妖幻ファイターゲンジ 紅葉と愉怪な仲間達

通りすがりの一般人

第1章 紅葉編

第1話・文架市の少女

古の日本には、強い龍脈の影響で数多の人間の念が集まり‘大きな時空の歪み’が維持され、常に地獄界と隣り合わせになっていた一地域があった。その地は、事実上、地獄界の支配下に有り、様々な地獄の住人が闊歩して、「この世の地獄」と呼ばれていた。危機感を持った人間は、神の力を借り、その地に結界を張って‘大きな時空の歪み’を封じ込める。

だが、それで全てが人間の社会から排除されたわけではない。人間の持つ強い邪気に引かれて、地獄の住人は出現をする。


科学が未発達だった時代、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす不可思議な力を持つ非日常的な存在(地獄の住人)を‘妖怪’と呼び、時には恐れ、時には敬っていた。


時は進み21世紀・・・科学が発達した現代においては、妖怪の存在は実証はされていない・・・はずだった。


しかし奴等は科学の影に隠れ、その痕跡を残さないようにして、人知れず何処にでも存在をしている・・・。

まだ10歳に満たないツインテールの少女が、何処かの陸上競技場のスタンド席に居て、トラックを走っている人達を眺めていた。そこが何処なのかは解らないが、家からは遠くて、パパの車に乗って何時間も走らなければ着かない場所ってことだけは解る。

親に連れられて‘走る人’を見に来たんだけど、全く興味が無い。「何で、あの人達は、こんなに暑い日に‘走る’なんて疲れることをしているんだろう?」「家でゲームしてた方が良いじゃん」くらいにしか感じず、「早く家に帰りたい」と思いながら、ただボケッと眺めていた。


「あっ!」


何人も走っている中で、1人の少年が転んだ。だけど、痛そうにして立ち上がり、一生懸命走っている。少女は、‘少年が群れから引き離される光景’を見て「恥ずかしくないのか?」「サッサとリタイアすれば良いのに」と思った。ゼッケン60番を眺めながら、心の中で「やめちゃぇ」「やめちゃぇ」と何度も語りかけた。しかし、彼は、止まろうとはしない。痛そうに足を庇いながら走り続けていた。


「ガンバレ!60番!!」


気が付くと少女は、小さい拳をキュッと握り、座席から立ち上がり、周りから取り残されたゼッケン60番を応援していた。諦めずに走り続けた‘ゼッケン60番’の姿は、幼かった少女に「頑張る」という気持ちを植え付けていた。


それまでの少女は、周りからは「お人形さんみたい」と評価されていた。可愛らしいけど、温和しくて人見知りで、友達が居なかった。

少女には、他の人には見えない物が見えた。亡くなった人や動物が、現世に残した寂しそうな念である。見てしまうと、少女も悲しい気持ちになって、でも、その気持ちは、周りの人とは共有できなくて、「悲しくなっちゃう」気持ちを理解してくれない友達なんて、要らないと思っていた。


だけど、60番に勇気をもらって、少女は変わった。その日以降、無駄に「頑張る」ようになった。少女にしか見えないなら、「自分が力になってあげよう」と思う事にした。


それから8年が経過。




-文架市(あやかし)・広院町-


「やっべぇ~!ちこくだぁっ!!」


寝癖だらけ&スウェット姿の美少女が、洗面台で、鏡に映る自分自身とニラメッコしながら、やや力任せに何度も髪に櫛を通して整える。口に咥えていた輪ゴムを、手際良く後髪に廻して、ツインテールが完成。頭頂部にピィンと立っているアホ毛を軽く撫でて、鏡を見て確認。角度、立ち具合、共にOK。体調が悪いときは、アホ毛の立ちが悪いのだが、本日のアホ毛は理想的な状態である。再度、鏡に映る自分を見て、満足そうにニィッと微笑む。


「早く準備をしなさい。」

「ぅん、わかってるぅ!」


母親が呆れ顔で声をかける。少女は少し怒鳴り気味に答えると、自室に戻ってデスクマットに挟んである時間割表を見ながら、今日の科目の教材を集める。

現代文、物理学、数学、英語、家庭科、保健体育。家庭科と保健体育の教材は学校に置いてあるので、持って行く教材は4教科分である。

集めた教材を鞄に詰め込む。教材を集める際に、各教材を束にして積んであった山が崩れたが、特に気にしない。

物理と英語はチョット苦手だ。物体の運動とか、光と色彩とか、熱とか、天体等々、そ~ゆ~のは直感的に解る。それなのに、わざわざ数字で表現しなきゃならないとかってのは面倒くさい。英語についても、相手が本気で伝えようとしていれば、相手の顔を見ていれば、言葉を伝わらなくても、言いたいことは解る。学ぶ必要は無い。それなのに、授業では気持ちは込めずに教科書に書いてある文章しか読まない。気持ちが入っていないと、言いたいことが解らなくなる。


スウェットを脱いでベッドに投げ置き、ワイシャツに袖を通し、壁に掛けてあるブレザーに着替えて、自室の鏡で全身を眺めながら襟元とネクタイを整えて、スカートをちょうど良い感じに上げて、準備完了。服装、全て完璧。再度、鏡に映る自分を見て、満足そうにニィッと微笑む。


「まだなの?早く行きなさい。」

「ぅん、だぃじょーぶっ!


母親が呆れ顔で催促をする。少女は、自室から出てキッチンに顔を出し、テーブルの上に準備されていた朝食のうち、サンドイッチを一つ口の中に放り込み、カップに注がれていた牛乳をグビグビと飲み干し、サンドイッチをもう一つ掴んで頬張ったまま、「いってきまぁ~す」と玄関に向かう。

母親は、朝食の残りをチラリと見て溜息をついて、見送る為に娘を追っていった。


「サラダとタマゴ焼きは食べないの?」

「時間なぃっ!学校から帰ってきてから食べるっ!」

「あと10分早く起きなさい。そうすれば、ゆっくり食べてられるのに。」

「ぅん!ゎかったぁっ!」

「昨日もそう言ったわよ。」

「ぅん!明日ゎ気を付ける!」

「全くもう。昨日もそう言ったわよ。」


少女は、靴を履いて慌ただしく駆けていく。共有通路を小走りで進み、エレベーターの前に立って「下る」ボタンを押す。エレベーターの扉の上にある階数表示を見ると、今はエレベーターは1階にある。彼女が待つ5階まで上がってくるのに時間がかかりそうだ。‘待つ’という行為が少し苦手な少女は、エレベーターホールの隣にある階段で、1階まで駆け下りることにした。


文架市の鎮守地区にある広院(ひろいん)町。近年の開発行為により、川東で最も発展をした町の一つである。その住宅地の一角にある中層マンションから、自転車に跨がった元気な美少女が登校をする。


少女の名は源川紅葉(みながわくれは)。文架市の中心を流れる山頭野川の西にある県立優麗(ゆうれい)高校の2年生の生徒である。テレビで活躍中のアイドルなんかよりも、よほど完成度の高い美少女なのだが、背が低いというコンプレックスが手伝って、彼女自身は自分の魅力に自覚が無い。


彼氏いない歴16年と9ヶ月。校内で交際を申し込まれたり、街中でナンパをされたり、中学~高校1年の文化祭や体育祭の時には、彼女見たさで集まってくる他校の男子生徒も沢山いたが、全く相手にしていない。

ただし、恋愛に全く興味が無いわけではなくて、年相応に好いている(片想い?)男性はいる。・・・とは言っても、リアルな知り合いではなく、幼い頃に一回だけ会話をして一目惚れをしたまま、今でも忘れることが出来ない、名前も知らない年上の男性。何処に住んでいるのかも解らないけど、いつかまた会いたい(アテは全くない)男性。つまりは、リアルなんだけど、残念ながら限りなく2次元に近い、妄想の男性なのである。


「ゼッケン60番・・・どんなふぅに成長したんだろ?また、会ぃたぃなっ!」


自宅から学校まで、自転車で飛ばせば15~20分程度で到着をする。まだ間に合う。遅刻決定の時間では無い・・・が、問題はそこではない。自宅から自転車で3~5分ほどで通過する鎮守の森公園前で、友人と待ち合わせているのだ。

紅葉が‘遅刻ギリギリ’で‘自転車をかっ飛ばさなければ間に合わない’って事は、必然的に、待ち合わせをしている友人も、同じ状況になってしまうのだ。3分後、紅葉の駆る自転車が、大きな公園の前に差し掛かる。


「んっ!居た居た!待っててくれた!」


鎮守の森公園。広大な面積の一画に、手入れの行き届いた広い芝生がありグルリと取り囲むように、左右にくねった遊歩道が造られている。朝夕はジョギングや散歩のコースとなり、休日は、キャッチボールやラジコンバギーの操縦をしたり、家族やカップルが弁当を広げ、桜の季節や夏祭りや初詣に人々が集まる等々。典型的な地域の憩いの場である。


