12 万里の城。

 自分の才能の無さに、絶望した。


「絶望した!」


『おはよう』

《おはようイーライ、悪夢でも見たの?》


「自分に、絶望した」

『大丈夫、焦らなくても良いんだよイーライ』

《そうだよ、それこそ創話じゃないんだから、直ぐに良くなる方が珍しいって聞いてるし》


「でも」

《飽きられる心配ね》

『3ヶ月の魔法、だったかな。なら、3ヶ月後までにじっくり慣らそうか』


《だね、それでもダメなら半年後》

『それまでに私達も練習しておくから』

「それはダメ、僕にさせて」


『一応、私達も飽きられたり嫌になられるのは不安な』

「それは無い、絶対に無いから良いの」

《僕らもそう思ってるんだけど?》


「でもダメ」


 練習するなら目の前でして欲しい。

 それこそ勿体無い、イケメンの無駄遣いの極みだろ。


 いやー、カメラとか有ればなぁ、永久保存するのに。

 つか永久保存される側になりそうだけど。


《分かった、じゃあ交互、順番で良いかな?》

「うん」

『頑固な所も可愛いね』


 コレよコレ。

 コレが逆に怖いって言ってるのに。


「もう、準備して、お仕事でしょ」

《はいはい》

『また後でねイーライ』


 ただでさえ前世の事も有るのに。

 正直、ローズの事で更にトラウマってる気がする。


 溺愛恐怖症。


 全く興味が無かったローズでも、地味にゴリゴリ削れてたらしくって。

 つい、パトリックに同じ事を言われたら、とか。

 ウォルターに冷たくされたらどうしよう、とか。


 もう、マジでウブ状態で。

 全然、どっしり構えてらんないの。


 全然、開き直れない。

 安心出来無い。


 2人は違うって、ちゃんと分かってるのに。





「イーライ、大丈夫?」


「どちら様でしたっけ?」

「いやだなぁ、ケントだよケント、ディライト家の三男」


「お前、この3日間全然話し掛けにも来なかったのに友人ヅラ?」

「敢えてだよぉ、寂しかった?泣いた?」


「泣いた泣いた」

「凄い、本当に元気が無い」


「そらね、破棄されたからね」


「石仮面のイーライでも、ダメージ受けるんだ」

「そらね」


 イーライとは父親同士が仲が良かったから、何となく、付かず離れずの距離だったんだけど。

 だからなのか、破棄された理由がマジで分からん。


 コイツは傍から見れば完璧だったのに、あの令嬢が破棄を言い渡したって。

 しかも公衆の門前で。


 あぁ、そう言えば俺も、昔は公衆の門前で大変な事になったんだけどね。


「懐かしいなぁ、最初は女の子だって本気で間違えてキスしようとしたらぶん殴られて、歯が吹っ飛んだ頃」


「なに」

「ぶっちゃけ、何で?」


 あぁ、いや、本気で本当の事を言ってくれるかは分かんないけどさ。

 何か、逆にコッチが誤解してたら悪いじゃん。


「お前は、どう思う」

「何かの間違いじゃね?お嬢は気に入らなかったかもだけど、傍から見ればお前の対応は完璧だった。ただお前ら、ちゃんと話し合ってる気配無かったよな、って感じ」


「ローズ嬢が居ない状態では何も話せない」

「ほら、俺にだってそう対応すんだし。大丈夫だって、お前有責っぽいけど内実知ってれば誤解だって分かるし、直ぐに相手は見付かるって」


「暫くは結構です」

「出た石仮面、彫刻野郎、元気出せよ」


「話し合えば、何とかなったと思うか?」


「そこさ、ほら、それこそ俺は遠巻きに見てたから分からんけど。アレはちょっと、俺なら無理、ほら面倒臭がりだし」


「気休めをありがとう」


 俺らの中では、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ石仮面イーライ。


 そう揶揄ってたんだけど。

 何だかんだ言って尊敬してんだよね。


 好きなら触りたい、好きなら傷付くだろうに、その全てを制御して我慢してたって。

 それこそ皆が知ってるワケで。


『ケントー、部活サボる気かよー』


「行くわボケー!……気を付けろよ、ゴシップ好きは男にも多いんだから」

「だろうな」


「じゃ、俺はいつも通り部活に行くけど、何か有れば言えよ。バカをぶちのめす位は出来るから」

「おう、じゃあな」


『お前、何聞き出せた』

「別に何も、寧ろ聞かれたわ、どうしたら良かったんだって」


『はー、流石、あの石仮面様凄いな』

「だろ」

《そんなに煩く言うなら、破棄して下さっても構わなくてよ。だってお!》


 バンバン!


