第4話 結

 結局、そこで俺が何か変わったかと言われれば、到底変わった気はしない。


 相も変わらず、戦いの前には手が震えるし、前ほど上手くは動けない。


 まあ、元から所詮俺は横槍だ。正面切って戦える、そこらの英雄様とは悪い意味で出来が違う。


 ただ一つ、変わったことがあるとするならば。


 「おい、お前、今日からこいつらの面倒見ろ」


 「………………はあ?」


 そう言って、スラムのクソおやじが俺の元に、傭兵見習いのガキを十人ばかし連れてきたことくらいだろうか。


 「いや、俺、ガキのお守りなんてできねえぞ」


 「ばーか、こいつらもてめえのケツくらいで自分で拭けるよ。俺が言いてえのは、こいつらにてめえの戦い方を叩きこめって言ってるんだよ」


 「…………ますます、わけわかんねえんだけど」


 俺の問いにクソおやじはふんと、鼻を鳴らしていた。


 「どうせ、今、まともに戦えねえんだろ? じゃあ、戦える奴を代わりに育ててやればいい。こいつらも、名前付きの英雄様に教えてもらえるんなら、喜んで受けたいってよ」


 「…………はあ」


 そう言って呆れに口をあんぐりと開けてから、子ども達の顔を眺めてみた。どいつもこいつも、なんだか嫌に眼がきらきらしている。俺のこの陳腐な名前のどこに期待する要素があるっていうんだろうか。そう思って、頭をぼりぼりと掻いていて、少しして、ふと気付く。


 俺の所に連れてこられた子ども達は、どいつもこいつも、微妙にだが上背が小さい。


 端から見れば、見込みのない、切り込み隊長にもなれないような、脇固めの小兵ばかりだ。


 そう、まるで、盤上遊戯の―――歩兵のような。


 「こいつらはな、身体もちっこくて。そのまま戦ったら、きっとどこかで早々に死んじまう。でもお前が教えたらちっとは長く生き残れるだろ? なんせ、どんな傭兵よりもお前が一番、ちびで、どんくさくて、……それでも今日まで、生き残ってきたんだからなあ」


 クソおやじのそんな言葉に、俺はひとしきりため息をついてみた。


 ついてみてから、諦めた。


 まあ、いいさ。人間、出来ることをやるものだ。どれだけ悩んでも、どうせそれしか出来ないのだから。


 それから、改めて子ども達の顔を見た。


 期待と、不安と。色んなもので揺らいでる。


 そんな顔を眺めてから、軽く笑みをこぼして、手前にいた子どもに聞いてみた。


 「なあ、お前、名前は?」


 子どもは少し自分に言葉を向けられたのが意外そうな顔をしていたが、やがて慌てて口を開いた。


 「リュ、リュート、です」


 「そうか、そうだな。なあリュート、……お前、チェスって知ってるか?」


 



 ※




 結局の所、俺はそれから傭兵稼業もほどほどにガキどもに戦い方を教える日々を過ごし始めた。


 いろんな奴がいたわけだが、俺の所に集まってくるのは、決まってどんくさい奴。不器用な奴。チビな奴。そんなのばかりだ。どいつもこいつも、生き残るのに向いてなさそうで、教えるのに苦労した。


 あからさまに才能のある奴は、知り合いの英雄どもに押し付けた。あのにっくき女双剣使いにも、一人、明らかに別格の子どもがいたからそれを押し付けてやった。あの女、最初はいやいや言ってたのに、段々と弟子の成長を喜びはじめたりしたっけな。そんな話をしながら、化け物も意外と人間味があるねえとげらげら酒場で笑っていた。


 で、俺んとこに残ったどんくさい連中には、とりあえずひたすらに生き残るすべを教えまくった。いいか、まともに戦うな。横っ面をつけ。隙を探せ。やべえと思ったら走れ。戦場にはたまには意味のわからんくらい強い化け物もいるから、そん時は全力で背中向けて逃げ出せ。特に女の双剣使いのばばあは、やばいから近寄るな。


 そんなことを教えまくった。ついでにあの女に酒場でぶん殴られたりしたが、概ね俺の教えを子どもらは素直に聞いていた。


 別に特別なことをしたわけじゃない。俺は俺にできることをしただけだ。それ以上のことは何もしてない、って言うかできない。そりゃそうだな、だって出来ないことなんだからよ。


 そうやって何年か、偶に傭兵団に戻りながら、子どもらを育てて生きてきた。まあ、うちのガキどもは才能がないやつばっかりだから、何処に行ってもパッとしなかったけど。ただ、生き延びることと、たまにとんでもない横槍をかますことが出来る奴らだった。俺からしたらそれだけで充分だ。傭兵稼業は死に稼業だが、俺のガキどもはまあ、それなりに生き残った。


 そんなこんなで、慌ただしいままに生きてきて。



 今でも時々想いだす。



 自分が何もできないと想っていた、あの頃を。



 何かできると積み重ね始めた、あの頃を。



 そうやって積み重ねた何かが、あっけなく崩れてしまった、あの頃を。



 それでも尚、出来ることをただ繰り返した、あの頃。



 結局のところ、俺が出来ることは昔から大して変わってない。


 

 上背もなけりゃ、出来のいい目もないし、神業を使える技量もない。



 それでもただ積み重ねて生きてきて。



 今、こうして、どうにかまだ生きていられる。



 何もかもを喪った、その先で。



 まだ何かを続けながら生きている。



 これでいいのかは、昔からずっとわからないままだけど。



 そんなことを知り合いの女に、ぼやいたら。



 「女々しい」



 と一蹴に伏せられた。あんまりに容赦なくて、おもわず笑ってしまった。



 そんなことを、知り合いの鍛冶師の少年……もう少年じゃねえか、に伝えてみたら。



 「きっと、みんなそうですよ。でもそれでも、今何かできているだけ、いいんじゃないでしょうか」



 と少し頼りない顔で、笑ってた。それを聞いて、まあそれもそうかと俺も笑ってた。



 これでいいのか、そんなことは知りもしないけど。



 今日も俺は、どうにか変わらず生きている。



 ちっぽけな荒野の街で、この無情でどうしようもない世界の中で。



 なせることを、なしながら。



 人間、どれだけ悩んでも、どうせそれしかなせないのだから。



 そうやって、今日も俺は生きている。

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傭兵男と折れた剣 キノハタ @kinohata

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