「アミっ!!ちぃ~~っすっ!」


自転車にブレーキを掛け、友人と合流して、‘ピースサインで敬礼’をしながら挨拶をする紅葉。


「おっそ~い!クレハ~~~っ!!!」

「ごめぇ~~んっ!!」


ボブカットの友人が、自転車を公園の入り口脇に駐めて、スマホを操作しながら、紅葉のことを待っていた。紅葉が待ち合わせ時刻より遅れるのは、もう慣れている。さすがに、待ち合わせ時刻から15分経っても来ないと、「まさか、まだ寝ているのでは?」と催促の電話を鳴らすが、5分や10分程度の遅れならば、「いつものこと」と考えて、公園入り口のベンチに腰を据えて、スマホのアプリで時間を潰しながら待ってくれる。


友人の名は平山亜美。同じ優麗高校(同級生)に通う親友で、小学校時代から一緒にいる幼なじみ。生真面目な性格で、がさつな紅葉とは正反対だが、不思議と2人はウマが合うようで、いつも一緒に居る。学業の成績は学年でトップクラス。市内トップの進学校に通う学力があったが、「厳しすぎるのはチョット苦手」「高校生になったら少しくらい青春したい」「友達と同じ学校に行きたい」という理由で、優麗高を受験したのだ。

紅葉ほどのS級美少女ではないが、ルックスは整っており、背が低くてやや幼児体型の紅葉(Bカップ)とは違って、モデル体型で背が高くスタイルも良い(Eカップ)。並んで(身長差、約10㎝)いると、同い年ではなく、先輩後輩、または、姉妹と間違われる(もちろん紅葉が年下扱い)こともある。


「昨日、また夜更かししたんでしょ?」

「ぇへへへ♪深夜のお笑い番組見てたら寝るのが遅くなっちゃったぁ!アミゎ見てないのぉ?」

「見てない!全く興味なし!」

「ちぇ~~~っ!アミゎ相変わらず超マジメなんだからぁ~~

 ベンキョーばっかりじゃなくて、もっと、高校生活を楽しまなきゃ!」

「ふぅ~ん!私は私なりに楽しんでるよ~だ!チョット急がないとヤバいよ!」

「ぅん!!」


合流をした紅葉と亜美は、公道を進むと信号機に引っかかってタイムロスをしてしまう為、迷わずに堤防道路を進むことにした。堤防道に続く坂道を上るのはメンドイが、その先は、ガンガンと自転車を突っ走らせることが出来る。

堤防道に上がると同時に、紅葉は、自転車を立ち漕ぎしてペースを上げる。いくらスカートの中にハーフパンツを着用しているとはいえ、女子高生がスカートをなびかせながら自転車の立ち漕ぎをするのは、いかがなモノだろうか?女子力が低すぎる。


「急いでよ、ァミ!」

「クレハ!そこまで急がなくても大丈夫だよ!

 スカートの中、見えてる!女子の自覚が無さすぎ!」


‘年相応の女子’の自覚がある亜美は、立ち漕ぎはせずに、先行する紅葉を注意しながら追いかける。

亜美が紅葉のペースに付いていけずに少し遅れたので、紅葉は橋の手前で亜美を待ち、合流をして山逗野川に架かる文架大橋を通過して、川西の堤防道へと進んだ。


「スピード上げるよっ!」

「学校の近くでそれは恥ずかしいって!女子としての自覚を持って!」


相変わらず、紅葉は立ち漕ぎでガンガンとスピードを上げている。亜美は立ち漕ぎはせずに紅葉を追いかける。

しばらく堤防道を走ると、住宅街を挟んだ向こう側・御領(おんりょう)町に、紅葉達の通う県立優麗高等学校学校が見えてきた。

学業では市内2番目の進学校。部活動は「勉強との両立」を前提にしているので、基本的には市内で‘中の上’くらいで、目覚ましい活躍は少ない。ただし、希に、文武両道で全国区の選手が在籍をする。

あまり勉強が得意とは言えない生徒も少なからず存在するが、進学校と呼ばれる理由は、国内のトップクラスの大学への進学実績が市内で最も高い為。2学年までは全クラスが横並びだが、3学年進級時に、理系と文系に分かれ、且つ、成績優秀で上位大学への進学を希望する生徒は、‘特進クラス’へと振り分けられるのだ。

創立当初は女麗(じょれい)学園と言う名の女子高だったが、文架市の開発と人口増加に伴い、共学化して名前を改め、市内トップの文架高校に「追い付け追い越せ」という意図と、中学までは勉強が苦手だったが高校で頑張ってチャンスを掴もうとする生徒の救済の為に、‘特進クラス’が設立をされた。

戦国時代や明治維新の頃の古戦場らしいが、150年以上も前のことを気にする生徒はいない。一定以上の霊感を持つ者は、時々、「いつもと空気が違う」と感じることがあるが、今のところ、日常生活に支障が出るような違和感は無い。


この辺まで来ると、徒歩や自転車で通学中の同校生徒にチラホラと遭遇する。紅葉は、スピードを上げたまま、スイスイと器用に同校生徒を抜いていく。亜美は「危ないよ!」と注意をしながら、危険を避けてゆっくりと自転車を走らせる。

徒歩ならば堤防から学校脇に続く階段を降りて行けば良いのだが、自転車の場合、堤防道から降りる坂道は、もう少し先にあり、学校に行く為には少し遠回りをしなければならない。


「アミゎ遠回りするんでしょ?先に行って、校門の前で待ってるね!」

「えぇ~?また、ショートカットすんの!?」

「ぅん、もちろん!!・・・そぉれっ!!」

「あ~~~~~~~~~~~!!」


自転車に跨がったまま、迷いも躊躇いもなく無く、傾斜角30度くらいの堤防の芝生斜面を降りていく紅葉。亜美は自転車から降りて、呆れ顔で、車輪を若干持ち上げて浮かせながら、「待ってよ!」と言って、ゆっくりと足下を確認しつつ紅葉の後を追う。

幹線道路を挟んだ優麗高の対面まで来て、スマホで時間を確認すると、始業の10分前だった。もう少しゆっくりと進んでも大丈夫だったようだ。


「あっれぇ~?スゲー余裕だったねぇ!」

「だから、あんなに急がなくても大丈夫っていったのに~!

 スピード出しすぎ&近道しすぎなんだよ!

 クレハみたいながさつな女の子、この学校には、他にいないんじゃない?」

「ァタシ、がさつぢゃなぃもん!」


信号無視や、信号の無い場所のショートカットはせず、2人並んで横断歩道の手前で、信号が青に変わるのを待つ。




-生徒玄関前-


紅葉と亜美が駐輪をして寄って行くと、風紀委員が抜き打ちの服装&持ち物チェックをしていた。スマホは、授業中の使用は禁止されているが、校内への持ち込みは許可されているので、紅葉&亜美がスマホを持ってきたことに問題は無い。服装は規則通りだし、所持品も注意をされたり没収される物は何も持ってきていない。風紀チェックは何事も無く通過できるだろうけど、「もしかしたら想定外の物がチェックを受けてしまうのでは?」と少し緊張をしてしまう。


「ふざけんなっ!なんで、あたしが風紀チェックでアウトになるんだよ!?」

「髪の毛は茶色いし、スカートの丈は長いし、

 それに、明らかに所持品がおかしいでしょ!

 大金が入った高級財布に、変なカードケース・・・」

「髪の色は生まれつき!スカートはズリ下がっただけ!

 カードは趣味!財布に金が入ってるのは生活費!それの何が悪い!?」

「な、何から何まで怪しいです!!」


風紀員に盾突いているのは2年C組(紅葉と亜美は2年B組)の女生徒だった。隣で紅葉の風紀チェックをしていた2年A組の少女が、口論を見て「相手が悪すぎる」と判断して慌てて止めに入る。


「まぁ~まぁ~、2人とも落ち着いて!

 私が見た感じ、髪の毛はチョット茶色いけど、茶髪ってほど色は抜けてないし、

 少し‘怪しい’かもしれないけど、所持品に‘違反’になるものは無いんだから許可にしようよ。」

「おぉっ!オマエ、話わかるじゃん。」

「熊谷さんは、風紀委員じゃなくて、ただの助っ人なんだから、口を挟まないで下さい。」


仲裁に入った女生徒の名は熊谷真奈。無関係なはずの様々なイベントに率先して参加をするので、同学年では比較的顔が広い。スクールカーストで位置付けるなら、トップではないが、上位層と仲が良くて、2軍以下を引っ張るタイプ。カースト制度の外側にいて「スクールカーストってなに?」「そんなのあるの?」って認識の紅葉からすれば、「熊谷さんはチョット目立つ子」って印象になる。


「それは言いっこ無しだってば!

