魔法使いと戦争


「そのぐらいって…めちゃくちゃ戦争してるじゃないですか」


俺は半ばあきれたように言葉を返す。でも彼女は依然と余裕そうに笑みを浮かべるだけだった。


「大丈夫よ」


笑みを浮かべながら短く返す彼女をみるに、なにかしら彼女の中でこの現状を打開する策があると言うのだろうか?


「なんでそんな余裕そうなんですか?」


なぜか分からないが少しムッとしながら言い返した俺を見て、彼女はまたクスクスと笑い始めた。ちょっと嫌味ったらしいが良く笑う人だ。そんな彼女はまた指を折り曲げていく。


「ひとつ、私たちにも味方は多い。ふたつ、我々の首長であるプファルツ選帝侯は広大な領地をもっている。最後にみっつ、選帝侯の本拠地であるラインラントには豊富なダンジョンをもっている」


「味方ってどんな人たちが味方なんですか?」


「スノーバル帝国とホラント連邦共和国にウェールズ王国、あとザクセン選帝侯とリューネブルク選帝侯、それとブランデンラント辺境伯ね。スノーバル帝国は大陸有数の火器保有国で、去年に選帝侯と連合を組んでアイゼン大公国の軍を撃退したの。ほかの国も各地の旧教国と戦っているわ」


なるほど、じゃあゲルマニア一国が多数の連合国に囲まれて戦争しているわけではないということか。


となると、そこまで自分が飛ばされたこの地域はそこまで深刻な状況ではないのだろう。まぁ戦争とかはニュースで見るだけでよくわからないけど。


「それで昨日はガリシアの主力をその…プファルツ選帝侯が倒したと」


「ええ、私もそこに居たわ」


彼女はそう言いながら少し誇らしげに胸を張った。どうやら彼女はあの兵士たちの中にいたようだ。あの時見たように、パイク槍の後ろから魔法を撃っていたのだろうか。


「す、すごいですね…」


俺は少しだけ顔を引きつらせながら何とか褒めることができた。彼女が軍に所属していたと言うことは、ゴブリンの変異種は広まっていないということだろうか?おそらくは俺を撃ち殺した兵士たちはすでに戦場の中で死亡したか、そこまで重大な問題だと捉えていないかのどちらかだろう。


「まぁ私は後ろで魔法を撃つだけだったけどね、銃や大砲が生まれてからはこんなものよ。百年前まで戦争の花形と言ったら騎士と魔法使いだったのに…今じゃ安く撃てる大砲もどきって感じね…」


彼女は皮肉ったように失笑しながら両手をゆらす。どうやら昨今の戦いの在り方が変化したことで、魔法使いも苦しい現状なのかもしれない。人類の科学技術が発展していく中で騎馬兵は廃れ、戦車がその役割を果たすようになったが、魔法使いもいずれ、その役割を大砲にとって代わられるのかもしれない。


「そういえばまだ貴方を名前を聞いてなかった…私はリーゼ、あなたは?」


たしかにそうだ。自己紹介をするはずだったのに、まだ名前すら明かしてなかった。だがどうしよう、本名でいいよな?逆にこの見た目で”なろう小説に出てくるようなイキったカタカナにしたら疑われそうだし。


「俺は鈴木浩二っていいます。鈴木が苗字で浩二が名前です」


外国だと名前が先にきて苗字が後になるっていうしな。いちよう説明はしといた。でも俺は日本人だ。外国人に自己紹介するときに、名前と苗字の順番を逆にして言うような奴にはなりたくないんだ。むこうの人間は日本人に名前を言うときに日本人に合わせないのに、なんで日本人が外国の文化に合わせないといけないんだって話だ。そうやって自分のアイデンティティーを大切にしないで、すぐ気を遣って相手に合わせるから欧米の連中は自分たちの考えが世界の考えだと誤解し、おごり高ぶるようになるんだ。


「――ねぇ?聞いてる?あなた貴族なの?」


「へぇ?貴族?」


自分の中で考えを巡らせていると、不意に彼女の声が聞こえた。


「き、貴族じゃないですよ!そんなんじゃ…」


いきなり言われた貴族という言葉に俺はとっさに否定する。すると彼女は何とも言えない表情を浮かべた。


「貴方の国だと貴族じゃなくても苗字を名乗るの?だったらここでは止めといた方が良いわ。苗字を名乗るのは王侯貴族と聖職者の特権よ。金で身分を買った商人や私のような魔法使いぐらいね。いち下々が名乗る必要もないの」


「ぇ……あは…い」


目に力がこもりながら強い口調で話す彼女に、俺はなにも言い返せなかった。まぁでもそれがこの地域の文化なのだ。無理して我を押し通す必要はない。ここは時代すら違うのだ。相手を怒らせたらすぐに銃弾が飛んでくる。そんな状況では命がいくつあっても足りない。


「素直なことは良いこと。それであなた…これからどうする気?私はもう用は済んだから都市まちに帰るけど」


「おっ俺も町に行きたいんです!案内してもらえませんか?」


まるで溜まっていた息が一気に漏れたように口を開いた俺に、彼女は少し呆気に取られたような表情を浮かべた。


「え、えぇ…いいけど……でも身元の保証人ぐらいにしかなれないわよ?通行税は払えるの?」


俺は通行税という言葉に少しだけ不安に駆られた。自分が持っているのは金貨が2枚と銀貨が10枚ほど。俺はこのお金の価値をまだ理解できていない。俺はズボンのポッケにしまっていた麻袋を取り出した。


「その…金貨が2枚と銀貨が10枚ほどです」


「なら大丈夫ね。銀貨10枚あれば入れるわ」


彼女はそういうといきなり南に向かって歩き出した。いきなり背を向けて歩き出した彼女に俺は動揺してしまった。


「えっ?ああの!」


「マンハイムはこっちよ!私のあとついてこればいいわ」


彼女は一度振り返り、俺に手招きするとまたすぐに狼を連れて歩き出した。彼女は大分早歩きで、とっさのことでボケっと突っ立っていた俺とすぐに離れて行ってしまう。俺はなんとも言えない感情の中で、置いていかれない様に、小走りに彼女の背中を追った。




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初老戦記~異世界で自由に生きたいオジサンの主権国家のすゝめ方 僕は人間の屑です @katouzyunsan

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