乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(16)
「では、フィリップ殿下。妹と生涯添い遂げる覚悟を決めて頂けたと考えてよろしいのでしょうか?」
いや怖えよ。
パトリシアと話をした後、俺は公爵家で夕食をご馳走になる事になった。
公式的なパーティは二日後だが、ホストというのは何かと忙しく、せっかくのご馳走をあまり口にできないもの。
身内だけで前祝いを行おうという事でそちらに招かれたのだ。
その席には当然、家族も出席するわけで。
俺は公爵夫妻の他、三人もいるパトリシアの兄達に詰め寄られる事になった。
「いや、それはパトリシア次第だ。この先、彼女の気が変わる可能性もあるだろう?」
一番上の兄は次期公爵を目指して勉強中。
二番目の兄は騎士を志しており、騎士団で日々勉強中。
三番目の兄は職人肌で革細工に日々を精を出しているらしい。
三人とも末の妹とは少し歳が離れており──俺から見ても当然年上。
しかも三人揃って妹を猫可愛がりしている。
内心で若干ビビリながらも言葉を返せば、次兄から「ああ? しばくぞ?」とでも言いたげなオーラが発散されて。
「パトリシアがそんな浮気性の女だとでも?」
「そうは言っていない。人の想いは移ろいやすいものだ。特に恋というのは落ちるものだ。俺よりも好きな相手ができるのは仕方のない事だろう」
「ほう。妹を傷物にしておいて捨てる事を考えていらっしゃると」
「待て。傷物というのは覚えがないぞ!? 何の話だ!?」
「傷つけたでしょう。大事な大事なパティの心を」
……残念ながらそれは「やってない」とは言い難いが。
「お前達はパトリシアを怒らせたり泣かせた事がないというのか?」
「はっ。愚問ですね。我々が妹を傷つけるわけがないでしょう」
「嘘です、殿下。お兄様達はすぐわたくしに意地悪を言うのですよ」
「なっ、なんだって……!?」
愕然とする次兄。おい、当の妹にはしごを外されているぞ。
で、まあ、パトリシアの教えてくれた兄達の所業については可哀想なので細かく挙げる事はしないとして。
こほん。
軽い咳払いで話を戻した長兄が「申し訳ありません」と俺に謝ってくれる。
「弟は少々血の気の多い所がありまして。可愛い妹の事となると気が気ではないのでしょう」
「ああ、兄とはそういうものなのだろうな。……だが、それならばお前達はどうなのだ?」
「もちろん、妹の行く末は心配しております。ですが殿下がお相手ならば心配は無用でしょう?」
にこにこと告げつつ「おい、わかってるよな?」とプレッシャーをかけてくる長兄。
王子に対して不敬だが、俺にも悪いところがある。それに公爵令息ともなると影響力もそれなりにあるので、怒らせるのはあまり得策じゃない。
「婚約者としての務めはきちんと果たすさ。……その上でパトリシアが心変わりしないかどうか、見極めさせてもらうというだけだ」
きっぱりと告げれば、それまで沈黙を守っていた──というか食事に集中していた三男が口を開いて、
「パティは可愛いですからね。声をかけてくる男はたくさんいることでしょう」
「だろう?」
「だからこそ、殿下にはしっかりと守っていただきたいです」
お前もか。
俺はぐぬぬ、とたじたじになりつつ「務めは果たすと言っているだろう」と答えて、
「お前達、いくらパトリシアのためとはいえ殿下に失礼だぞ」
見かねた公爵が一喝してくれる。
しゅんとした兄達は俺に一言ずつ謝ってくれた。彼は妹に似て整っているので、申し訳無さそうにするとこっちまで心が痛くなりそうになる。
「すまないな、公爵。助かった」
「いいえ。殿下が心を配ってくださっている事は承知しております。それを無碍にする事は人として間違った行いです」
さすが、公爵は人ができている──。
「もちろん、私も愛娘が幸せになってくれるか、心配で心配で仕方がないのですが」
こいつら揃いも揃ってパトリシアに愛情を注ぎすぎだろう。
まあ、公爵令嬢などという恵まれた立場に生まれながら、パトリシアが純粋で心優しく育ったのは彼らが愛情を持って接してきたからなのだろうが。
……やりすぎるとそれはそれで彼女の可能性を奪う事になりかねないんじゃないか?
「公爵。パトリシアも八歳になるのだ。世の荒波に揉まれ、成長していかねばならない。甘やかしてばかりでは逆に本人が困るかもしれないぞ」
「ご忠告、痛み入ります。どうか殿下もそのあたり目を光らせていただければと」
「うむ。まあ、そうだな。俺とて、彼女に悪い虫をつけたいわけではないのだ」
この歳の娘を相手に実力行使に出る奴はいないと思うが、男避けは必要だ。
頷いて答えたところ、パトリシアがきらきらした目で俺を見てくる。
「殿下がわたくしを守ってくださるのですね?」
「ん。まあ、その、なんだ。……こほん。図案はそちらにも行っていると思うが、俺のお披露目の際、お前には黒のドレスを纏ってもらう。いいな?」
「え。ええと、はい。殿下の考えてくださったデザイン、とても素敵でした」
「気に入ってくれたのなら何よりだ」
女のドレスのデザインなんてよくわからないので流行についてリサーチしまくった上、姉、エレオノーラの意見まで聞く事になったが。
これには公爵夫人もくすりと微笑。
「たしか、殿下は白の衣装なのでしょう?」
「ああ、そうだが?」
「結婚式では男が黒、女が白を纏う事が多いですものね。お披露目ではその逆になるということで……素敵だと思います」
結婚式においては男は「力強さ」を、女は「純潔」を表すために色を選ぶ。
婚約式で逆にするのは男の「純粋さ」と共に女が「売約済」である事を示す意図がある、と深読みする事も可能だが、
「違うぞ? ……違うからな? 俺はそこまで深く考えてないからな」
「ふふっ。恥ずかしがらなくても良いのですよ。パトリシアは殿下の婚約者なのですから、むしろ『俺の物だ』と誇っていただいたほうが」
そんなハードルの高い事を八歳に要求するんじゃない。
これにはさすがの公爵も同情的な表情になって、
「お、おい。殿下が困っていらっしゃるだろう。……まったく、色恋の話になると女はすぐこれだ」
「あら。あなたがプロポーズの時以外、なかなか情熱的な言葉をくださらなかったから、こうして恋の話を求めているのですよ?」
「ぐっ……!? わ、私の話は今はいいだろう!?」
同情するぞ公爵。
三人の息子達も「父上の恋バナとか別に聞きたくないんですが」と若干げんなりした顔をしている。わかる。父親の若い頃の、しかも恋愛の話とかピンと来ないよな。
「パティ? 殿方というのは恥ずかしがって、なかなか欲しい言葉をくださらないものです。不安に思った時は遠慮せず、殿下に愛を求めるのですよ?」
「は、はい、お母様。そうですね。殿下ったら今日もわたくしに──」
「ふ、二人共! 男の愚痴はそれくらいにしたらどうだ!? 今日はパトリシアの喜ばしい日なのだから! そうですよね殿下?」
「そ、そうだとも! さすが公爵、良い事を言ってくれる」
俺と公爵は結託して話を打ち切り、わざとらしく食事の味を褒めたり「殿下ともそのうち酒を酌み交わしたいものですな」とか言ったりした。
パトリシアの兄達はそんな俺達を「うわぁ、こうはなりたくないな」という顔で見ていた。いや、お前達の方が俺より早く結婚しろよ?
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