第2話・白鳥の騎士
随分とおかしな夢を見た。真っ暗な闇の中に、池で飼われた鯉のように、上に向けてポカンと大きく口を開けた紅葉が浮かんでいる。下には、血の池だの、針の山等々、『如何にも地獄』な世界が広がっているが、紅葉は其所には行きたくない。遥か上空には銀色の光が浮かんでいて、紅葉は、其所に行きたくて、一生懸命に手を伸ばす。
-翌朝・紅葉のマンション-
「やっべぇ~!寝坊したぁ~~~~っ!!」
寝癖だらけ&スウェット姿の紅葉が、枕元に置いてあったスマホで時刻を見て目を見開き、慌ててベッドから飛び起きて、いつものように脱衣室の洗面台で髪型を整え、自室でブレザーに着替えて、母親が居るキッチンに顔を出す。
「ぉはょ!行ってくるっ!」
「ちゃんと起きなさい。アラームはセットしたの?」
「ぅん!セットした!でも鳴らなかった!」
「鳴らなかったんじゃなくて、鳴っても気付かなかったんでしょ?
朝ご飯はどうするの?」
「いらないっ!豆乳だけ飲んでくっ!」
紅葉は、カップに入った豆乳をグビグビと飲み干すと、手の甲で口元を拭いて、呆れ顔の母親に見送られながら、玄関から駆け出していく。人目の無い夜ならば5階から地上まで飛び降りるのだが、さすがに今の時間帯にそんな目立つ事は出来ない。エレベーターを待とうとするが、今は1階にあるので、待ちきれずに階段を駆け下りる。
昨日は、「早い時間帯に風呂も宿題も済ませて、予定通りの時間にちゃんと寝て、寝坊にならない時間に目覚める」予定だった。しかし、タヌキの妖怪が出現した所為で出動しなきゃならなくて、寝るのが遅くなった。オマケに、ワケの解らない夢を見て、最悪の寝起きだった。
「全部、タヌキが悪いんだっ!もうっ!!」
駐輪場で自転車に跨がり、亜美との待ち合わせ場所の公園入り口に向かってかっ飛ばす。ちゃんと測定したわけでは無いが、多分、時速30キロ以上は出ているだろう。原チャの場合は、道路標識に関係なく、最高速度は時速30キロしか出せないのだが、自転車の場合は特別な規制は無いらしい。つまり、道路標識に表示された速度を超えなければ、スピード違反にはならないのだ。
「遅れてごめぇ~~んっ!!アミっ!!」
鎮守の森公園の入り口では、亜美が、いつものように、スマホをいじりながら、紅葉を待っていてくれる。
「あぁ・・・おはよ、クレハ」
いつもならば、大声で「遅い!」と怒鳴りながら笑顔を見せる亜美なのだが、今日の表情は浮かない。声も小さい。元気が無い?何か悩んでる?どうしちゃったんだろ?少し心配になる。昨日、妖怪に襲われちゃったから、仕方が無いのかな?
「・・・ねぇ、クレハ?昨日の夜、変な格好して、私のバイト先に来たよね?」
「え!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・き、き、来てなぃょ」
「ふぅ~~ん・・そっか。来てないんだ。解った。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ、ぅん」
朝っぱらから青ざめてしまった。さすがは頭の良い亜美である。妖幻ファイターゲンジ=源川紅葉って事がバレそうになった。咄嗟にどうにか誤魔化して、ギリギリセーフってところだろうな。
「昨日は、ありがとね!」
「ぅんっ!!」
亜美は、紅葉の眼を見て、ニコリと微笑む。さっきまでの元気の無い顔じゃなくて、いつもの可愛らしい亜美の表情に戻った。紅葉も亜美に微笑みを返して、2人は、いつものように、少し急いで、学校に向かう。
-優麗高校-
学校に着くと、正門にもたれ掛かるようにして、桐藤美穂が待っていた。無愛想な表情で、何かを待っているようだ。
「あっ!キリフジさんだっ!
昨日、ぁの人と話した時、なんかに似てるな~って思ってたけど、
やっと思ぃ出した!
キリフジさんて‘扁平足’にソックリだよね!?」
「はぁ?・・・扁平足!?」
「ぅん!扁平足!足の裏がペッタンコのことだょ!」
「扁平足の説明なんてされなくても解るって!
マナ板や洗濯板よりはマシだろうけど、
桐藤さんには言っちゃダメな渾名・・・かな」
美穂は、紅葉と亜美の到着に気付くと、足早に近付いてきた。最初は紅葉の方をジッと見て、後に亜美の方に視線を向ける。もちろん、たった今、紅葉から「扁平足」って渾名を付けられた事などは知らない。
「・・・ねぇ、そこの、ホルスタイン!」
「・・・ほるすたいん?ァタシのこと!?」
「チゲーよ、ちび!アンタの何処がホルスタインなんだよ!?
アンタだよ!平山って言ったっけ?」
「・・え?あっ・・・はいっ!」
「あのあと、なんかあった?」
「え?‘何か’って一体?」
「変な格好のヤツが、アンタにだけは正体を見せた・・・とかさ。
アイツの癪に障る人懐っこさって、
アンタの身近にいるヤツに、妙に重なるんだよな!」
「なぃょ!なぃょ!
アミに、正体とか、そ~ゆ~のゎ、見せてなぃ!何で、そんなの聞くの?」
「確かに正体は見せてないけど、クレハがそれを答えるのはオカシイでしょ!」
「ふぅ~ん・・・あっそう。」
美穂は、紅葉をしばらく眺めたあと、萎縮気味の亜美を、やや強引に抱き寄せて紅葉に背を向け、紅葉に聞こえないようにコソコソと亜美に話しかける。紅葉は「アレ?この2人、いつの間に仲良くなったの?」と思いながら、キョトンとした表情で、2人の背中を見つめている。
「本人にバラす気が無いのは解ったわ。
・・・で、どうなの?アンタは気付いてるの?」
「え?何を・・・ですか?」
「昨日、ファミレスで見た変なヤツの正体!」
「いや・・・あの・・・その・・・ちょっと、そういうのは・・・」
「あ~もう、ハッキリしないねぇ。言いたい事があったらちゃんと言えよ。
なら質問を変える。気付いていて良いの?
気付いてちゃダメなの?どっちの方針だ?」
「え~~っと・・・本人が隠してるっぽいから、
どっちかと言えば、気付いてちゃダメ・・・ですかね。」
「そう、解ったわ。なら、あたしも、今は気付いてない事にする。」
「は、はい・・・ありがとうございます。」
話はまとまった。美穂自身、皆に内緒にしている事があるので、他人の秘密を強引に詮索する気は無い。本人が秘密にしている(つもり)なら、正体は解らないって事にする。
美穂は、亜美の肩をポンポンと軽く叩き、「相方が‘知恵遅れ’だと大変だね」と激励をして、それ以上は何も言わず、話しかけにくいツンとした表情に戻って、校内に入っていくのであった。
-2年B組・朝礼開始-
その日の日直は地獄だ。昨日が伝説になるくらい盛り上がったので、聞く側は「今日も面白い事が起こるのでは?」と変な期待をしてしまう。空気を察した担任と副担任が、「今日はバカな事はさせまい」と、しかめっ面で教室内を見回す。これで、B組の雰囲気は沈静化された。「派手な事はできない」空気になったので、それまで緊張気味だった日直は、安心をして、いつも通りの、可も不可も無い朝礼のスピーチ(新聞のトップ記事に対する自分なりの意見)をする。
-2年A組・朝礼-
生徒会長の葛城麻由が統率しているA組は、もっと見事だった。今日の日直では昨日の余韻には対抗できないと感じていた麻由は、急遽、日直のを引き受け、誰もが聞き入るような見事なスピーチを披露した。高校生世代の希望や不安、やるべき事とやりたい事を、皆が考える目線で語り、「未来に羽ばたく為には、今を享楽に流されず、無駄にせず、後悔しないように精一杯に行動するべきだ」と締めて、昨日のお祭り騒ぎの余韻を、完全に封じる事に成功した。
-2年D組・朝礼-
本日の日直は尾名新斗。誰も、彼が面白い事をするなんて期待していない。新斗のスピーチは「校内生徒のアイドル化」についての、新斗なりの意見だった。昨日のお祭り騒ぎは想定していなかったが、このたびのスピーチは、新斗が前々から準備をしていた自信作である。
校内人気トップ3のうち、2年生に2人(残る1人は3年生)、【養殖系清楚娘】と【天然系元気娘】を分析する。明確な名前は出さないが、前者は葛城麻由、後者は源川紅葉である。
「・・・で、2年生で一番のアイドルは?と言う問題になりますが、
リサーチの結果、【養殖系清楚娘】派閥と【天然系元気娘】派閥に
分裂をします。」
事前に同校生徒からリサーチした【養殖系清楚娘】と【天然系元気娘】の良いイメージと悪いイメージ、【養殖系清楚娘】を好いている側から見た【天然系元気娘】のイメージ、反対に【天然系元気娘】を好いている側から見た【養殖系清楚娘】のイメージ等々を発表していく。
「がさつ、騒がしい、空気を読めない等々・・・・」
最初は温和しく聞いていたクラスメイト達だったが、次第にざわつき始める。新斗は「校内リサーチ」と言っていたが、クラス内にリサーチをされた者などいない。新斗みたいな受動的なヤツに、そんなリサーチが出来るのか?サラッと簡単に説明するくらいなら良いが、クドクドと説明されると、なんかキモい(女生徒談)。そもそも何様のつもりで、校内トップ人気の女生徒2人を比較しているのか?
