中編
何かが見える。
綺麗な調度品に囲まれた一室に一組の男女が佇んでいた。
いや、一人は四角い金属の仮面のような物を被っていたので性別の判定は出来ないが、それでも大きめの青いエプロンドレスを着ている姿、その雰囲気は妙に儚げで柔らかかった。
男の方も柔和な表情で、女の淹れた紅茶を飲んでいた。
ただ、それだけだった。
それはとても優しい光景なのに、何処か遠く、切ない光景でもあった。
次にエンデルクが見たのは城の入口の程近くの通路だった。両手がやけに重く感じるので視線をやると、ルーシアとテヌートの二人が意識を失って倒れ込んでいた。
それでも、信頼の証かふたりとも手をしっかり繋いでいた。
「惰弱な奴らめ」
見下ろしながら、おそらく二人が聞いたことのない声色でエンデルクはそう言った。
「ふにゃ~~~?」
先にルーシアが目を覚ましたようだ。続いてテヌートを起こすとエンデルクは改めて二人に自分の考えを説明した。
「我は今のアレを『
先程まで何度も腕時計を見ていたのはそれを確認するためだった。
「1時間毎ですか、それは厄介ですね…住みにくいったらありゃしないですよ、長湯も出来ないじゃないですか」
まだここを根城にするつもりなのかテヌートが懐からハンカチを取り出すと足についた土を払いながらそう言った。
「ああ、つまり此処は人が住むような環境じゃないという事だ。それと…お前達二人はここに飛ばされる前に何か見なかったか?」
先程の光景を説明すると予想通り二人とも同じようなものを見ていた。どうやら三人一緒なら同じ場所に移動できるようだが、三人だったからか幻影とでもいうべき物も見ることができたということか…
「まあ、あくまで推測の域ではあるがな、だが幻影で見たあの部屋には見覚えがあるから次はそこに向かうとするか」
「はい~」
テヌートが気軽に応える。
ひとまず全然状況がわかってないルーシアはうんうんと頷いていた。
三人が向かったのは城の二階、正門から見て最奥にあたる部屋だった。また次元振が起きるとふりだしに戻りかねないのでかなり急いでそこに向かった。
ドアを開け、改めて部屋を見ると一つ分かったことがあった。
「きれい…ですね」
他の部屋なり廊下なり外なりは完全に廃墟と化して植物が生い茂っていたり、逆に枯れ果てていたり、物の一部が風化なり破壊なりしていたりするのだが、この部屋は誰かが手を加えているのか多少の経年変化はあるものの、先程見た光景と同じように綺麗に整っていた。
「しかし、それ以外に特に不審な点は無いようだがな…」
エンデルクは調度品の上に置いてあった小さな額縁を手に取った。そこには椅子に座った年若い男と、傍らに立つ仮面のメイドの絵があった。
「やっぱり…だれかいるのでしょうか?」
ルーシアが少し悲しそうにそう言った。同じ付き従う職種だからかきっと思うところがあるのだろう。
「まあ、只のメイドや文明の劣った国家の王族が次元振を起こせるとは思えないがな」
「警護にガーゴイルとかを配置していたから多少の魔法要素はある世界だったのでしょうけどね」
テヌートの発言はエンデルクの琴線に触れた。
「やはり元々あったものではないと思うか、お前も」
この世界の存在には、ある明確な違いがある。
『元々この世界にあったもの』か
『別の世界からこの世界にきたもの』か
エンデルク達三人は前述の通り別の世界から再誕した存在だ。
再誕する際に『真価』という新たな力を得ることが出来たが、残念ながら自分の記憶や能力に関しては知らないことの方が多かった。
だからこそ、忘れてはならない…失われた自分たちの王国を取り戻す為に今も生きているのだ。
絆を忘れない為に一緒にいるのだ。
次元城が別の世界から現れた存在だとすると、確実に言えること…
それは
「この城と共に再誕した存在がいる筈だ」
再誕が起きた際に、どうやらその人に関連するもの、武器や道具、住んでいた家などが一緒に現れることがあるのだという。
ただエンデルクの場合、残念ながら供のふたり以外に所有物が現れたという事例はなかった。
逆に言えば再誕なしで物や場所が顕現する事例はないという。
「一番あり得るのは先程の光景に出ていた主人とメイド、でしょうね」
テヌートが答える。
「メイドさまがこの部屋をおそうじしているのですか?」
「そうかも知れん、断言するには情報が少なすぎる…全くこんな事ならあの阿呆の話になど乗るべきじゃなかったな」
「あはは…」
