積嵐

高居塔

第1話

血で染めたような朱色の門は、横幅100メートル程、高さ60メートル程、おどろおどろしい気を放っており、心なしか低い唸り声をあげているように思える。その怪物門に向かって死者の行列がなされており、長い蛇が更に巨大な口を持った真っ赤な蛇に、ゆっくりゆっくりと捕食されているように進んで行く。


 長い時間を掛け、永遠と思われる列を半歩ずつ進む状況に辟易していると、


「羅生門は多分こんな感じなんだろうなあ。」

 

と、一つすぐ後ろの奴がとんでもなく頭の悪いことを言うものだから、私は反射的に振り返ってしまった。


そこには、黒髪のマッシュ…と言うよりは、坊ちゃん刈りの男が口を半開きにし、遠くの門を見つめていた。先生がクラス会で、「それではみなさん。間抜け面を思い浮かべて下さい」と号令したとすると、30人中30人が思い浮かべるような面持ちであり、あまりの滑稽な姿に驚き、こちらもまた口を半開きにし立ち尽くしてしまった。


「あ。」


坊ちゃん刈りがこちらに気付く。目があったのだから挨拶を、しかしこちらから挨拶をするべきか?振り返ったのはこちらなのだからこちらから挨拶をするべきではないのか?

だが上手く言葉が出てこない。まずい。気まずい空気が流れてしまう。まずい。


思考が整理整頓されない内に坊ちゃん刈りが、


「初めまして。」


先を越されてしまった。


先を越されたと思うということは、私から先に挨拶をするべきだったのだろうか。そう思うと、自責の念に駆られ、時間を巻き戻せないという常識を誰か覆してくれないかと強く願い、先程の羅生門発言を軽蔑した分、羞恥心が込み上げてくる。


「初めまして」


せめてこの湧き上がる気持ちを悟られぬよう気持ちを整え、過去の平常心だった自分のことを思い出し挨拶をした。だが、どうも自分で自分のモノマネをしているようで、少しぎこちない。


「それにしても、僕達は一体何に並ばされているのでしょうかね。」


坊ちゃん刈りが問いかける。


「さあ」


門までの距離を確かめながら返事をする。


ここは巨人が掘った様なトンネルの中で、一番奥に門が建てられている。等間隔で松明が焚かれているため、少々薄暗くはあるがこの動く気配が無い列以外に特に不便はない。


進まない列に憤りを感じていると、坊ちゃん刈りが、


「僕、あまり意味のないことをしたくない性分でしてね。このまま家に帰りたいのですが。」


「ん?家に帰りたいですって?」


「ええ、列は全くと言って良い程進みませんし、あの門までまだ800メートルくらいありますし、何より、並んでる意味がわかりません。」


この坊ちゃん刈りはよっぽど意味とやらが必要みたいだ。それなら教えてあげよう。どうやらまだ我々の状況に気付いていないようだし。


「えーと、実はですね。」


「何でしょう。」


「我々は既におっちんでおります。」


「はい?」


「すみません。我々は死んでいるのです。ですので、家に帰るとかはできないかと。」


何故おっちぬなどの意味の通りにくい言葉を選んでしまったのか。おかけで内心馬鹿にしていた坊ちゃん刈りに詫びてしまった。


「何故おっちぬなどの意味の通りにくい言葉を最初に選んだのでしょうか?」


一瞬、心の声が肉声に出てしまったのかとどきりとしたため、坊ちゃん刈りが発言したと気付くのに少々ディレイが発生した。

と言うより、それについては謝ったではないか。悪気は無かったとしても腹立たしい奴だ。いや、むしろ悪気が無いからこそよりタチが悪い。


「すみませんねぇ。私自信もまだ気が動転している様でしてぇ。」


少しむかっとしたので、若干ふざけつつ改めて詫びた。


実際、私自身もまだ状況を飲み込めていない部分もある。おっちぬ発言に関しても、自分が死んでいることを自分で説明するシュールな状況は、超人的な精神を持ち合わせていない限り、気の一つや二つくらい動転し、中途半端な表現をしてしまうだろう。


