後編
三つの光源が、狭く暗い階段を微かに照らしながらカツンカツンと降りていく。
「これはまた…手すりがあって良かったですね」
紫の光…テヌートが手すりの外に額窓をかざしながら下を見てみた。
「ざっと100mくらいあるんじゃないですか?これ」
どうやら階段は大きな空間の壁際に設置されているようで階下までの距離は相当なものだった。そして
「よくわからない金属の壁…か、いよいよ次元城の根源に近づいたということなのだろうな」
明らかに地上の城の造りとは異なるすべすべとした壁面だった。
ようやく目の慣れてきた三人はとうとう階段の下…広大な空間の床面に辿り着いた。
その時だった。
何かが三人を遠くから照らした。それはまるでスポットライトを舞台に浴びせるかのように…
『ジョージ様!!』
続いて女性と思われる声が響いた。
そんなに大きくないのに不思議と良く響く声だった。
三人がその方に目を向けると…低い何かの振動音があった。
それはそのまま床全体に広がっていった。まるで地震のようだ。さらにそれに呼応して床から壁、天井までがゆっくりと昼間のように光り始めた。
そうしてようやく、三人は声の主を確認することができた。
遠く先にいたのは体のラインがわからないくらいダボダボなサイズの青いエプロンドレスを身に纏い四角い金属製の仮面をつけた、幻影で見たままの姿の者だった。
『…いや、ジョージ様じゃ、ない?』
彼女の視線…仮面があるのでよくは分からなかったが、どうやらエンデルクのことを見ているようだった。
『アナタは、誰?』
その声に対して、エンデルクが三歩前に出た。
「ふん、王の名が知りたいのならば、自分の方から名乗れ」
『ワタシ、は、アイリ、この城の、メイド…です』
「我が名はエンデルク・ノルセ・プライム! トレシア王国の王だ」
まるで後光が指しているかのような姿勢だった。
「わたしはルーシア・ルミナ・ニーラウス♪ エンデルクさまのナ……むぐぐ」
ルーシアの名乗りはエンデルクの左手で口を挟まれ最後まで聞くことができなかった。
「えんえうく…しゃまぁ!?」
「無駄なことは言わなくていい」
「ええと、これってみんな名乗る流れなの?…僕の名前はテヌート・キープ、『音を保って』って意味だよっ☆」
「だから無駄なことはっ」
『エンデルク、ルーシア、テヌート…覚えた、アナタ達は、どうしてここに?』
アイリはこちらに近づく様子もなく、そう割り込んできた。距離にして100m以上離れていたがそれ以上の何か壁のようなものをエンデルクは感じていた。
「この城を探索しに来た。結果…徒労と化したがな」
正直にエンデルクが告げた。
「勝手に入った件はこちらが悪いが、特にもう此処には用がないのでお前に可能ならば我等をこの城から出しては貰えぬか?」
エンデルクとしては恐ろしいほど下手に出ていた。
一瞬の沈黙のあと
『わかった、アナタ達を、排出、しましょう』
アイリは確かにそう言った。安堵の空気が流れた。
そんな中、エンデルクにはひとつ気になることがあった。
「ああそうだ、ジョージとかいうのはこの城の前の主か?」
『違います、ジョージ様は、王子、です、ワタシがお仕えしていて、今度こそ、お帰りになられます』
アイリの表情は読めなかったが、その口調は、どこか夢見るようにうっとりとしていた。
「…それは無理だろう」
それはアイリにとって、とても冷たい言葉だった。
『エンデルク、何を、言っているの?』
アイリはどうやらこのワールドのことを理解していない、エンデルクはそのことに気付いていた。
「お前がこの『もう一つの真なる世界』にどうやって来たかは知らないが、今此処にそのジョージや他の城の人間がいないということはつまり、再誕したのはお前とこの朽ちた城だけということだ。ジョージはこのワールドにはいない」
『嘘、嘘だ』
「王は、無駄に人を騙したりしない」
アイリが震えている、手袋をした両手を前に出して、虚ろな空を撫でるように指を蠢かせている。
「そもそも、王の居ないこの城に、最早意味など無い」
「エンデ、それは言い過ぎですよ」
テヌートが真面目な口調で嗜めた。
「ああそうだな、お前を傷つけたことに関しては我が悪い…だがな」
多分、アイリには聞こえてなかっただろう。
「王は、自らの真実を曲げることは出来ないのだ」
アイリはもう。
『そうか、エンデルクが、アレ、を壊したのですね?』
