乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(15)
「誕生日おめでとう、パトリシア。これで八歳だな」
「ありがとうございます、フィリップ殿下。……わあ、綺麗な髪飾り」
婚約者の八歳の誕生日を、俺は彼女の家で祝った。
プレゼントは銀細工に青い宝石をあしらった髪飾りだ。
六歳の誕生日には万年筆を、七歳の時は靴を贈った。誕生日プレゼントもこれで三度目だ。思えば早いものである。
「悪いな。本当はパーティに出席してやりたいんだが」
そう言うと、少女はふるふると首を振って。
「いいえ。こうして祝っていただけるだけで十分です。それに……」
「それに?」
「殿下のお誕生パーティには一緒に出席できますから」
照れくさそうに頬を染める。
俺は「そ、そうか」と素っ気なく答えながら、彼女の愛らしさには何年経っても慣れそうにない、と思った。
俺が誕生パーティに出られないのはお互いの誕生日のせいだ。
実を言うと俺よりもパトリシアの方が少しだけ生まれが早い。
二人とも春生まれだが、パトリシアは春の早い頃で、俺はそれより二週間ほど後。
このため、八歳のお披露目を先に迎えるのは婚約者の方で、俺はその時まだお披露目前なのでパーティには参加できない。
「確かにな。俺の誕生パーティに二人揃って出られる方が重要か」
何しろ王子だから、とばかりに偉そうなニュアンスで言えば、とびきりの笑顔で「はい」と答えてくれる。
……いや、その、なんだ。
彼女はわかっているのだろうか。王子のお披露目で「婚約者」として紹介される意味が。
こほん。
「あー。ところでパトリシア。もし俺に嫌気がさす予定があるのなら、今のうちに行動を起こしておいた方がいいぞ?」
俺はわざとらしく婚約解消勧告をしてやる。
「お披露目後だと手続きがややこしくなるからな。表舞台に立つ前の方がいろいろ楽だ」
俺的にはここが一つの分水嶺。
婚約解消の難易度がこれ以降は一気に跳ね上がる。
……というか、原作のフィリップはそのへんちゃんとわかっていたのか? わかっていたら「年頃になってから婚約破棄」とかしないか。
パトリシアとしてもアホの俺様系に何年も突き合わされるよりは良いだろうと──。
「……殿下はひどいです」
「は?」
「わたくしが殿下との婚約を嫌だと言ったことがありますか? どうしてそのようなことを仰るのですか?」
婚約者はわかりやすくむくれていた。
言葉遣いがかなりしっかりしてきたのと対象的な子供っぽい仕草。
それもまた可愛いのだが、素直で聞き分けのいい彼女がここまで露骨に不満を表明するのは珍しいため、俺はわかりやすく狼狽してしまう。
「ど、どうしたパトリシア」
「殿下がひどいことを仰るからです。殿下はわたくしがそんなにお嫌いなのですか?」
美しい翠色の瞳に浮かぶ涙。
泣くのは反則だろう。女の涙、特に子供のそれには歴戦の勇士も敵わない。
……いっそ嫌われてしまえば楽なんだが。
それをするなら婚約直後にするべきだ。俺は婚約者を悲しませている罪悪感から胸を痛めながら「違うぞ」と答える。
「お前に不満などない。むしろ逆だ」
「逆?」
「お前のような女は俺ごときにはもったいない。パトリシアにはもっといい相手がいるんじゃないかと思っている」
何しろ婚約破棄王子in一般庶民だ。
「俺が王位を継げる保証などない。お前は次期王妃候補としてさんざん努力させられた挙げ句、中途半端な立場に追いやられるかもしれない。俺はそれが申し訳ないんだ」
お互いの使用人の目が痛い。
そんな事を気にしている場合じゃないとわかっていてもつい外聞を気にしてしまう。
……くそ、これじゃ横暴なアホ王子っぽくないぞ。
額に汗が浮かぶのを感じつつじっと視線を送り続けると、少女は恨みがましそうな様子で俺を見上げてきた。
涙を流すのは堪えてくれたようだが、そういう表情もまた心臓に悪い。
「殿下よりいいお相手なんて、いません」
「────」
「殿下はすごいです。万年筆を作ったり、新しいお菓子を作ったり、国の役に立とうとしています。側近と将来のために努力されているのも知っています」
まっすぐな訴えに、どうしていいかわからなくなる。
結局、あれこれの発案が俺だとバレているのが痛い。もうちょっとへっぽこ感を出さないとパトリシアからの心象を下げられなかったか。
「いや、とは言ってもな。お前、そんなに大勢と会った事ないだろう? 例えば俺の弟とか、なかなかいい男だぞ?」
五歳で俺の婚約者になったパトリシアは弟王子に引き合わされていない。
子ども同士とはいえ別派閥。第一王子派筆頭の公爵令嬢を会わせるのは得策でないと考えられているからだ。
が。
「大丈夫です。絶対に、殿下のほうがわたくしに相応しいです」
……本当、どうしてこうなった?
