野点傘 鬼灯
鬼灯、と。
傘地に店の名前でありながらも植物の名を記したのが原因だろうか。
梅雨の時期に、この野点傘にも鬼灯の花が、淡い黄色の花が咲くようになってしまった。
「子ぎつねちゃん。もう諦めたら?」
「いいえ。諦めません」
「そうなのー」
「そうです」
てちてちてちてちてってち。
梅雨の晴れ間だった。
てちてちてちてちてっててち。
茶屋の店子は前を歩く子ぎつねの危ない足取りを見ながら助言するも、子ぎつねはなかなか頑固なようで、諦める様子は皆無であった。
せめてその重たく大きい野点傘を持ってあげようとも言ったが、それも頑として拒否。
(いやでもそれそもそもうちの茶屋の野点傘なんだけどね)
茶屋の店子は本当はもう帰りたいが、このまま野点傘を返してもらえないまま帰ったら怒られるよなーと思った。
『我が茶屋『鬼灯』の看板野点傘が必要ならばしょうがねえ。貸してやる。この店子と一緒にな』
茶屋の店子は店主の一声で、子ぎつねについて行かなければならなくなり、こうして、子ぎつねの愛らしいふりふりしっぽを見ながら歩いているわけなのだが。
『この鬼灯の花が咲く摩訶不思議な野点傘にはきっと摩訶不思議な力が宿っているに違いません!貸してください!これを!』
「ねえねえ。子ぎつねちゃん。聖竜様の寝床はまだなの?」
「はい。もう少しです」
(う~ん。これで何回目だろう。もう少しを聞くのは)
『これを聖竜様に見せればきっと私を弟子にしてくれます!』
何でもこの子ぎつねちゃん。
聖竜様の雄々しくも美しい飛翔姿に心を奪われて、弟子になりたいと懇願するもすげなく断られまくっていたそうな。
どうしたら弟子にしてくださるのか。
考えていたところに、この野点傘を発見。
子ぎつねちゃん、閃いた。
この鬼灯の花が咲く野点傘を見せればきっと、弟子にしてくださる。と。
いやしてくれないかもよ。
思ったが、子ぎつねちゃんの熱意に絆されたのが、店主というわけで。
こうして子ぎつねちゃんの後を、以下略。
「つ、着きました」
「どうしてそんなにひそひそ声なのかな?」
「わ、わかりませんか?」
「うん。どうして私の後ろに回り込んだのかな?」
「あ、あなた様も美しいので、聖竜様に見せたらきっと私を弟子にしてくれると思ったからです」
「うんありがとう」
褒め言葉は有難く受け取っとけ。
例えば十割嘘だとしても。
茶屋の店子は聖竜の寝床である洞窟にすたすたと入って行った。
早く子ぎつねの用事を済ませたい。と思った、からではなく。
今はただ早くこの涼しい洞窟に入って涼みたいと思ったからだ。
「また来たのか」
触れたらごつごつしてそうな三角形の鱗が蔓延る洞窟と同じ赤い聖竜は、野点傘の二倍ほどの大きさだった。
「弟子にしてくださるまで諦めません!」
「諦めよ」
(おやおやおやこれは)
呆れ声に棘がないなと思った茶屋の店子は、これは弟子になれるのでは考えた。
「こ、これを見てください!雄々しくも美しい紅のあなた様と同じ野点傘です!ほら!鬼灯の花も咲いています!摩訶不思議ですね!」
「そうだな」
「………ふ、不思議ですよね。どうして鬼灯の花が咲いているのでしょうか~?」
「そうだな」
(うわー、こりゃあだめだ)
「はい!」
茶屋の店子は手を上げた。
聖竜は初めて茶屋の店子に視線を移した。
「おまえは。もしやこの野点傘の持ち主か?」
「はい。聖竜様。子ぎつねちゃんはこの重たく大きい野点傘を一匹で持ち運んできました。私の茶屋からここまでとても距離があります。だと言うのに、このすごい野点傘を聖竜様に見せて喜んでほしいという一心で。すごいですよね。根性があるし、優しい心も持っている。礼儀正しいですし。これはもー。弟子にするしかないですよね!」
「弟子は取らん。もう老いたこの身に弟子を教える力はない」
「あります!」
「ない」
「ありますよ!」
「ない」
「じゃあ、しょうがない。子ぎつねちゃん。諦めなさい」
「諦めるの早いですよ店子さん!」
「しょうがないでしょう。ここまで言ってだめなんだから。もう諦めよう。うん。よし。茶屋で一緒に働こう。子ぎつねちゃん、可愛いからお客さんも喜ぶよ」
「可愛くなりたいんじゃありません!雄々しくも美しくなりたいんです!聖竜様みたいに。私も天空を飛びたいんです!」
「もう俺は飛べない。だから諦めろ」
「嫌です!」
わんわん子ぎつねは泣き始めてしまった。
わんわんわんわん、聖竜も泣き出してしまった。
俺だってまだまだ飛びたいよと大泣きしている。
「えー」
茶屋の店子は困惑した。
年寄りは涙腺が弱くなると聞いたことがある。
きっと聖竜もそうなのだろうが。
威厳溢れる聖竜がまさか泣くなんて思いもしなかった。
可愛い子ぎつねの泣く姿もあんまり見ていたくない。
「えーと」
茶屋の店子はとりあえず子ぎつねが持っている野点傘の中に入って、野点傘の柄を握ると子ぎつねを抱き上げて、聖竜の頭の上に野点傘を掲げた。
梅雨の時期に鬼灯の花を咲かせる摩訶不思議な野点傘。
鬼灯の花が咲くだけで、他に別段特別な力は、ない。
この野点傘の中に入れば、死んだ人と会えるとか、病や怪我が治るとか、気分が静まるとか、特別な力は、ない。
ないけれど。
茶屋の店子が見上げた先には、五色の糸がかがられていた。
骨と骨の繋がりを強化して骨の破損を防ぐ為の五色の糸は細かい骨と相まって、それはそれは美しい模様を形作っていた。
糸と骨の背後にある傘地の赤も、見ているだけで元気が湧いてくるよう。
内側にも咲く鬼灯の淡い黄色の花は愛らしくも逞しさを兼ね備えて、見えたのは、鬼灯の名に引っ張られているからだろうか。
「えーと。んん。まあ、うちの茶屋名物の鬼灯水まんじゅうでも食べて、一服して、したら、まあ、んー。まあまあなるんじゃない、かな?」
茶屋の店子はとびっきりの営業笑顔を泣きじゃくる子ぎつねと聖竜に見せた。
子ぎつねと聖竜は泣きじゃくりながら、こくり、小さく頷いた。
「おう。お客様を連れて来たか!」
ガッハハハと店主は豪快に笑った。
子ぎつねと聖竜に挟まれて野点傘を持つ茶屋の店子を見て。
もしかしたら新しい店子かもなと思いながら。
(2023.6.11)
蟬羽月の傘方 藤泉都理 @fujitori
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