。

 このまま歳を重ねてくれれば女装してメイドのフリとかできるようになりそうだ。貴重な人材である。


「父上にいるなら俺にいたっていいだろう。というか欲しい」

「殿下のこの我が儘にも慣れてきましたよね」


 苦笑したのは料理開発担当、伯爵令息のレモン。

 まだちょっと腹が出ているが、運動の成果か前よりは腹が目立たなくなった。

 ダイエットの効果が上がりきっていないのは運動と成長によって食欲もぐんぐん伸びているせいだ。

 というかお前も相当いい空気吸ってるからな。俺の金で好きな料理してるんだから。


「お前達、俺に仕えたい奴がいたら紹介しろ。使えそうな奴なら喜んで採用してやる。……とはいえ、今はこっちの方だな」


 公爵家とうちのメイドで作ったリストはあれこれ書き込んだせいでごちゃごちゃしてきている。

 その中で──俺はカルティエ侯爵令嬢とは別に、とある人物へと注目していた。


「弟、第二王子の婚約者もパトリシアに挨拶してるんだよなあ」


 果たして、これはただの挨拶だったのだろうか。

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