乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(17)
それから二日後、パトリシアの誕生パーティは無事、公爵家にて開催された。
多くの貴族を招いての盛大なものになったらしい。
前に言った通り、俺は参加しなかったし屋敷にも行かなかったので伝聞情報だ。……こっそり隠れてるにしても移動の時点で目立つしな。
しかし、一応手は打ってある。
パーティ開催から一夜明けての朝食後、俺の元に三人のメイドが集まって、
「殿下。パトリシア公爵令嬢の誕生パーティについて、彼女らより報告がございます」
「うむ。悪かったな、無理を言って。なかなか居心地が悪かっただろう?」
「いえ、そのようなことは」
「公爵家のメイドたちからも好意的に迎えられましたので」
俺は、自分付きのメイドのうち比較的地味な二人に命じてパーティに潜り込ませていた。
多少メイクで顔を変えさせ、公爵家のお仕着せを纏わせれば簡単にはバレない。
もしバレたとしても臨時の応援と言えば問題ない。
婚約者同士で使用人の貸し借りをする事のなにがおかしい、という話。
「ただ、しばらくはもう潜り込めないかと」
「今回で顔を覚えられたでしょうから、時間を置かなければ警戒されると思います」
「そうだな。……むう、やはりもう少し部下が欲しいな。こういった場合の交代要員もいた方が良い」
私費で雇い入れる分には問題ないが、俺に割り当てられた予算で足りるだろうか。
頭の片隅で計算しだすのを意識して止めて、
「それで、どうだった? パーティの様子は」
俺が二人を送り込んだのはもちろん、パトリシアの様子を確認するためだ。
婚約者として守ると言っても四六時中一緒にはいられない。むしろ離れている時間の方が長い。
そして、彼女が悪意にさらされるとしたら俺のいない時だ。
誰だって王子を敵に回したくはない。
俺のいない、バレにくい状況を選ぶに決まっている。
二人はこのために変装させた。
バレても構わないが、バレてしまうと警戒されて手を出して来ないかもしれない。
「はい。確認できた範囲で、男子からの声掛け、あるいは男性の縁者と引き合わせようとする誘いが六件、女性からの明らかな牽制が二件ございました」
「残りは現状、関係づくりと判断して問題のない範囲だと思います」
二人を潜り込ませた件はもちろん公爵家にも、パトリシア本人にも伝えてある。
先方の使用人も協力して作成されたリストに俺は目を通して──。
「……パトリシアに攻撃してきた片割れはカルティエ侯爵令嬢か」
かなりの大物である。
これだよ、こういうのが怖かったんだ。乙女ゲーム、というか令嬢ものの物語と言えば悪役令嬢からの横槍である。
まあ、本編では他でもないパトリシアが悪役令嬢だったわけだが。
「隙を見計らって公爵令嬢様に近づき、なにかを耳打ちしておりました。危害を加える様子はありませんでしたので引き剥がされるようなことはありませんでしたが、耳打ちの後、パトリシア様の表情が曇ったのを確認しております」
「内容まではわからないか?」
「申し訳ありません。なにしろ小さな声でしたので……」
残念そうに告げるメイドに「いや、いい」と言って、
「向こうがそういう状況を狙っただけの話だ。お前達はよくやってくれた。多少だがボーナスを弾もう。代わりの休みも与えるから少しゆっくりしてくれ」
二人の表情がぱっと明るくなる。うん、甘いものでも食べてリフレッシュするといい。
「それにしても、カルティエ侯爵令嬢か」
「会話の内容について確認なさったほうが良いかもしれませんね」
「そうだな」
俺が頷くと、二人の上司であるメイドは「ではお手紙の準備を」と言ってくれる。判断が早くてとても助かるが、
「いや、馬車の手配を頼む。パトリシアと直接会って話をした方が確実だろう」
電話かメールでもあればそれでもいいんだけどな。
◇ ◇ ◇
さすがに先触れを出したり、その日の用事を片付ける必要があったため、公爵家に赴くのは午後のティータイムまで待つことになった。
それでも公爵家の使用人は少し慌てた様子で、
「ようこそおいでくださいました、フィリップ殿下。十分なお出迎えができず申し訳ございません」
「気にしないでくれ。むしろパーティの後始末で忙しい中申し訳ないな。これは皆で食べてくれ」
芋けんぴとかりんとうの詰め合わせを使用人達用に渡してからパトリシアのところへ通してもらう。
今回は屋敷の庭で、公爵夫人も一緒だった。
「ごきげんよう、公爵夫人。三日ぶりだな、パトリシア」
「殿下……! その、今日はどうされたのですか?」
俺の顔を見て一瞬表情を輝かせた少女だったが、すぐにしゅんと肩を落としてしまう。
せっかくの美貌にも曇りが見え、一目で心配になった。
「お前に会いに来たに決まっているだろう? ……パーティで嫌な事があったんじゃないのか?」
尋ねると、少女は「なんでもないと言いましたのに……」と呟く。
「なんでもないわけがないでしょう? それだけ気落ちしていれば誰でもわかります」
「そうだぞ。言いたいことは俺に言えと言っただろう。手紙には書きづらいかもしれないから直接会いに来たんだ」
「殿下。……はい。ありがとうございます」
少しだけ表情を和らげたパトリシアは、
「でも、本当に大したことではないんです」
苦しそうに胸に手を当てながら、そっと吐き出すように言った。
「カルティエ侯爵令嬢に言われたんです。『あなたじゃなくて私が選ばれれば良かったのに』って」
◇ ◇ ◇
カルティエ侯爵令嬢は俺達より一学年上で生まれも少し早い。秋の生まれなので年齢は現状、パトリシアと同じ八歳だが。
彼女は貴族達の挨拶が一通り終わった後、さりげなく近づいてきてパトリシアに囁いたらしい。
『あなたじゃなくて私が選ばれれば良かったのに』
その後はすぐに身を離し、にっこりと微笑んで「では」と去っていった。
定番の、飲み物をぶっかけるとか虫をけしかけるとかしてくれればわかりやすかったんだが……。
「フィリップ殿下。カルティエ侯爵令嬢と面識はございますか?」
「六歳の頃、散歩の途中で会って挨拶をされたな。その後も二、三度顔を合わせては挨拶を交わしたが、その程度だ」
俺からも公爵夫人に「会話を他に聞いた者は?」と尋ねたが、やはり誰も聞き取れなかったらしい。
「恐れながら殿下。パトリシアの証言を疑っておいででしょうか?」
「そうではない。だが、相手方がそういう主張で来る可能性はあるだろう」
証拠がない。
こっちが信じるのは当然パトリシアだが、言った言わないでは決着がつかないし、向こうが「潔白です!」とか言って大騒ぎすれば擁護する者も出る。
向こうが折れなければこちらが折れるしかなく、意地になって対抗し続ければ「子どもの喧嘩ごときで大人げない」と攻撃のきっかけを作る。
なので、ここで必要なのは罪を認めさせる事ではなく、
「パトリシア。そんな言葉は気にしなくていい。俺達の婚約は親同士が決めた正式なものだ。いくら言いがかりをつけようと動く事はない」
だからこそ当人の心を折るのが一番──と、これに関しては俺と同じ発想とも言える。まあカルティエ侯爵令嬢がそこまで考えていたかはわからないが。
俺の婚約者は、俺の励ましにぴくりと肩を震わせ、
「わたくし、ようやくわかったのです。殿下の婚約者になりたい方はわたくし以外にもいるのだと。わたくしは、その方たちの想いを阻んでいるのだと」
その心中を吐露してみせた。
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