「笑うなテヌート、お前の得た情報も役には立ってないんだからな」
気の抜けた従者を王は許さなかった。
「ねえねえ!エンデルクの旦那は次元城ってしってる?」
ワールドで快適に生活するために、様々な補助、講義や戦闘訓練などを執り行う施設であり団体…それが学園だ。
その学園のとある教室でエンデルクは自分より背の高い、身長2mほどの大柄な女性に突然話し掛けられた。
「きなささま、おひさしぶりです」
「…鬼か、また無益な話でもしに来たか」
確かによく見ると女性の頭には白い角が生えている。
「いやいやぁ、コレが最近噂のお城でね♪ お城と言ったら旦那が新しい拠点が欲しいって言ってたからそれって面白そうじゃない?」
女性はニコニコしながらエンデルクに詰め寄る。
「…どうなんだ、テヌート」
「あー、僕は話に聞いたくらいですが伝手を頼って情報を集めることは出来ますよ?」
「王は迅速を尊ぶ、今すぐ行け」
「は~い」
テヌートがそそくさと教室から出ていった。
「じげんじょう…たびのじゅんびがひつようでしょうか?」
傍らに控えていたルーシアが思案しているとその横から階段を上がって来た別の少女が顔を出してきた。
「ねっ、折角だからみんなで探索しようよ!セイガくんも誘ってさ(これはチャンス☆)」
耳が長く、見た目はとても整った、美少女だった…が
「…誰だ、お前は」
エンデルクには心当たりがなかった。
「ええええ? オコのコトを知らないなんて冗談でも面白くないよ?(怒)」
両手を顔の前に置き、大仰に少女は驚いていた。
エンデルクは不必要な人間はすぐに忘れてしまう。
少女の話に出ていたセイガなる男は覚えていたが、この女は…
「あー、少し前までアンタの自称妃候補だったモブ沢だよ」
「モブ沢さまです」
キナサと呼ばれていた鬼の少女とルーシアに言われてようやく思い至った。
「モブ沢じゃないです!私は大沢…」
「最近セイガに鞍替えしたようで気にしていなかったがお前か、女」
じろりとモブ沢さんを睨む。
「そんな…熱い瞳でオコを見ないで(ぽっ)」
エンデルクはかなりの美形であるのでその破壊力は相当だった。
そんなモブ沢さんは放っておいて
「情報の内容にもよるが考えてもいいのかも知れんな」
そうエンデルクは考えていた。
その判断をここで後悔することにはなったのだが…
「それにしてもまたふりだしに戻ったか…王の我慢もそろそろ」
テヌートが情報屋から得た内容から、不思議な現象はあるとしても脅威はそう多くない、そう判断したエンデルクは供のふたりだけを連れて次元城に来たわけだが、いよいよ興味も失せようとしていた。
「でも、どうして何回も…じげんしん?せかいが揺れるのでしょう?それってけっこう大変なことだとおもうのですが…」
「ですよねー、こんなの不便でしかないでしょうし」
従者ふたりがあれこれ考えている。
「おそらく、この城で何らかの欠陥、不具合が生じているのだろう。原因を突き止めれば或いは分かるのかも知れないが…」
考えるのも無駄だとエンデルクは思っていた。
そうして腕時計を確認する。
「…また1時間経とうとしているな」
うんざりする。
「それじゃ、またはぐれないように手を繋がないといけませんね♪」
テヌートは何故か嬉しそうだった。
「おそとに出たいとおもいながらじげんしんに入ったら、かえることが出来たりしないでしょうか?」
ルーシアがそう口にする。
言われてみれば一理あった。
「ああ…そうだな、次は城の外に出られるようイメージしてみるか」
「いめーじ、ですね♪」
少女はふんふんと祈る、テヌートはその手を取ってもう片方の手をエンデルクに向けた。
エンデルクが従者ふたりの手を取ると同時に世界が形を変えた。
そして…
遠影が見える…
またあの部屋だった。
男の方が話をしている、相手は彼とお似合いの豪華なドレスを纏った女性だった。
仲のいい雰囲気ではあったが、どこか社交辞令的なものをエンデルクは感じた…自分もああいった会話をしていたものだ。
奇妙なメイドの方を探す…とそれはどうやら部屋の外、ドアの向こうにひっそりと控えているようだった。
彼女はこの光景に何を思ったのか…
「…おかわいそうに……」
そう、ルーシアが声にした。
きっとそれが正解なのだろう…
次にエンデルク達がいたのは城の外だった。
…ただし、霧に囲まれた門のすぐ外に過ぎなかった。
「ダメか…」
エンデルクの声に焦りが見えた。
このままではもしかしたら、帰ることも出来ないのではないか?