 どっちかと言えば、人手不足を見かねて手伝ってあげている私に免じて、許可してあげてよ。」

「許可で良いんだろ?時間を取らせるな!」

「わ、解りました。今回だけは大目に見ます。

 次回からは高校生に相応しくない物は持ってこないでください!」

「・・・フン!うっせーよ、バ~カ!!」


ガラの悪い女生徒は、没収されかけた財布と、カードケースをブン取るようにして奪い返すと、乱雑に鞄の中に放り込んで、楯突いた風紀員には目もくれずに校内に入ろうとして、隣で風紀チェックを受けながら状況を眺めていた紅葉&亜美と目が合う。


「世間知らずの優等生共が、珍獣を見るような眼で見てんじゃね~よ!

 見せもんじゃね~んだよ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ちんじゅう?

 ァタシ、ゆうとーせい?」

「ご、ごめんなさい」


ガラの悪い女生徒の一喝に対して、紅葉はキョトンとした表情で首を傾げ、亜美は悪いことをしたつもりは無いのに思わず謝ってしまう。ガラの悪い女生徒は、「フン!」と声を出して2人を軽く威嚇すると、それ以上は何も喋らずに、校舎の中に入っていった。


「こ、怖かったね、クレハ」

「そう?ァタシゎチョット格好良ぃと思っちゃったけどっ」

「ど、どこが?」

「ん~~~~・・・ゎかんなぃけど、色んなところっ!」

「この学校には、クレハ以上にがさつな女の子が居たんだね」

「アタシ、がさつぢゃなぃもん!」


ガラの悪い女生徒の名は桐藤美穂。学業の成績は下の下。紅葉や亜美と同学年だが、クラスが違う為、あまり話したことが無い。

ルックスは校内トップ20圏内レベルなんだけど、言葉や行動が乱暴で、短気で喧嘩っ早いので、校内では孤立をしている。家が貧しいって噂なのに、札束の入った財布を持っているのは、明らかに変である。

・・・てか、噂によると、「幼児体型」と口を滑らせた教諭を殴ったり、「貧乳」とからかった男子を蹴飛ばしたり、「まな板」と罵った他校の生徒を病院送りにする等、そのたびに停学処分を受けているので、高校2年生は、今年で3回目の強者なのだ。


「あの・・・ァタシ達ゎ行ってイイの?」

「あっ!ごめんなさい、チェックの途中だったね。

 所持品に問題無し。2人とも合格だよ。」


熊谷真奈から後回しにされていた紅葉と亜美は、風紀チェックの催促をして合格をもらい、生徒玄関に入る。




-2年B組-


教室に到着した紅葉は、本日の日直だった事に気付いた。日直は、教務室の副担任のところに学級日誌を取りに行かなければならない。日誌には‘本日の出来事’を書く欄があるのだが、書き込むことの自由度は高くて‘本日の出来事’以外でも‘今、気になっていること’や‘世間の話題に対する自分なりの解釈’を書いても良い。真面目に書き込む日直もいれば、ネタや突拍子も無いことを書く日直もいる。前者タイプは亜美、後者タイプは紅葉になる。

高校1年生の時は、紅葉と亜美は別のクラスだった。紅葉は1年時2学期の日誌に、「桃太郎に倒された鬼の正当性と桃太郎の罪」ってタイトルで、2ページ(翌日のページも使って)に渡って壮大な独自解釈を書き連ねて、「視点が面白い」「考え方が特殊」とクラス中の話題になったが、日誌に書くべき内容を豪快に逸脱していた。

そんなわけで、同じクラスになってからは、毎回、紅葉が日直の時は、亜美が最終チェックを入れて‘視点が一般的’な文章になるまで、何度も書き直しをさせている。・・・ていうか、最近では、亜美の言う文章を、紅葉はそのまま日誌に書いている。


「日誌を取りに行かなきゃ!

 ゆーこセンセー、苦手なんだよな~!アミ、一緒に付いてきてっ!」

「そのくらい、一人で行けるでしょ!」

「ちぇっ!アミのぃぢわるっ!」

「時間が無いから、サッサと取ってきなよ!遅れると、三波先生に怒られるよ!」


紅葉は、亜美に促されて、渋々と一人で学級日誌を取りに行く。ちなみに、‘ゆーこセンセー’とは、副担任の三波裕子先生の事である。新卒の若い先生で、いつもニコニコと菩薩のように笑顔を絶やさないのだが、紅葉曰く「表面だけを笑顔で飾った超腹黒女」らしく、紅葉は上っ面と腹の中に大きな差のある人(紅葉の独自評価)には苦手意識を持っている。




-教務室-


紅葉が到着して扉を開けようとしたら、内側から扉が開いて、紅葉は後光に照らされたとような錯覚を感じた。ラスボスのような風格を漂わせた後光の主は、紅葉と目を合わせると、ニコリと微笑んで会釈をして、踵を返して教務室側にも会釈をして、紅葉と入れ違うようにして廊下に出た。すれ違い際に、フワリと美しい長髪がなびき、まるで、たった今、洗髪をしたのではないかってくらいのシャンプーの良い香りがする。亜美の言う「女子力が高い」や、美穂が言った「優等生」とは、彼女のような人を言うのだろうか?


「おはようございます。アナタは、2年B組の源川さんですよね。」

「ぇ!?ァタシを知っているの!?」

「人望有り、行動力有り、学力は・・・まぁ、そこそこ。

 今は、文化祭実行委員・・・

 以前から、来年度の生徒会に入って欲しいと思っていました。

 年が明けたら、正式にリクルートに行くので、

 頭の片隅にでも入れておいてくださいね。」

「ァタシが生徒会?なんかメンドウくさそう!

 そ~ゆ~の、ァタシより、ァタシの友達の方が向いてるのにっ」


優等生の名は葛城麻由。学業の成績は学年トップ。自分がトップになるだけでは収まらず、所属する2年A組を鼓舞して、定期テストの平均点を、学年でダントツのトップに引っ張り上げるカリスマと統率力の持ち主。

未成年の分際で億単位の資産を持っているらしい。高校2年生でありながら、類い希な人望、及び、先生達からの信頼が高く、3年生の先輩方を差し置いて、生徒会長をしている。ルックスはS級美少女の紅葉と同等で、間違いなく校内トップ3に入る。スリーサイズは紅葉と同じくらいだが、身長は亜美と同じくらいで、容姿端麗、学業優秀、人望有り。男子からの人気はかなり高いが、ツンとお高く止まったイメージがあるので、告白をされた経験は、紅葉よりも少ない。


「ひゃ~~~・・・同性のァタシから見ても、いつも素敵な人だなぁ~。

 でも、なんでかヮカラナイけど、チョット苦手なタイプかなぁ?」


これはあくまでも噂の域を出ないのだが、水戸英治郎校長と西村光圀教頭は麻由の飼い犬とか、他の60代後半の教諭も麻由の言うなりとか、ジジイキラーとか、教務室の隣に時代錯誤な宿直室があって校長のポケットマネーでスィートルーム並に豪華だとか、宿直室の鍵は麻由が管理をしているとか、資産家の理由は跡継ぎの無い金持ちのが麻由の色気に溺れて全財産を相続させたとか・・・まぁ、どれもこれも、容姿端麗・品行方正・優等生・資産家で、何一つ欠点の無い麻由を妬んだ、根も葉もない噂だろう。



-数分後-


「じゃ、これ(学級日誌)、お願いね。

 あと、今日は朝礼の時に配布するプリントがあるから、持って行って欲しいの。」

「あっ!・・・は~ぃ!ヮカリマシタぁ~。」


副担任の裕子先生から日誌と配布プリントを受け取って、教務室から出た紅葉は、途端に青ざめて挙動不審になる。スッカリ忘れていたのだが、1年生の時とは違って、2年生になってからは、葛城生徒会長の提案で、日直は朝礼の司会をして、5分程度のスピーチをしなければならない。たいていの生徒は、世間を賑わせている政治経済関連や芸能ニュースや国際問題についての自分なりの解釈を発表する。他のクラスや他の学年にリサーチをして、クラスの良い点や改善点を発表する生徒もいる。たま~に、漫談や手品などを披露する強者もいるが、スベりまくって失笑をされるのが毎度のパターンだ。


「やっべぇ~!朝礼で何を話すか、全然決めてなかったっ!」


教室に戻った紅葉は、亜美に相談をするが、さすがに朝礼開始まで5分も無い状況では、亜美には満足なアドバイスをする余裕も無い。


「北にある国のキムについて話せば?」

「きむ?何した人だっけ?アミの知り合い?」

「え!?知らないの?ニュース見ないの?中東のテロについては?」

「テロゎダメな事って言えば良いかな?」

「そうなんだけど、色々とややこしい宗教問題や国際情勢が絡んでるから、

 それだけで終わらせちゃダメ!

