素晴らしき文才、読むことの喜びがある

最高でした。素晴らしい。まず文章が素晴らしいので話の行方は気になりません。ジャンルも舞台も気にならないのです、言葉選びや句読点の位置から「読書中」の快楽を先行して与えてくれました。
私はまず作者様の「冬の朝」という詩を読み、言葉選びのセンスが素晴らしく引き込まれ、欲をかいて小説はないのかと作品一覧を開き、とにかく文字数の多いものを、と本作を選びました。
列ぶタイトルのなかで林檎、という単語はわかりやすくて惹き付けられ、本文を開いてから現代を舞台とした内容だと気づきました。
林檎と坂道をかけながら半生を振り返るわけですが、そこには言及されない重力の重みを感じられます。ニュートンだなどと野暮な単語は一切ださずに、主人公が陥り、今かんじている生活の重苦しさを実感させてくれる。
2000字の短編でありながら、林檎を見捨てたシーンにはカタルシスと開放感があります。林檎がすりおろされたことすら意義深い。主人公の半生を表す林檎をすりおろして息子に与えることは彼女がいま頑張って生きている献身の在り方そのもの。情報は過不足なく、しかし背景を推測するには足る塩梅。満足度の高い素晴らしい一遍でした。