第37話

 早速アンジェラちゃんを私たちの部屋に呼び出し、事情を明かした。


 父から身を隠すため、私たち双子は二人ともルクレシアとして育ったこと。

 父に気づかれずに父の企みを止めるため、より冒険者としての適性が高かった私が、父は死んだと思っているルクレシアスとして家を出たこと。

 兄は妹である私を護るため、危険な悪魔崇拝者と直接接しなければいけないルクレシアの役を引き受けてくれたこと。

 兄が聖守護騎士候補に選ばれた際に兄は本来の性別に戻ることを提案してきたが、悪魔崇拝者たちとの決着がつくまでは極炎の貴公子を続けさせて欲しいと私が押し切ったこと。


「る、ルるルクレシアお姉様が、だ、だ、男性!?」


 アンジェラちゃんは、動揺もあらわに兄を見て私を見てと忙しくしつつ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 これらの話の中で、なにより衝撃的だったのは、兄が男であることらしい。でしょうね。

 席を立ち兄の周りをぐるぐると周り、あらゆる角度から彼を眺め、彼女はなお叫ぶ。


「え、そ、ええ!? 大陸一の美女が、紅薔薇の姫君が、こんなにもお美しいお姉様が、……はー!?」


 まあ、信じられませんよね。

 あまりに美女ですもんね、うちの兄。


「性別を隠す目的だったのだし、もう前に極炎の貴公子から言った制限を解除するよ。信じられないのなら、お兄ちゃんも同意してくれるならだけど、抱き着いてみれば良い」


「なに言ってるのルーシー! あ、ほら、喉! 喉を見てくれればわざわざそんなことしなくても……」


 私の提案に焦ったらしい兄は、今日はレースの首飾りで隠していた喉を急いで晒した。

 比較対象になるだろう私も仕方なしにタートルネックの首元を引き下げ、喉が見えるようにする。

 ところがアンジェラちゃんは、ちらちらと私と兄の喉元を見比べ、首を傾げる。


「そこまで大きな違いはない、ような……? と言いますか、お二方ともなんてほっそりと美しい喉をしてらっしゃるのでしょう。ルクレシアお姉様、ああ、ええと、こちらが本当はルクレシアス様で?」


「ああ、ややこしくてごめんねアンジェラ。僕のことは事情を知る人しかいない場では、ルクスと呼んでくれれば」


「私はルーシーって呼んでー、アンジェラちゃん」


「ありがとうございます。そう、ルクス様のうなじが綺麗すぎてあまりの色気にクラクラします。多少喉仏が出ているくらいで、男性だなんてとても信じられません。というわけでですね、ルクス様、どうか抱擁の許可を!」


 途中で兄と私の今更の自己紹介を受けつつ、アンジェラちゃんはいたく真剣な表情でそう言った。

 私はうんうんと頷いてしまうが、傍らの兄は『信じられない!』とばかりに可憐にふるふると震えている。


「わかるー。私ですらたまーに『本当にこの人男か……?』って思うもん。確証欲しいよねぇ」


「な、そ、そんなはしたない! わかっているのアンジェラ、僕は、男なの。それも、性別を偽って君に近づいたような下劣な男。いくら確認のためだってそんなのに抱き着こうだなんて……」

「いくらルクス様でも、ルクス様の悪口は聞き捨てなりません! 性別を偽っていたのは、悪魔崇拝者を欺くため、なによりルーシー様のためなのでしょう。それは決して下劣な行いなどではありません。むしろ男の身であれほどの淑女ぶりに至るのにはどれほどの努力が必要だったかと、感服し尊敬いたします」


 兄の言葉を遮って、力強くアンジェラちゃんは断言した。


「あ、ありがとう……?」


 首を傾げつつ礼を述べた兄に、アンジェラちゃんはにーっこりと美しく微笑んで両腕を広げ、兄に迫る。


「どういたしまして。さ、ご納得いただけたところで、抱きしめさせてください」


「いやっ、でも、好き合っているわけでもない男女がそういう事をするのは、良くないんじゃないかなって……」


「私はルクス様を愛しておりますよ。ルクレシアお姉様の時と同じように、いえ、本当の性別を知った今、むしろ私の想いはますます燃え上がっております。結婚してください、ルクス様」


 そろりと席から抜け出しじり、と一歩下がった兄に三歩迫りながら、アンジェラちゃんはさらりと告白した。

 となればお邪魔虫でしかない私は部屋から脱出をせねばと動き出し、すすすと出入口へと向かう。


「え。え、えええ……」


 兄は呆然としているばかりだが、アンジェラちゃんはちっとも気にせずにずいずいと迫っている。

 これたぶん、確認云々じゃなくて純然たる下心で迫っていそうだな、アンジェラちゃん。兄に触れたいだけなんじゃないか。

 うなじの色気と相殺になりそうな程度とはいえ、兄の喉仏、出てないことはないし。


 がんばれ兄よ、男を見せろ。

 先にあそこまでアンジェラちゃんに言われちゃった以上、だいぶ、とても、めちゃくちゃ難しいだろうけど。

 なんとかがんばれ。


 そんな無責任なエールを内心だけで送った私が部屋を出る直前、兄がアンジェラちゃんにつかまってぎゅうっと抱き着かれているのと、兄が私に助けを求める視線を送っているのが目に入った。