比較と言いながら、内容的には【天然系元気娘】の悪口が多い。【養殖系清楚娘】にはファンが多い反面、「作っている」「媚びている」「裏表がある」と陰口を叩くアンチも多い。しかし、【天然系元気娘】の場合は「色気はこれから」「女子力低め」「ちび」とネタ扱いはされても、悪く言う者は殆どいない。彼女を悪く言う者は、たいていは、彼女に告白をして、こっぴどくフラれた者なのである。
誰からともなく「あ、コイツ(新斗)もフラれたんだ」「コイツが成功するわけないじゃん」と感じ始め、シラケムードが漂い始める。
「いい加減にしろ!」
「適当な事を言うな!」
新斗は空気を読めずに熱弁を振るうが、やがて、クラスメイトから罵声が飛ぶ。
「これは、僕の意見では無くてリサーチ結果の発表です。」
しかし、誰も信用をしてくれない。次第に声が小さくなり、最後は前席しか聞き取れないくらいの小声で「これで終わります」と締めて、赤面をしたまま自分の席に戻った。
素材の目の付け所は悪くない。皆を聴かせるだけの材料だ。しかし、調理方法を間違えてしまうと、誰一人受け入れてくれないという典型的なパターンなのだろう。
-休み時間・2年B組-
2年D組のスピーチは、巡り巡って亜美の耳にも届いていた。
「え?D組のモヤシくんが、皆の前で、ァタシのことディスってたの?
でも、ァタシの名前じゃ無くて、【天然系元気娘】って言ってたんでしょ?
だったら、ァタシぢゃないぢゃん!」
「話の流れからして、どう考えてもクレハの事なんだけど・・・」
「ァタシ、天然ぢゃなぃもん!!」
「その天然は、天然ボケの天然って意味じゃ無くて、
作っていないのに可愛いいって意味でね・・・
あぁ、でも、クレハは天然ボケだから、それはそれで合っているのかな?」
「可愛さって作れるの?ならァタシも、亜美みたぃに可愛くなりたぃっ!」
「ランク外の私を持ち出すな!なんかもう、説明するのが面倒くさい!
【天然系元気娘】は紅葉とは別の人・・・これで良いんでしょ?」
「ぅん!」
紅葉は、自分がディスられていたって認識すらしていない。自分がモテるって自覚が無いので、【天然系元気娘】なんて称号が自分に与えられた物だと考えていない。新斗的には結構頑張ってスピーチをしたんだろうけど、結果は、本人にはまるで伝わらず、新斗が白い目で見られただけになってしまった。
-2年D組-
(くそっ・・・くそっ・・・くそっ・・・)
新斗が休み時間に孤独なのはいつもと同じなのだが、今日ばかりは、いつも以上に孤立しているように感じる。
クラス中の皆が、新斗を白い目で見て、陰口を叩いて笑っているような気がする。「根暗のくせに、校内アイドルの事を語るな!」「源川さんの悪口とか、マジふざけるな!」「何様のつもりなんだ?人気番組のMCにでもなったつもりか!?」そんな声が聞こえてくるような気がする。
様々な負の感情が心を吹き荒れ、‘闇’が発生をして、ポケットの中にある手鏡に吸い込まれる。
実際には、朝礼直後はともかく、今は、誰も、新斗の悪口など言っていない。あえて冷めた表現をするなら、新斗の悪口で盛り上がれるほど暇ではない。友人同士で話したい話題は、いくらでもある。新斗が、「皆から悪口を言われている」気になっているだけなのだ。
(源川紅葉・・・全部アイツが悪いっ!
僕の内面を知ろうともせずに、アッサリとフリやがって!
いつか必ず、後悔させてやる!あの女をメチャクチャに・・・・)
潤沢な負の感情が、鏡の中に吸い込まれていく。鏡は、ドス黒い感情や、腐った思考ほど、喜んで吸収する。
負の感情は負の感情を呼び、鏡に負の感情が蓄積する事で、持ち主は更なる負の感情に捕らわれ、魂は漆黒の中に沈んでいく。
昨日の戦闘直後から、今に至るまでの、闇の内封量は、昨日の雲外鏡が実体化した時を遙かに超えようとしていた。
-休み時間・2年C組-
机に伏して仮眠をしていた美穂が、ビクンと体を揺らせて起き上がる。「血の匂いがする直前の、平常が壊れようとしている緊張感」を感じる。何度経験しても慣れる事のない、反吐を吐きたくなるような、気持ちの悪い感覚だ。ちなみに、この緊張感を始めて知ったのは、たった1人の肉親だった姉の恵里を失った時だった。
「学校内で!?ちょっとヤバくないか!?」
こんなに人が多いところで事件が発生したらどうなるのだろうか?美穂は、緊張した面持ちで、周囲を観察する。
―グラウンド―
2年D組の2時間目は体育だった。男子はハードルだ。石灰で書かれた直線コースに、ハードルが等間隔で並んでおり、出席番号順で2列に並んで、前の走者がゴールすると次が走りだす。
やがて新斗の番になった。ただでさえ体育は苦手なのに、昨夜の疲れがガッツリ残って辛い。それに加えて朝礼で滑りまくって、精神的にも参ってる。心底ウンザリした表情で渋々と立ち上がり、体育教師の「スタート!」って号令でダッシュをする。
一緒に走る同級生は、特別に足が速いとかスポーツ万能ではない至って普通の生徒だ。だが如何せん、新斗のスペックが低過ぎる為に、たちまち大差が開いてしまった。やがて最初のハードルに対して、距離を目測してジャンプ。しかし、折り曲げて後ろに回した足先がバーに引っ掛かって、ハードルを倒しながら転倒してしまう。
「・・・・いってぇ~~~っ・・・・」
「おい、大丈夫か!?」
「は・・・・・はひっ!!」
体育教師が声をかけ、返事をしながら立ち上がる。膝小僧に擦り傷が出来ていた。走り終えた奴や順番待ちの奴は「あ、またか」って感じで、特に気に留めてない。もはや体育の授業の風物詩と化してるらしい。
「しょうがないな。傷口洗って、保健室行ってこい!」
「痛てて・・・・・はい」
体育の授業で、周りから冷笑されるなんて、今に始まったことではない。だけど、1年生の時だけは、少し状況が違った。女子との合同の時に限り、周りの失笑とは対照的に、何度か保健室まで付き添ってくれたり、心配をして声を掛けてくれる女子がいた。しかも、クラスでトップの美少女だ。新斗は「情けない」と思うと同時に、孤立気味だった自分に優しく接してくれる女子に対して「もしかして僕のことを好きなのでは?」と意識してしまった。
その女子こそが源川紅葉。勝手に気持ちが盛り上がって告白をして、呆気なく玉砕。新斗にとっては、高校生活の汚点となってしまった。
彼女は、新斗にだけ特別に優しかったのではなく、先入観を持たずに、誰にでもフレンドリーに話しかけるのだ。最初の頃は、‘他の男子と話す姿’を見て、「僕以外と仲良く話すな」と感じた。その感情が徐々に憎しみに変わり、昨日の‘一躍有名人’で、置いて行かれたような怒りと、「ハナっから並べてないじゃん」という卑屈感が、同時に増幅した。
「・・・・・痛てててて・・・・」
血が滲んでる膝小僧の擦り傷を掌で押さえ、ヨタヨタと歩いて水道へ向かう。誰も気にしていないのだが、新斗には、クラスメイト共が指をさして嘲笑ってるように感じられる。勝手にムカついて、例の闇が発生。その闇が、勝手にプカプカ浮かんでついてきた手鏡に吸い込まれる。
小さく悲鳴を上げながら水道で傷口の泥を洗い、次に保健室へ行って、消毒液を塗られ、大きな絆創膏を貼られて終了。
「ありがとうございました」
治療を終え、消え入りそうな声で恥ずかしそうに会釈して、保健室を後にした。治療中に時計を見たら、残り時間は20分くらいだった。真っ直ぐグラウンドに戻りたくない。クラスメイト共から嘲りの視線を浴びるのが耐えられない。
色々と嫌な事が重なり過ぎだ。朝礼では理解力の無いバカ共からヤジを浴び(自業自得)、体育で恥をかき(誰も何とも思ってない)、膝小僧の傷がヒリヒリ痛い(自業自得)。
しかも3時間目は数学だ。昨夜に変な奴(ゲンジ)から酷い目に遭わされた所為で力尽きちゃって、帰って部屋に戻るなり寝てしまい、宿題をやってない。数学教師からネチネチと小言を言われて、また皆の前で恥をかく。ふと目前の窓ガラスに目を向けたら、余りにも情けない自分が映ってる。
「くそっ!」
溜まりに溜まった負の感情が、今までにない勢いで噴出した!もはや闇を通り越して、まるで黒炎のように新斗の全身を覆っている!それを傍らで浮かんでた手鏡が、グングンと吸い込んでいく!