「痛いバカ」

《凄かったぞー、流石に顔を崩してたもん》

『お前、あの髪で良く見えたな』


《寧ろ、だよ、アレで崩れてんの見える位に崩れてたんだぜ》

『はー、サボって面白いもん見れて良かったですねー、チクってやろうかな』


《あー、じゃあ次に何か見ても絶対に教えないわー》

『冗談だってば、なぁ?』

「なー」


『あ、アレも見たんだろ、大昔の』

《こんなの全然、気に入らないわ!って、なのに後で周りにすげぇ自慢してたアレな》


「それさー、それこそ例の教団のツン」

『おま、聞かれたらどうずんだよ』

《そうだぞ、関わり有るとか思われるだけでも厄介なのに》


「あ、いや、でもさ。その、アレで言うツンデレだ、って聞いたんだけど」

《耳早いなー、お前の婚約者から?》


「ちげーし、それこそアレは別に、ただの幼馴染だっ」

『はいはい、それで実はお互いに好きで』

《両片思いからの溺愛、ってか。超ウケルんですけどー》


「つかお前らこそじゃん」

《俺らはネタで言ってんの》

『けどアイツらマジなんだろ、こわー』


《な、性行為は結婚してからだろ》

『でも、我慢出来ずに手を出されるって、凄く男らしいじゃない?って、バカかと、アホかと。貞操をお互いに守ってこそだろ、大事なら余計に』

「何、お前の所も揉めてんのかよ」


『残念、ウチは大丈夫ですー』

《良いよなぁ、姉さん女房最高じゃん》


『まだだわ、あー、早く年取りてぇ』

《俺はもう相手に早く年取って欲しいわ》

「たった1年違いだろ?」


『寧ろ揉めてんのココなんすよ兄貴』

「俺はお前の兄だったのか」

《いやコッチに関心向けてくんない?》


「またどーせしょうもない惚気を聞かされるんだろ?」

『もう惚気越えてエロ気、超迫られてるらしいぜ』

《本当、マジで、石仮面様凄いよ》


「それさ、本当なのかね、裏でベタベタしまくってたのって」

『お、新情報か?』


「いやさ、なら、破棄にならないんじゃね?」


『あー、エサ無しってなら納得だわ』

《けどじゃあ、どうやって石仮面様は耐えてたワケ?鞭しかねぇじゃん》

「いやさ、本人は何も言ってねぇけどさ」


《まさか、ねぇ》

『マジなら余計に尊敬するわ、耐えられねぇもん』

「お前が惚気てんじゃん」


《あ、それだよそれ、お前らどうしてんの?》

『会う前に抜きまくる』

「元気だなぁ」


『寧ろ元気だからっしょ』

「あ、先輩」

《セパザス!》


《おう!俺らも授業押したからゆっくり準備して来いよ!》

「アザす!」

『ウッス!』


《はぁ、お前は性欲無さそうで良いよなぁ》

「部活でヘトヘトだからな」

『けど疲れたらこそだろ、アレマジでクソ厄介過ぎ』


「あー、アレな、本当、部屋が個室で助かったわ」

《小っちゃいけどな、無いよりマシ》

『それな』


 飴が無くて鞭しか無い、なのに耐えられるって。


「まさかアイツ」


《っなんだよ》

『溜めんなぶん殴るぞ』


「マゾ?」

『あ~』


《いやでも、それこそ違うなら、じゃね?》

『流石、どっちにしても石仮面様だな』

「だよなぁ」


 お嬢、大丈夫かね。




『石仮面様はマゾだなんて噂、私は全然信じて無いですからね、大丈夫ですよ』


 そんな、そんな噂になってたなんて。


《その、それは、どなたから?》

『あ、いえ、ただの噂ですからお気になさらず』


 全部、お兄様の言う通りだった。

 私が学園で普通に過ごさなければ、私が想像する以上の大事になる。


 だからこそ、予定を乱すべきでは無かった、と。


 馬車の中で言われた通り。

