第2話 双子のゾンビと観葉植物(2)


 「今日は何して遊ぶ?」

 「何するー?」


 昨日に引き続き、今日も双子と留守番だ。

 今日も普段と同様に、朝日と共に目ざわることができ、体調もすこぶる良い。だが、何故か昨夜の食後の記憶が少々曖昧である。環境が変わったせいであろうか?何にせよ些細なことだ。特別気にすることでは無いだろう。

 我が今気にすべきことは、双子が何を始めるかであるからな。


 「おままごとしよっか」

 「しよー、しよー」


 今日もゴッコ遊びをするようだな。昨日の「ばかんすゴッコ」のような遊びはもう勘弁願いたが、果たしてどうなることやら。


 「ゼロが“ひーちゃん”やるから、レイは“犬“だよ」

 「レイはワンワンなの〜」


 ひーちゃんとは一体何者だ?聞いたことの無い名だな。それに加えて犬役とは。随分とマニアックな芝居を始めるようだな。もしかすると、ひーちゃんとやらは何かの動物ではなかろうか。

 動物ゴッコとは、幼子らしくて良いでは無いか。


 「私の可愛い犬よ、こちらにおいでなさい」

 「はい!女王様!!」


 ……今回もダメであったか。一句目から安全領域をぶち抜いておる。

 ひーちゃんとやらは動物ではない。魔族の女だ。

 そして、犬も動物では無い。魔族の男だ。

 いかんな。荒れる予感しかせぬぞ。


 「この駄犬が!」

 《バチンッ!!》(鞭が床を叩く音)

 「はうっ」

 「誰が言葉を話していいと言った?犬は犬らしくなさい」

 「わん!」

 「いい子だ」


 ……これは一体何を真似た遊びなのだ?女王と犬ーーの真似をする者。双子の活動範囲から推測して、魔王城に仕える者たちであるはずだが、我がこのような状況に遭遇したことは一度も無い。

 我は基本的には魔王の私室におるゆえ、そこで起こったことや聞いたことしか分からぬのだ。


 「足に擦りついてばかりで芸がないわね。可愛がられたいのなら、もっと愛嬌を振り撒いたらどう?」

 「クゥン……」

 「いちいち命令されなければできないの?これだから、駄犬は。ほら、お手」

 「ワン!」

 「おかわり」

 「ワン!!」

 「伏せ」

 「ワン!!!」


 今のところは、普通の犬と飼い主であるな。やや言い回しに癖はあるが、行動に怪しい点は無い。我に見えるのは、幼子がままごとをしているだけの光景だ。

 まあ、役者が役者ならば違って見えたやもしれんがな。

 ややマニアックな演目ではあるが、健全な遊びであったか。


 「いい子ね。ご褒美に頭を撫でてあげるわ」

 「へへへっ」


 幼子が戯れついておるだけだ。


 「嬉しくないの?」

 「ワン!ワン!」(否定)

 「そう?その割には尾が振れて無いようだけど」

 「ワン!!へへっ」


 随分と熱の入った芝居であるなー。この双子は、将来有望な演者になるに違いない。


 「ふふっ。そんなに尾を振って甘えられては、もっと可愛がってあげないとね」

 「へ…へ…へ…」


 今まさに、我は重大な事柄を一つ思い出した。

 それは、“ひーちゃんとは誰であるか“だ。双子がひーちゃんと呼んでいるのは、魔王の左腕のことであろう。

 魔王城の女王様の異名を持つ奴は、飴と鞭で男を犬に変えてしまう恐ろしい女だ。すでに魔王城にいる男の八割は、彼女の犬であるとかないとか。

 まさか、このような魔王城の裏までも把握ているとは。無垢な容姿からは想像もできぬほどの、恐ろしい情報通である。


 「上手におねだりできたら、ご褒美をあげる」

 「くぅ〜ん♡」


 ああ……、思考している間に演目が佳境に入ってしまっておる。

 どうにかして止めたいが、手足も無く、声も出せぬ我には到底叶わぬ願いだ。


 「ああ、主人にこんなだらしない姿を見せるなんて。やっぱりお前は駄犬ね」

 「はぁ……、はぁ……」


 犬ないしは男の、繊細な息遣いの違いまで再現するとは。例え禁忌に触れうる内容の演目であろうと、ここまで完璧に演じられては、自身の尊さを言い訳に目を逸らすわけにはいかぬ。

 我が生涯をかけて守り抜くと誓った純真を失おうとも、最後まで見届ける覚悟はもう出来ておる!いざ、エンディングへ!!


 仰向けになり腹を見せる犬。熱に濡れる瞳は、敬愛する女主人一心に見つめている。赤く染まった頬に、汗に濡れた髪。もの欲しそうに体をくねらせる姿は、一見よく懐いた犬にも見えるが、恍惚と蕩けた表情はまさに女王に媚を売る駄犬であった。

 

 満足そうに駄犬を見下ろす女王が、良くしなる鞭の先を駄犬の太腿にあてがい、ゆっくりを肌を滑らせていく。

 言わずとも知れた鞭の行き先はーー。


 《ゴーン》(鐘の音)


 「ごはんの時間だ〜」

 「ごはん〜ごはん〜」


 そう、ごはん……。はっ!?

 我としたことが、見届けるだけではなく語り手までしてしまうとは。危うく我の硬派な口から、品性のない言葉を発してしまうところであったぞ。


 「今日のお肉は何だろな〜」

 「何だろ〜」

 「真っ赤なお汁が鮮度の証〜」

 「真っ赤なお汁が、おいしいしいの〜」

 

 ふぅ。鐘の音で正気に戻ったか。やはり幼子には、今のようなあどけない笑顔が似合うものだ。

 幼子が親を見て育つのは自然なことだが、それにより歪んでしまうのは正しいことだと思えぬ。欲にまみれた大人の真似事など、覚えても何の特にもならんのだからな。


 「カンちゃんにも、ごはんあげなくちゃ!」

 「カンちゃんも、お肉食べる〜」


 我は肉は食わぬぞ!


 「カンちゃんはお肉は食べないって、ひーちゃんが言ってたよ」

 「カンちゃんのごはんは、なぁに?」

 

 我が食すのは、良質で新鮮な水のみ。今度は間違えるでないぞ。


 「カンちゃんは“汁“が好きなんだって」

 「“汁“いっぱいがいいね!」

 

 汁とは、お主たちの口の周りについている、赤いそれか?断じて違うぞ!我が望むのは、透明で清らかなクセのないーー。


 『いっぱい食べて、大きくなーれ!!』


 《ザブーン》大量の“汁”が注がれる音。


 あぶぶぶぶ……。


 「これでカンちゃんもお腹いっぱいだね」

 「レイもお腹いっぱいなの〜」

 「ふわぁ〜。眠くなってきた……」

 「ねんねの時間なの……」

 「おやすみ、カンちゃん」

 「おやすみなのー」


 コグリ、ゴクリ。ゴクリ、ゴクリ。

 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリ、ゴクリっ。

 もっと……、もっと汁を。もっと赤き汁が欲しい……。

 「も……、汁……しい」

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