雨の日と彼
梅田 乙矢
雨
その人はいつも雨の日にだけ現れた。
傘もささず ずぶ濡れでただただ空を見上げている。
私はいつもなら無視して通り過ぎるのだが、その日はなんとなく彼に挨拶してみた。
彼は雨に濡れた、目にかかるほど伸びた黒い前髪の間から黒い瞳をこちらに向けて
こんにちは
と返してくれた。
私は彼に雨男と勝手にあだ名を付けた。
梅雨の時期に入り、雨男は毎日のように姿を現すようになった。
いつものように少し長めの黒髪から
どうして、いつも傘をささないのですか?
私は彼に
雨の日にしか外に出れないから。
よく分からない答えが返ってきた。
その日から私達は雨の日になると会って話すようになった。
彼との会話は楽しかったが、いつも外というのはつらい。
何度かどこかのお店で話さないかと提案したが、きっぱりと断られてしまった。
風邪を引いてしまうと心配もしたのだが、
僕は大丈夫。
それより君のほうが風邪を引いてしまうかもしれないね。
大丈夫かい?
と逆に心配されてしまった。
もうすぐ梅雨も終わっちゃうね。
そう言うと
そうだね。
またしばらく外には出れないな。
と空を見上げて言った。
梅雨が終わり夏がやってきた。
今年の夏は例年に比べて暑い。
雨が降る日もほぼない。
雨男に会う回数も自然と減っていった。
季節は秋に移り変わろうとしている。
珍しく雨の日が続いていたが、雨男は姿を現さなかった。
秋はすぐに終わり寒い冬がやってきた。
この地域では珍しく気温の低い日が続いている。
明日は雨の予報だ。
彼はいるだろうか…。
冷たい雨の中、いつもの場所で待っていたが、彼はやはり来なかった。
しばらくして風のうわさで聞いたのだが、
彼は難病を
夏が終わる頃、体調が急変し治療していたが、良くなることはなく亡くなってしまったそうだ…。
『彼女は、今日も待っているんじゃない
だろうか?
彼女にきちんと話さないと』
それが私であることを知り寂しさが込み上げてきた。
今年もまた梅雨の時期がやってくる。
この時期になると雨の匂いに混じりどこからか彼の匂いも
彼の姿はないが、いつもそばにいてくれるような、そんな気がした。
雨の日と彼 梅田 乙矢 @otoya_umeda
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