 キチンと話せば5分じゃ足りないスピーチになるのに、

 紅葉が話すと2秒で終わっちゃうね!

 sdgsやチャットGPTのことは・・・?」

「SDってスーパーデフォルメだっけ?ちゃんとPTAってなに?」

「こりゃダメだ!

 紅葉がチャットGPTを知ってたら、

 きっとスピーチに内容を全部作らせちゃってるね。

 何でも良いから知ってることを話しなよ!」

「ぅん、ならそ~するっ!」

「どうせ、誰もちゃんと聞いてないだろうから、

 知ってる事で4~5分保たせれば良いよ!」

「ぇ?・・・誰も聞ぃてなぃんだ?」

「そりゃそうでしょ!

 みんな、大したこと話せないんだから、興味を持って聞く人なんて殆どいないよ。

 皆をキチンと聞き入らせる話術を持った人なんて、

 2年生では、A組の葛城生徒会長くらいしかいないんじゃない?」

「ふぅ~~~ん・・・そ~言えばそうかもね。

 セートカイチョー、話すの上手ぃもんね。」


担任の北村星司先生と副担任の三波裕子先生が教室に入ってきて、日直の紅葉が司会をして、朝礼が始まる。先ずは点呼を取り、続けて日直のスピーチになる。

結局、何を話すかは決まっていない。何を話しても、誰もちゃんと聞いてくれないんじゃツマラナイ。だったら何をすれば面白くなる?


紅葉は、教壇の上に立ったまま、目を閉じて数秒ほど思案をして、何かを閃いて目を開け、ニィッと笑顔になった。

そして、ポケットから取り出したスマフォ画面をタッチして、何かを選んでから、ボリュームをMAXに上げ、足でリズムを取り、口の前で右手を握ってエアーマイクをイメージする。しばらくして、スマフォから皆が聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。紅葉が、カラオケに行った時に十八番にしている‘3人組テクノポップユニットの曲’だ。


「面白ぃスピーチが思ぃつかなぃので、代わりに得意な歌を歌ぃま~すっ!」


♪~~~


今まで、朝礼時に歌を披露する日直はいなかった。北村先生と三波先生は目を点にして呆気に取られ、亜美は親友の暴挙(?)に赤面をして俯く。


「歌・・・?まぁ、禁止ではないけど、こう来るとは思わなかったわね。」

「だけど、結構、上手いな!」

「クレハのバカァ~~・・・なんで、そうなっちゃうのよ?」


クラスメイト達は・・・最初は呆然として、日直を眺めていたが、歌い手の上手さに惹かれて、徐々に聞き入り、曲に合わせて手拍子と体でリズムを取り始める。校内トップクラスの美少女が、アイドルになりきって、聞き馴染みのある曲を、一定以上の歌唱力で披露しているのだ。これに乗らない理由は無い。中には歓声を上げる者もいる。一方の紅葉は、クラスメイトがノってきた事に煽られ、調子付いて、歌に合わせて身振り手振りを加え始めた。


♪~~~


「朝礼の時間に何事か?」と2年A組、及び、2年C組の先生や生徒が、興味津々にB組を覗き込む。野次馬の中には、2年A組の葛城麻由や熊谷真奈、2年C組の桐藤美穂の姿もある。


♪~~~


「な、何で、朝礼中に歌?

 相変わらず、目立っているというか、むしろ、怖い物知らずというか・・・

 私が源川さんに感じた将来性は、こんな方向じゃないのですが・・・。」


葛城麻由は、乱心(?)中の紅葉を、眺めて、先生方と同様に呆気に取られている。優等生な麻由にしてみれば、有り得ない光景なのだ。紅葉を見ているうちに、徐々に怒りがこみ上げてくる。穏やかな優等生顔が引きつり、拳は握りしめられて小さく震えている。

今の麻由は気付いていないのだが、その怒りは、バカな事をやっているダメ生徒(紅葉)に対する失意の怒りではなかった。今まで、朝礼時に歌を歌った生徒はいなかったが、手品や漫談をやってスベりまくった生徒は何人かいた。朝礼に一芸は失敗をする。当然、歌も失敗をするに決まっている。そんな先入観があった。だが、どうだろう?スベるハズと思っていた歌がウケている。歌もスベるという先入観が間違えていたのか、それとも、紅葉の魅力がスベるバズの行為をウケさせているのか?どちらにせよ、紅葉に出し抜かれたという気持ちでいっぱいになる。


♪~~~


「禁止はされていないけど、チョット度が過ぎているというか・・・。

 葛城さん、どう思う?」


熊谷真奈は、困惑をした表情で、葛城麻由に感想を求める。内心では面白いと思っているが、こんな軽挙妄動を、‘朝のスピーチタイム発起人’の麻由が求めているわけが無いことも知っている。麻由の険しい表情を見た真奈は、「これは、後々荒れそうだな」と察して口を噤み、紅葉のミニライブを眺める。


♪~~~


「へぇ~・・・アイツ、さっき見た時は、

 優等生かと思ったけど、違ったみたいだな。

 面白いヤツじゃん。チョット、気に入っちゃった・・・かな。」


桐藤美穂は久しぶりに目を輝かせて笑っていた。周囲とは距離を置いていた美穂は、最近は冷めた作り笑顔を見せる事はあっても、温かい笑顔を見せる事など無かった。歌唱中の紅葉を見て楽しそうに笑い、慌てて「この表情は私のイメージではない」と、しかめっ面を取り繕う。留年2回で、3度目の高校2年生。小中学時代の同級生も、入学時の仲間達も、もういない。今更、新しい仲間なんて作るつもりは無かった。だが、源川紅葉という存在には、少し興味が湧いてきた。紅葉は偉業を成し遂げたわけではない。ただ単に、突飛な行動で、周りを驚かせただけだ。しかし、それで充分だった。紅葉と居れば、面白くも何ともない学園生活が、再び面白くなるかもしれない。美穂は、そんな想いに駆られる。


♪~~~


‘モーニング・ミニミニライブ’を終えた紅葉が廊下を見たら、いつの間にか野次馬が集まっていた。


「皆、ぁりがとぅっ!」


紅葉は少し驚いたが、、ツインテール揺らして頭を下げ、教室内と廊下に愛想良く挨拶したら、拍手が鳴り響く。少数だが、悪ノリをして無責任に「アンコール」を要求する生徒もいる。

北村先生と三波先生どころか他の教室の担任まで集まって「静かにしなさい」と声を張り上げて沈静化させ、生徒達は、それぞれの教室に戻るのであった。

‘祭り’の余韻が残るB組の教室では、北村先生&三波先生が、騒ぎの元凶となって、すっかり御機嫌な紅葉を注意する。


「なあ源川、おまえに歌唱力と、人を乗せる才能があるのは解ったけど・・・」

「場所をわきまえないとダメよ。こ~ゆ~事は、文化祭やカラオケでやるの。」

「はぁ~~~~ぃっ!!」


どうにか言い聞かせ、北村先生の「それじゃ授業を始めるぞ~!」の一声で、2年B組の教室に静寂が戻った。




-2年D組-


窓際で後ろから3番目の席で授業を受けながら、尾名新斗は不貞腐れていた。


(源川紅葉・・・・ちょっと可愛いからって、チヤホヤされやがって!!)


学力は普通だが、体力は学校全体でも最底辺で帰宅部。ルックスは並だが、色白で、覇気がある表情とは言いがたい。口は妙に達者だけど、根暗で社交性は限りなくゼロ。趣味は萌アニメ鑑賞と美少女フィギュア集め。そして妄想世界に耽る事。クラス内での発言力はゼロに等しい。それでいて肝心の本人は「悪いのは、人を見る目が無い他の奴等」「俺まだ本気出してないだけ。いつか必ず大物になる」と、根拠のない自信に溢れてる。

紅葉への妬みも、前に勇気を出してラブレター渡したけど呆気なく玉砕したからである。「愛しさ余って、憎さ百倍」って事だ。振られた原因は、決して嫌われてたからではない。むしろ紅葉としては「ちょっと変ゎってるけど、悪ぃ子ぢゃなさそぅ」と思っていた。

ただまあ、紅葉が「愛しの60番様との再会」を夢見る思春期真っ盛り乙女。もしくは厨二病こじれすぎ娘だから、相手が誰でも振っちゃうのである。病院の内科部長の息子、部活動のエース、超絶にギターが巧いイケメン、そんな一握りのエリートから、新斗のような凡人まで、軽く見積もっても20人ちょいの男子が見事に玉砕してしまった。


(諦めないぞ・・・・・いつか必ず・・・・)


授業も上の空で、脳内恋人の紅葉との妄想に耽りだす新斗。その足元に、不気味な装飾が施された手鏡が転がっていた。どの女生徒の私物でもない。こんなにも目立つ物が転がってるのに、誰1人、その存在に気付いていない。


≪ォォォォォォ・・・ンンンン・・・・・≫


手鏡が不気味な唸り声を発したら、新斗の全身から湧き出た‘誰にも見えない闇’が鏡面へグングン吸い込まれていく。


(ん?・・・声?)


