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小枝
プロローグ 就活はつらいよ
騎士志望のガレス・キュクレインは就活に難航していた。
何度も見てきた不合格通知の手紙を読むと盛大なため息をつきながら、学内の庭にあるベンチで項垂れる。
このロンゴミニアド国の名門騎士学校にある庭は季節によって様々な花を咲かせており、お抱えの庭師によってそれらは丁寧に管理されているため見事美しい庭が保たれていた。毎日を厳しい鍛錬に時間を費やす騎士の卵たちに少しでも体を癒してほしいという学校側の配慮らしいが、美しい風景とは逆にガレスの気持ちは晴れない。
つい先日、同期の友達も首都からかなり遠いが、田舎の貴族の警備兵として就職が決まったらしい。「俺、これで受からなかったら親父にぶち殺されるんだ」と遠い目をしていた友人だったので、ガレスは自分のことのようにその友達を祝福した。しかし、ガレスは未だに就職を見つけられない。
これからどうしようかと深いため息をつく。するとそこにガレスと同じまだ就職が決まっていない級友の一人が覇気の無い顔をして近づいてきた。顔はどこか暗いので、ガレスは察する。
「ガレスー……、俺、またダメだったよ」
「あー……そっか」
「俺……田舎に帰ろうかなって思うんだよね」
級友は諦めたような声で呟いた。
「ほら、俺って別に家系が騎士でもないし。成績もギリギリでこの学院きたからさ……騎士には憧れがあって来たけど、やっぱり才能とか血筋もないから難しいってわかっちゃったんだ」
「そっか……それは少し残念な気がするけど、仕方ないよね」
ガレスは他人事とは思えず、自分の事のような気持ちだった。
「ガレスもまだ決まってないんだよな」
「……うん、決まってないんだよね」
「ガレスの方が大変だよな。だってガレスの家って、あのキュクレイン家だろ?……兄貴達だって皆、王国直属の騎士団だし、親父さんだって元騎士団長じゃん。逃げたくても逃げられないじゃん」
その言葉に一瞬、ガレスの息が詰まる。
「うん……まあね」
「家族はなんて言っているんだ?」
「……まあ、うん、とりあえず……まだ決まっていないって手紙では送ったんだけど、ガへリス兄さんからは返事で『焦ることはないですよ』とは返事はきた。父さんやロヴェル兄さんは何て言っているかはわからないけど……」
たぶん、期待されてないから何もないんだろうなとガレスは自嘲気味に笑う。
「そっか……まあ、頑張れよ」
「うん、ありがとう。そっちも田舎に帰っても元気でね」
級友は頷き、大きなため息をつくと未練をかき消すように言った。
「あーあ、騎士って本当に夢の職業なんだな」
様々な国や種族、魔法や魔物が存在するリーバル大陸。
その大陸の西側に位置する、ロンゴミニアド国。
国と国がひしめき合うリーバル大陸の中でも数百年の伝統と王族が支配する国の一つである。建国したのが『アーサー』という騎士王が始まりであり、それがロンゴミニアドの王族の始祖と謳われている。そのため、他国からは騎士と剣の国と言われることもあった。
そんな歴史あるこの国では近年、一つの課題として挙げられているものがある。
それは若い騎士の就職難である。
ロンゴミニアド国は騎士と剣の国である。この国で生まれた男児たちは誰もが一度は騎士という職業に憧れを抱く。更に建国の祖である『アーサー王』の冒険忌憚はこの国の誰もが一度は目にする物語は幼い少年たちを騎士という憧れに駆り立たせた。
冒険の内容はかつて領土争いが勃発していたリーバル大陸で、かつてロンゴミニアド国の前身だった公国の貴族に仕えていたアーサーは病で主人を亡くしてしまう。その主人から『民を守ってくれ』との遺言通り、兵を率いて外敵から国を守り、国を脅かす竜や魔物を倒し、ついには民からの信頼を得て、王になるという話である。誰もがこの話に夢中になった。
この国では騎士は憧れの職業だった。
かつては魔物も多く、外敵から身を守るためにこの国では多くの騎士たちがいて国を守っていた。しかし、ここ数百年は領土争いもなく、魔物も活発には活動していないため、騎士たちはそんなにいらなくなってしまったのだ。なのでこの百年で増えすぎた騎士をリストラしたりしたのだが、リストラされた騎士たちをどうするかという点で王や貴族院たちはかなり悩んだという。騎士になる者は幼少期から青年期までひたすら剣の素振りや戦術の研究……など戦いに関係することしかしていない。彼らにもプライドはあるし、今更百姓や商人に急になれといわれても無理な話である。今は騎士の数も減り、リストラ祭りはなくなったが、それでも当時はかなりの騎士たちが反発したという。