―2年B組―
紅葉のアホ毛がピクンと反応して、妖怪出現の前触れを感知!マズい、直ぐ近くに出現する!この妖気は、昨日倒したはずの雲外鏡だ!妖幻ファイターとして対応しなければならないけど、今は授業中なので対応が出来ない!紅葉は、気持ちばかりが焦って、イライラと貧乏揺すりをして、授業そっちのけで、妖怪の索敵を続ける!
ドッカア~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンッ!!!!!!
爆発音が響いて安普請の校舎がビリビリと震え、間もなく非常ベルがけたたましく鳴り響いた!亜美を含めた女生徒の大半がキャーキャーと悲鳴を上げ、教師が「落ち着いて」と宥める!
『1階トイレ付近で、火災が発生しました!!
指示に従って、落ち着いて避難しましょうっ!!』
声のトーンから、皆は「訓練じゃなくてマジだ!!」と察した。大半の生徒達は落ち着き、且つ、素早く、避難をするために教室から廊下に出る。だが、整然と出来たのは廊下に整列をするまでだった。中庭に面した窓から、1階の火災の煙が見えて、生徒達が怯える。火元とされてるトイレは校舎の西側なので、東側の階段が避難をする生徒と教師で密集してしまった。あちこちで「危ねえっ!」「押すなバカ!」「落ち着きなさい!」って声がする。
―1階男子トイレ―
雲外鏡に取り込まれた新斗はビビっていた。確かに「憂さ晴らしをしたい」と思ったけれども、「自分をバカにする連中を、死なない程度に痛めつける」「数学教師を弾き飛ばして恥をかかせる」「グラウンドと体育館を滅茶苦茶にして、暫く体育が出来ないようにする」って程度の事だった。
それがいきなりトイレを大破&炎上。妖怪を火元とした黒い炎は、瞬く間に校舎内に広がっていく。しかも雲外鏡は、生徒や教師どころか目に留まった人間全てを片っ端から虐殺する気である。友達が皆無とか誰からも相手にされてないとか色々と気に食わない事は山積みだけれど、だからって皆殺しにしようとは思ってない。
≪ゲッヒャッヒャッヒャッ・・・・・・燃エロ!!≫
(ちょっ!?やりすぎだっつ~のっ!!止まれよ!!)
≪五月蠅イ・・・・黙ッテロ、依リ代≫
(うっ!?・・・・・・・・くっ・・・・・・わあああっ・・・)
昨夜より強い恨みの念で蘇った雲外鏡は、見た目は変わらないけどパワーアップをしていた。新斗の言葉に耳など貸さず、逆に身体と意識を完全に乗っ取ってしまう。雲外鏡が腹に力を込めると、核となってる新斗の精神は、強制的に眠らされて深い闇へと堕ちていく。
―2年C組―
クラスメイト達が悲鳴を上げながら廊下へ出て行く様を、美穂は冷めた目で眺めていた。どうやら、「血の匂いがする直前の、平常が壊れようとしている緊張感」は正解。お出ましになったらしい。美穂の勘は‘人間とは別の何か’が現れた事を感じていた。周りに対して、心の壁を作って、他の奴等と距離を置いてるのは事実。友達と呼べる生徒は皆無である。だからって「犠牲者が出ようが自分には関係無い」なんて思えるほど、冷酷非情な性格はしていない。
落ち着いた仕草で立ち上がり、ポケットに手を突っ込んでカードケースを掴み、窓の方へ体を向ける。
「桐藤さん、何してんの!?早く避難なさいっ!!」
「・・・・・・・・・・・ちっ」
扉の脇に立って生徒達を避難誘導していた英語教師が、美穂に向かって叫んでいる。
「さすがに、ここじゃダメか。」
美穂は、落ち着いて機会を待つ事にして、とりあえず、促されるまま廊下に出た。
2年生はA~Fの6クラスで、廊下の東側から順にA、B、C、D、E、Fと教室が並んでいる。火元は1階の西側にあるトイレだから、皆は東側の階段へ向かってる。D組は体育で校庭に出払ってたので、C組の後ろにはE組とF組が続く。階段の辺りで自然に詰まり、進まなくて苛々した生徒達が怒鳴りだした。教師が懸命に宥めるが、簡単には収まらない。
騒ぎのドサクサに紛れ、美穂は皆の目を盗んで向きを変え、EF組の生徒を掻き分けて女子トイレにダッシュ!無事に到着し、洗面台の前でジャケットの内ポケットから‘羽の生えた女神’の紋章が描かれたカードケース=サマナーホルダを出して鏡に向ける!すると、鏡が光を発して美穂を照らし、美穂を映していた鏡が乳白色に変化!美穂は、鳥が舞うようなポーズを決める!
「変身っ!!」
掛け声と共に、鏡の中に飛び込んだ!直後に、黒いアンダースーツと純白のマスク&プロテクターに覆われた軽騎士(ソシアルナイト)が、鏡の中から飛び出してくる!異獣サマナーネメシス登場!廊下にまだ気配があると察した後、再び鏡の中に飛び込む!
そこは、あらゆる物が左右反転をした鏡の世界=インバージョンワールド。廊下を滑空するように駆け、手頃な扉を蹴り飛ばして教室に飛び込んで窓から飛び出す!マントを広げてフワリと校庭に着地し、再び駆けて昇降口へ向かった。
―2階の階段周辺―
非常ベルが鳴り響いて避難を呼びかける校内放送が繰り返される中、亜美は不安そうに周りを眺めて、異変に気付いた。一緒に避難をしていたはずの紅葉の姿が無い。
「クレハ!?」
紅葉は、興味が服を着て歩いているような人間性だ。まさか、1階西側のトイレに、火災を見に行ったのか?亜美は、考えるより先に体が動き、西に向かって、人の流れを掻き分けるようにして紅葉を探す。
一方、東側階段では、全校生徒が殺到して、悲鳴や怒号が飛び交いパニック状態だ。
「いやああああっ!!」 「消防まだかよっ!?」
「落ち着いて行動しなさいっ!!私語は慎む事っ!!」
「いてえっ!!足踏むなっ!!」 「窓から飛び降りた方が早くね!?」
「あたしはパス!怖すぎる!」
教師達の声は、怒声に掻き消されて届かない。
「みんなっ、自分勝手すぎる!!慌てちゃダメだよ!」
避難中の真奈は、生徒玄関~1階が詰まっていて、踊り場から先に進めない状況に焦りを感じていた。どうにか状況を打破したくて皆を注意するが、誰も聞く耳を持たない。
「静かにっ!!皆、落ち着いてっ!!
