蛇の目傘 露草






 道端に咲く小さな藍色の花びらを軽く押しただけでも指に残る、青い色。

 水に流せば瞬く間に消え失せる。


 あなたにとって私はそのような存在なのでしょうね。











 露草の花の色の蛇の目傘をさしたあなたは、蛇の目をしていた。

 食べられる。

 咄嗟に思った。

 日本刀の切っ先を喉元に向けられた時。

 殺される。

 ではなく。

 食べられる。


 私はすぐにわかったのに、あなたは私の事など覚えていないのでしょう。

 いいえ、覚えていようがいまいがあなたには関係のない事。


 殺す対象でなければ殺されず。

 殺す対象であれば殺す。

 ただそれだけの事。




 もしも私が今、蛍だったら。


 光を点滅させていたでしょうか。

 命の危機に瀕して。


 光を点滅させていたでしょうか。

 命の危機に瀕してもなお、あなたに会えた喜びを伝える為に。


 光を点滅させまいと必死になっていたでしょうか。

 何も届かないと諦めて。




 会いたかった。

 会いたかった。

 会いたかったのに。


 私は口を結ぶ。

 言葉を発しないように。

 私は睨みつける。

 涙を流さないように。

 私は拳を作る。

 手を掴んでしまわないように。


 必要なのでしょう。

 私の命があなたにとって。

 その身に、心に全く残らなくても。

 必要なのでしょう。




 露草の花の色の蛇の目傘をさす、蛇の目をしたあなた。

 幼い私を毒蛇から助けてくれたあなた。

 幼かったゆえか、あなたに恋に落ちてしまった。

 恋に落ちたままになってしまった。




 私はあなたと同じ色の蛇の目傘をさしたまま相対する。

 刹那、想像する。

 この傘の中に入って、一緒に歩く二人を。











「なぜ、命乞いをしない?」

「………」

「なぜ、恐怖の色を見せない?」

「………」

「答えよ、蛍姫」

「………」




 口を開かない私の傘にあなたが入った。

 あなたと同じ、露草の花の色と同じ蛇の目傘の中に二人で入った。

 満足だった。


 私を殺さなければ殺されるあなた。

 あなたの中には何も残らないでしょうけれど。

 私の中には残ったから。


 私は私の心臓にあなたの日本刀を突き刺した。

 噴き出す赤い血が、どうしてだろう。

 鮮やかな藍色に見えた。






 抗えばよかったのにばかね。

 残せたかもしれないのに。


 その言葉に、否を返した。


 残せていた。

 あなたの蛇の目傘に。

 私の名前と一緒に今度は血を。





















「で?」

「はいだから言った通り殺した振りをして逃がす逃がし屋なのであなたを逃がします」

「いや」

「いやではないです。蛍姫」

「いや。断固拒否。髪は切るし、化粧で顔は化けられるから、一緒に居る。もう離れない」

「蛍姫」

「名前を呼んだのが運の尽きね」


 私はあなたの腕に、蛇の目傘に飛び込んだ。






 道端に咲く小さな藍色の花びらを軽く押しただけでも指に残る、青い色。

 水に流せば瞬く間に消え失せる。


 本当に?

 例外もあるのではないだろうか?











(2023.6.9)



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