新斗だけに唸り声が聞こえ、足元を見たら手鏡が転がっていた。「なんで」「女子の私物?」と思い、周りを見廻してから拾おうとして再度見たら、手鏡は無くなっていた。窓から差し込んだ光と見間違えた?新斗は小さく首を傾げてから、板書に視線を戻した。



-2年B組-


「・・・んぇっ?」


ノート筆記中の紅葉のアホ毛がピクンと揺れた。何かを感じ取ったので、露骨にならない範囲で周囲を見廻すが特に変わったことは無い。ミニライブの熱気が、まだ残っていたのかな?違和感は一瞬だけで、もう何も感じないので、ノート筆記を再開する。




―その日の夜―


親に言われて嫌々ながら通ってる学習塾から解放された新斗が、力ない足取りで堤防道を歩いてた。帰宅してメシ食って風呂を済ませたら、今度は宿題が待ってる。しかも苦手な数学だ。ウンザリしてしまう。


「よぉ、金庫その1~っ!!」


そのウンザリ感に、さらに拍車をかける事が起こった。不意に後ろから声をかけてきたのは、優麗高の3年生。他校にも悪名を轟かせている座古園一(ざこ そのかず)と園次(そのつぐ)と言う双子の不良だった。

去年の春、この兄弟は新入生の紅葉に目を付け、力尽くで関係を迫ろうとしたが、結果は散々だった。ブチ切れた紅葉から反撃され、逃げようとして高いところから墜落して重傷を負い、完治に数ヶ月を要した。それで留年をして、2回目の3年生である。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・」


新斗は、この兄弟が大の苦手だった。出会っただけで顔が引きつり、手足がブルブルと小刻みに震えてしまう。そんな新斗に近寄った園一が、いやらしい笑顔を浮かべながら肩に手を回す。それなり鍛えて腕力あるので、新斗の痩せた身体がフラフラ揺れた。


「こ・・・こんばんは・・・・」

「あのさあ、俺等パチンコでスっちまって文無しなんだよねえ」

「憐れな俺達に、お小遣いくれたら感謝しちゃうなあ~っ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いくら?」

「無理は言わねえよ。有り金全部」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


尾名新斗は小金持ちの息子で、小遣いには不自由してない。その所為で兄弟に目を付けられて、「金庫その1」なんて有り難くない渾名で呼ばれ、かなり頻繁にカツアゲされていた。口ごたえしようものなら殴る蹴るの暴行を受けるだけ。無駄に高いプライドが災いして、誰にも相談できない。新斗は渋々と財布を取り出して数枚の万札を渡した。


「ありがとよっ!じゃあな~っ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


嬉々として去って行く兄弟の後姿を、引きつった笑顔で眺める新斗。脱力してガックリ膝をつき座り込んでしまう。


「憶えてろ・・・何時か必ず・・・・・

 その『何時か』って、ホントにあるのかよ?・・・・くそ・・・くそっ!!」


様々な負の感情が心を吹き荒れ、朝の教室で湧いて出ていた‘闇’が全身を包む。しかも、これまでにない量であった。足元で何かが反射をして、新斗の顔を照らす。


「ん?・・・・・手鏡?」


何時の間にか、不気味な装飾の手鏡が足元に転がってた。授業中に一瞬だけ見た鏡と同じ物のよう思えるが、朝より二廻りも大きく感じる。


「見間違い・・・かな?」

≪恨ミ、聞キ入レタリ・・・・≫


声が聞こえたので周囲を見廻すが誰も居ない。再び鏡を見つめた新斗は、鏡から声が発せられていることに気付く。


「ええっ!?」


地獄の住人にとって、人間の発する負の念は、香ばしい臭いを放つ食事。強い負の念に引き寄せられ、地獄の住人は出現をして、食事の供給元に取り憑き乗っ取る。それは、人間界では‘妖怪’と呼ばれている。

新斗は知らない事だが、鏡は、ここ数日ずっと新斗に付きまとって湧き出る負の感情を吸い続けて成長していた。そしてエネルギーが満タンになり、新斗を依り代に実体化しようとしているのだ。


≪暴レロ・・・・・発散シロ・・・・怒リノママニ・・・・≫

「何だ、これ?・・・・・・ううっ・・・」

≪ゲッゲッゲッゲッ・・・・・実ニ美味イ憎シミダ

 サア・・・俺ヲ手ニシロ≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


新斗の目と表情が催眠術にかかったかのように虚ろになり、手を伸ばして手鏡を持つ。その途端、不気味な笑い声が新斗の口から漏れ、手鏡を片手に力強く立ち上がり、夜空を仰いで絶叫をした。


「おおお・・・うおおおおおおおお!!!!」


異変に気がつく事なく、まんまと小遣いをゲットした座古兄弟は、堤防道をバカ笑いしながら並んで歩いていた。すると、行く手に立ち塞がるかのように、‘金庫その1’が突っ立っているではないか。


「どうした金庫!?何か用か!?」

「まさかとは思うけど、金を返せとか言うつもりじゃないよな?」

「そのつもりなら構わないけど、これを機にシッカリと躾をして、

 お小遣いの値上げを要求することになるぜ。」

「まぁ、コイツにそんな度胸なんてあるとは思えないけどさ。

 ・・・・・・あれ?ちょっと待て。」


新斗を小馬鹿にしていた座古兄弟が違和感に気付く。何時の間に追い抜かれた?


「実は良いモノ持ってたんだ。分けてあげる。」

「良いモノ?」

「・・・・・・・・・・・・クククククク」

「あん?何だコイツ?」

≪ゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ・・・・

 甘美ナ絶望ノ叫ビ・・・・・焼ケテ爛レタ肉・・・・ゲゲッ、ゲッ≫

「・・・・・・・なに言ってんだ?」


首を傾げるDQN兄弟。その目前で、新斗が一際甲高くて不気味な雄叫びを上げたかと思うと、見る見るうちに身体が闇に包まれて変貌を開始した!

丸くてつぶらな瞳、丸い耳、獣じみた顔、服が千切れ飛び、顔にも全身にも茶色い毛が生える!腹が突き出る!頭に巨大な編み笠が被さる!手には大きな酒徳利!そして最後に、宙に浮かんだ手鏡が腹に埋め込まれた!新斗の姿が妖怪・雲外鏡(うんがいきょう)へと変貌を遂げる!!


「何だ、こいつっ!?」

「ひぃぃっ!バケモノだっ!!」


本能が発した「こいつマジでヤバい」って警告に従い、双子DQNは来た方へ向きを変えて走りだした!その様を目を細めて眺めてた雲外鏡は、見た目に合わぬスピードで追いかける!2人の傍らを一陣の風が過ぎ、瞬間移動にも等しい速さで前方に回り込んで立ち塞がった!


「くそっ・・・・死ねコラァっ!!!」

≪ゲッゲッゲッゲッゲッゲッ≫


園一が、常に隠し持ってるスタンガンを取り出した!慣れた手つきでスイッチを入れ、絶叫を上げながら殴りかかって、雲外鏡の胸に渾身の一撃を叩き付ける!だが、精一杯の反撃は無駄に終わった。並の人間なら感電で脱力してしまうが、雲外鏡は蚊に刺されたほどにしか感じてないらしくてケロっとしている!そして片手で軽~く突いたら、園一は悲鳴を上げながら2mばかり吹っ飛ばされてアスファルトを転がった!隣にいた園次は、その場で腰を抜かしてしまう!

雲外鏡が不気味な笑い声を上げて、戦意を喪失させた座古兄弟に襲いかかる!




