第3話 アンフェール号殺人事件
ルファルド国西部の主要都市アジュリット着の汽車から2人の男女が降り立った。
2人とも非常に端正な顔立ちをしている。女性は足が不自由らしく、付き添いの男性と駅員に補助されながら汽車を降り、先に用意されていた車椅子へと乗る。
ひとつひとつの所作がとても美しく、彼女が良家の娘である事は想像に容易くない。
「ウェルズ捜査官、手間をおかけしましたね」
女性は車椅子を押す青年へ声を掛ける。
「いえ、僕はアリーヤ様の秘書ですので」
国家捜査局本部所属のアリーヤとテディはとある人物に呼ばれ、このアジュリットの街へと足を運んでいる。
「これはコンコルディア捜査官、ウェルズ捜査官。ご足労いただきありがとうございます」
駅に迎えに来たのは国家捜査局西部支社所属のナゼール捜査官である。アリーヤ達は彼の要請を受けてやって来たのだ。
駅からは西部支社所有の馬車で向かう。西部支社には数分で到着した。
早速内部に入り、資料室へと案内される。今回、アリーヤに紐解いて欲しいと望んだ事件の資料が長机に用意されていた。
「今回、お呼びした事件ですが、昨日クルーズ船『アンフェール号』で遺体が発見されました。遺体には弾痕があり、船の調理場のごみ箱から拳銃が発見されています。鑑識局によると指紋の検出はされなかったとの事でした」
アリーヤはナゼール捜査官の話を聞きながら目の前の資料をあっという間に読み終える。微笑を浮かべながら今回の事件をまとめるように声を出した。
事件現場は、北部の主要都市「エムロード」と西部の主要都市「アジュリット」を海を渡りながら観光するクルーズ船『アンフェール号』で起きたものである。
エムロードからアジュリットは汽車で行くと1日で到着する距離だが、アンフェール号では7日間かけてゆっくりと海を観光しながら航海する。ホエールウォッチングや元王宮料理人による食事が目玉であり、運営会社は「ミュールハイム」、参加費用は庶民の年収ほどの為、富裕層を中心に人気を呼んでいた。
第一発見者はアジュリットに本部を置く瑪瑙新聞社の記者ドルトムント氏。エムロードに行く船を港で探していたらしく、停泊していたアンフェール号を見つけ船長に交渉していたという。港では彼が船長に雑用でも何でもするから乗せてくれと大声を出しながら交渉している所を複数名が目撃していた。ドルトムントによると、ふと船を見ると甲板に赤い水溜まりのようなものがあり、不審に思い、船長の制止を振り切り乗船すると甲板で被害者が倒れているのを見つけたとのこと。
被害者はジャック・グラスゴー、北部の街「ガーネイア」でパン屋を営む男性。未成年時代に事件を起こし、少子院に入所していた経歴があり、出所後に現在の名前へと変更している。本名はケヴィン・モンスという。死亡推定時刻はクルーズ船に乗船してから6日目の夜とされている。
「今回の事件で不可解なのが乗客全員が容疑者になるのですが、全員にアリバイがある事です。西部支社もそれで手こずってしまって、ぜひコンコルディア特別捜査官のお知恵を貸していただけないかと思い……」
「成程、それでわたくしを呼んだという事ですね。この事件は複雑です。まずは容疑者となる乗客をまとめましょう」
アンフェール号の乗客は被害者を含め6名。エムロードからアジュリットまでは休憩と物資の補給を兼ねて途中の港に何度か停船していたようだが、乗客の入れ替わりはない。
船長のヴォルスブルク、料理人のエアフルト、乗客のオーベンロー、トリエステ男爵、メリージャ、そして被害者のグラスゴー。
アリーヤは白紙の紙に羽ペンで容疑者の情報をまとめていく。
船長:ヴォルスブルクはアンフェール号の所有者兼運営会社「ミュールハイム」の社長の従弟である。グラスゴーの死亡推定時刻は本部と通信を行っており、本部にもその記録は残っている。
料理人:エアフルトは元王宮料理人であり、彼の料理が富裕層に人気を呼んでいる。死亡推定時刻にはラウンジでトリエステ男爵に飲料を提供していたという。
乗客:オーベンローは被害者とは旧知の仲。現在は北部にあるトリエステ男爵の領地で羊飼いをしている。乗客の中で唯一銃が扱える人間であるが、凶器からは彼の指紋は検出されていない。被害者にアンフェール号の乗船券を渡した人物。死亡推定時刻にはフロアから海を見ていたと主張。
乗客:トリエステ男爵、北部の領地を運営する貴族である。庶民と乗船するのが不快だったらしく、度々船長と揉めていたという。死亡推定時刻にはラウンジで料理人エアフルトから飲料の提供を受けていた。
乗客:メリージャ、アジュガ王国出身の貿易商。乗客の中で唯一の外国人である。死亡推定時刻にはフロアで読書をしており、オーベンローを見かけたと証言している。
「この事件、何故起きたのかを考察するには過去の事件と乗客について深堀する必要があります。被害者ジャック・グラスゴーは本名ケヴィン・モンスと言い、名前を変えるきっかけになった事件、通称“荒野殺人事件”の犯人です」