「そうなのですね。我々は死んでいるのですね。では、今からあの門をくぐり、閻魔大王的な方に天国へ行くか地獄へ行くかを決めてもらうということなのでしょうかね。」


「そうなんですかね。わかりませんけど。」


よく喋るこの男、羅生門発言をしたと思えないくらいいやに冷静だ。その飄々とした態度は不気味である。ひょんなことから挨拶をしてしまったばかりに、少なくともあの門に辿り着くまでは、気味の悪いこの男と一々会話を挟みながら過ごさなければならないのかと思うと泣きたくなる。


「お互い天国に行けると良いですね。」


気の抜けた発言が神経を逆撫でする。まさか死人に対してこんなに殺意が湧くとは。腹いせに少しびびらせてやるか。坊ちゃん刈りの方へ体ごと向き直し、不敵な角度に口角を歪めた。


「いやね、確かにお互い天国へ行くのが一番ですがね、私は地獄行きかと思うんですよ。なんせ、生前の私は殺人鬼と言われておりましたからねえ。10人以上は殺してしまいましたから。」


目の前に殺人鬼がいれば流石に冷静ではおられんだろう。


「はっはっはっは!」


「な、なに…!?」


坊ちゃん刈りのあっけらかんとした笑い声に戸惑ってしまう。


「いやいや、上下スウェットおじさん。」


「イマツです。」


坊ちゃん刈りというそのままネーミング選手権代表の奴に、そのまま過ぎるネーミングを付けられ、つい本名を言ってしまった。


「イマツさん。嘘を付くと閻魔様に舌を抜かれてしまいますよ。」


こいつは人間ではない。飄々星の飄々星人だ。しかし、なぜ嘘だとあんなにも堂々と言えるのか。


「坊ちゃん刈りさん。あなたのお名前は?」


「アラシです。」


「アラシさんですね。なぜ、私が嘘を付いていると思うのですか?」


「だって、イマツさんは人を殺せる様には見えませんから。できたとしてもせこい詐欺師かと。あ、これは失礼ですね。すみません。ただ、人は殺せないでしょう。」


ふざけるな!全て当たっている!私は生前、年寄り専門の詐欺師であった。しかし、つまりは勘でここまで当てて見せたというのか。やはり不気味な奴め。




「へぇ。まあ好きなようにお思いなすって。」


イマツは畏怖の念を悟られぬように、また少しふざけた。


勘とはいえ、こんなにも見透かされているようでは、殺意が湧くことさえ愚かに感じる。そもそも死人に殺意を湧くこと自体が馬鹿馬鹿しいか。イマツは自分が何を考えているのかわからなくなり、溜息を吐く。


そうこうしている内に、半歩列がすすんだ。

あの門に辿り着くまではまだ時間が掛かりそうだ。



あれからどのくらい時間が経ったのだろう。

ついに、怪物門は目と鼻の先の所まで来た。

この門を近くで見ると、なんとなく羅生門と思う気持ちもわかる。だが、それは国語の授業で習った芥川の小説に引っ張られ、おどろおどろしい門イコール羅生門となっただけだろう。

 

「やっとですね。」


坊ちゃん刈りもといアラシが達成感を表情に浮かべていた。


初めてアラシと挨拶を交わしてから、私はできるだけこの男と関わりたくないので、話しかけるなオーラを存分に出していた。それを勘づいてくれたのかはわからないが、思っていたより喋り掛けてはこず、地獄の前の地獄は軽度で済んだ。


私とアラシは門をくぐる一歩手前まで来た訳だが、ふとアラシと初めて会った時のことを思い出し、門を眺めたまま質問した。


「アラシさん。初めて話した時に、あなたは意味のないことはしたくない主義ということで、家に帰りたがっていましたが、今はどこかワクワクしている様です。なにか気が変わったのでしょうか?」


