15 妙な客

 私は少しでも体力をつけようと、バイトへの行き帰りにランニングを始めた。あの日に掴んだ『強』のイメージでは、相手の力量に依存した戦い方になってしまう。わずかな衝撃からでも力を引き出せるようになる必要があった。

 今では、アスファルトを蹴る足裏からでも、私は微かに『強』を引き出せるようになっていた。あの感覚を忘れないように、ランニング中も密かに『強』を纏う。


 信号で、恵子さんに追いついた。シフトが被るのは久しぶりだ。「おはようございます」と息を整えながら声を掛ける。

「走って来たの?永理ちゃん」

「あ、はい。まあ節約っていうか、ダイエットっていうか」

「健康的でいいじゃん」

 こういう時、恵子さんはケチだと茶化すことも、痩せる必要ないよとお節介を焼くこともない。爽やかにただ肯定する、そんな恵子さんの人柄が好きだ。

「恵子さんも今日は歩きなんですね」

「旦那とさっき内見に行ってきてね、駅前まで送ってもらったの」

「開店準備、進んでますね」

「うん、そのおかげで最近あんまりシフト入れてなかったんだけど」

「今日は土曜だし、新人の子もいるみたいだし、恵子さんがいて心強いですよ」

「やだ、久々だからお手柔らかにお願いします」

 信号が青になる。恵子さんは、競争しようと言って、先に走り出した。私はその背中を追いかける。ついこの間まではつまらないと思っていた毎日が、今は守りたいかけがえのないものに思える。


 忙しいだろうと気合いを入れて臨んだランチタイムは、想像したほどではなかった。なんでも、駅前に新しくできたショッピングモールに客を取られているらしい。

 来るはずだった新人はバイト二日目にして音信不通で、店長と私と恵子さんだけの出勤だった。いやあごめんね二人とも、と店長は平謝りしていたが、新人がいる方がやりにくいというのが本音だ。息の合う恵子さんと二人なら、問題なく回せる客数だった。


「あのう、スイーツのおすすめってありますか?」

 ランチも落ち着いてきた頃、妙な客がやって来た。少し間延びした喋り方に、幼い顔立ち。黒スーツに黒いネクタイというまるで喪服のような服装だが、サイズが合わないようで袖を余らせている。そして、髪の毛は絹のような白だ。

 スーツ姿の男性一人客は珍しくはない。そういう人は大抵コーヒーだけ頼んでパソコンを開くが、そういうわけではなさそうだ。

「人気なのはプリンアラモードですね。個人的には、期間限定の桃のパフェもおすすめです」

 男は悩みながら、くんくんと辺りを嗅いでいる。小動物のような仕草だ。

「じゃあ、お姉さんのおすすめで。あとカフェラテも」

 男は、桃のパフェを指差した。


 パフェを運ぶと、男は白い髪を揺らしてうんうんと頷きながら食べた。桃のコンポート、ゼリー、ソルベ。一層ずつ大事に味わっては、目を細める。

「いい食べっぷりですよね、広告に使えそう」

 私も店長も、恵子さんの言葉に深く頷いた。

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