エンデルク・プライムと次元城の謎

中樹 冬弥

前編

 血筋だけでは真の王にはなれない。

 能力だけでは真の王にはなれない。

 だったら、王を真の王たらしめん要素とは、一体何なのか。


「思ったほどは老朽化していないな」

 最初に青年が床から天井までを見渡しながら部屋に入った。

「はい…でもおそうじはたくさんしなきゃですね」

 続いて小さな少女がとてとてと青年に従う。

「本当にこの城は持ち主不在なんでしょうかね?」

 最後にドアを閉めながら背の高い男性が続いた。

「もし城主がいても、話してみない事には始まらないな」

 青年が窓の外を窺う、曇りなのか、霧なのか、視界の先は灰色だった。

「…何だ?」

 それは予期せぬ方向から現れた。

 そこにいた三人はただ、古びた石造りの既に廃墟となった城の中を探索していただけだったのに…

「気を付けっ…」

 青年が言い終わるより早く、世界が揺れた。 

 何の前触れもなく周囲の空間が揺れるように、合わせ鏡のように幾重にも景色が四角く切り取られ歪んだのだ。

 青年は咄嗟に傍らにいる供の少女の手を取ろうとした。

「ルー!」

 少女の指が伸ばされる。

 …しかし、それは惜しくも寸前で叶わず少女の驚いたような、でも真っすぐに見つめられた瞳を感じながら、青年は意識を失ったのだった。


 幾時か経ったのだろうか、青年は一人…城の元は庭園だったのだろう芝生の上で目を覚ました。

 意志の強そうな青色の瞳が虚ろな空を映した。

 サラサラの金色の髪、すらりとした長身でありながらも引き締まった肉体、一見して高級なものだと分かる服装、そして容姿はかなりの美形の部類といえるだろう。芝生を払いながら立ち上がると用心深く周りを見渡した、そんな姿もいちいち様になっていた。

 彼の名はエンデルク・ノルセ・プライム、この城の主…ではない。

 しかし彼もまた、本来は城を持つべき立場、王族であった。

 この世界に来てからは屋敷での仮住まいだったので、今回は学園で噂に聞いたこの次元城を新しい住処に出来ないかと供の二人と訪れたのだ。

 彼らはこの、「もう一つの真なる世界ワールド」に元々いたわけではなく、別の世界から再誕した存在だ。

 王の身分は最早保証されてはいないが、彼はあくまで「王」として立ち振る舞い、そしてこの次元城にやってきた。

 次元城…ワールドでは最近確認されたばかりであまり有名ではないが謎のスポットとして一部では噂が囁かれていた。

 曰く「だれもいない筈なのに何かの気配がする」とか

 曰く「次元城という位だからきっと何かの秘密がある」とか

 曰く「その城の謎を知ってしまって帰ってきたものはいない」とか

 そんな風聞には一笑しながらエンデルクは探索を決めたわけだが…

「参ったな…本当に次元を歪めるような城だったとはな」

 忌々し気に独りごちた。とはいえそれを聞く者もなく、仕方ないからエンデルクはもう少し考えてみることにした。

 数刻、状況を整理する…無論わからないことばかりだ、が

「王は、退かないのだ」

 そうはっきりと宣言してエンデルクは身近な建物の方へと足を向けた。


 庭のアーチを抜けて、まずは建屋へ向かう。

「懐かしいな」

 そう、エンデルクは思った。

 ワールドに来た際、元の世界の記憶の幾つかは忘却していた。

 自分たちを案内した者は、求めればいづれ記憶は戻ると言っていたし、必要なことは自身が覚えている筈なので気にしていなかったのだが…

 この道を歩いていた時にふと、昔のことを思い出した。

 あれは幼少期、乳母の手を取りヴァレンタース城、つまり前の世界の自分たちの王城を案内したこと…

『きれいな…花ですね♪』

 彼女はそう言っていた。

『われのだいじなものだ、おまえにもとくべつにみせてやる』

 そう告げると彼女は優しく微笑んだ。

『まあ…それはありがとう存じます』

 それは他愛のない思い出、それでもエンデルクには実感できるほどの価値のある思い出だった。

 造りは違っていたが、それでもあの時の花壇を思わせるような庭園、だが今は朽ちて草さえも無い。

 この城の在り様に嘆息しながらエンデルクは足を進めた。


 シンと静まり返った廊下をエンデルクの足音だけが響く、供の二人を探すというなら声をあげればいいとも思われるが、エンデルクにとってそれは無用の作業だった。

 何故なら

「王は、供の心配などしない」からだ。

 あちこち一人で調べてみたが、しかしどう見ても只の古いだけの城だ。

 中世の名残をうけた単純で簡素で程度の低い(エンデルク主観)建物に過ぎない。

 エンデルクは魔法には詳しくないので分からないが何か大きな力が眠っているようにも思えない。

 自分たちが住むにしても、大きく作り替えねば満足できない。

(この城は…別に欲しくもないな)

