第一話 迷子の少女 1

 ガレスの今度の就職活動はこの国の北側の端にあるエルサ地方の領主の警備騎士団である。

 この国の騎士の就職活動の仕方はまず希望の騎士団に入団希望書を届け、その後に座学の筆記、そのまた次は騎士団長とその地域の領主との面談、それらを合格した者は改めて入団テストを受けることが可能となる。入団テストは特殊な場合もあるが、基本は騎士団の一員と模擬試合をし勝利することで入団が認められる。また、この場合勝利しなくとも実力が認められた者が合格する場合もあるらしい。ちなみにランスはこの入団テストで王国騎士をものの数分としない内に倒したという専らの噂だ。

 『キュクレイン家の出来損ない』の名が有名なガレスはいつも騎士団長の面談で落ちるが、今回の騎士団長と領主は違った。詳しく言うと騎士団長は難色を示したが領主は座学は良かったのだから、前評判はあてにならないとして今回の入団テストを受けさせてくれるという事だったのだ。

「頑張らないとな」

 ガレスは気合いをいれて、辺境のエルサ地方に来ていた。首都からエルサ地方までは馬車で三日かかってしまうが、ガレスは気にならない。正直、もう今年の募集はないだろうし、これが正真正銘のラストチャンスだ。

懐中時計を見ると、針は十二時をさしている。確か約束の時間は昼の一時である。どこかでご飯を食べようかとガレスは考えた。

 ここの領主の屋敷はこのエルサ地方の中心部街エストーニャから徒歩二十分ぐらいでつく山の麓にある。そうなると余裕を持って三十分前までどこかで食事をとらなければならないだろう。

 ガレスは何処でご飯を食べるか、実家から手渡された資金を見ながら云々と唸っていると広場の噴水で一人で腰かけている少女を見つけた。ここの子供だろうか、それにしては何故か寂しそうな顔をしている。服装は白いフリルがあしらわれた赤い上等なワンピースを着ており、明らかに庶民階級である街の子達とは違うようである。

〈もしかして迷子かな?……〉

 そうガレスは思っていると、何だかほっと置けない気持ちなった。

〈もし、違ったらそれでいいし……迷子だったらこの街の警備騎士に言って探してもらおう〉

「あの、君……大丈夫?」

ガレスが話しかけると、少女は顔を上げた。青いリボンをつけているこげ茶のボブカットが揺れる。歳は改めて見ると九歳ぐらいだろうか。緑の大きな瞳は心なしか潤んでいるようにみえた。迷子だったのだろう、ガレスはそう確信した。

「………………あ」

「あ?」

 小さく少女は呟いた。小さくて聞き取りづらくガレスは聞き返した。


「あんただれよ!!私をさらう気???」


「ええー!?!?」


 ガレスは焦る

〈え、あー……さらう!?いや、確かに急に喋りかけたら子供から見たらそうだよな……って近くのお祖母ちゃん、違います。そんな目で見ないで!あぁ、やめて隣のお母さん警備騎士を呼ぼうとしないで!〉

 周りを見ると少女の声でガレスを不審がる人たちが「警備騎士を呼ぶべきかしら」とヒソヒソと言い合っていた。

「いや、違うんだ!……本当に、違うんだ!ただ君が寂しそうにしてたから、てっきり迷子か何かかなって思って話しかけたんだ!けっして怪しい者じゃないんだ!!」

「嘘、だったら何か証拠を見せなさいよ!」

「証拠!?えーっとちょっとまってて」

 そういいながらガレスはポケットを探る。荷物は宿泊している宿のほうに置いてきてしまった。あるのは財布と腰にさしている剣である。

「……これで証明になるかな?」

 ガレスはそう言うと静かに少女に見せるように腰の剣を抜く。鞘には小さく学院の紋章である竜を象った銅の装飾がつけられている。すっと少女を傷つけないように細心の注意を払いながら白銀に光る刀身を見せた。持ち手の近くに小さく『ガレス・キュクレイン』と名前が刻まれている。

 この国の騎士は誰でも自身の剣に名前を小さく掘ることが習わしになっている。見習いとは言え、ガレスや他の学院生も例外ではなく、中の刀身には在籍している学生の名前が小さく彫られている。

 少女は大きな瞳で刀身をみている。普段欠かさず手入れしている刃物は鏡のように少女の顔を映していた。

「ガレス……キュクレイン?……キュクレイン家ってあの名門の?本当に貴方の名前なの?」

「よく知っているね」

 確かにキュクレイン家の名は貴族や騎士の間では有名だが、小さな少女が知っているとは思わなかった。この少女はやはり騎士か貴族の娘なのだろうか。

「おじい様が言っていたわ。キュクレイン家は代々王に使える騎士の家だって……だからすごい人達なのかなって思っていたけど……」

 少女はガレスを見つめながら首を傾げた。恐らくそうは見えないと言いたいのだろう。

「頼りない騎士様にみえる」

「うーん……確かに、そう見えるかもしれない」

 ガレスは苦笑する。

 少女は何かを考えこむようにじっとガレスを見つめた。子供の瞳なのに、どこか中身を見ようとしているようにみえてガレスは少し居心地が悪い。

「迷子ならこの街の警備騎士の元まで案内す「ねえ」」

 ガレスの言葉を遮るように少女は言った。

「私ね、おじい様と一緒にこの街に来たんだけどおじい様とはぐれちゃったの」

「うん」

「たぶんおじい様はすごく私のこと心配してると思うの」

「うん」

「だから、一緒に探してほしいの」

「え?」

「その……私だけで探すの不安だし……」

 少女が俯くとボブカットが悲しげに揺れる。先ほどまで大人びた気丈な姿を見せていたが、まだ小さい子供である。保護者がいないのは当然不安だ。

ガレスが時計を見ると秒針は十二時五分を指している。領主の屋敷までには徒歩で二十分かかる。少なくとも十二時四十分にはこの街をでないといけないが、それまでこの少女の保護者を見つけるとしたら……。ガレスは一瞬、悩んだ。この入団試験は最後のチャンスかもしれないのだ。昼食だってとっていない。あと三十五分……この少女の保護者を見つけることができるのだろうか。

 ふとガレスは少女を見た。少女はガレスをまっすぐに見ているが、よく見ると両手の小さな手はスカートを握っていて、皺になりそうだ。

 その姿を見て、ガレスの不安は吹っ飛んだ。

「うん、いいよ。俺でよければお供しますよ」

 にこりとガレスは不安を悟られないように笑った。試験は大事だが、目の間にいる少女をただ警備騎士に任せていくのは違うと、心の中で思ったのだ。

「本当に?いいの?」

 花が咲くように少女は嬉しそうに言った。

「えぇ、こんな頼りない騎士見習いでもよければ」

「まあ、いないよりはいいわよ」

 くすくすとピンク色の唇を両手にあて、年相応に可愛らしく少女は笑う。

「じゃあ、エスコートをお願い騎士様」

 少女はすっと手をガレスに差し伸べる。

 ガレスは腰を低くし、左手で胸に手を当てると少女の小さな手に優しく自身の右手を重ねた。

「身分不相応ですが、きっちりエスコートいたしましょう」

「お願いするわよ」

「ところで何と呼んだらいいですか?レディ」

「私の名前はロゼよ。ロゼ・エーデルシュタイン」

 ロゼはふんわりとスカートを翻し、「さあ行くわよ!」と言って歩き出した。

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