押し合わないで、避難訓練通りに行動しなさいっ!!」
堪りかねた葛城麻由が一喝する。その途端、少なくとも2年生のフロアだけは嘘みたいに悲鳴と怒号が止んだ。麻由は、動きを止めた同級生達を掻き分け、階段と1階の合流点まで進んで、1年A組→2年A組→1年B組と優先順位を決め、生徒玄関の混雑状況を確認しながら、避難の指図を始める。真っ先に逃げず、「生徒の避難が終わるまでは、ここを動かない」的な麻由の態度が、皆を冷静にさせる。
「どなたでも良いので、上の階に行って、
3年生に押したり割り込まないように伝えて下さい!」
「はいっ!私が行くね!」
麻由の指示に対して、真奈と、その他数人の2Aクラスメイトが呼応する。
「熊谷さん、皆さん、お願いします!
3年生にも冷静に対応できる先輩方は居ますから、
状況を把握していただいて指揮をお願いして下さい!」
さすが生徒会長の麻由。教師以上の指導力とカリスマ性で、パニックを押さえ込んだ。
-西側階段-
2階~3階の踊り場に紅葉の姿がある。アホ毛がピクンピクンと反応して、妖怪が近くで出現している事を、紅葉に告げている。皆、東側階段から避難しているので、西側階段には、ひとけが全く無い。
紅葉は、再度、周りに誰も居ないことを確認してから、スマホ画面に指を滑らせて画面に『ベルト』と書き込んだ。
紅葉の腰がピンク色に発光。それが実体化して【和船ベルト】になる。同時に【紅】と書かれたメダルがYスマホの画面に浮かんで実体化して真上に飛んだ。落ちてきた紅メダルを受け止め、ベルトの帆の部分に嵌めこむ。
「げ~んそうっ!!」
☆ぽわ~ん キラキラ きらきらりぃ~ん☆
背景がピンク色になり、虹が現れ、お星さまが飛び交い、派手なエフェクトが発生。紅葉の全身が眩しい光を発して『映像的に何とな~く全裸っぽく見えるけど、ハッキリとは描写しませんよ』って状態になり、続いてクマとかウサギとかゾウとかネコとか、ぬいぐるみの動物達が何処からともなく現れ、それぞれが手にしてるザルから色とりどりの紙吹雪を掴んでは撒き散らし、それが渦のように舞いながら紅葉の全身を包み込んだ。中から、メインカラーがピンクで【(中世日本の鎧武者+女忍者)÷2】のプロテクターとマスクで覆われた異形の戦士が出現!Yスマホを左手甲のホルダーに収納!妖幻ファイターゲンジに変身完了!
「とぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
妖怪が発生している1階の西側トイレに向かって、勢い良く階段を駆け下り始めた!・・・が、2階に降りた途端に、紅葉を探しに来た亜美と鉢合わせをする!
「んぁっ?アミっ!?」
「・・・えっ?」
「こっち(西側)ゎ昨日のヨーカイがいて危険だから、
アミゎあっち(東側)に逃げてっ!」
「あぁ・・・う、うん。」
ゲンジは、自分が変身してるって自覚があるのだろうか?紅葉として、普通に、亜美に声を掛けてから、1階に向かって階段を駆け下りていく。
一方の亜美は「気をつけてね」と呟いてから、何事もなかったみたいに東側階段に戻って、避難の行列に混ざるのであった。
-1階-
本能のまま暴れ狂う雲外鏡は1階の廊下へ飛び出し、腹の鏡に景色を映した。鏡の中の廊下が炎に包まれた次の瞬間、現実世界の廊下に黒い炎が上がる!校舎東側で避難中の集団を発見!「獲物を見付けた」と言わんばかりに気を輝かせて、駆け寄ろうとする!・・・が、階段を駆け下りてきたゲンジが、妖怪発見と同時に、問答無用でドロップキックを叩き込んだ!
≪グゲゲッ!!?≫
弾き飛ばされた雲外鏡が廊下を転がる!「何事か?」と周囲を眺めて、昨日のヤツ(ゲンジ)を認識すると、「コイツとは戦いたくない」と言わんばかりに、慌てて、身近な窓ガラスの中に飛び込んで姿を消した!
「んぁっ!待て、こんにゃろう!」
後を追ってゲンジも窓ガラスに飛び込む!しかし、鏡の向こう側の世界に消えた雲外鏡とは違って、ゲンジは、窓ガラスを突き破って、中庭に飛び出してしまった!
≪ゲッヒャッヒャッ!!鏡ノ中マデハ追ッテ来ラレマイ!アバヨッ!≫
「んぁぁっっ!ズルいっっ!!」
ゲンジが、消えた雲外鏡の気配を探る!ヤツは間違いなく近くに居る!周辺の窓ガラスの中から漏れてくる妖気をハッキリと感じる!マズい、ゲンジを振り切った妖怪が、生徒達が避難中の生徒玄関に向かって移動する気配を感じる!だけど、雲外鏡の姿は何処にも無い!鏡の中に入れる妖怪が居るなんて聞いてない!妖怪の気配を追っていけば、避難中の生徒達にゲンジの姿を晒してしまう!しかも、肝心の雲外鏡を捉えることが出来ない!自分が「学校を損壊させた怪しいヤツ」と認識されてしまう!ゲンジは内心で動揺をする!
-インバージョンワールド(鏡の中の世界)-
ひとけの無い鏡の中の世界で、異獣サマナーネメシスが、雲外鏡の進路を塞ぐようにして、廊下に立っていた!
「へぇ・・・アイツ、鏡の中には入れないんだ?」
≪グゲゲッ!!?≫
「昨日、見た時、あたしとはだいぶ形が違うと思ったけど、
違う種類の戦士ってこと・・・かな?
それにオマエも・・・普段、あたしが成敗している怪物とは、だいぶ違うな。
こりゃ~、コイツを倒しても、報酬にはありつけないのかな?」
≪グゲッ!?ナンダ オマエハ!?≫
「ん?アタシ?・・・とりあえず、学校をメチャクチャにしたオマエに
腹を立ててるヤツ・・・って感じかな。」
警戒して身構える雲外鏡!一方のネメシスは、レイピアを装備して構える!雲外鏡が見る限り、ゲンジとは違って、ネメシスからは、妖気を全く感じられないので「コイツは、ゲンジよりも弱い」と判断する!数秒間の睨み合いの後、雲外鏡が、ネメシスに突進を開始!
-数分後・現実世界の中庭-
ゲンジが焦りながら見えなくなった雲外鏡の妖気を追っていたら、突然、窓ガラスから、雲外鏡が転がり出してきた!続けて、雲外鏡を追って、白い騎士が姿を現す!
「・・・んぁっ!?2匹に増えた!?」
ヤベーじゃん!1対2!?雲外鏡のヤツ、援軍を連れてきやがったのか!?狸と白騎士、何奴から倒すべき!?見廻したゲンジは、あとから出現した白騎士がボスキャラと判断!Yスマホ画面に指で‘なぎなた’と書いて、武器=巴薙刀を召喚して握りしめ、ネメシスに向かって突進を開始する!
「ナメクジヨーカイっ!!」
「はぁ?ナメクジぃ~!?アタシのどこがナメクジだっ!」
「問答無用~っ!ォマェも悪ぃ妖怪だなっ!!
タヌキと一緒に成敗してくれる~っ!!」
「状況を良く見て落ち着けバカっ!!あたしが妖怪に見えるかっ!!」
ネメシスとしては闘う理由など無いんだけど、頭に血が昇ったゲンジが突っかかって来たので仕方が無い。やむなく迎撃の体勢に成る。
型もへったくれもなく基本も成ってないがパワーだけはある巴薙刀の一撃を、ネメシスは易々と見切ってレイピアを振るった!ゲンジの巴薙刀とネメシスのレイピアの刃がぶつかって小気味よい音が響く!
「何だオマエ、ド素人か!?」
ネメシスは、力任せに押し込んでくるゲンジの薙刀を、軽く弾いて受け流す!ゲンジは再度突っ掛かってくるが、ネメシスは、レイピアを振るって軽く牽制をしてから、華麗に飛び上がった!そして、姿勢を崩して蹌踉けたゲンジの頭上で、月面宙返りを決めながら、脳天をレイピアの刀身でブッ叩く!ハナっから体勢を崩していたゲンジは、前のめりに転倒をした!
「ぃってぇ~~~・・・・なかなかの手練れ!!さてゎ四天王の1人かっ!?」
「何の四天王だよっ!?」
武器での勝負は、ネメシスの圧勝!武器スキルの基礎力が違いすぎた!だが、ゲンジの闘志に衰えはない!・・・というか、埋めようのないスキル差に気付いていない。
「ァタシゎ妖幻ファイターゲンジだっ!!名を名乗れナメクジ魔神っ!!」
「勝手に変な名前つけんなチビっ!!
