第3話 双子のゾンビと観葉植物(3)

 毎朝のルーティーンは、日の出と共に起き、レースのカーテン越しに感じる爽やかな風に身を委ねること。ゆったりとした朝のこのひと時が、我にとって何よりもお気に入りの時間だった。


 「カンちゃん、お日様ぽかぽかだよ」

 「ぽかぽかで、眠くなるの……」

 「レイ、寝ちゃだめだよー」

 「むにゃむにゃ」

 「ほら、起きて」

 「う〜ん」


 常時の我であれば、双子の気持ちも十分理解できるのだが、今日の我にはその余裕がない。

 自身の急激な変化に戸惑い、心に再度問いかけるが、やはり朝日もレース越しの風もどうでもよいと感じるのだ。我が求めるべきものは、そんな生ぬるいものではないのだと、体の奥底で何かが強く叫んでいる。

 一体これは、何なのだろうか。


 「今日はお外で遊ぼー」

 「うん!お外、遊ぼ!」

 「カンちゃんも、一緒にお外だよ」

 「カンちゃんも、一緒〜」


 外へと走りだした双子を追って外を見る。

 真夏の太陽は暑く、カーテン越しなら心配はいらぬが、直射日光では温室育ちの我の繊細な葉が焼けてしまいそうだ。

 双子の白い肌も数時間外にいれば、こんがり小麦色になってしまうだろう。


 「大きなお日さま、触るな危険♪」

 「ギラギラ明るい、お外は注意♪」

 「隣のあの子は真っ黒けっけ〜」

 「向かいのあの子は灰だらけ〜」

 「お家のお窓を締めましょう〜」

 「蝋燭一本点けましょう〜」

 「今何時?」

 「お昼の12時」

 「今何時?」

 「夕方6時」

 「今何時?」

 「夜の12時」

 『いい子の時間だ、さあ遊ぼう!』

 

 この歌は、魔物の間で歌われる一般的な童謡であるな。

 明るい時間は人間が活発な時間であるから、幼い魔物は外へ出てはいけないという意味の歌であったか。それに加えて、アンデット系の魔物は特別な理由があるのだがーーっ!?

 アンデット系であるゾンビ種は、日の光に当たってはいけないはずだが!?ましてや、双子は幼い。すぐに日に焼かれ、消滅してしまうぞ!

 もし、双子がそれを理解していないと言うならば、手遅れになる前に止めねば!!


 「今日はいい天気だね、レイ」

 「大きなお日様、元気なの〜」


 ……何事もなく日の光の下を歩いておるな。

 アンデット系でも、力あるものは太陽を克服すると聞いてはいたが、まさか幼子のような容姿の双子がそこまでの力を持っていようとは。魔物は見かけによらぬな。


 「カンちゃんお外、気持ちいね」

 「カンちゃん、ぽかぽかなの」


 ああ、今日は特別天気がいいようだな。

 体の芯から湧き出る熱が全身を巡り、メラメラと燃え盛るような暑さが身を焦がし、我を燃やし尽くさんとばかりに大きな炎が眼前にーーっ!?も、燃えておる!我が本当に燃えておるではないか!!


 「カンちゃん、燃えちゃった!」

 「カンちゃん、熱々!」


 我は生まれてこの方、日の光程度で燃えたことなど、ありはしなかった。一体どうしてしまったと言うのか。ここ最近、我の体に急激な変化が起こっている。夜になると、記憶が曖昧になることが関係しているのだろうか。


 「お部屋に避難だー」

 「お外はダメなのー」


 ふう。日の光が当たらぬ場所は安全のようだな。先ほどまで全身が炎に包まれておったのに、部屋に入った途端に炎が消えてしまった。これではまるで、低級のアンデット系魔物のようではないか。観葉植物の我が、なぜこのような事態になっておるのか、見当もつかぬぞ。


 「今日はカンちゃんの“かんびょう“をします」

 「します」

 「カンちゃんを、ここに寝かせてください」

 「はい、先生」


 我を寝台に寝かせて、何を始めようと言うのだ?


 「メス」

 「はい」


 まさか、我を切る気か!?それは看病ではく手術だ!観葉植物である我には必要ないであろう!?