荒野殺人事件と聞いてナゼール捜査官は顔色を変える。
「そう、当時未成年だったグラスゴーが起こした凶悪な殺人事件です。誘拐してきた女性を荒野に放ち、逃げ惑う彼女達を獲物を狩るようにして銃で狙い殺害しました。グラスゴーはすぐに逮捕されましたが、未成年だった為、少子法が適用され死刑を免れました」
少子法とは男子18歳、女子16歳で成人を迎えるが、未成年時の犯罪は更生の可能性を十分に考慮し、成人と同じ刑罰は適用しないというものである。その為、死刑は適用されない。
「荒野殺人事件の被害者は3人でした。恋人とのデート後に誘拐されたエリナ・ヴォルスブルク、貴族の歴史教師をしていたクラリーチェ・ルッカ、アジュガ王国からルファルド国へ留学していたキオネ・メリージャです。もうお気付きだと思いますが、荒野殺人事件の被害者と乗客には血縁などの関わりがあります」
淡々と話すアリーヤは微笑を崩さない。
エリナ・ヴォルスブルクの父は船長であるヴォルスブルク氏であり、当時の恋人が料理人エアフルトだ。
クラリーチェ・ルッカはトリエステ男爵の長男、現在の当主の歴史教師であったという。
そしてキオネ・メリージャは貿易商メリージャの妹であった。
「つまり全員にアリバイはありません。グルですから。被害者の所得では乗れないようなアンフェール号に招待したのはオーベンローです。被害者に怪しまれないよう舞台に登場させることが出来ます。船長のヴォルスブルク氏がアンフェール号を用意し、他の乗客もそれぞれ被害者に恨みを持った者同士ですから協力しやすかったのでしょう」
「全員がグル……」
「船長のアリバイも怪しいものです。通信室と甲板までは扉1枚しかありません。甲板で起きた銃声が聞こえない事はないでしょう。残りの乗客や職員のアリバイは、お互い正しいと証明し合うものばかりですが、嘘をついていないという証拠にはなりません。おそらく、実行犯は船の中で唯一銃が扱えるオーベンローでしょう。彼はグラスゴーと旧知の仲だったそうですが、彼が暮らしているのはトリエステ男爵の領地。被害者と古い友人だったとしても貴族様の命令は無視出来ません。そして、凶器の銃は料理人エアフルトが入念に拭き取り調理場のごみ箱へ捨てたのでしょう。理由は事件を複雑なものにするためです」
アリーヤは指を立てる。
「この事件、荒野殺人事件の復讐なんです」
「殺すならこんな大がかりにしなくても、殺し屋でも雇って殺せば良いのではないでしょうか?」
ナゼール捜査官の疑問にアリーヤは答える。
「殺すだけが目的では無いからですよ。彼らがお互いのアリバイを作ったのも事件を難解なものにして大衆の注目を集めるため。大衆は不可解な事件が面白くて好きですからね。そして、第一発見者の記者もグルです。乗客の誰かに買収されています。目的地に行くだけなら汽車の方が早いですからね。港で騒ぎを起こし、アンフェール号の名を大衆に刷り込む。そして、新聞に記事として取り上げればアジュリットの街では大騒ぎでしょう。人の出入りが激しいアジュリットで起きた不可解な事件はやがて国全土に広まるはずです。現にドルトムントは今朝の朝刊でアンフェール号の事件と被害者の過去について取り上げています」
ナゼール捜査官はアリーヤの主張に頷いたが、まだ納得していない様子で問う。
「全員が共犯である理由は分かりましたが、何故そこまで大衆の注目を集めたいのでしょうか」
アリーヤはふっとナゼール捜査官に視線をやる。ずっと浮かべている微笑は崩れない。
「アンフェール号の加害者達の目的は、事件を大体的に宣伝してより多くの国民に興味を持ってもらうこと、加えて被害者が過去に起こした事件を知ってもらう事で少子法について疑問を抱かせるためなのです。復讐だけでなく政治的なメッセージも込められているのですよ。だからこのように手の込んだ、ストーリー性のある事件を起こしたのです」
「加害者達は少子法を憎んでいるからなのでしょうか」
「それは分かりません。ですが、残虐な事件を起こしたのに“未成年”だから許されて良いのだろうか、更生の可能性というが被害者には将来も無いのだとは思っているかもしれません。法は人の心までは救ってくれない事もあります。この問題を世に提示したかったのでしょうね」
アリーヤは資料に目を落としながらぽつりとつぶやく。相変わらず微笑を浮かべているが、テディには寂しい笑みに思えた。
「私刑を許すことは出来ませんが、今回の加害者には思うところがあります。いつか人の心まで守ってくれるような法律が出来る事をわたくしは祈るしかないのでしょうか」
机上捜査 十井 風 @hahaha-
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