あたしはネメシス!異獣サマナーネメシスだっ!!
てゆ~か、ナメクジ言うな!!
あたしのモチーフは白鳥だっ!!見て解らんかっ!!」
「ぇぇぇぇ~~~~~~?どぅ見たってナメクジぢゃん~~~~~?」
「・・・・このクソガキ・・・・・度胸だけは褒めてやんよっ!!
土下座でゴメンナサイか、意地張って痛い目見るか、好きな方選べっ!!」
すっかり蚊帳の外に放置されていた雲外鏡が、2人を腹の鏡に映して放火攻撃を発動させた!ゲンジとネメシスの身体が黒い炎に包まれる!マスクとスーツでガードされてるが、それでも充分に熱い!ネメシスは堪らず転げ回ってしまったが、ゲンジはケロッとして突っ立ってる。
「あ~~~~~ちちちちちっ!!!オマエは何で平気なんだよっ!?」
「これ、妖気の炎だね。全然へっちゃらだょ~、ぁんな雑魚の攻撃」
ゲンジは呑気に説明するなり「フンっ!」と気合いを入れた。本人としては軽く気合いを発しただけだが、妖力の絶対値が雲外鏡とは桁違い。たちまち炎を消してしまい、巴薙刀をへっぴり腰で振り回しながら「今日こそ決着だぁ~!!」と立ち向かっていく。
「ちょっ、待ってよっ!!
簡単に消せるなら、あたしの火も、どうにかしてくれっ!!」
「ぇ、何?もしかして、自分で消せなぃのぉ~?」
「消せればオマエになんて頼んでない!だいたい、妖気の炎って何だよっ!?」
妖気の炎とは、妖気、または、思念を燃料にして燃える炎。酸素や温度を必要とせずに燃える為、消化器や水で消すことは不可能なのだ。
「そっかぁ~・・・妖気の火も知らないんだぁ~?」
「自分だけ知ってるからって偉そうにすんな!」
「ん~~~・・・・・ちょっと待ってね。」
立ち止まったゲンジはYスマホに指を滑らせて『うちわ』と書き込む。光を発し、檜扇を召喚。「消火モード!!」って叫びながらネメシスに向かって一扇ぎしたら、妖気を帯びた風圧が、ネメシスの全身を包んでいた炎を苦も無く吹き飛ばして消火した。
全体的に黒ずんじゃったが、致命的なダメージは受けてない。妖怪に翻弄されたのと、ちんちくりんに助けられてプライド傷ついたのとで、ネメシスは怒りのオーラを発散させて立ち上がり、雲外鏡を睨み付ける!
「完璧、あったま来たっ!!ブッ潰す!!」
「ぁれ?仲間ぢゃなかったんだ?」
「ったりめ~だボケっ!!・・・・オマエとは、ちょっと休戦っ!!」
ネメシスは、腰に下げたホルダーからカードを抜き取って窓ガラスにかざし、歪んだ鏡面に手を突っ込んで、薙刀型の武器=ネメシスハルバードを引っ張り出して身構え、ゲンジと並んで雲外鏡と対峙する。
「すっげー!窓から武器が出てきた!ネメシス、すっげー!
なんで、窓に手を突っ込んだのに、窓が割れないの!?
ど~やって、窓を割らないで、窓から武器を出すの!?も~1回やって!」
「説明はあとだ!先ずは、あのバケモン倒すぞっ!!」
「ケチッ!妖気の火を消したげたのに、そっちの手品は秘密なんだ?」
「ゴチャゴチャとうるせーぞ、タラズ!
先ずはタヌキ退治を優先させろと言ってんだよ!」
「しかたないなぁ~!ぃっくょぉ~~~~~っ!!!」
≪ゲゲッ、ゲッ!!小癪ナッ!!≫
雲外鏡は「妖力で負けてる分は能力と知恵で補おう」と、何やら考えながら不敵に突っ立っている。
ネメシスとしては、妖気の炎とやらが厄介だ。あれを浴びたら、小煩いチビに助けてもらわなきゃならないのが気に障る。
ゲンジは、妖力だけは圧倒的だが戦闘や戦術がド素人だ。それに雲外鏡は、ゲンジでは追えない鏡の中に逃げることが出来る。倒す為には、雲外鏡と同じように、鏡の中には入れるネメシスの力を借りなきゃならない。
早い話、どっちか1人でじゃ勝てない相手なのだ。「ここは協力するべきだ」と、互いに察した。それぞれ巴薙刀とネメシスハルバードを構えて対峙する。・・・が、冷静さを取り戻したネメシスは、大事な事に気がついた。
「やべっ!!火が消えてなかった!!」
廊下や昇降口は相変わらず延焼している。ふと階段の方へ目を向けたら、炎の所為で逃げられない生徒と教師が右往左往してた。友達と呼べる存在はいないし、教師も嫌な奴ばかりだが、「死んでも良い」とまでは思ってない。でも、自力では無理。あの‘変な炎’は、ピンク色のチビにしか消せないのだ。
「そこのピンク・・・え~と、ゲンジだっけ?」
「何っ!?」
「あたしが、奴を食い止めるっ!!アンタは、火を全部消してくれっ!!」
「ぇぇ~~~~~~っ?
さてゎ自分だけ、カッコぃぃシーン独り占めにする気だなっ!?」
「アホっ!!これじゃ皆が逃げれねえだろがっ!!
オメーしか、あの火を消せないじゃんよっ!!」
「ぁ、そぅだった!!」
言われて気がついたゲンジは、「うんうん」と何度も頷く。
「この辺よか昇降口が先だっ!!避難路を作れっ!!」
「ぅんっ!!ワカッタ!!」
頷いたゲンジはクルリと踵を返し、昇降口へ駆けてった。それを阻止しようとする雲外鏡の前に、ネメシスがネメシスハルバードを手に立ち塞がる。
≪ゲゲゲッ!!ドケ小娘ッ!!≫
「行きたきゃ、力ずくで通りなっ!!」
≪ゲゲゲゲ~ッ!!生意気ッ!!≫
雲外鏡は鋭い爪を構えて、見た目の予想に反したスピードで突進をしてきた!
「なにっ!?」
ネメシスはマスクで高まった動体視力で見切って、ギリギリで回避!雲外鏡は着地と同時に振り返って、再び突進をしてきた!だが、今度は、雲外鏡のスピードに対応したネメシスが、雲外鏡の腹にハルバードの切っ先を叩き込む!
「最初は想定外のスピードに焦ったけど、2度目は無~よ!」
≪ゲゲッ!?≫
アッサリと爪を攻略されて動揺した雲外鏡の隙を見逃さず、ネメシスはハルバードで斬りかかる!雲外鏡は中庭から廊下に退避して、追ってくるネメシスに向けて、酒徳利の蓋を開けた!瞬間的に危機を察知したネメシスは、素早く徳利の口が向けられた方向から飛び退く!次の瞬間、徳利から溢れた液体が、廊下に撒き散らされ、跳ねた飛沫の数滴が肩のプロテクターに付着!小さく「ジュッ」って音が聴こえ、見ると小さな穴が空いていた!廊下の床は、5センチ程度の陥没をしている!
「酸性か?いや・・・酸程度で、プロテクターに穴が空くことはない。
その溶解液も、妖気とか言うので作られてるってことか?」
≪ゲッゲッゲッゲッゲッ!!溶ケテ消エロ!!≫
「見た目も態度もふざけてるクセに、色々と厄介な武器を持っていやがる!」
今度は、酒徳利を滅茶苦茶に振り回しながら溶解液を振り撒いた!壁・床・天井・非常ベル・柱etc.触れた物が全て溶ける!ネメシスは、パワーが劣る分フットワークを利用して一撃離脱って戦法が得意だが、ただでさえ廊下は狭い上に、あちこち凸凹になって走りにくい!まんまと、雲外鏡の戦いやすいエリアに誘い込まれてしまった!
-一般棟・1階-
ゲンジが消火活動を開始した。檜扇で、炎を扇いで鎮火をさせていく。しかし、延焼が広範囲すぎて、送風程度では、いつまで経っても鎮火が出来ない。ゲンジは床にドッカリと腰を降ろして、しばし思考した後、何やら思い付いてYスマホを取り出して、指で画面をなぞり始めた。
途端に画面から、モクモクと煙が上がって、天井でモコモコと変形。幼稚園児がクレヨンで描いたような、‘笑顔の雲’が現れた。それが意志を持って動き出し、炎を自動感知して妖気の雨を四方八方に降らせ、妖炎の消火を開始する。
「ん~~~・・・火がいっぱいすぎて、まだ足りないかな?
