明日の天気は神様のきまぐれ
オクラーケン
第1話 きまぐれ家族
いつから始めたんだっけ?
私の二つ上の姉が神様の生け贄に選ばれた。
両親は姉の背中を撫で、「よかったな。お前は選ばれたんだ」「あなたは私たちの誇りよ」なんて言って喜んだ。
私はただ黙ってその場で立ちつくすことしかできなくて、ただ姉の、あの優しい瞳をしていた姉の淀んだ瞳を見ていることしかできなかった。
「お姉ちゃんは神様と一つになるのさ。だから寂しくないんだ」
父は言った。馬鹿げた妄言を。
「雨が降ったら、そこにはお姉ちゃんがいるからね」
母が言った。くだらない戯れ言を。
「ミュリー。あなただけが私の光。だからお願い、よく食べて、よく遊んで、よく寝る。大きくなってね」
姉は逝った。それだけを遺して……。
誰も悲しまなかった。誰も泣かなかった。誰もが笑顔で見送った。学校の先生も友達も、いつも姉といっしょに遊んでくれた幼なじみでさえも。
それがちょうど二年前。今、この村はまた雨が降らなくなった。
村長が言った。
「神が生け贄を欲している。これは神の怒りだ。神を宥めるのは神に選ばれし人のみだ」
くだらない。なんてくだらない。誰もが目を輝かせて、「私が選ばれたい」なんて口々に言い合っている。
その夜。私の家にたくさんの人が押し寄せた。
母は私を寝室に行けと促す。私は母の言うとおりにし、閉じた扉に耳を当てた。
「二年か。あの娘も長くは保たなかったか」
「ですが、十分な時間です。あの程度の娘で二年なのですから」
「では、今年は誰を?」
「ヤマトさんの娘は?」
「あれは顔がよくない。あれでは神も喜ばない」
「ではアズマの二番目の娘は?」
「あれは頭がよくない」
大人達は商品の品定めをしているかのように他人の子を提示する。
でも、その中で唯一出ていない子がいた。
「じゃあ、村長の娘は?」
扉を開け、言い放つ。
大人達が目を見開いてこちらを凝視した。
母は私の口を塞ぎ、父は村長に謝罪したが私はそんなこと知らない。
母の拘束を退け続けた。
「ミツちゃんは顔はいいし、頭もいいよ。学校でも人気だもん。文武両道ができてるって先生も言ってた。神様はきっと欲しいって言うよ?」
大人達は黙った。
村長は自慢の髭を触りながら、私の側に寄る。
「ミュリーちゃんだったかな? 生け贄は神様が決めるものだからね。私たちは決めれないんだよ。だからここで話したことも、聞いてことも全部、忘れなさい。……いいね?」
私は黙って頷いた。
母は大人達に謝った後、私を連れて寝室に入った。
母はひどく疲れた顔をして私の背中を撫でた。
それからしばらくして大人達は帰っていった。
その数日後――。私が神様に選ばれたと知らされた。
両親は黙ったまま、私を抱き寄せた。
私は泣かなかった。私は知らせの人に向かって言った。
「ありがとうございます。私、立派に務めを果たしてきます」
いつか誰かが言ったものだ。
それからはとても早く、豪華な衣装に豪華な食事。村にある唯一の神殿で身体を清めた。
あとは儀式の場所に行くだけだ。
「村長さん」
「どうしたんだい?」
「どうして私が選ばれたの?」
「さあ? 神様が選んだんだ。私たちは知らないよ」
「私は神様に愛されてるの?」
「そうだね。神様が君を選んだんだからね」
「そう。じゃあ、神様は悪魔なんだね」
「ああ。君が何も言わなければね」
私は首を横に振る。
「村長さん。それは違うよ」
「ん? 何が違うのかな?」
「だって私は五年前に人を殺したんだよ。三年目に家を燃やしたんだよ。二年前に姉を見殺しにしたんだよ。こんな私をなんで神様は選ぶの?」
「…………神様が君を選んだんだよ」
「そうか。君はそれしか言えないんだ」
村長は黙った。
私は空を見上げる。とても綺麗な星が散らばっていた。
「お姉ちゃんがね、言ったの。「大きくなってね」って。私、大きくなんてなりたくない。だって大きくなったら、私は大人になるから」
