14 覚醒

 黎の纏う『強』が肥大していく。きっと満月が来る。私の蹴りは非力だが、私の力と黎の力がぶつかり合えば、どうにかなるかもしれない。私は、黎の力が満ちるタイミングに合わせて、思い切り蹴りを入れた。


「何だ今の」

 黎は腹を抑えて後ずさりした。私の足裏に、初めて『強』が漲った感覚が残っている。これだ、この感覚だ。

「掴めそうって言ったでしょ」

「センスあんのな、日向。一日でやってのけんのかよ」

 思わず口元が緩む。成功して安堵したのか、疲れがどっと押し寄せてきた。ふらつく私の身体を、黎が支える。

「今日はもう終わりにしよう」

「うん、それがいいみたい。黎はお腹大丈夫? 私、本気でやっちゃったけど」

「馬鹿にすんなよ。日向よりは丈夫だ」

 変身を解くと、黎の『強』の気配も消え去った。


 尚武殿を出て振り返ると、豪華絢爛な出入り口は跡形もなく消え、そこにはクロマツの太い幹があるだけだった。もう日はすっかり落ちて、辺りは闇に包まれている。その闇の中で、松の木だけが白くゆらめく光に包まれていた。黎のとは違う力だ。『強』の感覚を掴むまで、こんな大きな力の気配に気が付きもしなかった。この白い力は、もしかしたら尚武殿をつくった私の先祖の『化』の痕跡なのかもしれない。


 黎は、帰りも送っていくと申し出てくれた。屋敷を出ると、屋敷全体も流れるような力に包まれているのが見えた。黎の青白い『強』に似た、深い青の力だ。石を使いこなせるようになるとここまで世界が変わって見えるのかと驚く。

「それで、日向はどういうイメージを掴んだんだ?」

 遠ざかっていく屋敷を見つめている私に、黎が話しかける。

「え?」

「最後の一撃だけは確かに『強』が乗ってたろ」

「黎も、私の『強』が見えたの?」

「いや、見えはしねえよ。威力が違ったから」

「黎が月長石から引き出してる力に、私の日長石の力を、なんていうんだろう、ぶつけるの。黎が満月のイメージを固めた瞬間に、私も合わせて攻撃したっていうか……それで、ぶつかり合わせて力を引き出すの。太陽の核融合みたいな」

 黎は「なるほどな」と言ったが、その表情はあまりピンと来ていないようだった。言葉で伝えようとすると難しい。私が月の満ち欠けの感覚では石を使いこなせないように、黎にも私の感覚は理解できないのかもしれない。

 クロマツや屋敷を覆っていた力について尋ねようかとも思ったが、全身の疲労で会話さえ億劫だった。私は上質な革のシートに身を預け、ただ車に揺られていた。


 それから二週間、尚武殿での特訓の日々は続いた。黎は、俺の仕事は融通が利くからと、時間を見つけては付き合ってくれた。新体操くらいしか運動経験のなかった私も、少しずつ戦い方がさまになってきたように思う。

 その間も黎はたびたび獏の討伐に出かけたが、私を連れていくことはなかった。黎の腕や顔に残る赤くただれた妖術の痕を見るたびに、それが治ると分かってはいても、何もできない自分が歯がゆかった。

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