第2話 幼き頃の記憶
ルーラファは村長の息子、次期村長として育てられた。
そこには普通の子供たちとは似て非なる教育を施され、特に村長であり、母親でもあるカトミにはこの村の言い伝えであり、この村の守り神『ハレルヤ』についての書物をたくさん読まされた。
そのたびにカトミは、
「これは村長とハレルヤ様だけの秘密。だからここで教えたことは決して誰にも言ってはいけないよ」
「何回も聞いたよ」
「何回も言うことに意味があるのよ」
カトミはルーラファの頭を撫でながら繰り返しその言葉を言った。
それはカトミが死の病を患ったときでさえ――。
ベッドに横になり、時々血を吐きながら、必死にルーラファとハレルヤ様の名を呼びながら、
「ルーラファ、私はもう長くないわ。だからこの石を持って遺跡に行って」
「嫌だよ! 母さんの傍を離れたくない!」
「……ありがとう。でも最期にあなたの母親として、あの子の友達としてやらなきゃいけないことがあるの」
真っ青な顔をしているのに、淡々とそれは今まで繰り返されたしきたりのようにカトミは言い、僕に紐を通した石を渡した。
その石は母がいつも大事に首にかけていたもの。
雨の日にはそれを撫でながら、空を眺めていた。
それを渡すということは遺跡には石と同じぐらい大切なものがあるということだとルーラファは信じて走った。
遺跡は村のすぐ近くにある森の中にある。
そこは普段誰も入らない神聖な場所であり、ハレルヤ様の眠る地とされている。
大きな鳥居をくぐり、中に入る。
少女の像と、大きな皿があるこの場所こそ村の歴史――、その全てがつまった場所。
そして、生け贄を捧げる場。
ルーラファはランタンの灯りで辺りを照らす。
ここに何があるのだろうか?
ルーラファが疑問を抱いたその時、
「そこで何をしてるの?」
声を掛けたのは小さな少女。腰ぐらいまである綺麗な赤髪に金色に輝く瞳。
少女はゆくっりとルーラファに近づく。
「君こそここは神聖な遺跡、ハレルヤ様の眠る場所で何をやっているんだ」
「……? 私はここに住んでいるだけだよ。それより――」
少女はルーラファが握っていたカトミの石を取り、
「――何でカトミのものを君が持ってるの? 泥棒? いけないよね」
その声はとても少女の声とは思えないほど恐ろしく、全身の力が抜けていく感覚を覚えた。
それでもルーラファは拳を強く握り、
「泥棒じゃない。母さんのなんだ。だから返してくれ」
「母さん? カトミが? …………じゃあ君がルーラファ?」
「……え? 何で俺の名前を?」
「それはカトミに聞いたから。……で、そのカトミはどこにいるの? もしかしてまたかくれんぼかな?」
少女はおかしなことを言った。
ルーラファはその言葉を理解することできなくて、ただ少女をぼーっと見つめていた。
いくら考えてもわからなかったので少女はカトミの知り合いであるということを信じ、遺跡を共に出ることにした。
遺跡には何もないし、少女を一人あの場所において帰ることができない。
ルーラファはカトミのもとまで全速力で走る。
途中、少女が疲れたと言って座り込んだので彼女を背負いながら。
扉を乱暴に開け、カトミの部屋へ、
「母さん。遺跡に行ってきたけど何もなくて……。ごめんなさい」
「いいえ。あなたはちゃんと連れてきてくれたわ」
カトミはそう言って、扉を閉めるようルーラファに頼む。
今度はゆっくりと閉め、カトミの横に座る。
「ルーラファ。少し早いけどこの時をもってあなたをこの村の村長に任命するわ」
「え? 何を言ってるの」
視線を一人の少女に移してそう言ったカトミの表情はいつもとは違っていて、母親でも村長でもない。一人の幼い少女の顔をしていた。
「こんなみっともない姿で再会なんて、ごめんなさいね」
少女はその言葉に首を横に振り、カトミの横に静かに座る。
「ルーラファ、紹介します。この御方こそこの村の守り神、ハレルヤ様よ」
「………………え?」
少女はカトミに微笑む。