『そうだ、あの時、次元移動に失敗、したのも』
『ジョージ様、国王様、王妃様、皆…』
『婚約、の日まで、もう時間がなかった、のに』
『急いで、アレを修復しないと、いけなかったのに』
『そうだ、そうだ、アレはエンデルクが』
『エンデルク、エンデルク、エンデルク、ルーシア、テヌート、覚えた、そう、覚えた』
『ワタシ、ワタシが、ワタシが?ワタシに、『真価』を、『間』を』
振動音が次第に大きくなり、エンデルク達の眼前に巨大な力が
『エンデルク、お前が、お前がっ!』
灰色の巨石を幾つも、無造作に人型に組み上げたバケモノが
『エンデルク、お前がジョージ様を壊したのかぁぁぁ!!』
その拳をエンデルク目掛けて叩き込んだ。
「エンデルクさまぁ!」
巨石が届こうとしたその時、左手にいたルーシアが必死に抱きついてきた、不覚にもエンデルクはアイリの気迫に飲まれ防護壁を出すのが間に合わなかったのだ。
まるで纏わりつくようなゆっくりと流れる時間の中、一瞬逃げ遅れたルーシアの背中に巨石が掠り、そのままルーシアは、宙へと錐もみしながら投げ出された。
少女は声も上げず、床へと転がった。
静寂が場を照らす。
巨像は地面に振り下ろされた拳を、一旦戻した。
エンデルクは振り返らないまま…低く声をあげた。
「テヌート…ルーシアを診ろ、命令だ」
エンデルクの青い瞳が、アイリを貫いた。
「万死に…値する」
右拳を強く握っている…巨像とアイリは動かなかったが、エンデルクの気迫がそうさせているようにも見えた。
全てを崩壊させるような暴力…
それが発動しようとしていた。
「ダメですぅ!!」
エンデルクは珍しく驚愕した、なんとルーシアが激しく上下に息をしながらも自分の手を止めたのだ。
そこには強い意志があった。
「エンデルクさまをお守りするのはわたしのお役目……乳母(ナース)であるわたしのすべてなんですぅ!!」
ルーシアのその叫びに合わせて『竜』の文字が浮かび
海神から渦が生まれるように、ルーシアの頭上からそれは顕現した。
「来たれっ<聖竜召喚>!!」
長い尻尾と後ろ足とでその巨体を支え、雄々しい翼を持ち、翡翠色の鱗を纏った神々しいまでの竜だった。
これがルーシアの『真価』、彼女はそもそも前の世界でも聖竜族という特殊な竜の血を引く一族の出身だった。
このワールドに再誕した際にその才能を伸ばせるよう『竜』を『真価』にしたのだった。
巨竜は大きく息を吸うと、目の前の巨像にレーザー状の熱線を放った、流石の巨像も一気に数十m後ろに流された。
直後突進をしながら、お互いに一気に距離を詰めぶつかり合う巨像と巨竜。
「おお~♪ これは怪獣大決戦って感じですなぁ」
「おい、お前も少しくらい加勢しろ」
ようやく、エンデルクは平静を整えつつあった。
「ええええ?」
「<侵入>で多少の情報くらい引き出せるだろうが」
「あ、そうでしたね」
テヌートは懐から火薬式の拳銃を取り出すと、パンッと一発巨像へと撃った。巨大なので当てるのは簡単だったがダメージはほぼ無かった。
「ふむふむ…石で出来てますけど意外と熱には弱いのかもですね、さっきのレーザーブレスも半分は距離を取るために離れたっぽいです」
「ほう、あの女意外と戦い慣れているのか?」
奥のアイリを睨みながらエンデルク、アイリの方は微動だにせずただ立っているようだった。
「いえ、巨像の方は完全に自律型ですね。ああ見えて中にはかなり高性能な知能?機械が組み込まれています」
「…そうなると戦闘経験的にはルーシアの方が不利か」
ルーシアの『真価』である『竜』の力、<聖竜召喚>は呼び出している間ずっとルーシアの力を消耗するうえ、その挙動はルーシア自身が操る必要があった。
竜にも人格(竜格?)はあるのだが、そういうルールで召喚は成立しているのだ。あんまり扱いが下手だと二度と召喚に応じてくれない例もあるらしい。
見ると、少しずつ巨竜の方が押されていた。傍らのルーシアの息もあがったままだ。
やはり先程のダメージは相当なものだったらしい。
これ以上、ルーシアを苦しめる訳にはいかない。
「よし、それでは我が」
「だ、ダメですよぅ、ここはわたしが頑張る番ですぅ」
そんなルーシアの、先程の勢いで乱れてしまった長い緑の髪を整え、エンデルクは左手で彼女の頭を優しく撫でた。
「ふにゃ~」
「この阿呆が、お前はもう、十分に役を果たした。我が助けることくらいは大目に見ろ…いいな?」