―紅葉の部屋―


紅葉の平和な1日も後半戦。晩ごはんの後に風呂を済ませ、スエット姿で、トレードマークのツインテールが解けてアホ毛だけピョコンと立っている。今は、宿題を適当に攻略している最中なのだが、なかなか集中が続かなくて、少しばかり休憩をする事にした。ベッドに寝転がってスマホをいじり、Facebookを眺めて友達の書き込みに一通り【いいね】して、その後は動画サイトでギャグアニメを観る。


「ぁひゃっ・・・・ぁっひゃっひゃっ!!は、腹ぃてぇ~~~~~!!!」

「何時だと思ってんの!?静かにしなさい!宿題は終わったの!?」

「は~~~ぃっ・・・・ぷくくく・・・ぁっひゃっひゃっひゃっ・・・」


笑い声が大きすぎて、母親から苦情を貰ってしまった。紅葉は、必死で笑いを堪えつつ観賞をする。主題歌が気に入ったんで、「今度、カラオケで挑戦しよう」と決め、ググって歌詞とメロディーを頭に叩き込む。

それにしても不思議だ。勉強は大変だし忘れちゃうのに、こ~ゆ~事は乾いた砂が水を吸うように脳へインプットされる。しかも忘れない。何でだろう?・・・などと思ってた最中、不意にアホ毛がピクンと震えた。続いて不気味な獣が人を襲うビジョンが頭に飛び込んでくる。


「んぁっ?ヨーカイっ!?」


スマホを握り締めたまま、サッシを開けてベランダに飛び出して精神を集中した。場所は河川敷の道で、妖怪は雲外鏡のようだ。

タイミングが悪いヤツだ。あとちょっとアニメ鑑賞を楽しんでから、集中して宿題をしようと思ってたのに、妖怪の所為で宿題が後回しになってしまった。


「ふぃ~・・・でも、任務!やらなきゃっ!」


紅葉は小さく溜息しつつ、腹を据えて出動する事にした。人知れず妖怪の脅威から人々を護る文架市の守護神。親にも亜美にも内緒にしてる、紅葉の裏の顔である。


「緊急出動だぁっ!!」


スエット姿で出動するのはチョット恥ずかしいが、私服のコーディネイトは面倒なので、学校のブレザーに着替える。次に勉強机の片隅に置いてある小さな鏡に向かい、ゴム紐で手際よく髪を縛って、トレードマークのツインテールを完成させた。

親を気にしつつ玄関へ行って、靴を持って来る。スマホをポケットに入れて準備完了!身支度を整えた紅葉は、足音を忍ばせてベランダへ出て靴を履いた。マンションの5階だけど、彼女には関係ない。


「とぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~っ!!」


全く躊躇せず、柵を乗り越えて飛び降りる!迫るアスファルト!途中でクルクルっと回転し、着地寸前に気合いを発すると、淡いオーラを全身から発して減速!フワリと音もなく着地を決め、一目散に駐輪場の自転車へ向かう!そして愛車に跨ってから辺りを見回して誰も居ないのを確認してから、スマホ画面に指を滑らせて画面に『ベルト』と書き込んだ!

そのスマホは、市販のスマホと同じ形をした【YOUKAIスマホ(以後、Yスマホ)】と呼ばれる全くの別物だ!


紅葉の腰がピンク色に発光。それが実体化してバックルが和船を模した【和船ベルト】になる。同時に【紅】と書かれたメダルがYスマホの画面に浮かんで実体化して真上に飛んだ。頭上で煌々と照ってる月の明かりを反射しながらを落ちてきた紅メダルを受け止め、ベルトの帆の部分に嵌めこむ。


「げ~んそうっっっ(幻装)!!」


☆ぽわ~ん キラキラ きらきらりぃ~ん☆ 

背景がピンク色になり、虹が現れ、お星さまが飛び交い、派手なエフェクトが発生。紅葉の全身が眩しい光を発して『映像的に何とな~く全裸っぽく見えるけど、ハッキリとは描写しませんよ』って状態になり、続いてクマとかウサギとかゾウとかネコとか、ぬいぐるみの動物達が何処からともなく現れ、それぞれが手にしてるザルから色とりどりの紙吹雪を掴んでは撒き散らし、それが渦のように舞いながら紅葉の全身を包み込んだ。中から、メインカラーがピンクで【(中世日本の鎧武者+女忍者)÷2】のプロテクターとマスクで覆われた異形の戦士が出現!Yスマホを左手甲のホルダーに収納!妖幻ファイターゲンジに変身完了!

同時に自転車も眩しく輝いて、ホンダのモトコンポがベースの【☆マシン綺羅綺羅☆(命名者、紅葉)】に変形した!


「妖幻ファイターゲンジ、☆マシン綺羅綺羅☆!!行きまぁ~すっ!!」


駐輪場から道路へ延びる通路を静かに進んで一時停止。歩行者と車が来ないのを確認してから走りだす。


「んん?やばっ!雲外鏡が動ぃてるっ!河川敷から町中に移動してる?

 確か、そっちの方向にゎ!・・・急がなぃとヤバぃ!」


ゲンジは、空気というか、雰囲気というか、ニオイというか、勘というか・・・まぁとにかく、本能的に妖怪の居場所を感知する事が出来る。河川敷で発生した雲外鏡が町中に移動中=人が多いところで食事をする(被害者を出す)つもりだ。

【☆マシン綺羅綺羅☆】は形的にはホンダのモトコンポだが、中身はカラッポで、エンジンもガソリンも積んでいない。中身を明確にイメージできないものは‘それなり’にしか召喚できないのだ。したがって、ゲンジの妖力で動いている。

要は、乗り物は、ローラースケートでも、円盤でも、ロボットでも、竹馬でも、雲でも、ゲンジが‘動くイメージ’をして、自前の妖力で動かせれば何でも良いんだけど、「なんとな~く、ヒーローはバイクが定番かな?」って理由で、モトコンポをチョイスしたのだ。あと、まぁ・・・オートバイと原チャの違いは、「大きさと形が違う」以外は解っていない。




-ファミレスDOCOS(亜美がバイトしてる店)の駐車場-


「きゃぁっ!・・・ひぃぃ!!」


バイトを終えて店から出てきたばかりの平山亜美が、青ざめた表情でガタガタと震えながら2~3歩後退り、腰を抜かして、地面に尻もちをつく。眼前には、編み笠を被って、徳利を持った小太りの狸が立っており、あきらかに、「自分に害を及ぼす」って雰囲気で、亜美を見つめている。突然、目の前に出現した狸みたいな怪物を、目では理解しているのだが、思考が追いつかない。

雲外鏡は、嬉しそうな目で、ヨダレを垂らしながら、逃げ道の無い弱者をなぶって楽しむかのように、ゆっくりと亜美に近付く。


《ゲッゲッゲッゲッゲ・・・さっきの奴らよりも美味そうだな》


ファミレス店内からは死角になる為、店の客達は、駐車場で起きている事には気付いていない。しかし、ただ一人だけ、「これは只ならぬ事」と把握して、見えにくい死角から、遠目に外の状況を観察する少女がいた。桐藤美穂である。

近所で、ドリンクバーのあるこの店は、美穂にとっては、一人で時間を潰せる馴染みの店だ。以前から、同学年の生徒(亜美)がバイトをしていたのは知っていたが、特に興味も無く、優等生と仲良くする気も無かったので、注文と会計以外の会話をした事は無かった。あっちはあっち(亜美)で、あくまでも客扱いをするだけで、校内で腫れ物扱いをされている美穂と、特別に交流を持つ素振りは見せなかった。

だが、今は、「無関係」とスルーをして良い時ではなさそうだ。巨大狸の殺意が、あきらかに同校の生徒に向けられている。

血の匂いがする直前の、平常が壊れようとしている緊張感は、今までに何度も経験をしている。今が、その時なのも解る。このまま放置をすれば、バイト帰りの少女は、狸の化け物に殺される。


「やれやれ・・・面倒くさいけど、

 さすがに、目の前で知ってるヤツが襲われちゃ、あとあとまで気分悪いし、

 なんとかしなきゃかな。」


ただの少女に、凶悪な妖怪を撃退する事が出来るのか?と言われれば、それは不可能である。しかし、彼女はただの少女ではない。その眼は、巨大狸と渡り合える自信に満ちている。

ポケットの中からカードケースを取り出して、真横の窓ガラスに向け、何かを念じる。他の客達には感知できないが、その窓ガラスだけが乳白色に濁って、純白の翼が雄々しく広げた白鳥型のモンスターが映り、美穂の‘次の指示’を待つ。美穂が「いけ!」と念じかけたその時!


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!

 アミぃぃぃっっっっっ!!!」


【(中世日本の鎧武者+女忍者)÷2】みたいな格好をした変なヤツが、奇声を上げながら突進をしてきて、巨大狸に体当たりをした!妖幻ファイターゲンジの登場だ!

☆マシン綺羅綺羅☆だと、チョット間に合いそうに無かったので、途中からは走ってきた。ゲンジが念じて妖力を注げば、☆マシン綺羅綺羅☆は、時速100キロでも、音速でも、光速でも走れるのだが、バイクに乗るからには、法定速度の30km/hは守らなければならない。そんなわけで、☆マシン綺羅綺羅☆は、近所の鎮守の森公園に乗り捨てて、残り2~3キロくらいは、全速力で突っ走ってきたのである。要は☆マシン綺羅綺羅☆で移動するよりも自分で走った方が早いのだ。


店内で身構えていた美穂は、咄嗟に、窓ガラスに映っている白鳥型モンスターに「待て」と指示を出して、状況を見守る。自分以外にも‘この状況を打破できる者がいる’とは思っていなかった。しかし‘自分にそれが出来る’ように‘他にも同じような存在’がいても不思議ではないと判断をした。


「何なのかは解らないけど、

 とりあえず、アイツ(亜美)を殺しに来たのではなさそうだ。」


ゲンジに体当たりをされて尻もちをつく雲外鏡!亜美を守るようにして雲外鏡の前に立つゲンジ!呆けた表情でゲンジと雲外鏡を見つめる亜美!