今日は単に誕生日の前祝いに来ただけだ。
婚約解消どうこうだっていつもの軽口だというのに、これではなんだかいい雰囲気だ。
褒められっぱなしな上に婚約者がご機嫌斜めで俺もどうしたいいかわからない。
「どうして、そんなふうに言い切れるんだ?」
戸惑いのままに尋ねれば、優しい微笑と共に、
「わたくしが、殿下とお付き合いしてきて、変わらずそう思っているからです」
「っ」
年月の重み。
三年という月日は決して短くない。幾度となく顔を合わせ、言葉を交わしてきた経験は安心と信頼を生む。
単純に、交際期間が長ければ長いほど、結婚してから上手くやれる率は上がるという話。
愛着というのも意外と馬鹿にできない。
飼い始めた時はあまり好みじゃなかったはずのペットを気づいたら溺愛している系の話はいくらでもある。
「殿下はすごいです。もし他の方が殿下を笑っても、わたくしは絶対に笑いません」
「……パトリシア」
なんで俺が褒められているんだ。
このままの流れではパトリシアに婚約を諦めさせるのは不可能に近い。
俺も考えを改める時に来ているのかもしれない。
ぐ、と、俺は唇を噛んでから、
「わかった、認めよう。俺は凄い。俺は偉い。俺程の男はなかなかいない」
「……そこまでは言っていないのでは……?」
おい、誰だ今ツッコミ入れたの。
いいんだよ、こういうのはノリが大事だ。
実際、パトリシアも「殿下……」と嬉しそうな表情を浮かべる。
婚約者が「俺すげえ」と言い出して喜ぶのもどうかと思うが。
「だがな」
ここでびしぃっ! っと俺は少女に指を突きつけた。
「俺よりもお前の方が凄い。それは譲らん」
「殿下……!?」
パトリシアのみならず周りの使用人達まで「こいつ何を言っているんだ」という顔になった。
さもありなん。
「パトリシア・エル・エルメスは俺以上の才能の持ち主だ。お前自身がそれを認めないと言うのなら、俺が認めさせてやる」
「殿下? 自分がなにを言っているか把握していらっしゃいますか?」
「ええい、お前は黙っていろ!」
こうなったら自棄というか最後の悪あがきだ。
今度こそはっきりツッコミを入れてきた俺のメイドにぴしゃりと言って、
「俺がお前をプロデュースしてやる。いいか、勉強して知識を身に着け、社交デビューでその美しさをアピールしたら、お前なんか俺よりずっと注目の的だからな」
ぶっちゃけ偉そうな王子様より可愛い女の子の方がみんな好きに決まっている。
「色んな男から口説かれた挙げ句『やっぱり婚約はなかった事に』って言い出したら『ほら見ろ』って笑ってやるからな。覚悟しろ」
宣戦布告を突きつけられたパトリシアはきょとん、として。
「あの、わたくしはいったいなにをすれば……?」
「ふん、何をだと? 決まっている。お前は俺に勉強のアドバイスをされるんだ。それからもちろん、俺の誕生パーティでは俺の用意したドレスを着てもらう」
ドレスについては前々から予定されていた事だ。
これは婚約者としての必要経費。
「怖いか? つまりお前は俺の手によって才能を伸ばされ、俺の手に余る女に成長するのだ!」
「わかりました。つまり、これからは殿下と一緒にお勉強する時間を取れるのですね?」
「それはようございましたね、パトリシア様」
「ええ! 殿下と二週に一度しか会えないのは寂しいもの!」
……いや、うん、まあそうなんだけどさ。
そこまで露骨にスルーされると寂しいというか「あ、失敗しそうだなこれ」という気がしてくるから止めてくれないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます