第4話 双子のゾンビと観葉植物(4)
「カンちゃん今日は“だるまさんが転んだ“しよ」
「だるまさん転ばすの〜」
今日も我と双子は、日の光の元で元気いっぱい駆け回っていた。
「カンちゃんが鬼だよ」
「カンちゃん転ばすの〜」
昨日、魔族へと覚醒した時は、突然の発火に死期を悟ったが。一晩経てば何のその。もうすっかり魔族の一員である。
これまでは、土の中に細かく根を張らせ自信を支えることが精一杯だったが、今は双子と同じように二本の足で立ち、歩くこともできる。
か弱かった根の一本一本が太く、そして固くなったおかげで、それらを二つに分けて編んで足にすることが可能になったのだ。
「だーるーまーさーんーがー」
「こ〜ろ〜ん〜だ!」
だが、残念ながら口までは得られなかった。
我は双子の声に合わせ、後ろで思い思いのポーズをとる双子に振りる。
ゼロは両手両足を地につけ、安定感抜群な姿勢であるな。タイミングよくあの姿勢になれる身軽さはさすが上位魔族と言うべきか。
レイの方は……次元が違い過ぎて評価に困るところだ。
左足一本で立ち、右膝を胸の辺りまで上げている。両腕はバランスをとるためか、まっすぐ伸ばし、まるでカカシのような格好だ。
だが驚くべきは、それでいて寸分の揺れも無く、まさに山の如し不動。
数秒双子を凝視し動いていないことを確認した我は、二人に背を向け、目の前に立つ木に腕(枝)をつく。
まさか自らの意思で木に触れる日が来ようとは。
魔王に買われる前、混雑する店主のハウスで同種達と枝葉を押し合った時は、ただただ迷惑なだけだったのだがな。こうして触れてみると、人が植物を求める理由が分かるような気がするな。
「だーるーまー」
「さ〜ん〜が〜」
おっと、いかん。今は“だるまさんが転んだ“に集中しなければな。相手は上級魔族であるし、余計なことを考えている余裕はなさそうだ。
『こーろ〜んー〜だ!』
さて、どの辺りまで来ただろうかっ!?
近い!近いぞ!
もう手の届く距離にいるではないか!!
まずいぞ。次に振り返ったら確実にアウトだ。
どうにかして動いていると指摘しなくてはいけないのだが……、動いていないな。仕方あるまい。初戦は負けを認めよう。次の勝利のために、ここは潔く負けてやるぞ。
我は振り返り双子が背を叩くのを待つ。
「だ〜る〜ま〜さ〜ん〜が〜」「レイ、どっちが転がす?」
どっちが転がす?何の話だ?
「こーろーんー」「僕が転がす!」
待てっ!!転がすとは何の話だ!頼むから邪道ならば初めにルール説明をーー。
『だ!』
ぶべっ!
我の体には、今までに経験したことのない強い衝撃が走った。内臓の潰れるような感覚とでも言うのだろうか。今まで内臓など気にしたこともなかったが、その例えがまさに相応しいと、それ以外に言いようがないと言うべき苦痛が、体の中心を圧迫し息苦しいのだ。
大気中の酸素は十分であるはずだが、上手く体に取り込むことができない。水を十日間与えられなかった時、生きていてこれほど苦しいことはないだろうと思ったが、今まさにその状態である。苦痛ランキングの一位タイを絶賛体感中である。
「あはは。遠くまで転がったねー。今のうちに逃げよう!」
「逃げろ〜」
双子の笑い声が遠ざかっていく。我が転がっているせいでもあるが、双子たちが我の転がる先と反対方向へ走っているのだ。
確か、触られた鬼は次にストップと言って、皆を制止させるのだったな。随分と離れてしまってるが、我の声が双子たちに届くだろうか。
……。…………。
我はストップと言えぬではないか!!
どうしたものか。あの双子が自主的に止まるとも思えんしな。声をかけられずとも我が捕まえに行くしかなさそうだ。ちょうど回転も落ち着いて来た頃合いである。そろそろ追いかけねばな。
さてさて、二足で立ち上がっては見たものの、双子の背は米粒よりも小さくなっている。これはお上品に二足歩行していては捕まえられんな。せっかく足を手に入れたからと人の真似をしていたが、ここまでのようだ。
ここからが魔物になった我の真骨頂。
樹齢百年越えの我と、アンデット種の双子どちらが年上かは分からんが、精神年齢では我が上。
それゆえに、大人気ないと言われても仕方あるまいが、今回ばかりは全力で行かせてもらう。
我は意識を根に集中させ二つに束ねたそれを、バラバラに解いていく。解いた根の中で、強度がありしなやかなものを二本選び、前へと突き出し我はありったけの力を込めた。
狙いは遥か彼方へと走り去る二つの幼い影。
伸びろ我の根よ!双子を捉えるのだ!