「ダイジョブだった、アミ?危なかったねぇ!怪我ゎ無ぃ?立てるょねぇ?」


何故、目の前の異形(ゲンジ)が自分の名前を知っているのか?フレンドリーに声をかけてくるのか?ってか、その口調で、正体を隠す気あるの?等々、冷静に考えれば違和感だらけなのだが、さすがに被害者になりかけた今の状況では、気付く余裕は無い。


「あ・・・ぁぁ・・・・・は、はい・・・あ、ありがとうございます」


対峙するゲンジと雲外鏡!美味しそうな食事の妨害をされた雲外鏡は、怒りを露わにしてゲンジに飛びかかる!ゲンジは雲外鏡の突進を回避しつつ、拳を2発ほど叩き込んだ!雲外鏡は殴られた腹を押さえて数歩後退するが、直ぐに体勢を立て直して身構えた!


「さすがにパンチぢゃ倒せないかっ!」


ゲンジが、左手甲に収納されたYスマフォの画面に、指で『刀』と書くと、ゲンジの手に薙刀タイプの武器=巴薙刀が出現!武器を頭上で振り回して、奇声を上げながら、雲外鏡に突進をする!


「とぇぇっっ!!やぁっっ!!」


威勢は良いんだけど、まるで腰が据わって無くて、足がおぼつかなくて、武器を振り回しているのか武器に振り回されているのか微妙で、なんかとっても可愛い・・・と言うか無様!

見栄えを良くする為に、慣れない武器を振り回しながら使うもんだから、まっすぐに振り下ろせずに、遠心力に負けて切っ先が横になってしのぎが当たったり、反対側の石突がぶつかったりして、雲外鏡には大してダメージが無い。


「あ~~!使いにくいっ!やっぱ、パンチでイイやっ!!」


ちょっとイライラしてきたので、巴薙刀を投げ捨てて、結局は徒手空拳でぶん殴る。


《ゲッゲッゲッゲッゲ!》


細身のゲンジと、肥満気味の雲外鏡の殴り合い。単純な体格差で考えれば、雲外鏡の方がパワーが有るのだが、ゲンジの鋭い拳を喰らって、徐々にダメージが蓄積されていく。

雲外鏡の攻撃も、何発かはゲンジにヒットするが、見た目のプロテクター&潤沢な妖力で覆われたゲンジは、防御力には優れているので、全くダメージを受けていない。雲外鏡からしてみれば、変な格好をした人間如きが、自分と互角に戦っているってのは考えられない。


《コイツ、何者だ?》


雲外鏡の腹に埋め込まれた手鏡には、‘正体を映し出す’効果がある。着ぐるみのネコや、ヒーローショーの正義の味方や、テーマパークの人気キャラを鏡に映せば中に入っている人間が映る。やけにゴッツい女の人を映せばオッサンが見えるときもある。この鏡を前にして、正体を隠し続ける事は不可能。


《暴いてやる!》


雲外鏡は腹の鏡に妖力を溜めて、ゲンジを映してみた。鏡に映ったゲンジは、全身にモヤモヤとした霧状の物(=妖力の鎧)を纏っている。外観が妖力で編まれたプロテクターだという事は、妖怪の雲外鏡にしてみれば、わざわざ鏡に映さなくても解る。問題は、その内側である。鏡に妖力を集中させて、鏡の中のゲンジの妖力の鎧を剥ぎ取ろうとする。


《ゲッゲッゲッゲッゲ・・・妖力の中が見えない?》


だが、ゲンジが纏っている妖力が強すぎて、いくら鏡に妖力を送っても、正体が映らない。その事実から解る事は、雲外鏡の妖力よりも、ゲンジの妖力の方が強いという事だ。しかも、妖気負けをして剥ぎ取れないのは、あくまでもゲンジの鎧だけ。つまり、中身の真価は全く把握できない事を意味している。


《ゲッゲッゲッゲッゲ・・・バカな!オマエ・・・一体何者?》


妖力の絶対値で完敗だ。ゲンジが戦いに慣れていないから、何となく互角っぽく戦えたけど、単純な妖力値だけで考えれば、会った直後に瞬殺をされても「当たり前」と言い切れるほどの、どうにもならない差なのだ。たまたま負けずに済んだだけで、このままでは、勝つ事は絶対に不可能。どう頑張っても、ゲンジの防御力を貫けない。

雲外鏡は、数歩後退した後に、ゲンジに背を向けて、大慌てで河川敷方面に向かって逃走を開始する!


「ありゃ?逃げるの??・・・なんでぇ?」


妖怪の突然の逃走を見て、拍子抜けをして、呆気に取られたまま見送ってしまうゲンジ。しかし、怯えている亜美の姿を見て、直ぐに気持ちを切り替える。親友を危ない目に遭わせようとした妖怪を、このまま生かしておくワケにはいかない。

Yスマフォの画面に指を滑らせて『神鳥変化』と書き込んでから、掌を正面に向ける!妖力の球がゲンジの正面で広がって八卦先天図を形成した!八卦先天図に向かって突進をするゲンジ!八卦先天図を突き抜けたゲンジは、神々しい光の鳥に変化!大きな翼を広げて飛び立ち、あっという間に、堤防斜面あたりを逃走中の雲外鏡に追いついた!


「ひっさぁぁ~~つ!!ウルティマバスターッッッッッッッ!!!!!!!!!」


光の鳥が、雲外鏡に体当たりをして弾き飛ばした!直撃を受けた雲外鏡は、空中に投げ出される!


《ゲッゲッゲッ・・・うぎゃぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっ!!!》


ファミレス駐車場では、亜美が「何が起きているのか理解できない」表情のままで、堤防上空で飛び上がった光る鳥と狸を眺めている。


「一体・・・なんなの?」

「アンタ、優高の2年生だろ?ちょっとヤバかったみたいだけど、怪我は無いか?

 良く解らないけど、面白い物を見させてもらったよ。」


いつの間にか隣には美穂が立っていた。亜美と同じように堤防上空の光の鳥を眺めている。亜美は、美穂を見て「そう言えばお客さんで来ていたんだっけ」と改めて思い出した。今朝の学校では威嚇されたし、元々あまり好きなタイプではないが、怖い思いをしたあとの所為なのか、知り合いの顔を見て少し安心をする。


「う、うん・・・大丈夫です。

 ‘面白い物’とは思えないけど・・・。」


一方、体当たりで宙高く吹っ飛ばされた雲外鏡は、全身にオーバーキルなダメージを受け、肉体を維持できなくなって黒い霧に変化をして、山頭野川に落ちていった。黒い霧の中に固形物(憑依された依り代)が入っていたような気がするけど、もう夜だし、よく見えなかったので、何だったのか良く解らない。


「でも、ヨーカイゎ倒せたし、アミゎ守れたから、今日ゎ100点満点だねっ!」


ゲンジがファミレス駐車場に戻ったら、亜美が待っていてくれた。隣には、2年C組の桐藤美穂が居る。亜美は、恩人のゲンジの姿を見て駆け寄ってきて、礼を言って頭を下げる。


「ん?い~のい~の!ァタシ、正義の味方だからねぇ!

 そんなのよりも、早く帰って早く寝て、明日ゎ遅刻しなぃょ~にしなきゃねぇ!」

「そ、そう・・・ですね。

 あの・・・よろしければ、お名前を教えてもらえますか?」

「んぇ?解んないの?ァタシだよ!

 くれ・・・・・・・・・あっ!違った!正体は謎です!」

「あぁ・・・そうなんですか。」


美穂は、その場から動こうとはせず、声をかける事も無く、興味深そうにゲンジを見つめている。

ゲンジとしては‘人知れず妖怪の脅威から人々を護る文架市の守護神’なのに、成り行きとはいえ、同校の生徒2人に見られているってのは少し気まずい。うっかりと、源川紅葉しか知らない事を喋って、隠していた正体がバレてしまうのは避けたい。

戦いが終わって親友の危険が去った以上、変なウッカリや詮索をされてボロが出る前に、サッサとこの場から立ち去るべきだろう。


「んぢゃ、アミ、また明日っ!いつもの公園のところでねぇ!

 キリフジさんも、また明日ねぇ!

