第1章 電波世界 myth 1 歌色 天音

今日もとても仲睦まじそうな、とある教室。

そこに1人のショートボブの少女が現れると同時に、途端に雰囲気が変わった。


〝気持ち悪…〟

〝何で来れるのよ〟


皆が少女を睨み、嫌い、陰口を言い出す。


先程までの仲睦まじさは何処へやら…、いや、むしろ仲睦まじいからこそ生まれる団結力なのか、はたまたカワイイ自分を守る為の自己防衛なのか。

何にせよ、第三者が入ったとしてもその状況が全て読めるだろう。


そんな教室に独り入ってきた少女の前に、いつもの様にストレートロングの黒髪をなびかせた少女がふわりと現れた。


「おはよう!皆ったら、朝からやだねぇ〜。ほーら、一緒に席行こ、ね?」


その声を聞いても、ショートボブの少女は顔すら上げず、片手でもう片方の腕を持ったまま、ストレートロングの少女の真横を通過せんとする。


それを見たストレートロングの少女は、くすっ、とひと笑いすると、目を細めて更ににこやかに笑い、


「あーまねちゃん!!たまには挨拶してくれると嬉しいんだけどなぁ〜?」


と話しかけながら、ショートボブの少女…歌色 天音(うたいろ あまね)の肩をぐっ、と強く掴んだ。


周りのクラスメイト達が次々に

〝氷宮さんってば、本当にいい人〟

〝氷宮さんが折角話しかけてくれているのに、どうしてアイツは無視なんてするの?〟

と口にしだす。


それを聞いた氷宮 風夏(ひみや ふうか)は、相変わらず天音の肩を強く掴みながら、満足気に微笑んだ。


天音はしばらく黙り込んだ後、首を傾げながらゆっくりと口を開いた。


「…ボク、また何か悪いことでも してしまいましたか?」


氷宮はキョトンとした顔で天音の顔をジロリとのぞくと、にっと黒い笑顔を見せる。


「悪いこと?トモダチなんだもの、何をされたって許してあげるよ、心配しないでっ!…あぁ、でも〜、階段から突き落とされるのは流石に痛いし、出来ればやめて貰えると嬉しいかなぁ…」


天音の肩を掴んだまま、席に座らせながら

、その大きくよく通る声で答えた氷宮。


そこにタイミングよく来て、「階段から突き落とされる」からしか聞いていない教師。


(全てが仕組まれてるの?先生の来るタイミングまで、仕組まれてるって…ボク、いつまで生きていられるんだろう)


歌色天音、中学3年生。


ボクは心身ともに女だけど、一人称は「ボク」がしっくりくる。


かわいらしい格好もしてみたいけれど、なぜだか怖くて出来ない。


世間の言う「普通」になりたい。

そう願い、ずっとずっと、隠し続けてきた。


けれど中学2年生のあの日、ボクはうっかり、「ボクはね」と、言ってしまった。

それだけだった。

わたし、と文字数の1つしか変わらない、その単語を話してしまっただけだった。


その瞬間から、〝親友〟も〝友人〟も〝クラスメイト〟も、ボクを避けるようになり、3年になった辺りから、いじめとなった。


誰だっただろうか?

親友と呼べる存在も確かに居たはずなのだ。

誰だったのかさえ忘れてしまうほどに、もうその親友とは話していないのだろう。


そんな考え事をしていれば、先生がボクの目の前へと来ているのに気が付いた。


「おい、歌色!!氷宮を突き落としたのか?!どうしていつもそんなことをするんだ!!」


「せ、先生!!違います、天音ちゃんは突き飛ばしたりする様な子じゃありません!!私が勝手につまづいちゃったんです、だから怒らないであげてください…!!」


〝氷宮さん…〟

〝なんて慈悲深い〟


(一端の変な宗教か、何かなの?)


正直言って異常だ。

何をしたいのか分からない氷宮も。

カワイイ自分を守りたいだけでこんな事すら出来てしまう、クラスメイト達も。

そして、これに気付いているのか気付いていないのか、どちらにしてもヤバい教師も。


誰かを中心として、「仲睦まじく見える」クラスにする為には、1人の犠牲がないと成り立たないというの?


…馬鹿馬鹿しい。


(何か、もう…どうだってよくなってきちゃった。3年になってから、ずっとこれ。付き合ってられないわ)


「…そうですよ?そもそも氷宮さんがつまづいた事すら、ボクは今の今まで知らなかったのですから。怒るも何も、勝手に転んだだけでしょう?本人もそう言ってるじゃないですか。ボクは関係ないから、そこ通してくれませんかね」


ギロリと教師を睨みながら、初めて口にする言葉を次々に発する。

元々目つきはキツイ方だ。猫目、とでも言おうか。

瞳孔もまるで猫で、鏡の前で睨む真似をしてみた時には、我ながら驚く程の迫力だった。


そんな大人しかったボクが突然睨み、反抗しだすものだから、不意をつかれたのか教師は


「そ、そうか、すまないな。座れ」


とボクに対して初めて謝罪の意を見せた。

これには氷宮も、


「…なんか、ごめんね…?」


と謝ってきた。


(なんかごめんねって、何だよ)


あまりの語彙力の無さに絶句し、恐ろしささえも感じ、そして反抗していなかった今までの自分に失望した。


「…はっ」


もう何もかも馬鹿馬鹿しくて、同時に何かが壊れるかのように、全てが面白くなってきたボクは、思わず笑いがもれてしまった。


(ボクってそういえば、負けん気の強い性格してたっけ?)


そんな事まで考えた。

いじめられる前の自分は、ワタシである自分…あぁ、元からジブンじゃなかったか。


少し前のボクは無理しているジブン。

ワタシも無理しているジブン。


じゃあ、本当のジブンは何だったのだろうか。


(…考えても無駄ね。分かりっこない)


けれど、分からなくとも満足だった。


少し前のボクの見ていた、どんよりして雨に濡れていた窓の外の景色が。

水が光を反射して、輝いて見えたから。


ボクの中で、何かが変わり始めた。

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