「ええ、最初はイマツさんの仰る通り、こんな訳の分からない列に並ぶくらいなら家に帰った方がマシだと思っていました。ですが、天国と地獄があるということなら、死んだ後も無に還らずにこうしているということは、何か今後も僕の存在に意味があるのだろうと思うのです。昔から死んでしまえばそこで終わり。灰になるだけだと思っていました。ですが、まだ僕は僕の意識を持ったままこうしている。ワクワクするではありませんか!この先なにがあるのか非常に楽しみです!」


なんだこいつは。不気味なんて言葉じゃ表現できない。


イマツは呆気に取られ、何も言えないでいる。

するとアラシが、


「ところでイマツさん。僕はどうやって死んだのかわからないのですが、本当に死んでいるのですね?」


「え、ああ…。恐らくな。」


イマツの脳内では自身が殺された時の映像がポップアップのように浮かんでいた。


ふむ。確かに死んでいるはずだ。私は殺された記憶もあるし、それに長時間この列に並んでいるのにも関わらず、眠気、疲労、空腹等が一切ない。だが、実は死んでいないとすると、私は良くても結果的に列に長時間並ばされただけの、意味のないことはしたくない主義のアラシはどう思うのだろうか。


「アラシさん。実は我々は死んでいなくて、テレビの企画か何かで、テッテレーといったお馴染みの効果音と共に、生き生きとプラカードを持った芸人が飛び出して来たらどうします?」


「まずはイマツさんを殺します。」


「はぇっ!」


イマツは唐突に向けられた物騒な言葉に情けない声を発し、たじろく。


「ははは。冗談ですよ。んー、その時はお茶の間に笑顔を届けれたとかなんとか思って自分を納得させますね。後は、長時間列に並ぶことにより忍耐力を鍛えられたとか。羅生門のような門を見れたとか。実際この朱色の門は僕自身すごく気に入ってますから。まあ、こんな感じで対処方法はいくらでもあります。なんの意味もない列に並んでいたとは思いたくありませんから。」


「なるほどね。」


今年で私は42歳になるが、こんな一回りも歳下の小僧にここまでなめられてしまうとは。しかしこの男、やはり意味の有無に関しては執念が強いらしい。自分が信じている意味を失ったとしても、半ば強引でも意味を付け加えるか。これも何かのフェティシズムなのだろうか。何にせよあまり関わらない方が良いのは間違いはないだろうな。


アラシとはこの列に並んでいた時限定の軽い知り合いで終わりますようにと祈っていると、ついに門をくぐる順番が来た。


「イマツさん。また会えると良いですね。」


どうだかな。と心の中でぼやきながら、軽くアラシに会釈をし、イマツは門をくぐった。


いよいよ閻魔大王に謁見する時が来たのかな。どうせ地獄だろうがな。ただ、アラシから解放されたので少しは気は楽だ。



門を抜けると、そこはトンネルの中ではなく、立派な仏閣の内部を思わせる造りになっており、漆塗りの立派な床や、繊細で絢爛な装飾が施された天井。襖は全て金色で、同じく繊細な襖絵が施されている。内装に目を奪われていると、一つの襖が開き、一本の立派な角を生やした小鬼がこちらへ近付いて来る。


「イマツ様ですね。閻魔大王様がお待ちです。天国地獄裁判を行いますので、私に付いて来て下さい。」


少し足取りの重いイマツは黙って小鬼に付いて行く。


無駄に長い廊下を右へ左へと進んで行く。十二回角を曲がると、いきなり洋風の両開きの扉が現れた。

その場違いな扉にイマツは少しどきっとした。


「こちらです。」


小鬼がそう言うと、両開きの扉を両手で力強く押し開けた。

そこには十人程案、立派な角を生やした小鬼が左右に分かれ整列しており、その奥に小鬼を左右に分けて従えるように、巨大な鬼の様な者、閻魔大王が鎮座している。


イマツはあまりの恐怖に耐えかね、誰に言われた訳でもなくその場に跪いた。


すると閻魔大王は空間全てを震わす様な低音を効かせ、


「名、イマツ。これより天国地獄裁判を行う。」


とゆっくり言った。








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積嵐 高居塔 @takaitower

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