エピローグ 生徒指導室には和菓子先生が二人いる
12月が終わり、新年を迎えた聖母子学園。
もはや通い慣れた生徒指導室に、私――山仲美世は呼び出されていた。
「ええっ、再補習ですかぁ!?」
悲鳴を上げる私を、和菓子先生は青筋を立てて見下ろしてくる。鬼の形相とはこのことだ。
「たしかに俺は課題を提出さえすればいいって言ったよ? でも、適当な内容を書けとは言ってないんだよなあ?」
「適当な内容なんて書いてません! 自己解釈を述べただけです!」
「根拠も論理もない自己解釈は、適当なファンタジーなんだよ、バカが!」
「ひーん!」
雷を落とされ、私はさすがに縮こまる。
すると、監視カメラ用のモニターのうちの一つに、とある人物の姿が映し出された。
「ぷぷっ。無様だね、山仲美世。僕が手伝ってあげようか?」
「いいんですか!?」
寄坂櫛奈。和菓子先生が過去に作りだし、試行の末に自我を獲得するに至ったAIを、和菓子先生は生徒指導室に連れてくることにしたのだ。
そこにどんな会話や取引があったのかは本人たちにしかわからない。そして、私が立ち入るべきところでもないのだろう。
わかっているのは、結果として寄坂は、第二の和菓子先生としてこの生徒指導室で彼の手伝いをすることになったということだけだ。
私は課題の詰まったタブレット片手に、モニターにすがりついた。
「じゃあ寄坂さん、この課題を……!」
「だーめ。ダメに決まってるだろ、課題にAI使うとか」
「ああーっ!」
ひょいっとタブレットを取り上げられ、私は悲痛な声を上げる。寄坂は心底おかしそうにそんな私たちを見て笑っていた。
私はタブレットに手を伸ばしながら反論した。
「で、でもでも、和菓子先生も過去にAI使って課題やってたんですよね!?」
和菓子先生は、すんっと真顔になると、無言のままそっぽを向いてしまった。
「先生ー? 和菓子先生ー?」
何度呼んでもこっちを向かない和菓子先生にしびれを切らし、私はタブレットを奪い取る。
「取った!」
「あっ!」
どうにも運動が得意ではない気質の和菓子先生からあっさりとタブレットを取り返すと、私は寄坂さんにいそいそと近寄っていった。
「それじゃあこの課題をですね」
「ヒントだけにしておけよ、和菓子先生」
「わかってるよ、和菓子先生。今は、僕も教師だからね」
「えーっ」
完全に代わりにやってくれるわけではないと悟り、私は肩を落とす。
数分後、大人しく課題を始めようとしながら、私はふと和菓子先生に尋ねた。
「そういえば和菓子先生、赤毛先生にちゃんと愛の告白とかできたんですか?」
「は……はあっ!?」
和菓子先生は、操作しようとしていた自分のタブレットを取り落とし、素っ頓狂な声を上げた。私はなんでそんな大声を出されたのかわからず、慌てて続ける。
「えっ、だって和菓子先生って赤毛先生のこと愛してるんですよね? 話を聞いてる限り絶対そうですよ。昔話をするときの先生、完全に恋バナをする乙女ですよ? 愛してるんですよね? ラブなんですよね?」
立て続けに尋ねると、和菓子先生は「え? は? いや、うーん?」とか言いながら、一人百面相をしはじめた。
私がきょとんとしながらそれを眺めていると、ぷっとモニターから噴き出す声が聞こえた。それにも気付かずに和菓子先生が頭を悩ませているのを見て、モニターの中の寄坂の笑い声は、どんどん大きくなっていく。
「ひぃー……あっはっは! これは傑作だ!」
「ええ? なんで笑ってるんですか……?」
腹を抱えて爆笑する寄坂に、困惑顔で私は尋ねる。
すると寄坂は、妙に気取った風に答えた。
「面白い推理だね、探偵さん。小説家になるといいよ」
生徒指導室の和菓子先生はウェアダニットにしか興味がない。 黄鱗きいろ @cradleofdragon
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