 兄の視線を無視してパタンと閉めたドアの向こうが、うまくいっていると良いなと祈る。

 さっきの空間、絵面がどう見ても百合だったななんて考えつつ。



 ――――



 急遽、兄(侍女の姿)含む聖女様御一行と私とギディオンみんなでと決められたその日の夕食の席。

 右手に私(極炎の貴公子ルクレシアスの姿)を左手に兄を座らせたアンジェラちゃんは、全員が揃ったところで、高らかに告げる。


「みんなに集まってもらったのは、伝えたいことがあったからなの。私は、聖守護騎士にを、を選びました!」


 最後までデバガメはしなかったが、兄とアンジェラちゃんはあのまま好意を伝えあい、将来を誓い合ったということらしい。


「えっと、それはつまり……、兄君を! そうか兄君を! 良かった!」

「ってことは、ルクレシアは諦めるんだな!?」

「お、おめでとうございます。いきなりだな、とは思いますが……」

「いやーめでたい! 正しい選択だと思いますよ!」

「……」


 ジェレミー、ハリーファ、フローラン、リンランディア、無言のモトキヨ。

 攻略対象者達は思い思いに返しながらも、全員とっても嬉しそうだ。拍手まで始めた。


 盛り上がる彼らにしばらく目を瞬かせていたギディオンが、ハッと何かに気が付いた様子で私に尋ねる。


「えっ、おいルクレシアス、ってことはお前、あっちに合流するのか?」


「いえ、は、これまでの通りですよ。私とお義兄様の関係は、多少距離があったところで揺らぐような物ではありませんから。問題なしです」


 そりゃ揺らぐわけないよね。私とアンジェラちゃん、そもそもそんな関係じゃないんだから。

 私の代わりに嘘ではないがうまいこと誤解されそうな感じに答えてくれたアンジェラちゃんに、私はにこりと微笑みかける。


「そうだねアンジェラちゃん。今日のデート、楽しかったね?」


「ええ、とても。一生忘れられない夢のような時間でした。特に、城に戻って来てからの、抱擁。あれでもう、私はこの人こそが運命だと確信し、一生この人と添い遂げようと決めたのです」


 ハグは兄との思い出で、この人=兄ルクスだな。

 実に絶妙な言い回しで、アンジェラちゃんは話にのってきた。

 さっきの事を思い出したのか、かあ、と頬を染め恥ずかし気にうつむいている兄にふっと笑って、私はアンジェラちゃんに忠告する。


「おやおやレディ、せっかくの二人の思い出をあまり軽々しく言いふらすのは……」


「ああ、申し訳ありません。私ったら浮かれすぎちゃいました! だって、今日は私の人生最良の日なんですもの!」


 ふふふ、あははと笑いあった私とアンジェラちゃんに、いきなり聖守護騎士が決まるという急展開に多少戸惑っていたらしい何人かが、納得したような表情を浮かべた。

 私とアンジェラちゃん、仲良しだもんね。義理の姉妹予定としてだけど。私はもう身内認定しているので、嬢呼びやめたし。


「そして、ルクレシアス様と結婚すれば、ルクレシア様は実際に私のお義姉様となるわけですね」


「そう。そうと決まったわけだし、アンジェラちゃんだけはこの子に触れてもかまわないよ。将来の家族だもの」


 アンジェラちゃんと私がそこまで言葉を重ねたところで、攻略対象者たちから「え?」という声が漏れ聞こえてくる。


「そう! 今後はより一層親しく! よろしくお願いしますね!」


「……うん、末永くよろしくね、アンジェラ」


 宣言しながら席を立ち兄の胸に飛び込んだアンジェラちゃんを、兄は柔らかな笑顔で受け止めた。

 そのまま百合百合と(いや実際のところは百合ではないんだけど、絵面がどうしても)いちゃいちゃと髪を撫でハグを交わしと親し気にする二人を見た攻略対象者たちの、顔色が変わる。


「おい、まさかアンジェラのやつ、これを狙って……?」

「ルクレシア嬢と兄君と、両方を手にしようとしてるのか!?」

「それはいくらなんでも卑怯かつ不誠実でしょう!」

「いえでも、女性同士で抱擁くらいは、親愛の範囲かと……?」

「ちょっとルクレシアスくん、本当に良いんですかあれ!!」


 ハリーファ、ジェレミー、今度は声を上げたモトキヨ、ちょっと自信なさげなフローラン、私に矛先を向けて来たリンランディア。


で、今後家族になる間柄なら、抱擁くらいはただの挨拶だよ」


 私はにっこりと笑って、さらりと言って聞かせた。

 今一つ納得がいかなそうな、でも抗議をしたいような、しかしここは納得しておくしかないような……。

 彼らは何だがそういう感じのもにゃもにゃとした表情を浮かべている。

 しかし結局は、アンジェラちゃんをひきつけてくれた上に紅薔薇の姫君の結婚相手に関して絶大な影響力を持つ(と彼らは思っているのだろう)私にそれほど強く意見する事はできないらしい。

 不安げな表情をしつつも揃って沈黙した彼らに、私は声には出さずに謝罪する。


 ごめんね。君らが大好きな紅薔薇の姫君は実は男だし、どうやらアンジェラちゃんとくっついたみたいなんだ。ぶっちゃけもう手遅れ。

 そしてそれもこれも全部、私が悪いわけで。

 私ってば、アンジェラちゃんと兄の想いを確かめて、二人の橋渡しまで積極的にしたし。

 いや、申しわけないとは思っているんだ。

 本当にごめん……。

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兄に悪役令嬢をやらせたら、とんだ傾国の美女(男)になりまして 恵ノ島すず @suzu0203

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