もうチョット、雲ちゃんを作っとこうかな。」
Yスマホは、紅葉(ゲンジ)がイメージできる物なら、なんでも具現化することが出来る。機械などの、中の構造がイメージできない場合は、駆動系の無い外見だけの具現化になってしまうのだが、薙刀や、今回のような‘水蒸気が凝縮された雲’であれば、イメージは容易なのだ。ただし、思い付くまま無尽蔵に具現化が出来るわけではなく、紅葉(ゲンジ)の妖力を燃料にして発生させるため、出現させる物が大きくて複雑なほど、紅葉(ゲンジ)の妖力は消耗してしまう。
妖炎は妖気の雨に当たってたちまちに消えていくが、延焼が広範囲すぎる。全てを鎮火するには、もうしばらくは時間と妖力が必要になるだろう。ゲンジは、一連の活動で大幅に妖力を減らしてしまったが、それでもまだ、戦うだけの余力は残っている。・・・というか、早く‘地味な消火活動’を終わらせて戦いに行きたくてウズウズしている。
-1階西側の渡り廊下-
ネメシスの耳に、校舎内から喧騒の声が聞こえなくなった。あらかた、避難が終わったようだ。窓越しに校舎のあちこちに見えていた炎が消えていくのが解る。ゲンジが確実に消火活動を行っているようだ。
あとは、目の前に居る狸の妖怪を討伐するだけなのだが、それが問題で、狭い廊下では、ネメシスは思う存分に戦えない。溶解液を放出する徳利が邪魔で、迂闊に近付くことも出来ない。自分が追われている立場なら、広くて戦いやすい場所に雲外鏡を誘き寄せるのだが、立場が逆で、ネメシスが足止めしなければ、妖怪は、生徒達が避難をしたグラウンドに飛び出してしまうだろう。
「校舎が半壊するのは避けたかったけど・・・やるしかないか!
いつまでも、お見合いしてるわけにはいかない!」
ネメシスは、腰のホルダからカードを引き抜いて、身近な窓ガラスに向ける!そして、身構えて仕掛けようとしたその時!・・・背後で凄まじい奇声が聞こえたので、身の危険を感じて咄嗟に横っ飛びして回避!!
「とえぇぇぇっっっっっっっ!!!」
「ひえええええっ!?」
飛び蹴りの体勢で全身をオーラに包んだゲンジが、超スピードで突っ込んできた!雲外鏡の顔面に、強烈なキックが炸裂!狸の妖怪は、悲鳴を上げながら、廊下の端まで吹っ飛ばされた!
「ょっしゃ~!」
奇襲が成功して、ガッツポーズで嬉しそうに飛び跳ねるゲンジの後頭部に、肩を怒らせて近付いてきたネメシスの掌が炸裂!
「ぃってぇ~~~~~~~~~っ・・・・何すんのょっ!?」
「あたしを殺す気かドアホっ!!」
「避けたから、結果ォーラィぢゃんっ!!」
「そ~ゆ~問題じゃないっ!!当たったらどうすんだって話をしてんだっ!!」
「軌道修正くらぃできるもんっ!!」
「知らんわっ!!ビックリするじゃんよっ!!」
「なら次からは知ってるからダイジョブだね!」
「オマエなぁ・・・・って、やべえ!バケモンが逃げるぞ!!」
雲外鏡が立ち上がり、校舎西側の階段をヨタヨタしつつも走って昇って行く。
「ぁっ、ホントだ!?待てぇ~~~~~~~~~っ!!!!」
「無駄にタフな奴めっ!」
ゲンジとネメシスが、逃がすもんかと追いかける!だいぶ消耗をしたらしく、雲外鏡には、戦闘開始直後ほどの素早さが無い!2階で追い付かれた雲外鏡は、ヤケクソで鋭い爪の一撃を繰り出す!ゲンジは右、ネメシスは左に回避をして、素早く雲外鏡の懐に飛び込み、胸板へ同時にキック!雲外鏡は、教室内を転がって、どうにか体勢を立て直し、慌てて窓に駆け寄っていく!
「マズい!突き破って外へ逃げられたら厄介だぞ!」
窓の向こう側には、生徒達が避難をしたグラウンドがある!・・・と思ったら、雲外鏡は全身から妖気を発して、窓の中へ吸い込まれるように消えてしまった!ゲンジが慌てて窓に駆け寄って覗き込む!
「げっ!また、鏡のあっち側に行っちゃったっ!?ヤバい、逃げられたっ!?
んにゃ、違う!まだ、近くに居るよっ!」
雲外鏡の殺気を感じるから、仕掛けてくるつもりなのは解るけど、姿が見えない!身構えたゲンジの背後、教室と廊下の境の壁にある小窓から、雲外鏡が飛び出して爪を振るう!
「ひゃぁぁぁっ!?」
ゲンジの背中に一撃が叩き込まれて火花が散る!大したダメージではないので、体勢を崩すが直ぐに身構える!雲外鏡は、既に別の窓から再び【鏡の中の世界】へ逃げ込んでしまう!そしてまた、ゲンジの背後の窓から飛び出して一撃を叩き込む!反撃しようにも動きが読めないし、読めたところで窓の中に入られたら成す術なし!ゲンジの身体に、2つ3つと傷が刻まれていく!
「ぃてててぇ~~~・・・・ムカ付く!」
「へぇ・・・やっぱ、オマエって、あたしとは違う種類なんだな。」
「んへ?なんのこと?」
「オマエ、インバージョンワールドには入れないんだろ?」
「いんばじょん?何それ?」
「インバージョンワールド・・・聞いたことも無いんだな。
現実世界とは、全てが左右反転をした鏡の世界だ。」
ネメシスが窓ガラスを指さしたのを見て、ゲンジは思い出した。そう言えば、初遭遇の時、ネメシスは窓の中から出現をしたんだっけ。
「インバージョンワールドなら、あたしに任せなっ!
あっちで一暴れして狸を片付けるから、オマエは、その辺で適当に待ってろ!」
「ぁっ!?ちょっとっ!?」
説明は後回しで、ネメシスはインバージョンワールドへ飛び込む。
-インバージョンワールド(鏡の中の世界)-
雲外鏡からすれば、厄介なのは、強大な妖力を持ったゲンジだけ。溶解液にビビって手も足も出なかったネメシスを、単独で鏡の中に誘き寄せたつもりだ。
≪ゲゲゲゲッ!!掛カッタナ、雑魚メ!≫
「何時までも、調子乗ってんじゃねえっ!!
あたしが雑魚かどうか、ジックリと見せてやるよ!!」
左右が反転した教室で睨み合うネメシスと雲外鏡。腹の鏡に対象を映して燃やす【放火攻撃】は、ある程度の時間、相手を腹の鏡に映し続けつつ念を込めなければならない。
だが、溶解液がある。溶解液で動きを封じて、爪で痛めつけ、弱らせてから焼き殺す。そう判断した雲外鏡は、酒徳利の蓋を開け、注ぎ口をネメシスに向けた。
「させるかっ!!キグナスターっ!!」
≪ゲゲッ!?≫
直ぐ傍らの床が歪み、メカニカルな白鳥=キグナスターが飛び出し、雲外鏡に襲いかかる!体当たりを喰らって弾き飛ばされる雲外鏡!酒徳利が割れて、粉々に飛び散った!
ネメシスが、手近な机を蹴っ飛ばす!猛スピードで飛んで来た机が、雲外鏡の顔面を直撃!雲外鏡が怯んだところで、キグナスターが翼を大きく広げて羽ばたく!突風が吹き荒れ、机や椅子が吹き飛ばされ、いくつかは壁に激突して拉げ、いくつかは窓を突き破って外に放り出され、いくつかの椅子や机は、弾き飛ばされて壁にへばり付いた雲外鏡に直撃する!更に、キグナスターが突っ込んできて雲外鏡に体当たり!雲外鏡は教室と廊下の間の壁を突き破り、それだけでは勢いが収まらずに、中庭に面したコンクリートの壁も突き破った!