昔は比較的動ける者は簡単に学院を経て騎士になれたが、今現在騎士になるためには厳しい訓練と、例えその訓練を耐えた後でも才能無きものはふるい落とされる厳しい茨の道となった。
まず騎士になるためには、十二歳から十八歳までの間に国が経営する騎士学校に入学しなければならない。その為には、学力や体力、剣術など見られるが当然ここでふるい落とされる者が多数でてくる。
ちなみに今年の合格者は受験者数百人中の約三割程度であり、八十名が合格した。また、入学したら騎士になるためには当然厳しい時間のスケジュールや体力作り、座学などが待っており、ここで三十名近くは根をあげるか、適正なしとして退学になる。
そして厳しい騎士になるための生活を経て、待っているのは地獄の就職活動である。
就職は騎士学校の六年目の春からスタートする。優秀な騎士は国の騎士団に入れるが、それはほんの数人の狭き門である。それから後は貴族の騎士、民間の警備騎士などに就職する者がほとんどである。しかしそれにも定員があり、どうあがいても六割ほどの騎士見習いたちは卒業する時期になっても就職先が見つからないのだ。その場合、騎士の道を泣く泣く断念し田舎に戻るか、冒険者という職につくかどちらである。しかし冒険者は生活の上ではかなりハードで、魔物を倒して金銭を得たり危険な依頼をこなすため、不安定な生活を望む者は少ない。
ガレスの生家であるキュクレイン家は代々名門の騎士家系の家である。この国が建国された当初から王族に仕える由緒正しい騎士の血筋を継いでいる。キュクレイン家の男子は必ず国の騎士団に入団することが習わしとなっていた。しかし、国の騎士団になれるのは数多くの騎士志望の中からほんの一握りである。その一握りになれるほどキュクレイン家の男児は誰もが才能と実力を持っていた。現にガレスには兄が二人いるが、そのどちらの兄も国の騎士であり、父も引退はしたが元王国の騎士団長である。しかし、三男であるガレスには代々受け継ぐ剣の才能がなかった。面白い程なかったのだ。
キュクレイン家の現当主であるフローレンスは腕の故障で引退をしたものの、現役時代は竜を討伐するほどの剣の実力者であったらしい。
長男のロヴェルは三歳から剣を握り、約十歳で大人の騎士たちとの模擬試合で勝利するほど剣の才能があった。
次男のガへリスにもロヴェルほど剣の才能はなかったものの、キュクレイン家の血筋を引くのに相応しい剣の実力はあり、戦略や頭脳なら当時の騎士学校一と言われていた。
しかし三男のガレスは剣術に秀でている訳でも、頭脳明晰という程でもないただの凡人であった。その上、誰かを傷つけるという行為があまり好きではない。騎士向きの性格ではなかった。
十歳になる頃、剣の稽古をつけていたフローレンスは途中で長いため息をついた後にこう呟いたのをガレスは覚えている。
『……お前は騎士になれないだろう』
ガレスは幼いながらもこの言葉で自分は失望されていると感じた。
だが、ガレスもキュクレイン家の一人として騎士にならなければいけないと思っていたし、毎日鍛錬や戦術など頭に叩き込み努力をしてきた。その甲斐あって騎士学校に入ることができたのである。
ガレスは今でも合格通知の手紙が届いた瞬間を覚えている。十年近くの努力が実を結び、ようやくキュクレイン家の人間として恥じない騎士への第一歩と感じた。家では当たり前の事だったので誰もガレスに祝いの言葉を言わなかったが、それでも嬉しかったのだ。
しかし後に入学した後、父の言っていた意味を理解した。
上には上がいる。家柄だけのガレスより本当に騎士になるべくしてなるような才能ある者たちが大勢いたのだ。ガレスが目指す国の騎士団員になれるのはほんの一握りだ。それは家柄より実力によって決められる。剣術の腕も大したなく、頭脳明晰ではないガレスでは国の騎士団になれるどころか、民間や貴族の騎士になるのも無理であろう。事実、最初は名門キュクレイン家の三男として期待を寄せられたガレスだが、時間が経つほど周りは落胆をして離れるばかりだ。『キュクレイン家の出来損ない』としてガレスの名は貴族や民間の自治警備騎士隊には広まっている。
「あー……これからどうしようかな」
広い学内の廊下を歩きながらガレスはため息をつく。
あらかたの就職口は探したし、騎士団のテストも受けた。どれも結局、合格しなかったからここでため息をついている訳だが。
とぼとぼと歩いていると、曲がり角である生徒と鉢合わせした。
濡羽色の髪と、凛とするほど蒼い綺麗な目をもったどこか冷たい雰囲気がする生徒である。ガレスは彼の事はよくわかっていた。恐らくガレスだけではなく、この学院内の生徒であれば誰もが知っている。
