双子のゾンビは観葉植物の育て方を知らない。
四藤 奏人
第1話 双子のゾンビと観葉植物
「ねーねー、レイ」
「なぁに、ゼロ」
吾輩は観葉植物である。
「魔王様が、“ばかんす”に行くから、お世話してって言ってたけど」
「言ってたけど?」
名前はまだ無い。
「“ばかんす”ってなぁに?」
「なんだろう?」
どうしてこの場所にいるのかは検討がついているが、これからどうなるのかは未知である。
して、バカンスとは、長期休暇を満喫することだ。
おおよそ、主人は南国にでも行ったのであろう。南国の美女に癒されたいと、常々ぼやいておったからな。
我は幼い容姿の双子と共に、魔王城の留守を任されているのだが、どうもそこの双子は知能が低いらしい。魔王が帰って来るまで無事でいられるだろうか、初日から不安である。
「そうだ!ばかんすゴッコしようよ、レイ」
「ばかんす、するー」
この双子、バカンスが何か分からんのに、ごっこ遊びを始めるようだ。
どうなるのか、観察してみようではないか。
「今日からバカンスに行ってくるぞ」
これは、主の真似事であるな。出立の時に、我と双子に言い残した言葉だ。
「私もお供いたします」
こっちは宰相の真似事であろう。なかなか、よい芝居をするではないか。
「南国に存在する彼の地は、花咲き乱れる聖地であり、小鳥達の美しいさえずりが聞こえる楽園だ」
「彼の地は、見目麗しい女性たちと、ひと時の愛を囁き合う、リゾート地でございますな」
この双子、真似事となると難しい言葉も使用できるようだ。聞いた通りに再現しているだけであるが、よく覚えていられるものだ。少し舌足らずなのは、幼子ゆえ仕方がないのだろうが、セリフは一字一句同じである。
「我は今日から一週間、彼の地で休暇を過ごす。日頃の疲れを癒し、未来の為に活力を溜め込むのだ」
「一週間あれば、女性たちと仲を深め、魔王様の無垢なお姿をお見せできる機会も多くありましょう」
改めて聞いても、ろくな会話ではないな。そもそも、幼子の前で話す内容ではない。よくに塗れた大人の会話ほど、教育に悪いものはないからな。
このゴッコ遊びを止められない我は無力なものだ。動けずとも、せめて話すことができばよかったのだが。今日ほど観葉植物であることを後悔したことは無いぞ。
「して、右腕よ。お主はどんな花を好むのかね」
「私めの趣向など、魔王様にお聞かせするほどのものではございませんが、問われたのならば答えるのが従者の務め。誠心誠意、答えさせて頂きましょうぞ!」
「うむ。語ってみよ」
「はい、では失礼して。私めの好みとしましては、一見して艶やかでは無いものの、懐に入れたときに最大限に甘く香る美姫でございます。常時の大人しげな様子からは想像もできないほど、寝台では激しく私を求める姿がそそられますね。その痴態を見下ろしながら、声も枯れるほど鳴かせてやりたいのです」
右腕の性癖、エグいの……。それも、幼子の口から発せられたせいか、我の心情は今、混沌を極めておる。
このゴッコ遊びが早く終わることを、心から願うばかりだ。
「う、うむ。お主の趣向もなかなかであるな」
「そんな、私なんてまだまだ。赤子に毛が生えた程度の幼稚なものでございます。魔王様が権利をくださらなければ、お聞かせするのも躊躇われる、戯言でございますから」
魔王どうこうがなくとも、他者に聞かせるべき内容では無いと思うぞ、右腕よ。特に幼な子など、その筆頭であろうに。完コピできるほど、しっかり聞かれているではないか。
「魔王様。もしお許し頂けるのであれば、魔王様の崇高なお考えを私めに、お聞かせ願えますでしょうか」
「私から花の愛で方の指南を受けたいのだな?いいだろう。心して聞くが良い」
「慈悲深き御心に感謝致します」
魔王の性的趣向は、我が主であるがゆえ知り尽くしておるが、果たしてどのような物言いをしたのか。
「我は全ての花を好ましく思っておるが、中でも特別なのは、薔薇よ」
「薔薇でございますか」
「そうだ。気高く美しい姿は人目を惹きつけ、甘き香りで心までを虜にする。だが、近づけば棘に阻まれ、手にするのには苦労を強いられる。そうして、ようやく手に入れた薔薇は、愛おしいことこの上ない」
要約すると、「女は皆好きだが、中でも品がある絶世の美女が好みであり、なかなか靡かない女が自分に好意を示した時が一番興奮する」と言うことだ。
「なるほど。魔王様の高貴なお考えに、私、感動いたしました」
「そうであろう。だが、好みなどいとそれぞれだ。せっかくのバカンスだ、お前はお前のしたいようにするがよい」
「魔王様のお言葉、有り難く頂戴いたします」
《ゴーン》(鐘の音)
「あ、ご飯の時間だ」
「ご飯!ご飯!」
ようやく、残念な大人を真似たゴッコ遊びが終わったか。
双子たちは幼子らしく、晩食に浮かれておるな。
我もそろそろ喉が渇いてくることだったのだ。なんとも丁度いいタイミングではないか。
おお、我の晩食もしっかり準備しておるなーー。
べふっ!?
「美味しいお肉は鮮度が命〜♪」
「真っ赤なお汁が鮮度の証〜♪」
「今日も美味しいお肉なの」
「真っ赤なお汁がたくさんなの」
こ、これは生肉か?なぜ我に生肉なのだ!我は観葉植物だぞ?清らかで新鮮な湧き水こそが、我に相応しい食事であるぞ。
「カンちゃん、お肉食べてない?」
「カンちゃん、お肉残してる?」
それはそうであろう。我に固形物を食す口などついておらんのだからな。今しがた捧げられた肉を食すには、肉が液状化する、もしくは細かく裁断し土に混ぜる必要がある。
新鮮な肉の塊を土の上に乗せられただけでは、食すことなど到底無理であるぞ。
して、我は血肉は好まぬ。肉からしたたる血が我の聖域である土を汚すのを、直ちにやめさせたいのだが、言葉が話せぬゆえ伝えられぬ。このままでは、我の体は生々しい血に侵され、穢れてしまう……。
「そういえば魔王様が言ってた」
「そうだね。言ったたね」
ようぞ、双子よ。思い出すんだ!
「カンちゃんはお肉を食べない」
「カンちゃんのご飯は、水なの」
そうだ、そうだとも。清らかな水を早く我に!
『真っ赤なお汁が大好きなの!!』
ちがーう!!《バジャー》
「大きくなーれ」
「大きくなーれ」
吾輩は、観葉植物である。
名前は、カンちゃん。
好きな食べ物は、赤い、汁、であ、る……。
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