≪ゲゲッ!ナ、ナンテ奴ダァッ!≫
さっきまでの、手も足も出ないってくらいに温和しかったネメシスは何だったの?ってくらいのスパルタっぷり。いや、この容赦のなさはドエスと言うべきか?雲外鏡は、ザコのネメシスだけをインバージョンワールドに誘き出して、嬲り殺すつもりだった。しかし、それは大きな失策と知る。ネメシスからすれば、ようやく、人目や構造物の破壊を、気にせずに、水を得た魚の如く、存分に暴れられる戦場に移動することが出来たのだ。
≪ゲゲッ!コンナ・・・ハズデハ・・・。≫
空中に投げ出された雲外鏡と、窓枠を蹴って勢い良く飛び出し、雲外鏡に追い付くネメシス!雲外鏡が「え?まだ攻撃終わってないの?」と青ざめた直後、ネメシスは、真っ向からネメシスハルバードの逆袈裟切りを雲外鏡に叩き付けた!かなりの手応えあり!中庭に叩き落とされた雲外鏡は、肩から反対側の腰にかけて大きな傷を負い、傷口から闇の霧を噴きながら悶絶する!
≪ゲ・・・・ゲゲゲ・・ゲ・・ゲゲェ~~~・・・≫
しかし、まだ死んでいない!雲外鏡は、全身から闇の霧を発しながら、窓ガラスからリアルワールドに逃げ込んだ!
「チィッ!まだ動けるのかよ!?タフな奴め!」
-現実世界-
気配を察知して、中庭に移動して構えていたゲンジの目の前の窓ガラスから、雲外鏡が飛び出してきた!ゲンジは、勇んでブッ叩こうとしたが、雲外鏡は、既に痛めつける場所が無いくらいにボッコボコの傷だらけ。放っておいても当分は動けないな~なんて思いながら眺めていたら、続けてネメシスが窓から飛び出してきた。ゲンジは、プンスカ怒りながらネメシスに食ってかかる。
「ずるぃっ!!ナメクジばっかり、カッコぃぃとこ独り占めにすんなっ!!
ァタシ、全然活躍できてないっ!」
「悔しかったら、インバージョンワールドで戦ってみろっ!!
・・・てゆ~かナメクジじゃなくて、ネメシスな!!」
「同じようなもんだっ!」
「‘メ’しか合ってね~ぞ!・・・てか、敵はあたしじゃないっての!」
2人が揉めている(ゲンジが一方的に突っ掛かってる)間に、雲外鏡がコッソリと忍び足で立ち去ろうとしている。目ざとく見つけたネメシスは、ネメシスハルバードを振り回しながら、追い撃ちを掛けるために、雲外鏡に近付いていく!
「逃げるつもりらしいが、見逃すつもりか?」
「ありゃ?そ~言えば、さっき、ナメクジゎ、ァタシとゎ違う種類って言ってたね。
もしかして、ヨーカイの浄化、出来ないの?」
「はぁ?浄化ってなんだ?」
「ョーカィゎ封印か浄化しなぃと、完全に倒せなぃのっ!」
「へぇ・・・面倒くせ~んだなっ!
よく解んねーけど、浄化ってのは、あたしには無理。オマエは出来るのか?」
「んっへん!任せてっ!なら、ァタシが決めるねっ!」
「おうっ!浄化っての見せてくれ!」
「今度は‘不意打ちはビックリするからダメ’って怒られないように先に言っとくよ!
すっげー攻撃するから、端っこに逃げておいてね!」
「えっ!?」
ゲンジが左手甲にセットされたYスマホに指を滑らせ、画面に『神鳥』と書き込んでから左手を力強く突き出した!掌から飛び出した眩い光が、空中で静止して八卦先天図に変形!それを全力で駆け抜けたゲンジの身体が、巨大なオーラを纏って輝く鳥の姿になる!神鳥は、一度、空高く舞い上がってから、雲外鏡目掛けて急降下!
「ウルティマバスタァァァァァァッ!!!!」
「ちょっと待っ・・・・」
ネメシスは、昨日の戦いを見て、ウルティマバスターの破壊力を知っている!マスクの下で青ざめ、「こんな所で、そんなモン使うな!」「端っこに逃げて、クリアできる規模の攻撃ではない!」と慌てて窓に飛び込んで突き破り、頑丈なコンクリート造の校舎の中に退避!直後に、「絶対に、その奥義は必要無いだろう」ってレベルのオーバーキルが雲外鏡に炸裂!
着弾と同時に、衝撃波が中庭に吹き荒れ、面していた窓ガラス全てと、廊下と教室の間の窓ガラスの半分以上が、粉々に吹っ飛んだ!
「あ・・・あのバカ。なんて事を。」
コンクリートの柱の陰に隠れていたネメシスが、恐る恐る顔を覗かせる。中庭には、奥義を終えたゲンジが立ち、真っ黒焦げになった雲外鏡が転がっていた。
「バカっ!アホっ!タラズっ!
せっかく、あたしが、校舎に被害を出さないように戦っていたのに、
全部、台無しじゃね~か!」
「んぁぁっ?」
「少しは先の展開を考えろ!周りを良く見ろってんだっ!
エネルギーの逃げ場が無い中庭で、あんな攻撃をしたら、
こうなって当たり前だろう!」
勝利の余韻から冷めて落ち着いたゲンジは、周りの惨状を眺めて青ざめる。窓ガラスが粉々なんてのは当たり前。教室内の黒板は床に落ち、机椅子や備品は何割かは再起不能で、窓枠は拉げてガラスだけ入れ替えればOKって次元ではなさそうだ。復旧まで何日かかって、その間の授業は何処でやるのか?
「ヤッベェ~~~・・・学校めちゃくちゃにしちゃった、どぅしょ?」
「き、決まってんだろ・・・全部、タヌキの所為にして、さっさとバックレる!!」
「ぁ、そっか!」
「ところで、コイツまだ息あるぞ?大丈夫か?」
「ヨーカイゎ、ダメージ与えただけじゃ消滅させられないからねっ!
これからが本番っ!」
「・・・・・・?」
ゲンジがYスマホに指を滑らせ、画面に『ハリセン』と書き込むと、達筆な毛筆で『邪気退散』と書かれたハリセンが現れる。ブッ倒れてる雲外鏡の前にチョコンと正座し、召喚したハリセンをうやうやしく置き、続いてぎごちない手付きで印を結びながら、舌っ足らずな発音で九字護身法を唱えだす。
「りん・びょぅ・とぅ・しゃ・かぃ・ぢん・れっ・ざぃ・ぜんっ!!」
置かれたハリセンが、白く淡く光りだした。ゲンジは、それを掴んで高々と振り上げる。そして「ぃっくょ~~っ!!邪気退散~っ!!」と叫びながら、雲外鏡のケツに勢いよく何度も振り下ろした!!「スパーンッ!!スパーンッ!!スパーンッ!!」って音が、中庭に高々と響き渡る。
叩く度に雲外鏡の全身から邪気が立ち昇って大気に溶けて消え、それなり不気味な容貌だったのが段々と小さく可愛くなって、やがて、可愛らしいタヌキのぬいぐるみと化してしまう。そして、タヌキさんは、「よろしくお願いしま~す」って態度でゲンジにチョコンと頭を下げると、ピョコンとジャンプしてYスマホの画面に入って行った。
「じょーか、完了!」
「ヌイグルミがスマホに入っていたように見えたけど、どうなってんだ?」
「くっぷく(屈服)させて、家来にしたんだよ。」
「あたし等(異獣サマナー)がモンスターを下僕にするのと同じようなもんか。
‘違う種類’だけど、共通点もあるんだな。」
雲外鏡が消えた後には尾名新斗が、泡吹いてブッ倒れて気絶してる。
「誰だ、コイツ?こんな奴、この学校に居たっけ?」
「D組の、モヤシくんだ~!?
ゥンガィキョーに目ぉ付けられて、依り代にされちゃったんだね。」
「憑りつかれてたって事か?」
「ぅん」
「で、どうする?ボコる?放置する?」
「ボコるのダメっ!モヤシくんゎ悪くないもんっ!ちゃんと連れてくよっ!」
「そっか・・・解ったよ、チビ助!」
「んぁっ?」
「オマエ、源川とかってB組のチビッコだろ?」
「んへぇぇっっっ!!!違うモン!ァタシ、チビッコぢゃないもん!」
「アホか?訂正するなら、そこじゃね~だろ!‘私は源川じゃない!’と訂正しろよ!