我の根は双子の走る速さを軽々と上回り、瞬く間にその身を捉えることに成功した。
「わっ!」
「わ〜い」
ひんやりと冷たいのはアンデット種だからだろうか。我と違い柔らかな肌は直ぐに壊れてしまいそうで、力加減が分からずに緊張する。
そう言えば、我の方から触れるのは初めてであったな。触られている時は気にならなかったが、触感の違いというのはなかなか面白いものだな。
「捕まっちゃったね」
「逮捕なの〜」
一つの物でも、場所によって触り心地が違うのだな。
「カンちゃん、くすぐったいよー」
「こしょこしょ、ダメなの〜」
手や足。
「んっ、カンちゃん、イジワルしないでよぉ」
「いじわる、いやなのー」
頭や顔。
「頭グリグリしないでっ」
「お顔なでなで、やっ」
腹や背。
「あ、ん、はぁ……。お腹、無理だよぉ〜」
「にゃ、にゅ、ひゅんっ!おせにゃか、溶けちゃう〜」
首や関節。
「カンちゃん、の、エッチ……」
「変態、さん、なの……」
……。興味本位で適当に触って見たが、なんだかイケないことをしている様な雰囲気になってしまったな。
我はただ、双子の体がどんなものか知りたかっただけなのだが、いささか無遠慮が過ぎたか。
初めてのことで浮かれていた我に非があるだろう。双子を解放して謝らなければ。我は優しく双子を柔らかい草地へと下ろした。
「カンちゃん嫌い」
「嫌い」
双子らは思いのほか怒っているようだな。この四日間で築いた絆が完全に壊れてしまっておる。どうにかして許しを得たいが、どうしたものか……。
《ゴーン》(鐘の音)
「ごはんの時間だ」
「お肉の時間〜」
そうだ!双子の大好きな肉で、場を盛り上げればよいのだ!
そうと決まれば、急いで肉を用意しなければ。
確か上級肉は保冷庫の一番奥に吊るされていたような……。あったぞ、これだ。数ある食材の中で最高級のものだけに与えられるS級の称号を持つ肉。フェンリルの肉だ。
さあ、双子よ。いつも手前にあるものばかり選んでいるから知らんであろう。これがS級素材、フェンリルの肉の味だ!
「カンちゃん、お肉もってきてくれたの?」
「食べていいの?」
ああ、たんとお食べ。仲直りの印だ。
「ありがとう。お腹ぺこぺこだったんだ」
「おなか、グーグーなのー」
「いただきまーす」
「ますなの〜」
どうかね、双子たちよ。
「今日もお肉が美味しいね」
「真っ赤で美味しいの」
「カンちゃん、ありがとう」
「ありがとうなの」
味の違いは分からなかったようだが、仲直りはできたようだな。
「カンちゃんも食べよ」
「いっぱい食べるの〜」
我は双子に勧められるがままに、肉に根を這わせた。我の根は肉に食いつきゴクゴクとその血を吸収していく。
我もすっかり肉食になってしまったな。
水分の抜けた肉の残骸をさらに戻すと、灰となって消え去った。
「残さず食べて、偉い偉い」
「いいこ、いいこ」
我と双子は並んで肉を食べ続ける。
「明日は何して遊ぼうか」
「なにするの?」
「“あっち向いてホイ“しようよ」
「しよう!しよう!」
ホイでどうなるかが不安であるな。
「明日が楽しみだね」
「だね〜」
意図せず我は、観葉植物から魔物となった。
「今日はもうお休みの時間だ」
「ねんねの時間なの」
当たり前の日常が双子と出会って変わってしまった。
「いい子は早く寝て」
「早く起きるの〜」
だが、例え何があっても変わらないことがある。それはーー。
「お休み、カンちゃん」
「カンちゃん、お休みなの……」
明日も肉を食べる。
それだけはきっと、変わることはないだろう。
お休み、可愛い子たちよ。いい夢を。
ーENDー
双子のゾンビは観葉植物の育て方を知らない。 四藤 奏人 @Sidou_Kanato
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