 全て、私のせいでイーライが。


 いえ、だからこそ、イーライを守らなければ。


《その噂をするって事は、ご理解が有る方の可能性が高いですわよね》

『まぁ、はい、かも知れませんけれど』


《私、寂しかったんですの、もし語らえる方をご存知なら。ちょっとだけ、ご紹介して下さらない?あ、良いのよ、無理なさらなくても別に》

『いえいえ、ローズ嬢の為ですもの、探ってみますね』


 そう、私は表情を読むのが少し苦手。

 だからこそ慎重になるべきだったのに、お兄様の言う通り、甘言だけを受け入れてしまっていた。


 もしかしたら私の為では無い、かも知れない。

 そう思って当たり前の立場だったと言うのに。


《ありがとう、それだけでも大分気が楽になりましたわ。それで、いつもの皆さんはいらっしゃるかしら》

『はい、いつもの場所でお待ちですよ』


 恋愛に悩む者の会、私の理解者だと思っていたのだけれど。

 単なるゴシップ好きなだけ、なのかも知れない。


 イーライの気持ちを知りたい、知りたくないと葛藤してしまったせいで。

 いえ、コレは私のせい、私のせいで私は表情を読み取る事を躊躇い悩んでしまった。


 今こそ、今から、真意や表情を読み取るべき。


 私は貴族、腐っても王族の端くれなのだから。




「ただいま」

『お帰りイーライ』

《お帰り、早速の手紙の束だ、凄いね》


 ご令嬢からだけじゃなく、それこそ男からもこんなに手紙を貰うとか。


「全然、嬉しく無い」

《だよね、もう僕らが居るんだし》

『おいでイーライ、取り敢えずは開封してあげよう』


 ウォルターの膝の上に座るのは嬉しい。

 けど、でも、だ。


《あ、コレはダメ、僕に預けて》


 パトリックが手紙を透かして見付けたのは、どう見てもカミソリです、本当にありがとうございました。


『他のも良く調べてみよう』


 まぁ、出るわ出るわ。


 髪の毛入り、多分リボン、指輪。

 陰毛。


「呪おうと、してる?」

《プレゼントだよ、良く有る事だから気にしないで》

『以降は食べ物も怪しんだ方が良いよ、それこそ何が入ってるか分からないからね』


 安全そうなのを開けてみたけど。

 押し花の栞だけ、血のキスマーク付きカード、日時と場所だけ書かれた紙。


 絵姿、詩、ロミジュリラブレター。


 日陰に咲くアナタを、私が日の出と共に救い上げたい。

 どうか一緒に月光の中、咲き乱れてほしい。


「ぐふっ、ぃひっ」


 もう他の人と咲き乱。

 いや、咲き乱れられそうにもないから、今朝は悩んでたんだしなぁ。


《イーライ、それ気に入ったの?》

「違う意味でね、だって面白いじゃん」

『そう、じゃあ私達も手紙を出さないと』


「いやこんな感じのはヤメて、簡潔に、それこそ一言で良いからねマジで」

《えー》

『幾らでも愛を囁けるよイーライ』


「言うのはまぁ、程々で」

『なら程々に』

《僕はコレを職員会議に出してくるよ》


「えっ」

《あぁ、問題無さそうなのは暫く持ってても大丈夫だけど》


「いや、全部持ってって、問題無いかどうかは判断付かないし」

《分かった、じゃあ行ってくるね》


 その晩、相当揉めたらしく、お風呂の後のご飯は部屋食になって。

 パトリックは帰って来なかった。

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悪役令嬢に婚約破棄をして貰えました! 中谷 獏天 @2384645

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