一瞬だがそんな考えがよぎる。
(まあ、最終的には全てを破壊してでも脱出してやるがな)
口には出さなかったが、決意を新たに、次元城を見上げた。
「せめて何か怪しい場所があればいいのだが…」
沈黙が流れる。
「あ」
ルーシアがポンと手を叩いた。きっと頭上には点灯した豆電球が見えそうな笑顔だった。
「…どうした?」
「そういえば、なぜだかあかない扉が城のなかにあったんですよぅ」
…エンデルクは軽く額を押さえる。
「…あれ?エンデルクさま?どこかいたいのですか?」
無邪気に近寄る少女にエンデルクは左手を向け、審判を下した。
「王は、無能な部下には容赦をしないのだった」
「にゃ~~~~~~~~!!」
その扉は、一階の建物の中枢にある謁見の間の台座の裏側の床に巧妙に隠されていた。
「ルーシアさんはよくこんな物に気付きましたね」
「わたしさいしょこのドアの上におちたんです」
「それは運がいい、お手柄ですよ、よしよし~♪」
「うーー、ひりひりするですぅ」
テヌートが頭を撫でてあげたのだが、今のルーシアには逆効果だったようだ…
そう、<王デコピン>は傷を与えず絶大な痛みだけを与える至高の『王技』なのだ。
「テヌート、早くしろ。お前の能力なら開けるのは容易だろう?」
そう、<侵入>はモンスターだけではなく、人や植物、果てはコンピューターなどあらゆる物に行使可能な能力だった。直接触れないといけない点と自分の力量より上回るものには殆ど効かないのが難点ではあったが、近接戦に於いては圧倒的にテヌートは、強かった。
「はいはい~うちの主は相変わらず厳しいですね~、ほいっと」
テヌートが手にしていた針を鍵穴へと入れる、先程の細剣もそうだが自分が使うものには前もって能力を与えていて、自分の手と同じ働きが可能なようにしてあった。「直接触れる」という定義はそうやって拡張できるのだ。
「…むむ、ん?」
只の鍵なら造作もなく開けることが出来る筈だった。だがしかし何か障害があるのかテヌートの動きは思うように進んでなかった。
そんな中、異変に最初に気付いたのはルーシアだった。
「エンデルクさま… がーごいるが、ご、いる」
いつの間にか入口の方にある扉から、先程と同じタイプのガーゴイルが五体、三人を包囲するように近づいていた。
「おい、テヌート…早くしろ」
「えええ?どっちも僕に任せるんですか?」
「無論、我等二人が此処で能力を使うのは良策ではないからな」
ガーゴイルはそんなやり取りなど歯牙にもかけず向かっている。
「働かせ過ぎですって…」
「だが…それを如何にかするのがお前だろう?」
エンデルクは不敵に微笑んだ、それは主の、王の全幅の信頼だった。
「…御意」
テヌートは左手に針を持ち替えると、右手を縦横無尽にはためかせた。
瞬時に五体のガーゴイルは次々と動きを止め…台座を拝むように転げ落ちていった。
「これ…多分僕たちの知らないテクノロジーで固められてます」
ガーゴイル達には目もくれず、針で扉を指さしテヌートはそう語った。
「てくんろじー?」
「テクノロジー、技術だ…つまりこれだけ中世程度のモノではないということだな?」
テヌートは頷くと再び鍵開け作業に集中した。古臭い世界と自分達の知らない多分未来の世界の技術、嫌な予感しかしないがこの先に何か解決のヒントがあることはほぼ確実だろう。
長いような短いような数刻が過ぎ、カチリと微かな音をたて扉は開いた、真っ暗な視界の先にはうっすらと階段が続いていて…
それは黄泉へと誘う坂のようにエンデルクには思えたのだった。
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