 それがエンデルクの評価だった。だからこそ、さっさと事を終わらせてこの城から立ち去りたかった。

 しかし…

「縁どりの世界…か」

 立ち止まり、横の木枠の窓から外を見る。

 ここに来る時、早朝は確かに周りの天気は晴れていた筈だ。

 だが二階から見る今の外の世界は灰色の霧のような何かに覆われており、そこを通っても正直このまま元の場所に戻れる気がしなかった。

 だから仕方なく城内の方を選択したのだ。おそらく供の二人も同じ考えだと信じて…

 その時、ふと違和感を覚えた。そのまま職人の名作であろうと見て分かるような自分の腕時計を確認する。

 途端

「またかっ!!」

 次元が歪んだ。

「王は、こんなモノには屈しないぞ!!」

 意識を強く持つ、目の前が視覚的に激しく変化して気持ちが悪くなる。

 そして今度も世界は揺れた


 次にエンデルクが見たのはある程度広い客間のような空間だった。

 今度はちゃんと立っている、間隙も無い筈、危険も…ない?

 そう分析したエンデルクの頭上から、何かが落ちてきた。咄嗟にかわすのは彼にとっては簡単だったのだが彼はそれを面白くもなさそうに抱き止めた。

 それは、少女だった。

 年の頃なら十四~五くらい、緑色の長い髪はうなじの所で丸くまとめられ、華奢な体躯には、黒と白を基調としたクラシカルなメイド服が良く似合っていた。

 羽根のように軽いその小さな少女はゆうるりと目を開けた。赤茶色の純真そうな瞳がエンデルクを捉える。

「…エンデルク…さま?」

「よう、息災そうじゃないかこの」

「どうして額窓ステータスに出てくれないんですかぁ!?」 

 少女はエンデルクの腕の中でじたばたと動きながら不満を全身でアピールした。

「は?そんなものは知らんが」

 そう言ってエンデルクは左腕だけで上手に少女を抱えながら右手で何かを指さした。すると何もなかった空間に青いガラス板のようなモノが浮かび上がりそこには幾つかの情報が表示されていた。

「あれれ? でもわたし…連絡したんですよぅ」

 少女の顔の上にもピンク色のガラスの額が現れていた。

「どうやら、この城内では額窓も正常に作用しないようだな」

 額窓、それはこの世界に存在する殆どの者が持つ所謂情報端末である。

 自身の状態、所持金、持ち物などの個人情報、他者との連絡、公的な情報の閲覧などが可能な非常に便利な物ではあったが、幾つかの重要な情報、例えば自分の持つ能力の詳細などがわざと非公開になるなど融通の効かない面もあったりする。

「王は、信用出来ないモノには頼らんわ」

 つまらなそうに額窓を消す。

 エンデルク自身はあまり額窓を活用してないのだった。

「…エンデルクさま、そろそろわたしをおろしてくれませんか?」

 ちょっと恥ずかしそうに少女はエンデルクを見上げた。こうみると所在をなくした子猫のようである。

「ああ、そうだな」

 エンデルクはそう言い放つと少女を手短なソファの上に落とした。

「にゃ~~~~!」

 彼女の名はルーシア、エンデルクに付き従い衣食住のお世話をする…

 彼の…

「よし、さっさと行くぞ」

「まってくださいませ~~」

 本当に無関心そうなエンデルクを急いで追いかけるルーシアだった。


「そういえば、こうやってながい廊下を二人で歩くとむかしにもどったようですね?」

 先頭を歩くエンデルクに向けて、ルーシアは嬉しそうに楽しそうにずっと話し掛けていた。

 エンデルクは気にせず返答もろくせず歩き続ける。どうやらこの石造りの廊下は1階も2階も内部を囲むように四角く構成されているようだ。

「むかしといえばこの前はたのしかったんですよ?ユメカさまとセイガさまと『燃える木の森』にいったときに…もうじゅわーってくらい木がもえてましてね?…さらに…」

「ふむ」

 この城の大体の規模は把握できた、それに時間は…エンデルクは注意深く腕時計を見つめた。

「むかでろーんさまには困ったというかわたしはきぜつしてしまったんですがセイガさまがとても頑張ってくれたそうで…」

「ふむ」

 前にアレが起きてから気絶していた時間を差し引くと…

「あ、ちゃんとおめあてのアレは手にはいったんですよぅ」

「ふむふむ」

 それにしても中途半端な時刻なのは…何か意味があるのか?

