myth 2 八女 音葉

家までの道のりは、そう遠くも近くもない距離だ。

しかし、今日は、いつもよりずっと近くに感じた。


氷宮中心のクラスからのいじめに、初めて反抗したおかげなんだろう。

スッキリしたし、今日はあの後氷宮達から何か言われることもされることも、無かった。



そんなボクにとって、毎日の楽しみはある歌い手だ。


※歌い手とは、立ち絵と呼ばれるイラストを用いて、顔出しせず歌ってみたなどを投稿して活動している人達のこと!


今の時代、Vsingerと呼ばれる、バーチャルアバターを用いた活動も出来るのだが、Vsingerの一番のデメリットは、初期費用が高いのに、あまりに競争率が高く、ほんの一部の人達しか稼げないという事だ。


歌い手も競争は激しいが、初期費用はあまり高くなく、手を出しやすい。

イラストを自分で描いたり、動画を編集したりする事が出来るなら、マイクやPCを買うくらいで活動を開始できる。


「…早く家帰ろ。今日なんだよね、新曲のアップ」



『…「おかしい」? なにが?

どう生きるのが正解か なんて

本当は誰も 知らないくせに

語れるはずのない 「普通はさ」

押し付けないで くだらない。』


「はー。音葉サマ、最高〜」


八女 音葉(やめ おとは)、通称「音葉サマ」。ボクの推しである歌い手。


ポップで明るいその見た目に反して、ボクと同じようにいじめられた過去を持っているらしい。


年齢から何から、音葉サマ本人の情報は何一つ出されていないミステリアスな存在ながら、いつの間にか、どこか親しい昔の友人の様に感じる、そんな不思議な歌い手だ。


そんな音葉サマは、明るくて元気を貰えるような歌から、ポップでかわいい歌、応援ソングまで、幅広いオリ曲がある。

しかも、それら全て、音葉サマ1人だけで作詞作曲、MV、MIX等の編集をしているというのだ。


控えめに言って「歌に愛されている」。

そんな音葉サマは、「歌の愛し子」という2つ名を持つ。


けれど、本当にそうなんじゃないか?と思う程、歌もうまく、心が揺さぶられる。


「音葉サマ、やっぱりすごい。ボクも音葉サマの様になりたいけど…、でもなぁ…」


ボクが音葉サマに救われた様に、ボクも誰かを救いたい。


そうは思って、「あまねチャンネル」を立ち上げたのだけれど…

YouTubeで有名になるのは難しいどうのこうの、の前に、そもそもボクは歌がド下手なのだ。


『…♪ ヒトツザクラ 君ノ詩モ

聴コエナイヨ〜』


あの有名な二詩 ニケ(にうた にけ)というVOCALOIDの歌、「ヒトツザクラ」。


有名なヒトツザクラをあげた時でさえ、再生回数は63回。


お世辞でも上手いとは言えないボクの歌だけど、それでももしかしたら、ひっそりと誰かの救いになれるかもしれないと淡い希望を抱いて、投稿を続けている。


(もし、もしも、有名になる事が出来たなら…。音葉サマに会いたい。救ってくれてありがとう、と伝えたい…)


叶わない事だと分かっていても、そう思ってしまう事が多々ある。


いつだって音葉サマには救われてきた。




「今日はすかっとしたなぁ…。いい一日でした、っと」


日課である日記に今日のこの軽くなった気持ちを綴る。

恐ろしい程にペンが軽く感じる。スラスラと文字が出てくる。

あっという間に、書き終わってしまった。


(…なんだ、昨日までのボク、氷宮さん達に怯えてるだけじゃん。内容、それしかない)


あの一言で、ボク自身がこんなにも軽くなれた事に嬉しくなった。


「今日からは本当に、いい気持ちで眠れそうだな」


そう思いながらついた眠りは、深くて、心地よかった。

だからだろうか、久しぶりに夢を見た。



(な…に、これ…ボク、沈んでる…?)


気が付けば、ボクは青くてどこまでも澄んだ天井を見上げながら、背中から沈み続けていた。


背中側、もとい沈んでいく方を見やれば、ただひたすらに黒い空間が待ち受けていた。


(なにあれ…ボク、あそこに行くのかぁ…)


ボクは泳げる。

しかし、何故だろう、泳ぐ気にはなれなかった。

ただただ重力に身を任せ、ふぅ…っと沈んでいった。



どれ程の間、青く澄んだ天井を見上げていたのだろうか。

気が付けば、青く澄んでいたはずの天井はなく、辺り一面が綿菓子で覆われたかのような…そう、まるで天国のような。

そんな場所にいた。


(うわ…綺麗な所だな)


「あ、目ェ覚めた?ごめんよ、刺激が強かったかな」


突然の声に驚き、その声の主を探す。

先程までただただ白かったはずの背後に、見慣れた女性が佇んでいた。


「ワタシは八女音葉。天音ちゃん、貴女をここに呼んだのはワタシ。勝手ながら、夢を借りて会う場を設けさせて貰った」

「お、音葉、サマ…?!」


本物、だ。

…何故、音葉サマが居て、ボクの名前を知っていて、それで何、夢を借りて…?