「…はいぃ」
それは蕩けるような笑顔だった。
エンデルクはルーシアを庇うように前に立つと右手に力を集中させた。
「ひとまずあいつを空中に浮かせてくれ、それが合図だ」
「わかりましたぁ、突っ込んで、聖竜さまっ!!」
号令と共に巨竜が頭から巨像の腹へとぶつかろうとするが、巨像は両手を組むとその拳を一気に振り下ろした。
巨大な、でも鈍い音が響く、巨竜は…倒れ…
「いまぁ!」
倒れずに翼を羽ばたかせ、下から一気に巨竜が飛翔した。
弾かれるように巨像のその巨体が宙へと上がる…
時は来た
「さあ…これが『王』の力だ」
刹那床面に扇状の紅く、禍禍しいまでに激しく揺らぐ熱源が現れた。
「喰らえ… 〈
その絶大なまでの熱源は、一気に暴発して中空の巨像を含む上方の全てを飲み込み、そして破壊した。おそらく地上の城の外からでもその火柱は見ることができただろう。それ程の圧倒的な大規模攻撃だった。
巨像の姿は最早完全に消失していた。同時に巨竜もまた、自ら門を開き還っていった。ルーシアがもう限界だったのだ。
「さて…アイリの方はどうなった?」
エンデルクが遠くを見やる、あの一撃では前方はほぼ壊滅的な筈で、地上が見えるくらいごっそりと空間が消失していたのだが…
アイリはそこにいた。無傷だった、先程と違うのは背後の壁は無くなり、代わりに何か大きな鉄屑の寄せ集めのような機械が陽炎のように揺らめいていた。
『オワリダ』
『セイギョ、デキナイ』
アイリ…なのか、そう確かにアイリはそう言った。
それに合わせて、後ろの装置が鳴動を始める。
「どうやら…あの装置が次元振を起こしていたようですね」
「はぁはぁ…あの…山みたいなのが…ですか?」
「<侵入>してないから確信は持てないけれど…これはまずいですよ」
青ざめた表情のテヌート、ルーシアは疲労の為、今は動かせない。
『モウ、オワリ、ダ』
次元振を起こす装置が、暴走しようとしていた。
どうなってしまうのか、その被害は誰にも分からない。
「おい、アイリ」
そんな中、エンデルクだけが落ち着いていた。
「死にたくなかったら、そこを退いていろ」
装置を睨みながら右手を後ろに振るう、この男の『真価』である『王』の力は、まだ尽きてはいなかったのだ。いや、あれだけの威力を見せながらまだ全力では無かったというのだ。
テヌートが慌ててルーシアを抱えると想定されるであろう射線上から急いで外れた。
「いくぞ」
そうエンデルクが囁いた瞬間、信じられない程巨大な鉄の塊が出現した、よく見るとそれは無数の何かを模していた。
「王は、我なり!」
エンデルクが右手を前方に振り翳すとその勢いのままの超高速度で鉄塊が装置に襲い掛かった。
「<
幾万の重装兵士が戦場を蹂躙するように、鉄塊は瞬時に装置を飲み込み、爆音が辺り一帯を包んだ。
それと同時に眩い光が全てを覆い…数刻後、鉄塊は消失していたが、装置もまた完全に沈黙したのだった。
ふと、見上げると天井を吹き飛ばし広く開けた青い空から太陽の光が差し込んでいた。それこそ、装置が作用していない証拠だった。
「あの装置は多分、〈重兵烈攻〉を止めるのにほぼ全エネルギーを使い切ったんだろうね」
「我は全てを灰燼に帰すつもりだったのだが…まあ、こんなものか」
「あの…アイリさまは?」
見渡してみると、アイリは部屋の隅で蹲っていた。
「テヌート、介抱してやれ」
テヌートが音もなくアイリに近付き、上体だけ起こした。
その時、仮面にヒビが入り、音を立てて…落ちた。
緑色の光が瞳から漏れる、その肌は銀色の金属だった。
アイリもまた、機械だったのだ。
『エンデルク、ごめんなさい』
どうやら、正気に戻っていたようだった。
『ワタシは、壊れて、しまったのでしょうか?』
エンデルクとルーシアがゆっくりとアイリの元へと向かう。
『ただ、ワタシは、この世界で、ジョージ様をお迎えしたかった』
『いえ、ワタシに、出来ることなど、無いのに、記憶も、混乱して』
『ワタシでは、あの方の妻になど、なれはしないのに』
記憶の不備はおそらくこの世界に来た時の影響もあったのだろうが、機械であるアイリにとっては重大なエラーだったのかもしれない。
『この不完全な、記憶を、消去して再起動を図るのが正解』
『これ以上、無価値な行動を、続けるべきでは、ない』
アイリは泣いているように見えた。
『でも、ワタシは忘れたく、なかった』
