その後

 雪がちらちら降ることはあっても、積もるのは初めてで、足踏みをした。海里と同じ学年となり、卒業が目前になってきていた。


 体育館と校舎の間。愁と大翔、三人で昼を過ごした小窓のところで、ただ、ひたすら待ちぼうける。

 すぐ帰るつもりでいた。下駄箱に手紙が入っているのを見つけるまでは。


「…――来てくれて、待っててくれて、ありがとうございます……」


 背中に声が掛かり、振り返る。小柄な女子がいた。


「手紙、ありがとうございます。驚きましたけど、嬉しかったです」

「そんなっ、先輩なんですから、敬語やめてください」


 先輩と呼ばれる学年になっていること、その言葉の響き。

 ゆぅみの卒業以来、部活動をしてこなかった。一応、入ることを考えてはみたけれど。輪が出来上がっている部へ入る勇気がなかった、これがもっともな理由だった。


「それじゃあ、交換条件にしましょう。僕は敬語をやめます。そっちは先輩って呼ぶのをやめる」


 相手は小首を傾げる。「それでは……お名前で呼んでもいいですか?」


「波木でも、風磨でも。お任せする」

「あたし、小鳩柚葉こばとゆずはです」


 口は動いていても声が小さい為に、風磨は思わず一歩近づく。


「風磨さん、て言ってもいいですか?」

「どうぞ。柚葉さん」


 予想もしてなかった会話の流れに、柚葉の顔は赤くなっていく。面と向かって話す異性は、家族以外で翠と海里くらいで。

 つられて恥ずかしくなるほどに、相手の頬が紅潮してきて、風磨は身体の向きを変えた。そうすれば見ずに済む。


「風磨さん、あたし、告白しようと思って、下駄箱に手紙を入れたんです」


 軸がある力強い宣言に、気持ちが引っ張られ、振り向いた。まっすぐにみつめてくる柚葉。その瞳の意味を受け取ることが難しいと感じた風磨は、頭を掻いて視線をそらす。

 告白、その言葉に、海里との出来事を思い返す。〝伝えたいことがある〟手紙にはそういった内容があって、いつも昼を過ごしていた場所が指定されていた。

 予感はした。相手を待っている間に、考えは巡っていき、ひとつになる。海里と過ごしたことがあったから、確信に近い予感をしたんだ。


「風磨さんのことが好きです」


 腕を下ろし、おずおずと柚葉を見る。数秒待ってみたが、予想した言葉は出てくる気配が無い。


「え、それだけ?」

「そうです」

「付き合ってくださいまで、セットかと……」


 柚葉は下を向いた。


「ごめんなさい。あたし、逃げを準備しました」

「逃げ?」

「告白してダメでも、傷つき過ぎないようにって、逃げる準備です」


 すとんと腑に落ちて、「あー、そういうことか」と、声が漏れる。


「歳の離れた従兄弟のお兄ちゃんがいるんですけど、あたしが漫画を読んでたら隣で、青春は早いうちにやっとけよーなんて言うんです。共感はしなかったけど、告白はしたいなって思ってて――なんかごめんなさい、語ってしまって」

「あぁ、いや」


 考え事になると、腕組みをする。いつの間にかしていたのを、話の一区切りがついたところで、ゆっくりほどく。

 好きと言うだけなら勇気を出せばいい。だけど、付き合ってほしいと欲を言って断られたあとは、ショックが残る。

 そうならないように、柚葉は選択肢に逃げるのを入れていた。


「告白してくれて、ありがとう。勇気の入ることなのに。僕も言ったことがあったなー、ちょっと変わった先輩だったから、柚葉さんが感じてる緊張は無かったかもしれない。まぁ、今思うと?」

「え! そうなんですか? 付き合ったり?」

「遊んだりして、友達の関係だよ。告白して、断られた」


 驚いた表情から、視線は下がっていった。短く息を吐く。柚葉の中で答えが見えた気がした。


「高校三年、残りの日数を青春したいって――なんだかんだ楽しかったかも。それが無かったら告白しようなんて考えもしないと思う」

「振り返ってそう思ってるってことですよね? 好き、だったんですよね?」


 好きの二文字を聞いて、考える必要も無いなと、風磨は口にした。


「今でも好きだな」


 涙は溢れ、ぽろぽろと頬を流れていく。必死に拭いながら、柚葉は思いを吐き出した。


「――あーぁ、青春って便利な言葉ですね。逃げられるように考えたのに、意味なかったです」

「……振ったようなものか、ごめん」

「謝らないでください。それでいいんです」


 柚葉が落ち着くのを待ってから、正門まで歩き、それぞれ帰り道を選んだ。


 すっかり暗くなった帰り道だが、海里と過ごした公園へ寄り、スマートフォンを耳に当てる。


『もしもし?』

「あ、も、もしもし」

『掛けておいて慌てないでよね、後輩くん』


 久し振りに聴く声、呼び方。


「出ないことを予想してました……すみません」

『一緒に仕事してる人、親子くらい年齢違うんだけどね、忙しいってよく言うんだ。私はまだ分からないんだけど。通知があれば連絡は返すかもね。後輩くん、外? なんか騒がしい』

「ジャングルジムのある公園です」


 聴こえる、久し振りの笑う声。


『なんてことない公園って言うんだと思うけど、思い出の場所かもね』


 しみじみ、海里はそう付け足した。


「先輩、僕今日、告白されました」

『急に話変わるね』

「先輩、僕今日、好きって言われたんですよ」

『聞こえてるって』


 寒さじゃなく、反応が気になって、息が震える。「聞いて先輩は、今、どう思いました?」


 返ってくる声はなく、風磨は続けた。


「少しでも焦ってくれたら、嬉しいんですけどね。今でも先輩が好きだって言ったら、相手の子、泣いちゃって。ごめんって言ったら、謝らないでくださいだって。先輩……先輩も同じ気持ちでした?」


 スマートフォンから伝わってくる、涙声。


『告白してくれた子、強いね。初めての付き合いが、変な感じだったから、本気で好きになるってよく分からなかったんだよね。青春て言葉を都合よく使った。好きを言ったあと、どうなるのか怖くなった』


 うーん、と唸ったのが聴こえたあと、『今日電話できて、後輩くんの近況を聞いて、あの時言ってたらって……後悔? それに高三のとき、後輩くんが傷ついたんじゃないかって思った。ごめんね』

「その時は、悲しくはなりましたよ? でも、無理やり付き合うのは違うじゃないですか。今日報告して、先輩が嫉妬してくれたの、嬉しいです」


 互いに笑って、海里が電話を切るのを待った。ゆっくり耳から離す。雫が頬について拭った。

 ちらちら降る雪を見上げ、先輩だったら何を言ってくれるか想像する。フッ、と悪戯に風磨はわらった。





(これで終わりです。ありがとうございました)

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私は青春を免罪符としてつかった 戌井てと @te4-3

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