Chapter3 共闘

16 背広の獏

『黎様、背広の獏が現れました』

 月長石にその連絡が入ったのは、八月初めの熱い日のことだった。私は黎の車で、いつものように尚武殿へ向かうところだった。

「すぐに向かう。位置情報を頼む」

『はい、近くの所定の位置まで誘導します。どうかお気をつけて』

 通信の相手は、香月の分家、汐見しおみ家の子だろう。私の先祖が力を込めた石の三つめは、その分家が保有している。私たちとは違い、『伝』『癒』の力しか使えないが、各所に散らばって獏の動きを伝えてくれる大事な役割を果たしている。


「日向、一緒に来てくれ」

「え、私も?」

「無理にとは言わねえ。けど、日向がいてくれると心強い」

 黎が私を頼りにしてくれるのは初めてだ。私は「分かった」と短く答えた。

「それで、背広の獏って?」

「背広は、黒紋付と同じくらい、いや、奴より厄介だ。黒紋付はあくまで狩りを着実にこなすことに重きを置くが、背広はただのいかれた戦闘狂のガキだ」

 黒紋付の獏との嫌な記憶が蘇ったが、振り払う。私だって今日まで特訓を続けてきた。やっと黎と肩を並べて戦える。もう守られていただけの私とは違う。

「いかれた悪役なら、思いっきりやれて好都合よ」

 私は両頬を強く叩き、全身に『強』を漲らせた。


 月長石に導かれて辿り着いたのは、廃ビルの地下駐車場だった。天井の半分が崩落しているらしく、上の階まで見える。

 車から降りると、真っ白な毛並みの頭部に、呼び名の通り背広姿の獏がいた。獏は、制服を着た少女の首を絞め持ち上げている。

なぎ!」

 黎が叫びながら手刀を放つ。遠距離からでも、その鋭い斬撃は的確に獏の右腕を捉える。私と特訓するときとは比べ物にならないほどの濃い『強』だ。

「もう、来るの早いなあ。僕、もしかして追い込まれてた?」

 獏は、まるで飽きたおもちゃを捨てるように、凪と呼ばれた少女を放り投げた。私は駆け出して少女を抱き留める。少女の肩上で切り揃えられた金髪からは、痛々しい痕が覗いている。

「久しぶりだね、黎くん。元気してたあ?」

「変身」

 黎はその問いには答えず、戦闘服を纏う。いつもの黎なら軽口を叩くのに、一直線に獏に向かってゆく。その全身を色濃い『強』が取り巻いている。


「私は大丈夫ですから、黎様の助太刀を」

 少女が私の腕を離れる。声を聞いて初めて、黎が月長石で通信していた声の主がこの子だったことに気付いた。

「その前に、ね」

「結構ですから」

 そう言う少女を引き留め、私は半ば強引に少女の首筋に手を当てた。『癒』は自らに使うことはできない。処置は早ければ早い方がいいだろう。

「他に怪我はない?」

「もうありませんから、黎様を」

 少女に急かされ、私は立ち上がった。『強』がちゃんと自分の身体に漲っているのを確かめる。

「変身」

 そう呟くと、身体が燃えるような光に包まれた。

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太陽と月の二人 津川肇 @suskhs

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