「やあ、ランス。これからどこにいくの?」
「…………鍛錬だ」
低い声でランスは何を考えているか、わからない目でガレスを見つめる。その寡黙な雰囲気といい、父のフローレンスや長兄のロヴェルを思い出させるが、屈託なくガレスは笑った。
「流石だね、えっと……卒業したら、すぐに騎士団に入るんだよね?」
「……あぁ」
ランスは頷く。
相変わらず不愛想な態度だが、今更のことなのでガレスは気にしない。
恐らく黙って聞いてくれるあたり嫌われていないだろうとガレスは考えると、次の言葉を紡ぎだそうと口を開いた。すると、
「よ! キュクレイン家の落ちこぼれ。まだ決まっていないのか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、手をあげながら近づいてきたのは早いうちに貴族の警護騎士に内定が決まったクラスメイトの一人である。確か、彼もガレスの家ほどではないが、名門の騎士家系の出身である。
「やあ、まだだよ」
ガレスは笑みを浮かべた。事あるごとに嫌味を言ってくる彼は嫌いだが、あまり争いはしたくはない。
「そりゃあ、可哀そうだな。お前じゃなくて、お前の一族が。なんたってお前がいるからキュクレイン家の価値が下がるぜ」
「確かにね」
彼の言葉にガレスは一度、棘がささったような感覚に陥ったがいつものことだと言い聞かせて頷く。それは本当のことだからだ。
従順に頷くガレスに彼は気をよくしたように喋りだす。その様子にランスが一瞬だけ眉を顰めたのは、ガレスも彼も気づかない。
「ほら、適材適所ってあるだろ?」
言外にお前は騎士に向かないといわれ、ガレスはこまったように眉をさげた。それは父親にかつて言われた言葉だったからだ。自分でも何となく理解できる。でもガレスは騎士として、キュクレイン家の三男として騎士を目指さないといけない。
「だからお前も騎士なんてやめて「そんな事を言う暇があるなら鍛錬でもしたらどうだ?」」
いい機嫌で喋るクラスメイトの言葉をランスが低い声で遮った。
「お前は人のことを気にするほど余裕があるんだな」
ランスは射貫くような目でクラスメイトをじっとみた。直に目を見てないガレスも怖いな、と何となく思う。ランスはこの学院で数少ない平民の出だった。師匠は故郷の村で剣を教える元王国騎士団のメンバーだったらしい。ランスは名門の出であるガレスとは何もかも正反対だった。身分も実力も。彼は入学当初からその剣の才覚で頭角を現し、今やこの学院内ではトップに立つほどの実力者だ。だからすぐに国の騎士団への内定が決まった。
この学院随一の剣の才能があるランスに彼がかなうはずもない。
「平民騎士様は落ちこぼれを守ってあげて偉いですね」
舌打ちをしながらクラスメイトは逃げるように去っていった。
あとに残されたのはガレスとランスだけである。
気まずい空気が流れる。
ガレスとランスはすごく仲が良いという訳ではない。クラスで挨拶する程度ぐらいの仲である。
<今のは庇ってくれたのでいいのかな?……>
「えっとありがと「なぜ、何も言わない?」
ガレスの感謝の言葉は低い声で遮られた。ふと見るとランスが真っすぐにこちらを見ている。正直、目を背けたいが背けられないのは彼が持つ強者の威圧感なのか。
「あれだけ馬鹿にされているのに、なぜ何も言わない?」
確かに田舎からでてきたランスからみれば、三男とはいえ国の名家の出であるのに格下の家の者に馬鹿にされても言い返さないのは、不思議にみえるだろう。ガレスはうんと悩みながら答えた。
「あいつが言っていることは正直ムカつくけどさ、本当のことだし……それに未だに就職先きまらないしね」
「それでも言い返すことはできるだろう。お前は由緒正しい騎士の家系でキュクレイン家の三男だ。家柄でいけばあいつより上だ」
「そうだけど、家柄を盾にして言うのは違うよ。それこそキュクレイン家に傷がついちゃう」
首を横にガレスは振る。
「それにさ、うん……何ていうか君が俺の代わりに怒ってくれたし……ありがとう。嬉しかったよ」
「……………」
しばらくランスは沈黙した。すっと切れ長の蒼い瞳で凝視されると流石のガレスもたじろいでしまう。
「……また、試験受けるんだろう?」
「うん」
「無理はするな」
「ありがとう」
思ってもみなかったランスの言葉にガレスは砕顔した。
この数日後、ガレスはその試験にも落ちる。しかし同時に人生を変える出来事を待ち受けているということは、まだ彼自身も知らない。
そして彼の本当の物語はそこから始まる。
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