少し戸惑ったがこんな時にカトミは冗談をいう人ではないルーラファは知っていたし、少女を見つけた場所も、言葉も考えれば考えるほどハレルヤ様であることの説明になるし、そうとしか思えなかった。
「ハレルヤ様?」
「うん、そうだよ」
ハレルヤはルーラファの瞳を覗く。
何を考えているのかわからない金色の瞳はただ幼いルーラファを魅了する。
カトミもその姿をじっと見つめる。
三人は長いこと言葉を交わすことなく、ただ見つめ合っていた。
だがその静寂も長く続くことはなく。
カトミがまた血を吐いた。
荒い呼吸に冷たい身体。尋常じゃない汗もあの逞しいカトミには似合わないもので、全部嘘ならいいとルーラファは願う。
ただそれも虚しく、カトミは最期の言葉かのように淡々と、
「ルーラファ。これからあなたは村長として村をまとめていかなければなりません」
「村長…………」
ルーラファを見ているのは母カトミではく村長カトミだ。
村の人が困ったとき、面倒を起こしたときにいち早く対処し、村から信頼されていた。ルーラファの憧れの人。
「辛いことや苦しいことがあなたを待っているいます。それは避けることができない。けど、あなたならきっとうまくできます。だから大丈夫。ハレルヤ様とも仲良くね」
ルーラファはカトミの手のひらにそっと頬を添える。
カトミは目にいっぱいの涙を浮かべ、
「母親らしいことをしてあげられなくてごめんね………………」
口惜しそうに呟いた。
母としてカトミは十分すぎるほどルーラファに愛を注いでくれた。
それはカトミが思っている以上にだ。
そのことをルーラファは優しく伝える。
カトミとルーラファはそうして二人の時間に別れを告げる。
「久しぶりの再会なのに待たせてしまってごめんね。ハレルヤ様」
「そんなことで謝らなくていいよ。私との時間より、親子の時間の方がなによりも大切だから」
「ふふっ、あなたは本当に何も変わらないのですね」
「それは嫌み? 私がこの身体がコンプレックスなのはカトミが一番知ってるでしょ……」
ハレルヤはそっとカトミの頬をさする。
優しく心地のいいそれにカトミはゆっくり目を閉じる。
「……ルーラファのこと頼みます」
「わかってるよ」
「……村のことを頼みます」
「もちろん」
「……私のこと忘れないでくださいね」
「言われなくても」
カトミは必要なことだけを言い、ゆっくりと息を吐く。
もう時間なのかもしれないと、ルーラファはそう思うと胸が苦しくて張り裂けそうになる。
そんなルーラファの背中をハレルヤは優しくさする。
「……そうだ。カトミ、かくれんぼをしよう」
ハレルヤは涙であふれそうな目を必死にこすり、カラカラの声で呟く。
「子供の頃といっしょ。……カトミが隠れて、私が捜す。いいでしょ?」
カトミはにっこりと微笑む。
ハレルヤはくしゃくしゃの笑顔でカトミを撫でる。
「……絶対、見つけてあげるから。だから、だから……いってらっしゃい」
カトミはそれに応えるように静かにこの世を去った。
ルーラファはカトミの遺言により村長を引き継ぎ、今、ハレルヤ様の遺跡へと報告に行っている。
「ここより村長お一人で」
村の老人がそう言ってその場を離れる。
大きな鳥居も今では少し寂しさを感じさせる。
少女の像の前に立ち、古いしきたりの言葉を呟く。
遺跡が光り、少女が現れる。
腰まで伸びた赤い髪に金色に輝く瞳の少女、ハレルヤ。
目元をまだほんのり赤くさせた彼女は一歩、二歩とルーラファに近づき、口を開く。
それは繰り返された言葉。語り継がれてきた言葉。
「我は時にこの村を守り、時にこの村に災いをもたらす神。誰もが敬い、誰もが恐れる神。数多の神を前にお主は誰に仕え、何を誓う」 ハレルヤは手を差し出す。
ルーラファはその手に口づけをし、ただ彼女だけを見つめ、
「不肖、ルーラファはこの身を神、ハレルヤ様に捧げ、この村の安寧を誓います」
これはルーラファがまだ15の頃の記憶――。
明日の天気は神様のきまぐれ オクラーケン @imoimo22
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