「あとホムラさまというふしぎな方ともおはなしできたのです♪」

「そうか、それは後で礼くらいは…してやるか」

「ホムラさまにですか?」

 ルーシアがキョトンとする。小首を傾げた姿も愛らしい。

「いや、そうではなく…っ」

 考えごとをしていたため、返答にも判断にも遅れた事実にエンデルクは歯噛みした。

 気付けば廊下の先、音もたてずに二体の羽の生えた石の獣の彫像が真っすぐにこちらに向かって来ていたのだ。

 これは所謂ガーゴイルというモンスターの一種である。

 エンデルクもルーシアも目立った武器は装備していない。そういうのはもう一人に基本任せていたからだ。

「この無機質の分際でっ!」

 ガーゴイルがいよいよ迫ってきた瞬間、強烈な力場が発生して二体を吹き飛ばした。エンデルクは自分の能力の反動を防ぐために、強力な防護壁を作ることが出来るのだ。

 ただしこの防護壁に攻撃能力は殆どない。一度は壁や床に叩きつけられたガーゴイルたちもすぐに起き上がって来ていた。

 だが焦る必要もない、エンデルクは既に、うんざりしていた。

「ああ面倒だ…もうこの城は破棄するか」

 これ以上考えるのも意味がない。

「やめてくださいぃ、まだテヌートさまもみつけてないのにぃ」

 右手を眼前に向けたエンデルクをルーシアがふるふると必死でぶら下がって止めた。

 その光景はちょっと可愛らしかった。

 しかしエンデルクの意思は変わらない。

「王は、面倒を嫌うんだ」

 エンデルクの右手に光が収束する。

「テヌートさまぁ、おにげになってくださーい」

「…呼んだ?」

 その時、ガーゴイル達のさらに後ろ、ドアがきいと鳴って一人の男が顔を出した。首の位置からしてエンデルクよりもさらに長身、烏の濡れ羽のような黒髪と、白い肌から映える紅い瞳がいたずらそうに光っていた。

 男は音もたてずに廊下に立つ、黒いスーツ姿が似合っていた。

 そして腰に差した細身の剣をまるで触れるようにガーゴイルに向けた。

 刹那、ガーゴイルはゴトゴトと形を成すことをやめ床に倒れ伏した。剣戟によるダメージなど全くない筈なのに…

 もう一体はその異変の意味が分からないのか只真っすぐに新たな敵、男に突進した。男はそれを難なくかわすと同時に、剣の切っ先をガーゴイルの翼に掠らせ、先程と同様にあっさりと無力化させたのだった。

「やはり、単純な構造のモンスターはチョロいですね♪」

 彼の名はテヌート、その能力は触れた対象に侵入して自分の力以下のものならば自在に処することが出来る『侵』の『真価ワース』だった。

 『真価』というのはエンデルク達がこのワールドに再誕した際に選んで身に着けた力だった。

 その『文字』に応じた力を使うことが可能で、テヌートは考えた末に「侵す」力を望んだのだ。

 なかなか業の深い能力である。

 そんな彼は、今は無きエンデルクの城の庭を管理していた元庭師でもあった。


「さて、三人揃ったわけだが…そろそろ危ないな」

「危ない?僕が来てもう安心じゃなくて?」

 エンデルクはもう一度腕時計を見た。

「我の予測が正しければもう直ぐなのだ…」

 テヌートも察したのか先程までのおどけた表情をやめた。ルーシアだけが訳の分からないままキョロキョロと二人を見守り…

 同時にまた城内が歪み始めた。

「あわわわわわわわ」

 また三人バラバラになるのは得策ではない。

「掴まれっ!!」

 エンデルクが両手を伸ばし、今度こそ確実に二人を捉えた。

 そして三人はまた飛ばされたのだった。

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