村長は私の手をとった。私はそれを絡ませるように握り返す。
「雨。降るといいね」
「そうだね。君は何年降らせることができるかな?」
「応えて欲しいの?」
「……出来れば、参考までに」
私は笑った。涙を流しながら、笑った。
「永遠だよ」
「永遠? それは君の寿命が尽きるまでかな? それだと君の身体10だからあと40年だね」
「そう。そうしたければそうするよ。40年。じっくり雨を降らせてあげる。不幸の雨を。悪魔の雨を」
ベールを被り、くるりと回る。
それは死神のダンス。
ミュリ―は死んだ。私は今、素顔を見せている。
姉は言った。「あなただけが私の光」だと。
影の深さも知らずに。
姉は五年前言った。
「あなたは選ばれたの。その役目は本来、神様のもの。人は人を裁いてはいけないの」
姉は三年前言った。
「この炎はあなたの感情よ。あなたはこういうものを人に見せればいい。ただその見せ方が下手なだけ。あなたはあなたのまま、生きればいい」
姉は村長に言った。
五年前の殺人も三年前の放火も自分がやったと。
村長は驚き、そばにいた私を見た。
私はただ頷く。
その直後、村に雨が降らなくなった。
誰もが信じた。神様が怒っていると。
誰もが疑わなかった。生け贄を捧げることを。
きっとこれはこの村だけのこと。
ここは神様に妄信したどこかおかしな村。
まともなのは私と村長だけだ。
「さっき一周したよ。誰もいない」
「……本当かね?」
「疑うの?」
「いえ、ただまた遊ばれているのかと」
村長、――改め、ルーラファは肩の力を抜く。
「今回はいかがでしたか?」
「……う~ん。全然駄目! まず姉が駄目! あれは何!? 人間なのかすら怪しいレベル。姉って本来、妹が悪いことをしたら叱るものじゃない!? それなのに……」
「そう気を落とさないでください。私も想定外でした。ですがあれは驚きましたが同時に嬉しかったのではないですか?」
「……身代わりのこと?」
「はい。あれは姉の、家族の一種の愛ですよ」
「まあ、嬉しくなかったと言えば嘘になるけど……でも――」
「――まあ、落ち着いてください。ここは私が一つ、何でもするということで」
「じゃあ、はい!」
私は目を瞑る。
ルーラファは静かに私の唇に自身の唇を重ねる。
「落ち着かれましたか?」
「……前は舌も入れてた」
「………………申し訳ありません。それでは恥ずかしいことに私が落ち着くことができません」
「ふふ。なんか君、言葉遣いがおっさん臭くなったね」
「おっさんですから」
ルーラファはそう言って、私を抱き上げる。お姫様抱っこというものだ。
少し、懐かしい。
「でも驚きました。大人達の目の前で禁句を言うとは」
「だって飽きたんだもん! それに――」
私はルーラファの身体にぎゅっと身を寄せる。
「――我慢できなかったんだもん!」
ルーラファは顔を赤くさせる。
月明かりがそれを照らし、私の身体が少し熱くなる。
「ねえ。遺跡に行ったら、前みたいにしていい?」
「……!? 遺跡まで我慢できるのですか?」
「ん? 今、失礼なこと言った!?」
「いえ、とんでも」
「ふ~ん。そんなこと言う君も私がここでしたいって言うの期待してたくせに!」
「……なっ! そんなこと……」
ルーラファは口を塞ぐ。私の勝ちだ。
私とルーラファの影が伸びていく。
夜で見づらいせいかな? 影にも少し紅色がついているように見える。
ルーラファは少しだけ、歩幅を広げる。
「ねえ、ルーラファ?」
「何ですか。ハレルヤ様」
互いの名前を呼び合う。
それは人間が行う、神秘の儀式の前振りのように。
「明日の天気は何がいい?」
「何にするのですか?」
これは子供の頃からの口上。
「えへへ! それはね――」
私はそれに決まってこう返す。
「神様のきまぐれだよ!」
これはまだ神様がきまぐれだった時のお話――。
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