 明日ゎお金をいっぱい持ってきちゃダメだよぉ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、はい・・・こ、公園ですね。」

「・・・りょ、了解。気を付けるよ。」


ゲンジは、亜美と美穂に、決めポーズ的な‘ピースサインの敬礼’をして、☆マシン綺羅綺羅☆に跨がり、颯爽とその場から去って・・・・・・・あ!いっけねぇ~!☆マシン綺羅綺羅☆は、家の近くの公園前に置いてきちゃったんだっけ?


「ごめん、ァミ!今日ここまで自転車で来てる?もぅ帰るんだょねぇ?

 公園まで2ケツしてょ!」

「あ・・・あぁ・・・はい、それくらいなら良いですけど・・・。」

「ァリガトッ!」


こうして、亜美の自転車の荷台にゲンジが跨がって、家が別の方角の美穂に見送られて、2人は帰路につくのであった。ホントなら、ゴツゴツした重い変身を解いて、身軽に成ってから2人乗りをしたいんだけど、そんな事しちゃうと亜美に正体がバレてしまうので、亜美とバイバイをするまでは変身を解く事は出来ない。文架市の守護神って立場も、なかなか辛いのだ。


※自転車の2人乗りは道路交通法違反です。



―鎮守の森公園―


ずっと無言で首を傾げっぱな亜美の自転車に乗せてもらい、ゲンジは鎮守の森公園まで戻った。☆マシン綺羅綺羅☆に跨ろうとしたんだけれども、放置して離れてた間に元の自転車に戻っていたので「ぁりゃ?」と言いながら自転車に跨って念を込める。

亜美にも見覚えのある色と形の自転車だ。何時だったか、学校に遅刻ギリギリで、毎度の如く土手を駆け降りて、スリップして壮絶にスッ転び、その時に前カゴやフレームに付いたキズが残っている。てゆーか、泥除けの反射板の下に、優麗高の校章をプリントしたステッカーが貼ってあり、記された管理番号には見覚えがある。

でも、本人が「正体は謎」と言っていたんだから、『謎の仮面戦士』で通したいのだろう。空気が読める亜美は、「ここは気がついてないフリしとこう」と判断した。

亜美が「謎の仮面戦士(?)は何がしたいんだろう?」としばらく眺めていると、再び妖力を受けた自転車が輝いてから☆マシン綺羅綺羅☆に変形する。


「ぢゃ、アミ、ぉゃすみっ!!また明日ねっ!!」

「あ、はい・・・・ありがとうございました」


もう一度、マスクの下で満面の笑みを浮かべながら、正体バレないのが不思議な台詞を吐き、‘片手を腰に当てて目の横でピースの敬礼’をしてから、引きつった笑みで手を振り返す亜美を後に自宅マンションへ帰って行くのであった。




-サンハイツ広院-


ゲンジは、自転車を駐輪場に止めた後、人目と足音に注意しながら自室の真下まで歩き、ベランダを見上げて高さを確認してからジャンプ。妖気を推進力として、軽々と5階まで飛び上がり、ベランダ到着をしたところで変身解除して紅葉に戻る。

隣の両親の寝室をチラと見たら、カーテンの隙間から灯りが漏れていたので、とにかく物音を立てぬよう細心の注意を払いながらサッシを開けて自室に入った。


「ふぇぇ~~~~、疲れたっ。」


スエットに着替えて、ベッドに倒れ込む。「このまま寝てしまおうか?」と考えたが、空腹には勝てず、起き上がって、ベッドの下に隠しておいた箱を引っ張り出した。箱の中には、チョコレート、せんべい、バウムクーヘン等々、様々な菓子がある。


「ん~~~・・・どれを食べよっかな?寝る前だから控え目にしないと・・・。」


戦闘は、スポーツで同じくらい動くよりも体力を消耗して、空腹になってしまう。明確な理由は解らないけど、多分、オーラみたいな物(妖力)を発しているからなのだろう。ホントは、キッチンに行ってご飯を3人前くらい食べたいんだけど、ママに見付かって怒られちゃうので、お菓子で我慢する。




-紅葉の回想-


小さい時から「他の人とゎ、ちょっと違う事が出来るらしぃ」と自覚していた。他人に見えない人や動物が見え、気持ちを察することが出来る。でも、周りの人には‘それ’が解らなくて、同じ気持ちを共有できない友達なんて要らないと思っていた。


だけど‘ある日、ある出会い’を経て、紅葉の価値観は変わる。その日以降、無駄に「頑張る」ようになった。「他の人とゎ、ちょっと違う事が出来る」なら、自分が力になってあげようと思う事にした。


死亡事故が起きた現場を毎日フラフラしてるお兄さんの話を聞いて、拙いながらも一生懸命に気持ちを伝えたら見えなくなった。とある家の前で、犬から「飼い主が何時までも悲しんでるんで、安心して成仏できない」と訴えられ、飼い主を励ましたら見えなくなった。たまに‘かなり機嫌が悪い人’にも会うけど、時間をかけて根気よく接してると“普通の人”になって見えなくなる。


今から約1ヶ月前、誕生日でもクリスマスでもハロウィンでも試験で良い成績を修めたワケでもないのに、紅葉宛に小さな荷物が届いた。開けたら【YOUKAIスマホ】と呼ばれるスマホと、取扱説明書と手紙が入っていた。差出人には、全く心当たりが無い。

見た目は普通のスマホなんだけど、スペックが桁違い。理由は不明だけど通信速度も凄い。世間一般は5Gなのだが、そのスマホは9Gらしい。9Gなんて通信手段があるのか、よく解らないが、細かい事はどうでも良い。月々の料金もスポンサー持ち。本来の目的以外にも、好きな曲を幾らでもダウンロード出来るし、ゲームの課金もやりたい放題。


同封されていた手紙には、『妖幻ファイターゲンジになって、悪い妖怪を退治したらギャラくれる』と書かれていた。頑張れば小遣い稼ぎができるし、スマホのスペック&使用条件込みで、美味しいにも程がある。そんなワケで、紅葉の妖幻ファイターゲンジとしての活動が始まった。




-今に至る-


菓子袋を5つほど空にした紅葉は、「まだ物足りない」と思いつつ、疲れた身体に鞭打って洗面所へ向かい、手洗いとうがいと歯磨きをしてから部屋へ戻り、スマホを片手にベッドへ潜り込んでからLED照明をリモコンで薄明りに変える。

やりかけの宿題については、もちろん忘れており、明日の朝、亜美にノートを借りて丸写しをすることになる。でも、妖怪の所為なんだから仕方が無い。




-両親の寝室―


壁を隔てた隣の部屋が、間接照明でホンノリと照らされている。紅葉の母親である源川有紀が、籐製の椅子で寛いだ姿勢で窓の外を眺めていた。


「やれやれ、まだ未熟ね・・・・

 物音ばっかりに注意したって、あんなに気配を振り撒いてちゃバレバレだわ。

 戦い方も、てんでなってないし。もっと妖力のコントロールを身に付けなきゃね。

 ま、今はまだ仕方ないかな。私も通った道だし・・・・・

 ところで雲外鏡を倒してないけど、あの子ったら気がついてないみたい。

 さて、どうしたモノかしら?」


呟きながら空いた方の手に握ってたガラケーに目を向ける。中折れタイプの本体表面に、【邪気退散】て文字が刻まれて奇妙な装飾が施されている。紅葉が所持するYOUKAIスマホの1世代前の変身ツール【YOUKAIケータイ】だ。

紅葉的には「妖幻ファイターゲンジとして戦っている事は、親には秘密」だが、とっくにバレている。むしろ有紀の方が、自分の過去を紅葉に隠してる。源川有紀は先代の妖幻ファイターなのだ。

先輩として、そして母として。紅葉が妖幻ファイターとして戦ってるのは複雑な気分だ。今はなんとかなってるけど、きっと辛い事も否応なく体験するであろう。あの紅葉が耐えられるのか?心配で仕方ないけど、あえて手助けはしない。ゲンジの力は、教わる物ではない。経験する事により、自分で掴み取るのだ。




-河川敷-


ずぶ濡れになった尾名新斗が、岸に辿り着いて、フラフラとした足取りで、河川敷を歩き、空を見上げる。その眼は憎しみに満ち、手には鏡が握られており、新斗の周囲には、僅かだが、黒い霧(妖気)がかかっている。

妖怪に憑依されている間の記憶は、断片的に残っている。大いなる力を得て、双子のクズに積年の恨みを晴らし、同校女子を襲ったところまでは良かった。だが、絶対的な力を目の当たりにして、完全敗北をした。


「頭の悪い妖怪め!

 いくら戦闘力に差があったって、もっと、知恵を使って戦えば、勝てるはずだ!

 鏡をもっと上手に使って・・・長所をフル活用して・・・

 僕なら・・・それが出来るはずだ!」


新斗の放つドス黒い気が、鏡に吸い込まれていく。妖怪はまだ倒されていない。ダメージを受けて沈静化をしただけなのだ。

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