理解出来ない事が一度に起こりすぎたからだろうか、ボクは何も考える事が出来なかった。


「お、ワタシの事を知ってんの?光栄だな。疲れてるだろうから、簡潔に説明してやりたい所だが、それが出来ねぇんだ。ごめんだが、最後まで聞いてはくれねぇか」

「は、はい…」


困惑しつつも頷いたボクを見て、音葉サマは満足気に微笑む。


(か、かわいい…)


生で見る音葉サマは、本当にかわいくて、動きの一つ一つに品があって、美しかった。

それでいて、上品な行動と、少し荒っぽい方言の様なその口調が、動画や配信で見ている時と同じ、絶妙なミスマッチを生んでいる。


そんな音葉サマは、いつの間にかボクの隣に歩み寄り、そのまますとん、と腰を下ろした。

ボクもそれに習う。


ボクが座ったのを見届けてから、音葉サマはボクの手を握り、話し始めた。


「天音ちゃん、貴方は「神様」を信じているか?」

「…いいえ。ボクの家では、特に宗教とかは信じてなくて」


「そうだよな、ワタシもそうだった。…けどな、実はワタシ、そして天音ちゃんは、神の子孫なんだよ」

「か、神の…子孫…?」


そんなの、聞いたことない。

ボクの妹も、両親も、祖父母も、皆人間である。

(ほ、本当なの…?適当を言ってるんじゃ…)


「あぁ、神の子孫だ」


音葉サマが言うには、ボク達は「フィリフフィア・ラ・ミレーテ」という歌の神様の子孫なんだそうだ。

どうやら、一言に神様、そしてその神の住む神世界、と言っても色々あるようで、特にフィリフフィアの居る神世界は「女神界」というそうだ。

他には、「男神界」という男神の神世界や、「英雄神界」という英雄神の神世界などがあるらしい。

それらをまとめて「大神世界」というそうだ。


古代より全ての神の頂点に君臨し、大神世界を見渡せる「天空古海」にいるという「偉大神ゼウス」。

そのゼウスの弟の子孫であり、先代の歌の男神である「フィリフ」と、美の女神「アリバ」の間に生まれた、大神世界の中でも高貴な血筋の神こそ「フィリフフィア」だという。


神同士で性行為をする事はなく、お互いの神の力である「ゼウス」を全て放出して交差させると、先代の神となった両親が亡くなる代わりに次の神が生まれる、という方法で子を得るらしい。

だから、異性であろうと、同性であろうと、恋情がなかろうと、確実に子を得ることが出来る為、神は途絶えないのだとか。


だが、時に神は地上へ視察へ行くことがあるらしく、そこで人間の異性に惚れる神も稀に居ると言う。

その1人がフィリフフィアであり、その子孫が音葉サマ、そしてボク天音らしいのだ。


地上で子を得たとしても、人間の血が半分入った子など神にはなれない。

また、フィリフフィアの膨大なゼウスを皆少しばかり受け継いだそうだが、12人の子の内1人を除いてゼウスに耐えられなかったらしい。


親となるフィリフフィアが生きているかも分からない今、地上に現存する残り1つのゼウスを無くしてはならないと考えた12人の兄妹は、一族が一度に死なぬようにバラバラとなった。

12人全員が自身の持つゼウスに耐えられていた年数である「5年」をリミットとし、一族内でゼウスを継承し続けているというのだ。


音葉に継承されたゼウスは、4年ほど経った今、一族の1人であるボクの元に渡らせるという事らしい。


「…て感じなんだが、ゼウスを持っていることは家族を始め、誰にも言ってはいけねぇんだ。命を狙われては困るからな。天音ちゃんに頼みたいのは、ゼウスを確実に次の代に継承すること。だが、デメリットもあるんだ」


ゼウスを持つと、歌が上手くなる。

だが、5年を過ぎてしまえば、ゼウスが無くなってしまう。

だから、5年経つ前に次の代に継承しなければならないが、継承すると元のゼウスの器であった人は急激に神の力を無くす為に、生命のバランスが乱れ、即死亡してしまうのだとか。


「死亡したら、どうなるのかは分からない、しかし、死後は神の子孫のみ行ける場所へ連れて行ってくださるそうだ…。どうだ、受け入れてはくれねぇか」


「し、死亡…?死んじゃうんですか?!音葉サマ…それで、いいんですか!?」


取り乱したボクに驚くことも無く、音葉サマはよしよしと天音の頭を撫で、天使のように慈愛に満ちたその微笑みを、白くどこまでも続く上に向ける。


「ははは、そう、ワタシは死ぬの、近い内に。ワタシだって、最初は怖かったさ。どうなっちまうんだろう、ってね…。でもなぁ、今はなーんも怖くねぇ。きっといい所に連れてってくださるって、何の保証も無いのにな。死期が近いと、自然と信じれちまうものなのかもしれないね」


そう語る音葉サマは、とても嘘をついているようには見えなかった。

その時、天音はふと感じた。


(ここに居るのは、「音葉サマ」じゃない…

「音葉」という1人の女性だ)


ジブンの気持ちを信じ、死さえも恐れない音葉の姿は、カッコよくて凛としていて、それでいて儚げだった。


「ボク…受け継ぎます、ゼウス。…だから、ボクが音葉様と同じ所に行けたら…、行けたら、その時は、一緒に歌ってくれませんか」


「様なんて堅苦しいよ。待ってるからね、いい所で。約束だ」

「…ッ!はい…!!」

「元気でな」


いつの間にか立ち込めた霧で顔の見えなくなっていく音葉。

振り返った音葉は、そのままジブンの前にある道無き道を、迷いなく進んでいく。


天音は、動く事が出来なかった。

沢山の雲に覆われ、手足の自由が奪われる。

(きっと上に行くべきなんだ)

そう心のどこかで分かっているはずなのに、進むことが出来ない。


(音葉、もう、見えない…)


音葉を匿う様に立ち込めていた霧は、いつの間にか雲と同化していた。

その先に、音葉の姿はもう見えない。


天音はめまいを覚えた。

うっすらと霧がかった意識の中で、浮力に逆らえず上がっていく天音がみえた。


(…ボ、ボク…?)


それはボクだと認識した時、目の前が黒くなって、何も見えなくなって。でも、背後からさす光を身体で感じて、ボクの意識は泡の中に紛れ、消えていった。

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神の声 @RuPiNaSu

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