『ジョージ様の、あのお方の、コトを』
『もう、必要のない、情報、だから、といって』
『忘れなくては、いけないの、でしょうか?』
ふわっと、ルーシアがやさしくアイリを抱きとめた。
「いいよ、覚えてていいよ …忘れるなんて…しちゃダメだよ?」
『ルーシア、アナタは優しい、のですね、ジョージ様のように』
「メイドと乳母(ナース)だもん、アイリさまのきもち…分かるよっ」
『ありがとう、ルーシア、ありがとう…』
『ワタシ…忘れたく…ないよぅ!』
そのまま、二人は思い切り泣いたのだった。
「そういえば…万死に値すると言ったな」
不意に、エンデルクの右手がアイリの額に伸びた。
「エンデルク…さま?」
『そう、ですね、ワタシはアナタに酷いことをした』
観念したようにアイリは頭を垂れた、エンデルクの右手がすぐそばに近づき…ピシッと鳴った。
「だがもう、興が削がれた。これで許してやろう」
「エンデルクさまっ♪」
『…痛い、です』
<王デコピン>は機械にも効く究極の『王技』なのだ。
「先程は無理だといったがそれはあくまで現状の話だ、もし本当に夢を成したいのならば、こんな古臭い城で蹲ってないで、我みたいに全力で動くことだ。此処は…それが可能な世界なのだからな」
『ありがとう、エンデルク…様』
「そうだ、お前には王に対する敬意が足りないぞ」
『そうでしたね』
「王は、寛大だからな…ジョージとやらも、おそらく分かってくれるのではないか?」
『はい、ジョージ様は、とても優しい人、です』
その時、止まっていた筈の装置から音が聞こえた。それは古時計が丁度の時間を指したときに鳴るような、ボーン、ボーンという音だった。
『ああ、紅茶のお時間だ』
アイリが立ち上がった。それと同時に空間が歪み、おそらく最後であろう…三人は空へと投げ出されたのだった。
……
「ジョージ様、紅茶、です」
「ありがとう…ん、まだ君の紅茶は熱すぎるな」
「すいません、ワタシ、こういうコトはインプットされてないのです」
「でも…君のように優しい味がするから僕は好きだな」
「ありがとう、ございます」
「それにしても…いつまでも君と呼ぶのも良くはないか」
「それは、ご随意に」
「周りでは『エイリアン』と呼ばれているようだがそれも僕は嫌だな」
「それも、ご随意に」
「う~ん…そうだ『アイリ』なんてどうかな?」
「アイリ…ワタシ、アイリ」
「そう、君は今からアイリだ、僕の大事なメイドのアイリだ」
「…嬉しい、です」
「これからもよろしくね、アイリ」
「はい、ジョージ様…ありがとうございます」
……
次元城を見下ろす、小高い丘の上に三人は立っていた。
温かい太陽に照らされながら、彼方の者を想う。
遠くから見ると、次元城の北半分は完全に消失して、大地が抉れたままになっていた。
「それで、<侵入>してある程度は分かったのだろう?」
エンデルクは傍らのテヌートに報告を求めた。
「まあ、つまらない話です、アイリは元々ジョージとは別の世界で作られた機械だったようです。ところが何らかの事故でジョージのいる世界に単体飛ばされた。ジョージの世界には機械なんてほぼ無かったですからね…大分迫害されたようですよ」
「アイリさま…かわいそう」
「そんな中、ジョージがアイリを拾ってメイドとして置いた、さらに城の資金でアイリが元の世界に帰れるように装置の修理を進めていたんですが…文明が違い過ぎたんでしょうね、装置は不完全で暴走事故を起こしたようです、その後、アイリと次元城だけがここに再誕した」
「なるほどな、ジョージとジョージのいる世界がどうなっているかは」
「分からないですね」
「まあ、可能性は残っているということだ」
アイリを介抱したときに、テヌートはこっそり<侵入>していたのだ。
「我等と同じように…な」
柔らかい風が三人を包む。
「けっきょく、次元城のなぞってなんだったんでしょうね?」
ルーシアが慈しむ様な視線を次元城に向けて、そう言った。
「さあな、謎なんてものは最初から無かったのかもしれん…本当に今回は無駄足だった」
そう言いながらもエンデルクの表情は晴れやかだった。
果たしてアイリはこれからどうなったのか、ジョージと再会することは出来たのか…
それはまた、別の話。
終わり
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