チビッコ扱いはイヤだけど、中身が源川ってのは認めるんだな!」
「ぐはぁぁっっっ!!」
正体バレバレだ。観念したゲンジが、変身解除して紅葉に戻った。ネメシスは、マスクの下で「予想通り」って満足そうな表情を浮かべる。
「なんで解っちゃったの?」
「オマエ、普段から目立ってるからなぁ~。」
「・・・・ァタシ、目立ってる?」
「あはははっ!かなりな!」
ネメシスは、笑いながら変身を解除。紅葉の方は全く気付いてなかったらしくて、美穂の姿を見て、ポカンと呆けて口をパクパクさせて指さしてる。
「これで、あいこだよっ!」
「えぇ~~~~~~~~~~っ!?
ナメクジゎ、キリシマさんだったのぉ~~~~~っ!?」
「ナメクジじゃなくて、ネメシス!いい加減に覚えろ!
キリシマじゃなくて、桐藤・・・ここは絶対に間違えるな!
・・・てか、マジで、気付いてなかった?」
―屋上―
優高のブレザーを着た源川有紀が中庭を眺めていた。女生徒に扮して学校に忍び込み、紅葉の戦いぶりを見ていたのだ。美人と言えども子持ちの四十路が女子高生の格好は、傍から見たら結構キツいのだが、変装している本人に、その自覚は無い。
(お友達の力を借りたと言っても、
あそこまでパワーアップしてた雲外鏡を屈服させちゃったか。
初心者にしては上出来ね。
天真爛漫で誰とも友達になっちゃう性格は、
これから戦い続ける上で大きな武器になるでしょうね。
でも、戦い方はまだまだ未熟だわ。
校舎こんなにしちゃって、皆に迷惑かけちゃって。
単に勝てば良いってだけじゃない事を学びなさい。)
先輩として、そして母として。紅葉の未熟さにハラハラさせられっぱなしだ。今回は辛うじて勝利したから良しとするけど、これから先どうなるか?もっと強い妖怪が現れたら、どう戦う?心配で仕方ないけど、見守るだけ。あえて助けない。ゲンジの力は、教わる物ではない。経験する事により、自分で掴み取るのだ!!
―グラウンド―
避難して校舎を遠巻きに眺めてた生徒達は、轟音が聞こえる度に「わあ!」「きゃあ!」「ひい!」と怯えた声を上げる。やがて、中庭の上に、閃光らしきモノが見えてから大爆発。恐慌が最高潮に達する。だが、それっきり静かになった。気がついたら、1階を燃やしてた黒い炎も綺麗に消えている。
生徒達は、クラスごとに整列点呼をして、3人が、この場に避難していないことを知った。先生方が慌てて校舎内に戻ろうとしたら、行方不明の3人が、通用口から出て姿を見せる。
2年生女子の源川紅葉と桐藤美穂。2人で男子生徒を挟んで、肩を貸して歩いてくる。連れられている男子は尾名新斗。どうやら気絶をしているようだ。先生方や、彼女達が所属するクラスの生徒達が、安堵の表情を浮かべる。
「すんませ~ん!逃げ遅れた男子を救出してました~!」
「2Cキリフジさん、2Dモヤシくん、あと、2B源川、みんな無事で~っす!」
♪フォゥ~ン♪フォゥ~ン♪フォゥ~ン♪フォゥ~ン・・・キキキキーッ・・・・・
通報を受けた警察車輌数台が到着。トレーラーの中から、緑の仮面と装甲服を着た5人の隊員と、角が一本ある赤い仮面と装甲服の部隊長が降りてきて、サブマシンガンを装備して校庭内に整列。装甲服部隊の前に、指揮官らしい女性が立つ。同時に、パトカーから降りた刑事達が、教員達のところに駆け寄ってくる。
「文架警察ですっ!ケガ人はいませんかっ!?」
「あ、はい」
「怪物出現との通報を受けましたが、何処に!?」
「こ、校舎の中です!」
「解りました!直ちに、特殊機動部隊・ザックトルーパーを向かわせます!」
対応した刑事が合図を出すと、今度は、指揮官らしい女性が特殊機動部隊=ザックトルーパーに突入の指示を出した!指示を受けたザックトルーパー部隊は、赤い装甲服の部隊長を先頭にして、キビキビとした動きで、校舎内に向かって行く!
この世界には、妖怪や他の未確認生物など、意図が不明のまま、人間を襲う生物が、希に出現をする。ゆえに、警察機関には、未確認生物から市民を守る為の特殊機動部隊が存在しているのだ。・・・とは言え、AIで動くような高性能アーマーではなく、あくまでも、鍛え上げた肉体を頑丈な装甲服で包んで、独自の判断で武器の使用を許された、人間のエリート部隊である。
紅葉&美穂は、校舎に突入をしていくザックトルーパー部隊を眺めながら、「もう、中には妖怪なんていね~よ!」と言いたかったけど、「なんで知ってるの?」と聞かれた時の返答に困るので、黙って彼等を見送るのだった。
―1週間後・早朝:山頭野川堤防―
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・・・ふへぇ~・・・」
ウォーキングや、犬の散歩をする人々に混ざって、すっかり回復して退院した尾名新斗がジョギングに励んでいた。
「ふへぇ~・・・・・きつっ・・・・・でも、もう少し・・・・・」
雲外鏡を経由だが、ゲンジの【清めのハリセン】を喰らったもんだから、少しばかり性根が叩き直されたようだ。退院するなりジャージとスニーカーを買って、翌日からジョギングを始めた。・・・とは言っても今までが今までだったので、そう簡単に体力が付きはしない。1キロ程度走ったところで、呼吸が上がっちゃって今にもブッ倒れそうだ。
「ぜぇ~っ、ぜぇ~っ、ぜぇ~っ、ぜぇ~っ・・・・」
「おはよっ!!」
「・・・・・え?・・・・・・あ・・・ども・・・」
いきなり声をかけられたので驚いて横を見たら、優麗高の3年女子で元陸上部の犬鰤字明日花(けんぶりじ あすか)が、ニコニコと爽やか笑顔を浮かべて並走してた。
ショートカットが似合う、整った顔立ち。背丈は新斗と同じくらい。日焼けした肌と、すらっと長くしなやかな腕と脚。キュッと引き締まった尻。ただでさえ心拍数が早まってるのに、余計に早くなってしまう。
「ケガもう治ったの!?」
「は、はい・・・・大丈夫です」
『先日の事件に巻き込まれた』出来事の所為で、それなり同情され、不本意ながら学校内での知名度は上がった。入院中、警察から色々と訊ねられたが、「いきなり爆発があって、気がついたら病院のベッドだった」で押し通してる。雲外鏡に変身してた時の事は、ごく最初しか記憶に無い。
「頻繁に走ってるの?」
「ぜぇぜぇ・・・・・いえ、ちょっと・・・・
最近になって、何となく・・・・・
もう少し体力つけなきゃって気分に・・・ぜぇぜぇ・・・」
「へぇ~っ、偉いじゃんっ!!・・・・ガンバっ!!」
明日花はペースを上げ、たちまち小さくなってしまう。新斗はフラッフラで今にも死にそうな感じで走った。『とりあえず文架大橋まで』と自分に課したノルマをこなし、堤防斜面で大の字にブッ倒れて休んでたら、往復をして戻ってきた明日花がタオルで汗を拭きながら、人懐こい笑顔で寄ってきて隣に座った。
「ぜぇぜぇ・・・今まで運動が苦手だったから
・・・・きつ・・・・ぜぇぜぇ・・・」
「あはははははっ!最初から体力ある人なんて、いるはずないじゃんっ!」
「なんで、もう引退したのに走ってるんですか?」
「つい習慣でね。運動しないとストレスになっちゃうんだっ!」
初対面の女性と、戸惑いながらも会話を成立させている。嬉しい反面、天変地異の前触れかと不安になってしまう。
「明日も走るんでしょ?昨日も一昨日も走ってたもんね。」
「た、多分。・・・って、えっ!?なんで知ってるんですか?」
「私も走ってて、君のこと見かけたからさ。明日も頑張ろうね!」
「は・・・はいっ!」
会話の流れで、明日も走る約束をしてしまった。新斗の好みは【妹系で大人しい子】だが、彼女は【姉御肌・男勝り・体育会系】と、今まで避けてたタイプ。だけど不思議なことに惹かれてしまう。彼には、チョットだけ、毎日ここでジョギングをするのが、楽しみになってきたようだ。
妖幻ファイターゲンジ 紅葉と愉怪な仲間達 通りすがりの一般人 @kamehoko
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