 「ふむ。どこから手をつけていいのやら」

 「全身が真っ黒コゲですね、先生」

 「いっそ、皮を剥いでしまった方が良さそうですね」

 「では大きなペンチを用意します」


 皮を剥ぐだと?それもペンチでとな?ならば切ってくれ!剥がれるよりは、切られる方がマシだ。

 いっそ一思いに切ってくれ!!


 「いかん!体調が急変したぞ」

 「全身が真っ赤ですね」


 何?我のキュートなナチュラルグリーンのボディーが、赤になったとな?

 一体、我の体はどうなってしまうのだ……。

 火は消えていると言うのに、未だ身体中が熱い。かと言って、焼けた痛みは感じられず、今すぐどうにかなりそうな気はしない。

 まるで、アンデット種が少しばかり日の光に当たってしまった時のような症状だな。


 「美味しそうな色だな」

 「美味しそうな色ですね」


 何やら双子たちの様子がおかしいぞ?

 あの眼差しには見覚えがーー。


 「お肉と同じ……」

 「真っ赤なの……」

 『じゅるり』


 わ、我を食べる気だぞ?!色は肉と同じ赤色になっているようだが、さすがに味まで同じとはいかんだろう。肉食の双子らに、植物の我は美味しくないはずだ。

 目を覚ますんだ、双子よ!!我は例え食用になろうとも、肉ではないのだ!


 『いただきまーす』

 《ガブッ》


 ギャぁあああああああ!!


 「あれ?美味しくない」

 「おいしくないのー」


 く、食われた……?我は食われたのか……?

 その割には痛みを感じぬな。食われたショックで、痛覚が死んでしまったのか?いや、それどころか感覚がないぞ。

 これは死の予兆だ。


 「カンちゃんが光ってる!」

 「ぴかぴかなの!」


 ああ、なんて短い生だったか……。


 〜走馬灯?〜

 物心ついた時にはもう、我は魔王の部屋にいた。

 魔王の部屋は一見、飾りっ気のない寂しい部屋のようだったが、質の良い調度品が揃えられた品のいいものだった。

 高貴な我が過す場に相応しいこの部屋を、我はとても気に入っていた。

 ともに暮らす魔王は、王としての立場ゆえか険しい表情でいることが多かった。だが、我と二人の時には話かけてくることもあり、我はその度に届かぬと知りながらも言葉を返した。

 もし我が死んでしまったら、魔王は心内を打ち明ける相手を失ってしまうだろうな。


 いや、右腕がいるか。魔族のNo.2であるし、頼りになる男だ。

 だが、一点気になることがある。あやつは我のような純真を持ち合わせていない。そのうち魔王を洗脳するのは目に見えておる。任せる訳にはいかんな。

 だとすれば、左腕か?

 いやいや。奴の方が危険だ。魔王城で女王の椅子に腰を下ろす彼女の近くに身を置けば、一年もしないうちに魔王は犬に変えられてしまうだろう。

 

 我の人生はいつも魔王とともにあった。生まれも種族さえも違うが、魔王は我にとって家族のようなものだ。そんな、魔王を一人残して逝くわけにはいかぬ。

 まだ死ねぬ!我はまだ死ぬ訳にはいかぬのだ!!


〜走馬灯? 終わり〜


 「あれ?カンちゃん緑色だね」

 「美味しい真っ赤じゃなーい」

 「ねえねえ、カンちゃん大丈夫?」

 「元気ないの?」

 「じゃあ、魔法の呪文だね」

 「元気になる魔法なの」

 『痛いの痛いのどんでけ〜』


 体に感覚が戻ってくる。だが、痛みはなく。すこぶる調子もいい。先ほどまで死の縁にいたとは考えられぬほど体が軽い。

 それに肌の色も、健康的なフォレストグリーンだ。部屋の鏡で見た時より瑞々しく見えるな。

 ……、……ん?んっ!?

 な、なぜ自分で肌の色が確認できるのだ!?


 「カンちゃん、元気になってよかったね」

 「ダンス、上手なの〜」


 我にダンスが踊れるわけが……。


 「一緒に踊ろう!」

 「ダンスパーティなの!」


 死の淵に立たされ、我は進化した。

 観葉植物としての禁忌を破り、我はたった今、魔族となった。

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